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17.気づけなかった好意たち

 ケスパの葉の一番柔らかいところだけを切って、少量の秘薬と共に煎じる。仕上げに僅かな魔力を足すと、淡い緑色に染まった液体が燐光を帯びた。

 家に住まう妖精が最も好む液体である。これをつくると、彼女は水滴が水に落ちるような声を上げて喜ぶのだ。注いだティーカップに全身を浸し、水色と緑を混ぜながら長い髪を丁寧に洗うような仕草がフリィは好きだった。


「ねえ、どうしたの? 出ておいで」


 丁度いい具合に冷めた液体を瓶の隣に置いても、妖精はピクリとも反応せず瓶底に溜まったままだ。

 大丈夫だろうと放置してしまったが、ひょっとしたら体調が悪かったのだろうか。

 妖精に効く薬などフリィは知らない。あれはどうだ、これは駄目だろうか、と脳内で薬草辞典を捲り出したフリィの前で、ピーナは瓶を持ち上げて揺らした。

 地鳴りのような声が響く。二言、三言と紡ぐと、水の中に目が生えた。水面を泡立たせながら、水中を漂う目を剣呑な形にする。何やら文句を連ねているらしい。


「なんて言ってるの?」

「拗ねてんだ。あー……自分で聞いてみた方がいいな、これは」


 自分でと言われても、あいにく妖精語は嗜んでいないのだが。


「短時間しか効かないから、手短にな」


 言うが早いか、彼は瓶を逆さまにして上下に振った。

 突然の暴挙に対応しかねたのだろう。水となっていた妖精がべちゃりとテーブルの上に広がった。水はすぐさま収束していつもの妖精の形をつくり、ピーナの顔面に飛びかかると、水の束を顔に開いた穴という穴に捩じ込もうとする。


【asd98234! gigbee!】

「こら、止めろって、おまえのためだぞ。こら!」


 指先を妖精に向け、続けてフリィに向けた。

 何かの魔法をかけられたな、と思うと同時、妖精の金切声が意味を成す。


【デカブツ/貴様/気に食わない//私/先に/フリィ/~となる/友達/偉そう//gigbee!】


 ……大分わかりづらいが、何もわからなかったときよりは確実に進歩している。

 分散する単語を並び替え、次々増える罵倒を取り除く。意訳をすると、こうだろうか。


「……私が一番最初の友達だったのに、後から来た人たちが仲良くしてるのがイヤ……ってこと?」

【!】


 妖精が目を丸くしてこちらを向いた。ピーナの顔面を足蹴にして、勢いよくフリィに飛びつく。


【lililitta/言葉/~がわかります!/不思議】

「りりりった?」

「あ、馬鹿」


 キャア、と嬉しそうに妖精が両手を上げた途端、家の中に別世界を繋げる狭間が開いた。

 慌ててピーナが爪を立て、無理矢理に裂け目を閉じる。バリバリと凄まじい音がした。


【名前/嬉しい//来る/妖精界//なぜ?/~を閉じる/扉】

「……ピーナ、ありがと」

「おう」


 名前を呼ぶのは妖精界行きを了承する行為らしい。またひとつ賢くなった。その内、妖精の生態を纏めた本でも執筆しようか。誰かの役に立つかもしれないし。

 ドキドキする心臓を落ち着けて、あのね、と仕切り直す。


「私、あなたのこと」

【名前/lililitta/呼ぶ//願い!】

「妖精界に連れて行かれるとか付随する何かがないなら呼ぶわ」


 ちらりとピーナに目をやると、彼はまた地鳴りのような妖精語で話しかけた。いくら翻訳されていても、やはり種族言語が一番通る。

 不満げな妖精に向けて、駄目押しとばかりにピーナが竜言語で吠えた。水の体を泡立たせた妖精は、小さな指で渋々と丸をつくる。

 ピーナがこちらに向けて大きな指で丸をつくった。


「ええと、リリリッタ」

【lililitta! 何?】


 妖精――改めリリリッタはパッと顔を輝かせて言葉を待った。


「私、友達のことを知らなくて、あなたが私の友達でいてくれたことに気づいてなかったの」


 ムッとした彼女にごめんねと謝る。

 手のひらを差し出すと、飛沫を上げて飛び乗った。水になったリリリッタは指の隙間を抜けて、手の甲側から顔を出す。


【……lililitta/思う/友達/フリィ?】

「ええ。友達よね。この家で、ずっと一緒にいてくれたもの」

【友達//フリィ/lililitta/友達//嬉しい!】


 どうやらそこで魔法の効果は終了してしまったようだ。

 涼やかな水の音を鳴らしながら、長い時を寄り添ってくれたリリリッタは軽やかに飛び回る。はしゃいだままで魔草を煎じた液体に頭から飛び込み、飛び散った水を浮かせて集めた。

 キャッキャと水浴びを楽しむリリリッタにのご機嫌ぶりを目にして、様々な妖精たちが寄ってきた。妖精につられて魔物たちも、器用に鍵を閉めていなかった扉を開けて顔を出す。

 年々高くしているのに、また魔物たちは柵を飛び越えられるようになったのか。庭仕事の道具を倒される程度なので、構わないといえば構わないが。

 ベエベエと鳴いて腰に纏わりつく魔物の頭を、この子たちも友達だろうかと悩みながら撫で繰り回した。


「……なんか」

「うん?」


 我も我もと集まる団子の中から、埋もれかけたフリィをピーナが回収した。そのまま腕に抱き上げられると天井が近くてそわそわする。


「私って思ってたより……好かれてたのね」


 ピーナの赤い瞳がこちらを向いた。何を言ってるんだと言われるかと思って俯くと、頬を擽られて顔を上げさせられる。


「そりゃそうだろ。こんなに可愛いんだからな」

「家族の贔屓目でしょ」

「家族になる前から思ってた」

「じゃあ、その前から家族として見てたんじゃないの」


 フリィがユメルやトートドード、リリリッタを友人として認識していなかったように。

 さして含みもなく口にした言葉に、ピーナは答えずじっとフリィを見つめた。


「……」

「……何?」

「うーん……」


 ちゅ、と軽い口づけが落とされる。驚いて硬直する口に、頬にと何度も触れて、最後にぎゅうと抱き締めた。

 水がこぼれる音がする。葉擦れや地鳴り、火花の音が断続する。


「まあ、そうかもなあ」


 どこに対してのそうかもなのだろう。フリィへの返答か。それともフリィにはわからない妖精語への返答か。

 密着する体温がなんだか落ち着かないので、とりあえず魔物の毛玉の中でもいいから早く下ろして欲しい。


「なあ、リリッタが街について行きたいってよ」

「悪戯しないようにしっかり言い聞かせておいてね」

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