第九十一話(カイル歴506年:13歳)合同最上位大会③ 秘めた目的を持つ者たち
大会前日の朝、俺は昨日に続き来賓のご案内だ。
朝、迎賓館に迎えに行くと、何故かお土産の法被を纏った、厳しい顔の集団に、思わずドン引きしてしまった。
「いや、なに……、辺境伯が、この法被という羽織物をいたく気に入られてな、今日はこれを着て町を見られると……、なので、当然我らもな……」
ゴーマン子爵、相当恥ずかしいのだろう。
遠い目をして話しているが、顔が赤くなってる。
うん、宮仕えは、世知辛いですね。
もちろん父も、キリアス子爵も、コーネル男爵、騎士団長さえ、同じ法被を着ていた。
「……」
どう見ても怪しさ満点だった。
俺も急遽使いを出し、3着持ってきて貰った法被のひとつを纏った。
サラリーマン時代は、オーナー企業に勤め、こんな『右に倣え』みたいな経験は幾度となくあり、俺は全く躊躇することもなかった。
「ふむ、ここが辺境騎士団支部となる、か」
半ば建設が完了し、一部は滞在できるようになった辺境騎士団支部兵舎と、騎士団駐屯所を眺めて、ハストブルグ辺境伯は思った。
既に用地も確保してあり、十分な広さの駐屯地になるだろう。
「こうなる事も、予め予測していたという事か」
辺境伯は、ひとり呟くと、改めて思った。
あの、まだ13歳の子供が……、改めて考えると、空恐ろしささえ感じる。
昨日見た関門のことといい、今回の戦、そしてその後の展開ですら可能性のひとつとして、予測していた、そういう事だろう。
「お父さま、そんな所より、早く中央広場とやらに行きましょう」
辺境伯は末娘のフローラに手を引かれ先を進む。
そう、今回の彼らの【視察】の目的は2つある。
テイグーンの町並みと防衛力をつぶさに見て、辺境騎士団支部となる場所を確認すること。
そしてもう一つは、政治だ。
子爵家の息子たち、既に男爵の称号を得ている、この2人を取り込むこと、これも目的のひとつだった。
辺境伯はその為に、目に入れても痛くない、溺愛していると言われても否定はしない末娘、フローラをわざわざ今回同行させて来たのだ。
そんな父の目的も知らず、屋敷のある街から、初めて外に出て、旅をする彼女は非常に喜び、かつ楽しんでいる。
昨日は彼女が、テイグーンの商店で購入した品の多さに、辺境伯は思わず目を覆ったぐらいだ。
「お父さま、私も是非、屋台というものを食べてみたく思います」
そしてもうひとり、同じく溺愛する娘を連れてきた者がいる。それもなんと、ゴーマン子爵だ。
子爵は、屋台は食べる物ではない。
そう思ったが、心から楽しそうにしている娘を見て、彼女の気分に水をさすのを止めた。
若干の年齢差はあるが、近しい年齢の2人と、更に彼女達より歳下ではあるが、物怖じしない性格の妹はすぐに仲良くなった。
昨日の【お茶会】で妹から聞いた、中央広場にある屋台で売っている食べ物、2人はこれを楽しみにしている。
もちろん俺は、こっそり人を屋台に先行させ、問題がないか、また問題が起こらないように、細かい確認を行っている。
「ダレク卿、タクヒール卿、我らの案内は最早不要だ。
どうか、先を行く娘たちの面倒を、頼む」
辺境伯からそう言われて、兄と俺は先行する3人の後を追った。
「こうして見ると、我らが陣営の未来も、頼もしくもありますな」
「全く、その通りだな」
コーネル男爵の言葉にキリアス子爵が続く。
なんか、気のせいかフラグ立てられてる気が……
「さて、我らは道すがら、辺境騎士団の話でもいたすとするか。幸いにも、ここには主要な者が全て揃い、王都騎士団団長までおる。こんな機会は滅多になかろうて」
端から見れば、のんびり散歩を楽しむ異様な(法被の)集団。だが、そののんびりとした様子からはかけ離れた、物騒な話が始まった。
「さて、此方では供出してもらった兵を合わせ、2,000騎の目処は既に立っておるが、残りをどうするか、ゴウラス殿、卿の存念を伺いたい」
「そうですな、王都騎士団から200騎、これは都合がつけれるでしょう。後は、今回参陣した南部の貴族から200騎、なので新規召し抱えは100騎程度でしょう」
「あと500騎足らぬようじゃが?」
「これは、第二子弟騎士団に所属していた者を見込んでおります。ダレク卿に率いられていた者たちです。彼が副団長として立つ軍団で有れば、喜んで馳せ参じるでしょう。
まぁ副団長共々、卒業を待つ事にはなるだろうが」
「元々第二子弟騎士団は、王都騎士団への入団を目指す者が大半でしたしね」
先の戦役では、騎士団長に第二子弟騎士団の面倒を見てくれ、そう頼まれていたキリアス子爵が追随する。
「左様、それに、王都でのダレク卿の評判は、此方では想像もつかないほど高い。
既に目ざとい貴族共は、娘を彼に近づけようと色々画策しておるぐらいだ」
「ほう? では此方も急がねばならんな」
ゴウラス騎士団長の言葉を受け、辺境伯は自身の目論見を更に前に進める決意をした。
「次に、各軍団の指揮官、副団長の件じゃが……、特にキリアス卿、お主は兼任できる余裕はなかろう?」
辺境伯はキリアス子爵が自軍と辺境騎士団500騎、その両方の統率を兼任する事に、危うさを感じていた。
「はい、辺境騎士団の方は、運用自体は配下の優秀な者に任せる予定です。
そのため問題ありません」
「王都騎士団からは、指揮官として申し分のない、優秀な者を送るよう考えている。
その部隊の指揮は、それで事足りよう」
ゴウラス騎士団長も指揮官について、自身の思惑を披露した。
これで、王都騎士団が出向してくる部隊は、騎士団長の推薦した指揮官に任せることができる。
「それはありがたいですな。ですが、まだ2人足りませんが……」
キリアス子爵の疑問にゴウラス騎士団長は首を振った。
「辺境に人がいない訳でもあるまい。必要があれば育てれば良いことよ」
「そうですな、候補者のひとりも、あと3年もすれば問題なく成長することでしょう。それまでは辺境伯が直々に面倒を見る、それでも良いかもしれませんね」
兄と俺は、そんな密談が歩きながら、呑気にされているとは思いもよらなかった。
「んんまぁっ! これおいしいですっ!」
「本当ですっ、皆さまはいつも食べれてずるいです」
2人のお嬢様は、屋台で販売されているスイーツに、感嘆の声を上げた。
「フローラお姉さま、ユーカお姉さま、ずっとテイグーンにいらしたら良いじゃないですか、お二人共、本当のお姉さまになってくれると良いのに……」
「まぁっ!」
「ふふふっ」
えっと……、妹よ。天然キャラは知っている。
でも、特大フラグ立てるのは、止めて欲しい。
兄と俺は……、聞こえない振りだ。
そりゃ、とびっきりの美少女が2人、妹含めて3人か、こんな絵面見たら、心は揺れるよね。
「兄さん、俺たち、色んな所から外堀埋められてないですか?」
「タクヒール、お前もそう思うか?」
俺たちは小声で囁きあった。
「ところでお姉さま方は、勝者投票、どの組にされるのですか?」
「そうですねぇ、私、よくわからなくって」
「私もです。父から金貨はもらったのですが……」
3人プラス兄がじっと此方を見てる。
ですよねぇ、はい、ご説明させていただきます。
「先ず第一に、今回の競技会は個人戦の第一部と、団体戦(領地対抗戦)の第二部で実施されます。
ポイントは第一部と第二部、参加者は重複参加ができません。
そのため、ソリス子爵家の参加者に限り、もう一つルールがあります」
第一部(変更なし)
過去一年の定期大会で3位以内入賞者のみ参加可能。
第二部(特例ルール)
過去全ての定期大会で上位3位以内入賞者より選抜。
「あと、競技において全ての魔法は使用禁止です」
◯第一部 個人戦 <順位組投票>
個人成績が1位の組と2位の組の組み合わせを当てる投票となる。
仮に赤に所属したものが一位だった場合
赤-赤(赤組が1位と2位を独占した場合)
赤-青
赤-黄
赤-緑
赤-白
赤ー茶
「以上の様な組み合わせとなり、都合36通りの中から予想し、的中確率は三十六分の一です」
今回、組の振り分けはエストール領以外の参加者は全て(各領地それぞれ3名)茶組に振り分けた。
他の組は各組6名なので、茶組が有利か、それともこれまでの経験でエストール領出身者が有利になるか、そこの判断もポイントのひとつだ。
そして、過去の最上位大会上位の、カーリーン、クリストフ、ゲイル、ゴルドは個人戦には出ていない。そこも大きなポイントとなる。
◯第二部 領地対抗戦 <上位二組投票>
各領地から5名の代表が出て、自領の一位を目指す団体戦だ。
優勝と準優勝の組み合わせを当てる投票となり、一位と二位の順番はどちらでも構わない。
組み合わせは以下の通り。
①ソリス & ハストブルグ
②ソリス & キリアス
③ソリス & ゴーマン
④ソリス & コーネル
⑤ハストブルグ & キリアス
⑥ハストブルグ & ゴーマン
⑦ハストブルグ & コーネル
⑧キリアス & ゴーマン
⑨キリアス & コーネル
⑩ゴーマン & コーネル
優勝した領地と準優勝した領地の組み合わせを当てれば良いので、確率は十分の一。
おそらく、過去の実績からソリス子爵家が一番有利なので、有力な筋を選べば確率は四分の一。
特にウチからはカーリーン、クリストフ、ゲイル、ゴルドが此方に出ている。
大穴狙いなら順位組投票、堅実に行くなら上位二組投票だろう。
「領地対抗戦に出る、ウチの出場者は凄く強いです。
なので、ソリス子爵家を絡めた投票がお勧めです」
※
勝者投票権を買う受付前で、3人が集まりヒソヒソと何かを話している。
「これだけあると、悩みますね。
それぞれの自領を応援するのは当然として、それだけでは面白くありませんね」
「そうですわね。せっかくですもの、的中させてお父さまを驚かせてみたいですわ」
フローラの悩みにユーカも答える。
「フローラお姉さま、ユーカお姉さま、良いことを思いつきました。
私たちの中で、お互いの情報を交換してみるのはどうでしょう?」
「!」
「良いですわね! そうしましょう」
「はい、私もフローラさまと同じく賛成です」
3人は何かを企む、そんな顔になり、お互いに見つめ合って笑った。
「先ずわたくしから、ハストブルグ家では、特に秀でた者がひとりいます。お父さま曰く、『過去にソリス領で見た大会でも優勝できる』、そう仰ってました。
キリアスさま配下の方たちとの勝負でも、圧倒的に勝利して、直々に特製のクロスボウを授けられていました。
彼以外は、特に秀でた者がいないため、『個人戦での優勝を狙う』、お父さまはそう仰ってました。
あと、共によく訓練を行うキリアスさまの兵については、『全体的に技量は高いが、突出した者は居ない』、そう評価されておりました」
「私からも。ゴーマン家は、ここ2年クロスボウ大会を行い、特に力を入れてきました。
今回お父さまは『優秀な射手はソリス家を超えた』、そう息巻いております。
そのため、最も優れた者は全て、団体戦に投入して『団体戦で勝ちを取りに行く』と、密かに画策しております。
因みに、私も聞いた話ですが、戦場で共に戦ったコーネルさまの弓箭兵を、『全体的に信頼はできるが、圧倒的な上位者がおらん』、そう仰っておりました」
「……」
『おいおい、お父さま方、幾ら娘に甘いと言っても、機密がだだ漏れじゃないですか?』
俺はこっそり聞き耳を立てて、兄と笑っていた。
「今度は私からお姉さま方にお伝えします。
まず兄は団体戦を確実に取りにいってると思います。
過去2回の優勝者、準優勝者と最強の方達を団体戦に配しています。
おそらく兄のあの自信。優勝、または準優勝は確実と思います」
妹は言葉を続ける。
「でも、兄は個人戦にも手は抜いてないと思います。
過去の大会でも優勝しているのは、全て兄の配下、直属の方々ばかりです。
そこは押さえておく情報だと思います。
そして今回、私も知っている、兄直属の方がお2人参加しています。
特にこの方、リリアさんは怪しいと考えています。
兄の配下の方で女性ながらに参加されている事、そして、先の戦でも兄と共に戦場に行っています。
兄に直属で仕えている女性は特に凄い方ばかりです。
おそらく兄は、過去の優勝者を団体戦に回しても、勝てると判断しているのでしょう。
そして、個人戦にこれまでの優勝者が出ると、人気が集中してしまいます。
それを回避しながら、勝てる算段をしている。そう考えているように思えます。
兄は、賢いようで意外とわかりやすい人ですから」
「……」
横で声を押し殺し、もう一人の兄は腹を抱えて笑っている。
俺は、娘を溺愛する父親たちを笑えなくなっていた。
妹には何も話していないのに、一番分析されている俺の立場は、どうなるのだろう。
「決まりましたねっ!」
3人は笑顔で受付所へ走って行った。
そして、それぞれ、個人戦では金貨1枚の投票券を3種類複数口、団体戦では、それぞれが金貨10枚の投票券を複数口購入していた。
兄はぼそっと呟いた。
「女って……、怖えーよ、母上だけじゃないんだな。
迂闊に話したこと、全部押さえてるし、あの賭け方、勝てると思った時の追い込み方が、半端ねぇ」
「同感です、っていうか……
オレッテ、ソンナニ、ワカリヤスイデスカ?」
ご覧いただきありがとうございます。
ブックマークやいいね、評価をいただいた皆さま、本当にありがとうございます。
凄く嬉しいです。毎回励みになります。
また誤字のご指摘もありがとうございます。
こちらでの御礼で失礼いたします。
これからもどうぞ宜しくお願いいたします。
<追記>
九十話〜まで毎日投稿が継続できました。
このまま年内は継続投稿を目指して頑張りたいと思います。
また感想やご指摘もありがとうございます。
お返事やお礼が追いついていませんが、全て目を通し、改善点など参考にさせていただいております。
日頃の応援や評価いただいたお陰と感謝しています。
今後も感謝の気持ちを忘れずに、投稿頑張りますのでどうぞよろしくお願いします。