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27.竜の魔女はひとり

 翌日、家で死んでいたフリィのもとに、昨日見た見知らぬ男がザイードと共に現れた。


「昨日は父が申し訳ないことをした。いや、昨日だけではない、長い間、王家の怠慢により魔女殿には不便を――あの、大丈夫だろうか?」

「気にしないで。二日酔いの薬、在庫がないの……」


 頭は痛いし体はだるい。酒など飲んだつもりはなかったが、酔っ払いが陽気に差し出す飲み物がソフトドリンクであるはずがないことなど自明の理。気づかない方がどうかしていた。

 心配そうにこちらを見る男は、なんと王太子殿下であるという。眉目秀麗な顔は王妃に似たらしい。

 姿勢を正して挨拶できたのは数秒間。フリィは再びぐったりとテーブルに懐き、不敬極まりない体勢で彼の話を聞いた。寝転がってくれてもいいという甘やかしを辞退できただけ偉いと思って欲しい。


「父にはできる限り早く退いて貰うつもりだ。すぐに皆の意識を変えることは難しいだろうが、間違ったことを正したいと思っている」


 王家には正しい歴史が継がれている。それは驚くべきことに、およそフリィが想像した通りであったようだった。

 竜は悪いものではなく協力者であったこと。魔女と呼ばれる魔力が高い女性たちは歴史の被害者であること。ひとまずそれを開示して、様子を見ながら、少しずつでも王家の犯した罪を償っていきたい。

 澄んだ眼差しで語る王太子の行く道は、酷く困難なものになるだろう。けれど、いつか乗り越えられる。彼にはそう思えるだけの強さがあった。


「……悪い話を払拭してくださるならば、お手伝いさせていただきますよ」

「えっ、い、いいのか!」

「勿論、ものにはよりますが」


 目を輝かせた王太子に、まずいことを言ったかなと一瞬思う。

 王太子がザイードを見た。ザイードは、いいんじゃないかと呆れた顔で返す。ザイードが許可をしたということは、そう悪いことではないようだと緊張を解いた。

 頬を紅潮させた王太子は、声を弾ませて思わぬことを頼んできた。


「フリィ殿が竜の背に乗って飛んだというのは本当だろうか」

「え? ええ、はい」

「よければ、その姿を画家に描かせて、王宮に飾らせて欲しい!」


 興奮した王太子を横に置いて、一体どういうことだとザイードに尋ねる。


「英雄王の絵と並べたいんだそうだ。かの方と同じく素晴らしい人だと視覚的に訴えたい……と言ってたが、個人的な趣味でもあるから、気負わなくていいぞ」

「王宮に飾られるのに気負わないわけなくない?」

「趣味?」


 フリィとピーナの疑問が割れた。

 ピーナの疑問の目を受けて、王太子は力説する。


「格好いいだろう、竜って!」


 ああ、そういう、と沈黙が降りた。

 慌てて何やら言い訳を連ね始めたが、好感を抱いているというのであれば構わない。数度瞬きをしたピーナが、姿勢を変えると同時に変化を少しだけ解いた。

 肌に鱗が浮かび、角が生え、尻尾が揺れる。縦割れの瞳孔を目にして、王太子の目が歓喜に輝いた。ピーナは満更でもない顔をして肩を竦める。席を立ったザイードが興味深そうに鱗に触れた。剥がれないかと爪で引っ搔いて怒られている。

 ゴホンと咳払いをして、頬を赤らめた王太子が場を正した。


「見苦しい姿を見せた。……お二方に直接していただきたいことは今のところないのだが、言った通り、絵姿を描かせて欲しい。これはフリィ殿――竜の魔女殿と私が親しいと、貴族たちに誤認させたいという思惑もある」

「貴族に言うことを聞かせるために、魔女の力が背後にあるんだと牽制したい。そういうことですか」

「すまない。そうなる」

「いいですよ。その方がスムーズでしょうし。ピーナもいい?」

「フリィがいいなら、いいぞ。害もないしな」


 害を与えようがない、と言うべきだろう。直接的に危害を加えてくるのであれば反撃をするだけだ。魔女や竜に敵うわけがない。

 彼は今後の展望をいくらか話してくれた。

 昨日の今日で変化はないが、竜を倒したからには、今後結界の媒体として使われていた竜の眼に影響が出るかもしれない。加護で弾けるレベルの魔物なら魔道具で退けられる。念のため備蓄してきたので、各地に配る予定である。魔法使いにも戦闘訓練はさせているから、何かあれば派遣することも視野に入れている。

 万が一加護の力がなくなってもやっていけるよう、王太子は少しずつ準備をしてきたのだという。それは素直に尊敬に値することだった。何かあれば加勢しようと心に決める。


「並行して、捻じ曲げた歴史を正し、徐々に魔法の力を取り戻したい。無理に増やすつもりはないが、あると便利なのは間違いないから。……ああ、そうだ、魔女という呼び名も撤回をさせないとな」

「うーん、それはどちらでもいいですよ」


 思い出したというように提案した王太子の言葉を否定すれば、きょとんとした目を向けられた。


「嫌な思いをしないか?」

「これから嫌なイメージを払拭できれば特に気になりません。魔法使いの女性版というだけですし」


 言葉を切ってピーナに視線を投げる。目を細めて、にんまりと笑った。


「竜の魔女、という呼び名は気に入ったんです」

「……なるほど」


 ピーナとフリィを見比べて関係性に納得を得たらしい。なんの含みも見せず、フリィの幸福に笑顔をくれた。


「まあとにかく、他は気長なものだとしても、魔女の復権についてはあなたが生きている間にお願いしますね」

「え? あ、ああ。勿論急ぐつもりだが」


 期限を区切ったフリィに、彼は戸惑い露わに頷いた。


「友人になりたい。そう言ってくださるんでしょう?」


 いつかあなたに、友人になりたいと言える国にしたい。

 手紙にあった一言は、魔女を追いやった者の子孫として気兼ねをしているようだった。それなら魔女の悪評をある程度払拭してくれればいい。区切ったのは期限ではなく、目標だ。

 王太子にもそれは伝わったのだろう。揺れた瞳を再び強くして、大きく頷く。


「……頑張るよ。そうだな、あなたたちの結婚式で友人代表挨拶ができるくらいに」


 ピーナとフリィも頷き返し、空気が温まったところで。


「は? 友人代表で挨拶をするのはオレだが?」

「私ですけど!」


 ザイードが勢いよく席を立ち、家の扉が弾け飛んで死んだ。

 駆け込んできたユメルが王太子に詰め寄る。友達ナンバーワンの座を狙っているのかとかなんとか。一番はオレだ、私だと言い合いが始まり、自主的に表に出て行った。

 ぽかんとした王太子が残されたが、アレは後から不敬罪を食らったりはしないのだろうか。心配しながら見守るフリィの前でしばらく迷い、好奇心が疼いたのか、彼は轟音響き渡る外へと踏み出していく。

 王太子の無事を祈りつつ見送って、フリィはピーナを仰ぎ見た。


「結婚式、するの?」

「いいな。しよう。竜は宝物を飾り立てるのが好きらしいし」

「そうなの?」

「本で読んだ」


 左手を取られる。ピーナの鱗でできたブレスレットをなぞり、滑った手が薬指を擽った。


「明日、トートドードのところに行くか。おまえが自由になったことの報告がてら、新しくアクセサリー作って貰おう」


 意図を持った手つきに胸がムズムズする。恋人や伴侶に指輪を送るのは人間独特の文化である。左の薬指は特に、結婚した夫婦の証だった。

 照れ隠しに目を逸らし、喧嘩別れ中の友人を思う。


「……結婚式には来てくれるかしら」

「嬉々として友人代表挨拶決定戦に参加するんじゃないか」

【――、・~・lililitta……?】

「死人が出るからあなたはステイよ、リリリッタ」


 ひょこりと顔を出した小さな友人に話が通じていなくてよかった。通じていたら、表で森林破壊活動に勤しむ二人の間で魔力を炸裂させていただろうから。

 決闘に巻き込まれた魔物の嘶きが聞こえる。ユメルとザイードが言い合う声。それから王太子の悲鳴。騒ぎを聞きつけ集まってきた妖精たちが魔法を打ち上げて彩りを添えた。窓の外が七色に輝いて、リリリッタもお祭り騒ぎを見に飛んで行った。

 あんなに静かだった家が、賑やかになったものだ。一人で過ごしていた間とは大違いである。

 変化の始まりの人に目を向けると、彼は目尻を下げて顔を寄せてきた。ちらりと外を見て、誰も窓から見えないことを確認する。そっと目を閉じ、顎を上げ。


「フリィさーん、勝ちましたよー! 私が代表ですよー!」

「え!? お、おめでとう!」


 口づける寸前に響き渡った元気な声に、やましいところを見られたような気持ちになって、肩を跳ねさせながら立ち上がった。頬を押さえると随分熱い。

 このまま出て行ったら冷やかされてしまいそうだ。扉の前で止まっていると、追いついてきたピーナに肩を抱かれた。


「行かないのか?」

「顔が赤くて……何かあったって言うようなものだから、恥ずかしいのよ」

「ふうん」


 ぐっと引き寄せられてたたらを踏んだ。顔に影が落ちる。軋みを上げて扉が開く。唇が柔らかいものに包まれた。

 ユメルが歓声を上げ、ザイードが口笛を吹く。王太子は礼儀正しく見ないフリをしてくれた……と信じたい。

 すぐに離れたピーナは悪戯っぽく笑った。なんてことをしてくれるのか。フリィの顔は真っ赤になっているに違いない。

 友人たちの方を見ることはできなくて下を向く。何をしているのかと近寄ってきた魔物たちと目が合って、行き場を失った視線が泳いだ。


「俺は見せびらかしたいけどな。俺のものだってわかりやすいだろ」

「ちょっと、ピーナ!」


 高く持ち上げられて、慌てて両腕で抱き着いた。


「たった一人の俺だけの魔女。これからずっと、よろしくな!」


 抱き締め返され、輝く笑顔を向けられて、文句はどこかに引っ込んだ。

 まあ、いいか。異種族の常識は人とは違う。人前でふしだらだなどと目くじらを立てる人もいないことだし、こんなに幸せそうなのだから、今日はあちらの流儀に倣っておこう。

 こちらからもかすめるように唇を合わせて、フリィはピーナと同じく、幸せそのものの顔をして微笑んだ。

本編これにて終了です。ありがとうございました!

よろしければ評価などいただければ幸いです。


少し間があきますが、そのうち番外編を追加する予定です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] タイトルと一文字違うだけでこんなに幸せな言葉になるんだー、と感動しました。 酷い偏見に苦しめられてたフリィが、ピーナをはじめ友人達と心を繋いでいく様がとても良かったです。 番外編の、緑の魔…
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