第八十九話(カイル歴506年:13歳)合同最上位大会① 来訪者たち
そろそろ、秋の終わりが近づき始めたころ、テイグーン行政府の会議室では、疲労困憊の全員が、安堵のため息をついた。
「なんとか……、間に合いそうだな」
俺が戦場から凱旋後に急遽、皆に準備を依頼したテイグーンでの最上位大会の開催。
皆はあれから1か月ちょっと、全員が寝る間も惜しんで走り回っていた。
「そうですね、最後に地魔法士と重力魔法士の増援がなければ危ない所でした」
ミザリーも安堵のため息をつく。
グレース神父との密約後、新たに仲間に加わった魔法士たち。その力を得て、工事は一気に進んでいた。
当初は初夏に行っていた最上位大会も、第二回は秋に、そして今回は戦役もあったため、中秋に実施が予定されていた。
しかし急遽、テイグーンでの開催を指示された。
そのための、会場構築や、受け入れ態勢等の準備が間に合わないことを理由に、延期してもらっていた。
そのため、第3回の開催は、年の終わりに近い、晩秋の実施に(それでも当初は間に合わないと言われていた)変更されていた。
<新規造成工事>
来年から行う、第二期開発工事で作る予定だった北の出丸、この予定地を競技会場にあてた。
テイグーンの町の北側に、逆三角形の形をした、東西800メル(≒M)、南北800メル(≒M)の土地を、城壁に囲まれた、宿場町や飲食街、そして十分に広さのある観客席を用意した、競技場として構築した。
城壁の素材となる石材はふんだんにあった。
テイグーン町の左右にある断崖から、地魔法士たちが切り出し、時空魔法士の2人が収納して運搬。
そして重力魔法士の補助の元、土壁の基礎に積み上げていく。
なお、重力魔法士が関わる作業だけは、人目を避け、限られた人員で夜間に行った。
各種建設工事を、城壁のできる過程を見て、この世界の魔法士がいかにチートであるか、俺はまざまざと思い知った。
こうして、急ピッチで、厚みも高さも防御施設として見れば、まだまだ不十分ではあるものの、町としてはなんとか及第点の城壁が完成した。
外壁の工事に並行して、内部の工事も進められ、競技場や宿泊施設、その他、仮設の施設群もなんとか間に合いそうだ。
これらの工事に当たったのは、テイグーンに滞在していた期間労働者400名と、捕虜400名、父に頼み、臨時派遣してもらった兵を含む常備軍200名、傭兵団からの100名も含めて、合計1,100名だ。
また、町の中からも応援として、多くの人々が作業に協力してくれていた。
そして、全員の努力の結果が、今に至っている。
※
第3回最上位大会(5領地合同競技会)は、こうして開催の準備が整った。
開催2週間前には、エストの街から父、母、妹、家宰に加え、応援として領主館からメイド達が、行政府からも人員が、この町にやってくる。
「これが! タクヒールさまの作ったテイグーン! 素晴らしい! 実に素晴らしいです!」
視察以来、2年振りにテイグーンを、先乗りで訪れたレイモンドさんが、感激してくれた。
「タクヒール、例の件、大丈夫か?」
「はい、滞りなく。また、この度も誘致の件ありがとうございます」
「うむ、楽しみにしておるぞ。お主もなかなか……、分かる様になったではないか」
「いえいえ、私などまだまだ……」
端から見れば、時代劇の悪代官と越後屋の会話だ。
そう、エストの街での断罪イベント以降も、父はブレていなかった。
応援部隊を引き連れてやってくる、母や妹よりも、父は先行してこちらに来ているのだから。
「ただ、母上がいらしてからは、くれぐれもご注意ください。父上も、どうかほどほどに……」
俺はできる範囲で、父に対し釘を差し警戒を促した。
※
今回、家宰とも相談し、競技場となる宿場町にも新たに娼館を建設していた。
ゆくゆくは、テイグーンの町中から一部を移設するために。
そして大会開催中は、エストの街からも、その方面での応援人員が、テイグーンの町や宿場町に臨時で派遣されてくる、そんなことも聞いていた。
もちろんこの件、ちゃんと母には経緯を伝え、内諾は得ている。
更に父にはその事(母に伝えた事)も伝えている。
前回の断罪イベントは、ちょっと見てられない状態だったので、今回はそんな事の無いように、父への注意喚起も、忘れないように行った。
【前回の歴史】では、俺の記憶に父の断罪イベントなど無かった。
【今回の世界】で、俺が色々やった結果、
穀物相場への投機収益
2回の戦役の褒賞
第1回最上位大会の胴元(父個人)収益
などを含め、父個人の財布はもちろん、領地としても経済的にかなり余裕ができたこと、このせいで父の行動が変わってしまったのかも知れない。
俺も少しだけ責任を感じている。
※
母と妹、メイドや料理長のミゲルさんが到着すると、早速彼らは迎賓館に入り仕事を始めた。
俺はヨルティアを、母の配下として付けた。
「奥方さま、先日は大変お世話になり、本当にありがとうございました。ずっと夢見ていた事、叶えていただいたご恩は、一生忘れません」
ヨルティアは感激して、恩人である母の指揮下で働いた。
「ヨルティアさん、幸せそうで良かった。皆は良くしてくれてるかしら?」
「はい、幸せ過ぎて、夢のようです」
「丁度私も、貴方の人脈を是非借りたいと思っていた所なの。力を貸してちょうだいね」
「はい奥さま。私でお役に立てるなら喜んで!」
母は最強の諜報員を手に入れた。
こうして俺たちの知らない所で、完全に、父の【貴族としての嗜み】は筒抜けになったといえる。
※
開催3日前になると、来賓始め観光客や使節など、多くの人がテイグーンを訪れ始めた。
今回、テイグーンの町中にある宿泊施設を利用できるのは、来賓関係者、随行員や招待客、関係のある商人一行、そして競技大会参加者のみだ。
もうそれだけで、増設したにも関わらず、町の中の宿泊施設は、ほぼ満室となっていた。
一般来訪者や、これまで関わりのない商人、その他随行者は、急ごしらえの、でも、それなりにきちんと作った、競技場の宿泊施設を利用する事になった。
此方は、仮設の宿を含め最大1,000人を、収容出来るよう対応したが、それでも足りなかった。
予備として用意した、簡単な土壁で囲った場所(今回作った宿場町の反対側)の空き地に、天幕を貼った宿泊スペースや、仮設住宅などにも、人は流れていた。
そして、王都からは兄のダレクと、何故か王都騎士団の団長、及びその他随行員がやって来た。
騎士団長自らが、わざわざ辺境に来るのは異例中の異例だが、辺境騎士団設立に向けた【視察】、その名目で此方に来ているらしい。
兄は開催応援で領地へ戻る直前に、再び学園長に呼び出され、【視察】一行の案内役として、任務を仰せつかったらしい。
「事前に知らせる余裕がなくてな。多分これも彼らの思惑のひとつだと思う。
タクヒール、騎士団長と随行員、彼らには恐らく魔法士の件は筒抜けだと思う。気をつけろよ」
そう兄から助言された。
俺も兄に、グレース神父から貰った情報を共有し、彼らの監視役としてアンを付けた。
彼女には、既に情報は共有しており、接遇役、兼、案内人の立場から、彼らを監視してもらう。
監視の結果分かったことは、どうやら今回、関心を持って調査に来ているのは、1つの派閥のみ。
その派閥に属する貴族の、配下と思しき者3名と、騎士団長だ。
アンには、引き続きこの4人の動向に注意すること、でも絶対に手出しは無用と伝えた。
彼らの来訪に続く様に、ハストブルグ辺境伯の一行が、キリアス子爵一行、ゴーマン子爵一行やコーネル男爵一行と共に到着した。
それぞれの随員、各領地の参加者も含め、400人を超える大行列だった。
どうやら全員がエストの街で合流し、父に先導されて来た様だった。
あれ?
父?
父は『来賓用の施設の状況を確認する』という目的で先乗りし、母達の一行が到着すると同時に、『来賓のお迎えと先導』のため、エストの街に戻っていた。
そして、各貴族の当主と家族、お世話する人員や、王都からの視察団は新設したばかりの迎賓館に、その他の随員や競技参加者は、予め指定された町の中の宿に割り振られた。
もうこの頃になると俺は、来賓の対応に掛かり切りで、運営の最終準備はクレアを筆頭に一任していた。
明日からは、大会を前に、視察団の目的を叶えるため、俺は走り回ることになる。
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<追記>
七十話~まで毎日投稿が継続できました。
このまま年内は継続投稿を目指して頑張りたいと思います。
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今後も感謝の気持ちを忘れずに、投稿頑張りますのでどうぞよろしくお願いします。