第八十八話(カイル歴506年:13歳)教会との攻防
「タクヒールさま、今日はどういったご用件ですかな?」
俺は、テイグーンの町の教会に来ていた。
俺たちが訪問すると、さっそく神父が外まで迎えに来た。
「今回の戦役で、神のご加護を以って無事帰還し、私も戦功の褒賞を賜る結果となりました。
またテイグーンの町が、敵の侵攻を無事はねのけられたことも、神のご加護と感謝しております」
俺の訪問を受け、挨拶に出てきた教会の代表、グレース神父の顔は期待に満ちている。
「加えて、いつも魔法適性の確認でご協力いただいている御礼に、心ばかりの喜捨を持参しました」
「これはこれは、ご両親を始めソリス子爵家の皆さまの信仰の深さ、これも神の思し召しでしょう。
さぁどうぞ、奥のお部屋を用意してございます」
部屋に入ってから、予想通りの展開に、グレース神父は満面の笑みをこぼした。
彼の目の前に、金貨が100枚ほど詰まった、大きな袋が差し出されたからだ。
彼は元々、エストの街の代表神父であった。
しかし、テイグーンの開発が始まると、その地位をあっさりと後進に譲り、テイグーン町に来た。
俺がもたらす魔法士関連の利権、そしてテイグーンの未来を予期した、先見の明がある商売人だ。
テイグーンの町の教会は、まだ増築中で発展途上ではあるものの、将来的には、エストの街にある教会を凌ぐ規模になることが予想されている。
「ちなみに今度はいつ頃、魔法士の適性確認をご予定されておりますかな?」
早速商売の探りを入れてきた。
確か、前回は妹含め13人分だっけ……、大盤振る舞いしたもんなぁ。
「その件ですが、今後の適性確認は見送ろうと考えています」
グレース神父の顔色が変わった。
「今回の戦役で、我が兄が、不本意ながら第二子弟騎士団を取り纏める役目、引き受けざるを得なかった経緯を、ご存知でしょうか?」
「そ、それとどういった関係が……」
神父の顔が曇っている。
「はい、ソリス子爵家における魔法士に関する情報が、王都の一部の人間には筒抜けのようで、その情報で以って、危険な任務を強要された事実がありまして……」
「そ、それは……、大変由々しき事ですな」
神父は真っ青になって汗をかいている。
うん、焦るよね。
教会という縦組織、神父が情報を売ってなくても、更に上位のものが売ってる。
それは十分考えられることだ。
おそらく、事実はその通りになっているのだろう。
「その為、魔法士の適性確認は一旦取りやめると……」
「まぁ本音を言えば必要に応じて、他領で、同じく適性確認ができる場所での実施も検討中です。
それなら、子爵家の名前を出すこともなく、王都から脅威と思われる事や、無用な誤解を受ける事もないでしょうから」
「いや、そ、それはあまりに……」
そりゃそうだよね。
当てにしていた大きな収入源が、他にもっていかれるんだから。
更に追い込む為に、続きを言いかけた神父を制した。
「グレース神父には大変お世話になっていますし、神父から情報が出たとは考えておりません。
ただ教会の組織上、上位教会への報告は義務付けられていることと思います。
その報告を受けた者がどうするか、この点、我々では対処のしようもありませんので……、非常に残念ですが。
王家を守る為の行動が、中央から脅威の対象とされ、子爵家の行く末を危うくする、これでは本末転倒です。本当に苦渋の決断でした」
とどめを刺した一言で神父は沈黙した。
暫くして、意を決したように口を開いた。
「私共は、儀式に関わる喜捨の半分を、上位の教会に納めております。
報告に必要なのは儀式の実施数、成功でも不成功でも教会は預かり知らぬ事、あくまでも副次的な事として報告は義務付けられておりません」
そう言って神父は意を決して言葉を続ける。
「日頃より信仰心が厚く、多くの喜捨を頂いている、ソリス子爵家の皆さまを危険に晒す、私共としても望むことではございません。仰るとおり、本末転倒と考えます。
今後は可能な限り……、儀式は不成功、もちろんこれまでの実績があるので、全てという訳にはいきませんが。私共でそう報告を上げるのはいかがでしょうか?」
俺は暫く悩む様子を見せた。
そしてこっそり神父の表情の変化を探っている。
「ご迷惑をお掛けする事になりませんか?」
「私も子爵家に関わる者として、子爵家を守ることに協力すること、やぶさかではありません」
「……」
俺は腹芸があまり好きではない、だが、しかし、こういう時は強いカードを持っている方が、勿体振り、相手を焦らすことも必要だ。
「グレース神父のお気遣いとご英断に感謝いたします。
今後、もし儀式は不成功、そう報告をお願いしたい場合は、その数だけ、私共からの喜捨を倍にしようかと思います。
神への感謝を込めて」
「勿論ですともっ!
王家に忠誠を尽くす子爵家を、邪まな目で見るような者は、警戒せねばなりませんからね」
神父との話し合いが上手く折り合いが付きそうだったので、更にダメ押しを行う事にした。
「アン、悪いが追加の物、持ってきてくれないか?」
俺は予め用意していたものを、敢えてアンに取りに行ってもらった。
しばらくして、アンが戻ってきた。
先ほどの金貨が入った袋、それと同じものを更に2つ神父の前に並べた。
「こちらはグレース神父個人に対し、日頃の感謝を込めて、私共からの喜捨です。
どうぞお収めください」
「なんと! これは、これは……、このように……」
いやいや、一瞬浮かべた満面の笑み、もう取り繕っても遅いよ。
これで当面の間、情報流出は誤魔化せるんじゃないかな? まぁ完璧には無理だと思うけど。
今、一番気にしているのは、重力魔法士の適性を持つ、ヨルティアのことだ。
恐らく王国内でも数少ない、もしかしたら今の時代は唯一、その可能性もある希少な魔法士スキルだ。
これが中央に露見すれば、きっと難癖を付けられる。
下手をすれば何だかんだ理由をつけ、彼女を取り上げられる可能性もある。
これだけは絶対に阻止しておきたかった。
それを含めて、金貨300枚で今後の安全が買えるなら、全く惜しくない。
これで当分テイグーンの教会はこちらの味方になる。
「グレース神父、早速ではありますが、7名分の魔法適性の確認儀式をご準備願えますか?」
「承知いたしました」
「確認する魔法の属性など、詳細はこちらに記しております。
触媒については当方で用意がございますので、いつも通り教会の仕入れ値でお譲りいたします」
「……も、勿論でございます。準備もありますゆえ、一週間後でいかがでしょうか?」
きっとこの間は、グレース神父が7人分の秘匿料について、計算を巡らしていたに違いない。
まぁ今回は6人分を秘匿してもらうことになるだろう。
『確認できたのは、1人だけでした。そろそろソリス子爵家でも、新規発見は打ち止めのようです』
こう報告してもらう事になるのだけれど。
利で動く小物には、利で釣ればよい。
俺はそう考えていた。
「タクヒールさま、あれで良かったのでしょうか?」
教会を出たあとアンが聞いてきた。
「うん、多分だけど、彼はちゃんと計算ができる小物だから、こちらが彼の利益になる間は、役に立ってくれると思うよ」
だが、俺の予測は甘かった。違う意味で……
グレース神父は、利になると思えば、思ったよりも優秀に、精力的に働く男だった。
後日、俺は彼からもたらされる情報に、驚愕することになる。
「王都の手の者より、内密に入手した情報です。
対価の報酬は不要ですので、ご活用くださいませ」
そう言って差し出されたのは、王都に情報が渡ったと思われる人物のリスト、及び、それらの人物の相関図だった。
俺の知らない派閥の構成、それらの関係が記載してあった。
「素晴らしい情報です! ありがとうございます。
神父の子爵家を思うお心、身に沁みました。
今後、我らが無用の誤解を受けないよう、内々に活用させていただきます」
俺は心の中で彼に詫びた。
『小物って言って……、ごめんなさい』
この情報は、今後兄とじっくり協議しよう。
それまでは、秘密を共有できる4人以外は、秘匿することにした。
そして、この情報は予想より早く、日の目を見ることになる。
ご覧いただきありがとうございます。
ブックマークやいいね、評価をいただいた皆さま、本当にありがとうございます。
凄く嬉しいです。毎回励みになります。
また誤字のご指摘もありがとうございます。
こちらでの御礼で失礼いたします。
これからもどうぞ宜しくお願いいたします。
<追記>
七十話~まで毎日投稿が継続できました。
このまま年内は継続投稿を目指して頑張りたいと思います。
日頃の応援や評価いただいたお陰と感謝しています。
今後も感謝の気持ちを忘れずに、投稿頑張りますのでどうぞよろしくお願いします。