第八十五話(カイル歴506年:13歳)母として
「貴方たち、急に集まってもらってごめんなさいね」
母から皆に話がある。俺に突然そう言われ、母の前に連れてこられた3人は困惑しつつ、緊張していた。
「今日はソリス子爵夫人ではなく、同じひとりの女性として、そして彼の母としてみなさんとお話しさせてください。みんな、余計な気遣いや遠慮はダメよ」
笑顔で話す母と、まだ緊張の抜けない3人が対象的だ。
「先ずはタクヒールから皆さんにお話があります。
今から彼がお話する事は、昨日まで私も知らなかった事です。
また、今後もここに居る者以外では、真実を共有するに足ると認めた人以外、話す予定はないわ。
当面は、この3人だけね。
何を聞いても、絶対に秘密は漏らさない、そう自信がある人だけ残ってちょうだいね。
脅すつもりは無いけど、貴方たちの生き方が変わってしまうこともあるの、慎重に決断してね。
今の時点で席を立っても、誰も咎める事はないわ、これは私から約束します。
皆さんはどうかしら?」
3人は迷う様子もなく、母を真っすぐ見返した。
「さすがね、この子が最も信頼する3人、そう自信を持って言っていた事も頷けるわ。
みんな少しも迷う様子もないわね。じゃあタクヒール、全てをお話しなさい」
母に促され、俺は自分の大事な秘密について話した。
【前回の歴史】を生きたこと、転生者であることは伏せていたり、一部、言葉を濁している点はあるが、概ね事実に沿って話した。
魔法士適性がある者がなんとなく分かること。
未来に起こる不幸な出来事がなんとなく分かること。
自分の中にそれらを知るもう一人の自分がいること。
危険視されないようずっと事実を秘匿してきたこと。
最後に、これまでもずっと、未来の災禍を防ぐために、一人で戦ってきたことと、それが今、 行き詰まりを見せていること、自分自身が、いっぱいいっぱいになってきていること。
あと、ヨルさんについて
信頼と称賛に値する行動をしてくれたこと。
感謝の気持ちで、仲間に加えたかったこと。
その上、魔法士としての適性も感じること。
そして、彼女が他に類を見ない、重力魔法士の可能性があり、今後のソリス家を支える柱石のひとりとして、是非とも仲間に加えたかったことも、改めて説明した。
大まかではあるが、俺の抱える秘密と、それ故の思いと本音、それらを彼女たちに打ち明けた。
話を聞いたそれぞれの反応は、全く違っていた。
私は分かってましたよ、とばかりに誇らしげなアン。
驚愕し言葉を失い、震えている様子のミザリーさん。
話を聞き、何故か突然泣き出してしまったクレア。
俺、クレアに何か悪い事いったかな。
「クレア、もしかしたら誤解させたかも知れないね。
魔法士だから俺がクレアを孤児院から引き取ったと。でもそれは違う。
運営の仕事を手伝ってもらった仲間で、信頼していたクレアに魔法士の適性があったと分かった時、どれほど嬉しかったか。
俺は、例え魔法士の適性があっても、人として信頼できる相手でなければ、仲間と呼べない人であれば、適性確認を受けさせる事はない。
そこは信じて欲しい」
「はいっ! 信じています。私こそ、取り乱して申し訳ありません。
でも、少しだけ訂正させてください。
こんな大事なこと、打ち明けていただいた事が嬉しくて、そして今まで、お側に居ながら、そんなお気持ちに気付く事が出来なかった自分が情けなくて、つい、我を忘れて泣いてしまいました。
ご心配をお掛けして、申し訳ありません」
「あ……、こちらこそ変に思っちゃってゴメン」
「もう皆さんは、何故タクヒールがヨルさんを、仲間に引き入れようとしたのか、分かりますよね。
彼には一人でも多くの信頼できる仲間が必要なのです。
これからも、彼の責任は益々大きく、そして立場は上へと、進んでいくことになるでしょう。
そして、それらに対して妬み、反感、不理解などから、敵対する者はきっと増えていきます。
そんな時、例えひとりでも、彼が心を許せる仲間、全てを打ち明けて相談できる仲間、全幅の信頼を寄せ、任務を任せる事ができる仲間が必要です。
そういった仲間を増やしていく事、これが今の彼には、一番必要だと私は思っています」
「クリスさま、私たちが浅はかでした。今お話を伺い、自分自身の狭量さに気付き、自らを恥じています」
「他のみなさまも同じと考えていいですか?」
アンの言葉を受け、母はミザリーさんとクレアにも確認した。
「私は、些細な偏見でタクヒールさまの未来を切り開く力を、奪ってしまおうとしてたんですね……今、目が覚めました」
「私も勘違いしていたと、反省しています。私だって出自のわからない孤児、そういう意味ではヨルさんと変わらないのに……、思い上がってました」
「そんな落ち込まなくて良いのよ。
今回のことも、貴方達がタクヒールの名誉を慮ってくれてるのは分かってるから」
母は優しい笑顔を3人に向けた。
そして、更に俺自身も驚愕する事実を皆に告げた。
「私は今日、午前中に娼館に出向き、ヨルさんは私が身請けすること、それで話は既にまとめてあります」
「えっ! えええっ!」
全員が唖然として、思わず同じ声を出してしまった。
内政の実力者、即断実行、まさに電光石火の早業だ。
エストの街のとある娼館、父が内密で誘致した娼館は、母に発覚後、瞬く間に経営権を取り上げられていた。
こちらでもその噂は届いているのだろうか?
母の交渉に逆らえる訳もなく、多少色を付けた借金の一括返済を条件に、あっさり身請けを了承していた。
これまで娼館に対し、行政府が散々交渉しても全く取り付くしまもなかった、その事実を知るミザリーさんが、一番驚愕していた。
「今日私は、自分でヨルさんと話をして、必要なことは全て確認してきました。
彼女が心根の真っすぐな、信頼に足るべき女性である事もね。
娼館側にも、ちゃんと損にはならないよう対応してきたつもりです。
もう彼女は自由の身です。
但し、タクヒール、彼女を迎えに行く際は、貴方が直接娼館に出向きなさい。
それが今後、彼女の身を守ることになります。
今日から彼女は娼館での仕事に就くことはありません。
ですが、迎えは7日後の昼まで待つこと。いいわね? 女性には色々準備もあるのです」
俺たち全員が、言葉を発する余裕もなかった。
ただただ、母の手腕に驚いていた。
「さて、タクヒール、ここから先は女同士の話し合いです。貴方は参加できません。
なので、退室してちょうだいね」
母に追い出されてしまった……
これから、何の話が行われるのか、凄く気になるが、ここは大人しく退室しよう。
もう気に病んでいた事は全て解決した、そんな気がしないでもないのだけれど。
母は任せろと言っていたしなぁ。
少し不安な顔をする3人を残し、俺は部屋を出た。
「ここからは私たちだけの会話よ、アンもミザリーもクレアも、本当の気持ちだけ言ってね。
私の立場や、身分、そんな話は一度全て忘れて、本当の気持ちを聞かせて欲しいの」
そういって母は微笑んだ。
「貴方たちは、タクヒールのこと、好き?」
突飛な質問に3人は固まった。
「タクヒールを男として、主人としての敬愛の念とかは別にして、男性として好意を持っているか、教えて欲しいの。
主従の情じゃないの、それじゃあ、きっとあの子は本心を話さない。
あの子が心を解き放てるのは、本当に好きな人、弱音も見せたり、時には泣いたりできる人。
一方通行じゃない、好きな相手も自分を思ってくれている。そんな人に限られると思うの。
さぁ、ここからはゆっくり、心ゆくまで、本音でお話ししましょうね」
いつもご覧いただきありがとうございます。
昨日、とうとう総合評価で1万を超える事ができました。
2か月前に投稿した当初は、想像すらできないことでした。
皆さまの応援、心より感謝しております。
本当にありがとうございます。
100話を超える程度までは、予約投稿を進めておりますが
これを機会にさらに見直し、より楽しんでいただけるよう頑張ります。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。
※※※
ブックマークやいいね、評価をいただいた皆さま、本当にありがとうございます。
凄く嬉しいです。毎回励みになります。
また誤字のご指摘もありがとうございます。
こちらでの御礼で失礼いたします。
これからもどうぞ宜しくお願いいたします。