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8話

「九十九、百……!終わったわ!」

こめかみを伝う汗を拭いながら莉凛香が報告する。堕川は満足そうに頷いた。ただの素振りでも、きちんとした師がつくと随分と変わるものだ。堕川は型がさまになってきたとか、課題を終わらせるのが早くなってきたとか褒めてやっている。

今日は進む距離を減らし、身体の負担を減らしてはおいたものの、よくやるものだ。朝晩の素振りを初めて見た時は心配もしたが、莉凛香は思いの外強かったようだ。

堕川はすっかり馴染み、今度は莉凛香と簡単な術の話をしている。

ぼんやりとそれを眺めながら、守羅は手元の藁を編む。作業は未だに難航している。

ゆっくりと、しかし確実に笠を編む。藁がカサカサと鳴るのに耳を傾けながら、目下の懸念について思考をまとめていく。

街がない。確かに守羅達は山中を進んではいるものの、少し下れば街があるはずだ。この地域の地図はある程度暗記している。麓にも山中にも、いくつかの集落があったはずだ。にもかかわらず、見かけた町はそれより遥かに少ない。その町も、守羅や莉凛香の容姿に警戒してほとんど素通りせざるおえなかった。

半妖故に人間とは異なる顔貌を持つ守羅も、笠で顔を隠せば人里に降りられると踏んだのだが、その里が見つからないとは。

「堕川、どう思う」

莉凛香が習ったばかりの知識を反復し始めたのを見て、声をかけた。鬼灯色の瞳が、ぎょろりとこちらに向けられる。

「儂を避けているのだろう」

「うん? 」

「儂を避けているのだ。土地神が真面目な証拠だな。この地には良い土地神と良い契約が多いなあ」

堕川は繰り返した。なるほど、堕川はかなり強い力を持つ妖怪だ。その気配を警戒した土地神が幻術で縄張りを隠しているのだ。

「ううん、困ったな」

「そうだな」

堕川は莉凛香を見やる。足元の小石を拾い上げた。

「ほれ」

無造作に投げつけられた小石を、莉凛香はきゃっと声をあげて避けた。

「ふ、戦いの腕はまだまだのようだな」

「何するのよ!」

「今のを避けるのではなく、叩き落とせるようになれ。いくらお前の刀が強いとはいえ、当たらねば意味が無いからなあ」

堕川はそう言ってもう一度石を投げつけた。

「もう……! 次は失敗しないから!」

狭い野営地だ、俺に当たったらどうしてくれるんだと抗議の意を込めて尾を振った。堕川は涼しい顔で受け流して、

「そなたには結界があろ、守羅」

と言った。

そうやって訓練を続ける中、守羅は視線を莉凛香から堕川に移す。紅に燃える視線とかち合うのを待ってから、口を開いた。

「おかしいと思わないか」

「何がだ」

「土地神が隠したにしては、村が少なすぎる。貴方だってわかってるだろ。村を丸ごと隠せる程の力のある妖怪はそう多くはないし、前に訪れた時には土地神がいなかった町も見つからない」

「元凶が居るだろうなあ」

「やっぱり」

守羅は頷く。堕川は問う。

「守羅よ、そなたは人里に行きたいのか? 今までも不便はしておらんだろう」

「俺たちはな。貴方は蛇の血族だし、俺も野宿には強い。でも、莉凛香は違う。たまにでいいからきちんとしたところで休ませるべき。最近は冷えこむし」

「ならば、元凶をどうにかせねばなぁ」

堕川は訳知り顔で頷いた。説明すれば、人間の事情を理解してくれる。人の営みの傍にいただけあって、ものわかりがいいといえた。

成したことこそ凶悪だが、堕川と出逢えたことが悪いとは言えないと思っている。

「よし、彼奴に実戦経験を積ませてやる良い機会ではないか」

前言撤回。やっぱり危険な妖怪かもしれない。堕川はあの術を仕込んでおこうとか、妖気の気配はあちらの方が濃いとか色々言っている。

「守羅、そなたも手伝え。な、やってくれるだろう」

そう言われれば、抵抗の術はない。守羅はただ、少しでも莉凛香の安全を確保しようと決心して頷くことしか出来なかった。


「なんだかおどろおどろしい所ね……」

莉凛香は着せられた上衣の前をしっかり閉めて、身震いした。真昼だと言うのに、もう冷たい風が吹いている。

早くおつかいを終わらせてしまわないと、凍えるような夜になってしまう。

けれど、守羅に放り込まれた村はどういうわけか人の気配がなくて、到底買い物なんかできそうにない。


「どうして着いてこないの? 」

ついて来てもらわないとだめって訳じゃないけど、調達してこいと言われた物資はそれなりの量だ。それを持って離れた所で野営する二人のところまで戻るとなると、結構大変なのだけれど。

「お前なら、ちゃんと人間だってわかる」

確かに、守羅の耳と尻尾は言わずもがな、堕川も明らかに身綺麗で独特の雰囲気があって、只人には見えない。

莉凛香は渋々頷いて、教えられた集落へと向かう。


それがまさか、こんな薄気味悪い空気を漂わせているとは思わなかった。

少し上から見た感じ、規模はそんなに大きくない。狭い棚田が積み重なり、家々もまたいくつかの階層に小集団を作っている。

ただ、真昼にも関わらず人がいない。今はまだ秋の終わり頃。刈り入れた稲を干したり、冬に向けて作業をしている時期のはずなのに。実際、棚田を形づくる石垣も(バケモノ)から身を守る石垣もところどころ綻んでいて、家でのんびりしていていいようには思えない。

莉凛香は村の1番上の道に降りて、そこから1軒ずつ家を見回りながら降りていった。戸を叩いても返事はない。

背筋がゾクゾクする。冷たい空気のせいではない。ぎゅっと刀を抱えて、幼い頃に教えられた恐怖を打ち払う呪いを唱える。

「やあ! この村の人? 」

「きゃああああっ!!!」

「何何何!? なんかあった? 」

恐怖が無くなっても、驚いちゃうんだなあ。どこかにいる冷静な莉凛香が呟く。

飛び上がって振り向いた時、道の下にいる男と目があった。男は純白の髪をしていて、頭からは白くて長い耳が生えていた。

「そんなに怯えないでくれよ。俺は怪しい者じゃない」

咄嗟に刀の鞘に手をかけた莉凛香に、男は言った。男はつぶらな瞳で真っ直ぐに莉凛香を見ている。黒い瞳はつやつやとしている。

両手を上げながら男は続ける。

「俺は兎人(とと)という。真名は明かせないが、この国の西にある兎人の郷の出身だ。今はこうして旅をしながら修行をしている」

「兎人……って、あの物語の? 」

莉凛香は興味をそそられて、兎人に問いかけた。兎人といえば、強靭な脚力を活かして千里を駆け主のために戦う存在だった。決して物語の主役になれる存在ではないが、物語に出てくる英雄の功績の陰には必ず優秀な兎人がいると言ってもいい。

兎人は期待に満ちた目で見つめられ、頭をかいた。

「俺は武術はからきしなんだ。兎人は脚力こそ強いが、優れた武術は訓練してのもの。俺は落ちこぼれって訳だな。おかげで、郷を放り出されて武者修行だ」

自嘲したかと思えば、兎人はあっという間に距離を詰めて莉凛香の頭を撫でる。

知らない妖怪に頭を撫でられる嫌悪感に、背筋がざわついた。

「何するのよ! 」

きっと眉を吊り上げた莉凛香の声も、兎人はへらへらと笑って受け流す。

「まあまあ。お嬢ちゃんはそれなりに力があるみたいだし、なんもしないよ。俺じゃ君には敵わないだろうし。提案したいだけだ」

ぴっと立てられた指が振られる。

「ここを一緒に回ってくれ。君もここに用があるんだろ?でも今、この集落は尋常な様子じゃない」

莉凛香は頷く。兎人は黒い瞳を輝かせて続ける。

「そこでだ。妖怪が出たら、君は俺の代わりに戦う。人間の暴漢なんかなら、俺でも倒せるからな。兎人の脚に追いつける奴はいないその時は俺が君を背負って逃げる。どうだ? 」

「うん……いいよ」

兎人の方が怪しいけれど、一人は心細かった。

兎人は笑って、莉凛香の手を取った。少し小さな大人の手は、柔らかな白い毛に覆われていて温かい。

「じゃあ行こうか」

兎人と手を繋いで歩いた。訪ねて回る家々からは少しも反応がない。

兎人がたわいも無い話をするので、怯えと期待の入り交じった気持ちも緩んだ。久々に守羅と堕川以外の人と話すのが楽しい。同じ作業を繰り返すうちに飽きてきてしまって、戸を叩くのを兎人に任せて手頃な小石を蹴って遊ぶ。

道にせり出す草は細くなっていて寒々しいけれど、蹴り出す方向を間違えてしまっても小石を隠したりしないからやりやすい。

兎人は根気強く集落の散策を続けている。人もいないけれど、妖魔の気配もない。

実は守羅の記憶違いで、とっくに放棄された集落なのかもしれない。そう思えば、気も緩んだ。

「さて、」

兎人は無造作に扉を開けた。戸を叩いたり声をかけたりしなかった。

その違和感に顔を上げるより先に、生臭い嫌な匂いがした。

山の日没は早い。橙色の日に照らされて、まだ水分を残した血が真っ赤に光っていた。小屋の中は真っ赤だ。

くちくちと微かな水音を立てていた女が、顔を上げた。真っ先に目に入るのは、夕焼けと血で赤く染まった顔だ。黒っぽい爪と牙は大きくて鋭い。

悪鬼であるとひと目でわかる。

女は口を開けた。

「おや、その()が新しい食事かい……?」

「ち、違う!彼女はお前の餌なんかじゃない。お前を殺しに来たんだ!」

兎人は震える声を張り上げた。握られている手を引き抜こうとしたが、強く握られすぎていて逃れられない。

「兎人、どういうこと……?」

兎人は莉凛香を強引に前に押し出した。

「そのままの意味だ、コイツを何とかしてくれ」

女はにい、と口の端を吊り上げる。まるで顔が裂けているようだ。三日月のごとく細まった眼がおぞましい。

「アタシの子分になるって言うから今まで見逃してやってたってのに、裏切るってのかい?なら、その美味そうな小娘と一緒に兎鍋にして食ってやるよ!」

「兎人……話は後。こいつを倒さない限り、生き残れない。手伝って! 」

封魔刀を引き抜いて、鞘を床に落とす。その一連の動作に、すっかり慣れたことに気がついた。

「たあぁっ!」

切っ先はぶれることなく、女に向かう。

一撃、二撃。連なる攻撃を、女は全て紙一重で避けている。

避けながら身を翻し、狭い室内の柱の陰に隠れられる。

けれど、確信があった。今の莉凛香になら、できる。白刃は閃いて、女の髪に触れた。

「小娘!よくも、生意気な!」

女は首を押えた。その瞳が燃えるように赤くなる。

肌がざわめいていた。小波打つように見えたそれの正体に、莉凛香は気づいた。

それは目だった。無数の目が、女の肌に浮き上がっている。

「お嬢ちゃん!まずい、あの目を見るな!」

「もう遅い!」

莉凛香が頽れる。その手から、封魔刀が滑り落ちた。女はゆっくりと歩み寄り、その金の髪を掴む。

「う……」

「まだ意識があるのかい? 流石は封魔刀を持っているだけはあるじゃないか。なおさらお前を喰いたくなってきたよ」

女は舌なめずりした。舌は長く、血のような赤だ。

「や、やめろ!!」

兎人の足払いが女を襲う。女が態勢を崩し、莉凛香の手が床に落ちた封魔刀に触れる。

莉凛香は素早く刀を掴み、振り上げる。

女は飛び退って何とかそれを避けた。

莉凛香はほっと息をつく。兎人の助けと堕川に教わった魔魅対抗の術がなければ、一瞬で喰われてしまっていただろう。

「小娘が……っ! 」

女は怒りに歯を打ち鳴らす。傍に立つ兎人が、分かりやすく震えた。

「あんたなんて怖くないわ! 兎人、協力しましょう! 」

「む、無理だ!」

莉凛香は刀を構え直す。兎人の顔を見る余裕はない。妖怪というのは、生まれもった身体能力が人間とは桁違いなのだから、油断は禁物だ。

兎人は、ぶるぶると震え、数歩後ずさった、

「俺は、本当に臆病なんだ!こいつみたいな強い妖怪に勝って名を上げないといけない。でも、そんなこと俺には出来ない……故郷には一生帰れないんだ!お嬢ちゃん、代わりにコイツを殺してくれ!」

「やってみないとわからないじゃない! 」

思わず呆れてしまう。莉凛香の冷たい声に、兎人は身を縮こまらせながらも懇願する。

「頼むよ、助けてくれ……」

あまりにも身勝手な理由。けれど、助けを求められれば、それに応えたい。

だって、退魔師としての誇りだけは、幼い頃から伝えられてきたのだ。

瞼を閉じれば、濡鴉を靡かせて、魑魅魍魎と戦っていた姉の姿が浮かぶ。

「苦しんでる人を助けられる子になってね」

姉の願いに、応えなくては。

女を真っ直ぐに見据える。陰に隠れ、裂けたような口の端を吊り上げている。

全身の邪眼が毒々しく輝く。

がたり、と音のした方を視界の端に映すと、妙に生気のない顔の人々が入ってきた。女に操られているのだ。

「……でも、やっぱりあの人達は何とかして欲しいかも」

莉凛香が呟いたのとほぼ同時に、女が蠢いた。顔を狙った一撃を身を屈めて躱し、封魔刀で迎え撃つ。

入口から射し込む夕日を遮る影が大きく動いた。

女は尋常でない素早さで身を翻し、白刃を躱した。複雑な術式の彫り込まれた刃が、無数の目を映す。操られた村民が迫ってくる。莉凛香はただの十二の子ども。刀を向けることも出来ない身体が大きい村の男たちは、下手な妖怪より遥かに厄介な相手だ。

絶対的な力を持った大きな掌が、莉凛香を捕まえようと迫ってくる。その時だった。

兎人の大きな足が、頭の上を通り抜ける。一番手前の男を吹き飛ばした兎人は、怯んだ一人の顎を蹴りあげ、もう1人の腹部を蹴りあげる。男達は見事に玄関口の方へと飛んでいき、新手と折り重なって壁となった。室内は一気に暗くなる。

「っ……兎人!」

「流石に、ただの人間相手にはビビれねぇさ!」

兎人は入ってこようとする人波を抑えるため、戸口に駆けて行った。

女の動きは先程より遥かに機敏で、複雑だ。莉凛香を本気で殺しに来ている。剣の方を習い始めたばかりの莉凛香とでは、動きも断然違う。徐々に剣筋を読まれることが増えてきた。

「フン、たかが人間の小娘と兎風情が、何をしたって無駄さ……。村人は幾らでもいるんだからね! 」

「っお嬢ちゃん、早く!」

焦りに、莉凛香は大振りに刀を振るった。

「てやぁああっ!……あっ」

振りかぶった刀の切っ先が、柱に突き刺さる。女鬼が、玄関に人の山で壁を築いた兎人が、莉凛香が、一瞬静止する。

一番最初に我に返ったのは女鬼だった。鋭い爪の生えた骨のような指が、莉凛香に襲いかかる。なんとかして封魔刀を引き抜こうとするが、間に合わない。

殺される。

死に至るまでの一瞬が、莉凛香の目の前で限りなく引き伸ばされていた。兎人の脚が、目の前に滑りこんできて女鬼の腹を破る。その内側に微かに見えたのは、黒く瞬く妖怪の心臓。封魔刀がようやく抜ける。迷いなく刃を心臓に突き刺した。

斬ったかすらわからぬような鋭い切れ味。刃の刺さった場所から紫煙が噴き出て、断末魔の代わりの悲鳴を上げる。

女鬼は全身の目をかっと見開く。食いしばられた歯の隙間から、地を這うような呪言が漏れる。

「小娘に……雑魚が……。アタシを倒そうとも呪いは消えぬ……この村の人間ども全てから身を守れると思うなよ……」

紫煙が消え去ってからも、2人は身体を強ばらせていた。

しかし、予想に反し、操られた村人が襲ってくるというようなことはなく、恐る恐る外に出た。

「あの、お嬢ちゃん」

兎人はおずおずと切り出した。

「俺は君を……」

「貴方は勇気を出したわ。私を助けてくれた」

「!……そうか」

兎人の大きな耳が、ぴくぴくと動いた。彼は頬を掻き、その指で一点を指さした。

「あれは、なんだ?」

莉凛香は瞠目する。

「なんで貴方達がここにいるのよ! 」


堕川は長々とした魔魅対抗の呪言を唱え終わり、息をつく。

「終わったようだな。危うい所もあったが……やはりあの娘は見込みがある」

「当然。初めて会った半妖を封魔刀で小突こうとする子だぞ」

今となっては随分と昔のことのように思える記憶に、守羅の唇は緩んだ。堕川はさもありなん、というふうに頷く。

ほっと息をついて、展開していた結界を消す。やはり、二重に結界を張るのは疲れる。

先程まで結界を越えようと蠢いていた人々は、何が何だかわからないという風に突っ立っていた。村人の大半は、守羅達を襲おうとして、守羅の張った結界内部に閉じ込められていた。

守羅は、村人達に歩みよる。操られた人々の全てがあの小屋を目指していたはずだが、その数は随分と少ない。

「正気に戻ったな。あなた達は、妖怪に操られていた。俺達がそれを解除したんだ。今頃、その妖怪も死んでいるはず」

ざわめきが広がっていく。未だに何があったか分からないという者、中途半端に齧られて身体の一部を失った傷によろめいている者。

守羅は最も年長の男に歩み寄る。懐から取り出した巾着から金貨を何枚か取り出し、その手に握らせる。

「女子どもや負傷者の為に使うといい」

身なりの立派な男は生唾を飲んだ。こんな山奥でも一応、貨幣は知られているらしい。

「いいんですかい? こんなに沢山……」

守羅は首を振る。

「悪いけど、俺達もあれを倒すのに大分村を荒らしたから。少ないけど、お詫び。悪いと思うなら、数日を凌げる程度の物資を分けてくれないか」

男は頷いて、数人の若者に何かを命じた。

村を荒らしたというのは嘘である。守羅たちが壊したのは、せいぜい家屋の扉と小屋の中くらいのものだ。ただ、いつまでも気にされては困るから、ちょっとした親切といった所だ。

「お前は変わっている」

「人に親切にするのが信条なんだ」

言い慣れた言葉を返し、守羅は莉凛香を眺める。金の髪が、夕陽に紅く染まっている。

「どうぞ! 」

「いや、そんなに要らない」

山と積まれた物資を一抱えだけ取って、逃げるように駆けた。少女の怒りの声が聞こえたからである。


莉凛香の同行者だという二人を見た兎人は嘆息した。

「これは、珍しい御一行だなぁ。珍しい色の子に、半妖と水霊とは」

「日華国に行く。莉凛香の仲間を探してる」

兎人は首を傾げた。

「妙な話だな。結界師の守羅といえば、ここらでは多少は聞いた名だ。けど、お前の故郷からなら逆方向だろう」

「えっ」

「あんたら、日華国がどこかわかってる?」

「大陸のことでしょう?」

「微妙に違うな。確かに日華国の大半は世界の中心にある大陸で、周囲の島の殆どは月陰国と呼ばれているけれど」

兎人は首を振る。

「この兎人の言う通りだ。月陰国というのは、厳密には国ではない。黄帝という尊い方の支配が及ぶところが日華国、それ以外が月陰国だ。この国にも、土地を治めてる人間はおったが、今となっては時代錯誤な存在として廃れてしまったわ。しっかりしておるようで、案外世間知らずなのだな、守羅」

堕川が付け加えた。

「このまま北上するんじゃだめなのか? 」

「あの地域は海が荒いからおすすめできないよ。それに、日華国は月陰国と違って、妖怪の類も民として管理されてる。入国したいなら、向こうでも名が知れてる大妖怪の紹介状が必要だ。例えば、西国の鬼神とか……というか、交通の便と性格からして、あの御仁しかいないな」

小石を拾い、兎人は地面に大まかな地図を描いて説明してくれた。

まさか、今まで辿ってきた旅路が逆方向だったとは。守羅がへたりこむ。護衛と道案内を生業とする用心棒としては、あってはならない事だった。

「そう落ち込まないで、守羅。おかげで堕川に会えたじゃない」

莉凛香はそう慰めた。垂れた耳も、萎んだ尻尾も哀れみを誘うものだったからだ。

兎人もそう感じたらしい。

「あー、そんなに落ち込むなよ、兄さん。俺は西国の生まれだからな。一足先に戻って、故郷の奴らに話通しておいてやるよ、そうすればすぐに向こうへ渡れるはずだ」

「!本当か」

「勿論!お嬢ちゃんには本当に世話になったんだ。あんたらが見てたなら知ってるだろうけどさ。このくらいお安い御用だ」

「ありがとう、兎人」

兎人は笑って、莉凛香の頭を撫でる。

「オレがしてもらったことに比べたら、大したことじゃないさ。西国に着いたら、教えてくれ。またきちんとお礼がしたいからさ。そうと決まれば、こうしちゃいられないな!」

兎人はその場で数回飛び跳ねて、あっという間にどこかへ行ってしまった。

「……調子のいい兎だな。踊り食いしたくなる活きの良さだ」

守羅はその緑髪を引っ張った。

「気持ちはわかるけど、馬鹿なこと言ってないで早く行こう。村人に捕まる」

守羅に手を引かれて細い山道に戻りながら、莉凛香は尋ねる。

「そういえば、私達の事見てたの?どうして助けてくれなかったの!」

「莉凛香の実力を見るため」

「何よ、それ!」

夜の入口、薄暗闇に、鈴のような声が響く。それを聴いたのは3匹の獣だけ。

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