第八十三話(カイル歴506年:13歳)第二回収穫祭
バタバタの準備だったが、なんとか収穫祭を実行するまでに至った。
「遅くなったが、これより第二回テイグーン収穫祭、および戦勝記念祝賀会を始めます。
みんな、本当にありがとう、テイグーンが勝利できたのも皆の協力のお陰です。
改めてお礼を言わせて欲しい。
これからテイグーンはもっと大きな、安心して暮らせる街に、どんどん発展させていこうと思っている。
また、今、準備を進めている、合同最上位大会も、皆の力を是非貸して欲しい。
皆が守った街を、もっと住みやすい街に。
大地の恵みに、そして皆の勝利に、乾杯!」
「皆の勝利に!」
「テイグーンの未来に!」
「我々の街に!」
やっと自分の街、テイグーンに帰ってきたと実感できる。
これからも、やるべきことは盛り沢山だ。
以前に増して開発もできる!
防衛施設も強化できる!
労働力もふんだんにある!
その為の資金も潤沢にある!
辺境騎士団の支部もできる!
以前の、ないない尽くしだった頃と比べると、大きな変化だ。大躍進と言っていい。
この結果を、なにが何でも、明るい未来につなげていきたい。
少し前の状況が嘘みたいだ。
テイグーンの人々は祭りと、自らの手で守り、勝利した喜びを改めてかみしめていた。
因みに今回の祭りは、以前に増して大盤振る舞いだ。
前夜祭を含め、3日間の酒、飲み物は全て無料。
祭りの会場で出される、夜の食事も全て無料とした。
各飲食店には対価を支払う約束で、食事と酒などを無料で出してもらった。
裏方に回る人たちも交代制にして、全ての人が祭りを楽しめるようにお願いもした。
※
そして、収穫祭の振る舞いはグリフォニア帝国軍の捕虜達にも届けさせた。
彼らは街の入り口を入ってすぐ、第四区画の傭兵団屯所の脇に設けられた、臨時の捕虜収容所で暮らしている。
日々の食事と清潔な寝床、行動の自由はないが、身の安全を保障していた。
少ないながら、労役に対する対価も支給している。
衣食住が基本無料で、納税の義務もない。
なので彼らは、商人を通じ故郷に仕送りもできる。
手紙や仕送りについて、勝手に送ることはできないが、こちらが用意した指定商人のルートを通せば、それらは不可能ではない。
手紙は検閲を受けたうえで、の前提にはなるが。
捕虜たちの代表は、マスルールという男だ。
関門の戦いで自ら投降してきた兵らしい。
俺も一度会って話したが、誠実で信用できる男の様に感じた。
「私は帝国の第三皇子に以前、恩を受けた者です。
仕える主君を誤り、不本意ながら第三皇子に敵対する、第一皇子の陣営に身を置いて居ました。
此方の皆様には、もはや何の遺恨もございません。
逆に、多くの同胞を救っていただいたこと、亡骸を丁重に埋葬いただいたこと、感謝しております。
今後は、私のできる範囲で協力させていただきます」
そう言った彼は、言葉だけでなく、行動でもそのことを示しており、我々への協力と、捕虜たちの待遇改善などに日々奔走していた。
「彼は非常に有能な男です。
できれば此方の陣営に取り込みたいぐらいです」
ミザリーさんは苦笑しながら彼をそう評価した。
彼のお陰かどうかは不明だが、捕虜の中にも協力的な者は多かった。
俺は今回の戦役で、大量の捕虜を得たと聞いた時、テイグーンの町では、日露戦争時に四国で設置されていた、松山の俘虜収容所をモデルにした対応を進めたかった。
個人的な思いだけの偽善、そう言われても仕方がないが、戦役で多くの命を奪った贖罪の意味もあった。
実際、ローザ、ミア、ラナトリアを始め、施療院の者だけでなく、町の人々は、先ほどまで戦っていた敵軍である彼らを、必死に、そして親身に介抱していた。
重傷を負い、味方にも見捨てられた者が、自分たちが襲おうとしていた街の人々から、手厚い看護を受けたこと。
捕虜収容所では、自国ではありえない好待遇と、捕虜に対し、少ないが賃金まで支給したこと。
無聊を慰めるため、収容所前では市が立ち、支給された賃金で、捕虜たちは買い物もできたこと。
こういった事が、多くの捕虜の敵愾心をゆっくり、だが確実に消していった。
中には、将来は入植者としてテイグーンで暮らしたい。
そう漏らしている者もいるらしい。
※
前夜祭のあと、祭りの初日は、慰霊祭から始まった。
俺は勝利を祝う祭りの最初に、どうしてもこれをやりたかった。
戦没者へ祈りを捧げる時には、捕虜の中でも希望者は参列する事を許可した。
戦没者に贈る言葉、これを捧げている時も、亡くなった彼らの顔が頭に浮かぶ。
クランのこと。
俺の独走で死なせてしまった騎士たちのこと。
兄を守って死んでいった者たちのこと。
傭兵団の戦死者のこと。
改めて、彼らに心から感謝し詫びた。
気付けば、また泣いていた。
「陣営は違えど、故国のために戦い、戦陣で散ったすべての魂に、哀悼の意を表し黙祷」
なんとか、それを言い切った。
そして、式典が終わったあと、人目がない場所で、また泣き、かなり落ち込んでいた。
俺自身、あれ以来、少し情緒不安定になってしまったことを自覚している。
戦いのない世界に生きた、【ニシダ】の常識に、俺の心がさいなまれる。
心の中でニシダだった俺が、敵味方、多くの命を奪ってしまった俺自身を責める。
人目を忍んで、俺はうずくまっていた。
そんな時、背中がすごく安心できる、優しい感触に包まれた。
そう、俺は後ろから抱きしめられていた。
またアンに、余計な気を使わせちゃったな……
そう思っていた。
「タクヒールさま、クランをはじめ、52名の騎士たちは、領主さまから、こんなにも思っていただいて、きっと喜んでいると思います。
彼らは、自分達のために、タクヒールさまが悲しみで沈みこむ、そんなお姿は見たくないと思います。笑って送ってあげてくださいな」
この声は……、クレアだった。
「クレア、ありがとう。
テイグーンが襲撃された時も、ミザリーさんの窮地を救ってくれたこと、敵を撃退するため、心ならず最後の決断をしてくれたことも聞いた。
クレアが仲間でいてくれて、本当に良かったと思う。
最後まで悩んだけど、クレアをテイグーンに残していって、本当に良かったと思ってる。
クレア、こんな形で俺に見送らせるような事は、絶対にしちゃダメだぞ。
そうなったら俺は、もう立ち直れない」
あれ?
慰めてくれてた筈のクレアが……、今度は泣いていた。
※
夜になって収穫祭第二夜が始まった。
俺は、会える事をずっと楽しみにしていた、ある人物と再会するため、中央広場の屋台の一角に居た。
「この度のご戦勝、おめでとうございます。
領民の一人としてお祝い申し上げます。
また、私のような身分の女に対して、わざわざこちらまでお越しになり、お声を掛けていただいたこと、大変申し訳なく恐縮する気持ちでいっぱいです」
昨年、たまたまこの場所で会って話した、ヨルと名乗った女性、彼女は演説中のミザリーを助けた、今回の防衛戦での立役者のひとりだ。
そして余談だが、彼女の言葉のお陰で、娼館誘致の件でも母の怒りに触れることもなく、事なきを得た。
俺はどうしても彼女に再会し、礼を言いたくてここに来てもらった。
俺が直接娼館まで出向くわけにはいかないし。
「いえいえ、ヨルさんの言葉で、テイグーンは救われたんです。
貴方の言葉があったから、皆は俺の残した言葉を聞いてくれた。
本当にありがとう、ずっとお礼が言いたかった」
俺は彼女の名前が、【ニシダ】が知っていたキャラクターと同じ名前で、黒髪ロングの美人だったから、凄く印象に残っていて覚えていた。
「勿体ないお言葉、恐縮です。
ここに住まわせていただいている者の一人として、当然のことをしたまでです。
以前お会いした時は娼館で使っておりました名前の、ヨルと名乗っておりましたが、本当の名前はヨルティアと申します」
「えっ!」
俺の中に衝撃が走った。
魔法士候補者のリストの中で、めちゃめちゃレアな魔法スキル、重力魔法士のスキルを持つ、ヨルティア・クライス。
エストの街で暮らす、貴族以外では珍しい、ファミリーネームを持つ女性。
簡単に見つかるだろう、そう思っていたが、消息も全く掴めず、全然見つからなかった。
その人が、ここに、目の前に居た。
「失礼に当たったらゴメンね。もしかしてヨルティア・クライスさん?」
ヨルさんは、目を丸くして驚いた顔をしていた。
「仰せの通りです。既に名乗るのを止めていましたが、父はエストの街で商人をしておりました。
クライスは何代か前の当主が、クライス男爵家の3男で、家門は継げない代わりに、苗字だけは名乗る事を代々許されておりました。
父は商売上の投機に失敗し、全てを失いました。
借金の返済も滞り、私がエストの街の娼館に引き取られ、テイグーンに娼館ができる時に、こちらに移り住みました。
それにしても、どうして私の苗字をご存じだったのでしょう?」
「あ、父が商人達とは交流があったから、色々と……」
うん、言い訳としては30点以下だな。
「それより、ヨルティアさんには今後、行政府や受付所など、俺の下で働いて欲しいんだけど……
ダメかな?」
「私の様な者が、タクヒールさまの元で働くなど、お名前を汚してしまいます。
また借金の返済もありますし、ご容赦ください」
「それは気にしないで、ヨルティアさんの正直な気持ちだけ聞かせて。
働きたい? 働きたくない?」
「……、私も以前お会いした時に、領主さまから掛けられた言葉に感動した者のひとりです。
こんな私でも、叶うのならば、働きたいです!」
はいっ! ありがとうございます。
これで決まりだ、俺は大喜びだった。
ご覧いただきありがとうございます。
ブックマークやいいね、評価をいただいた皆さま、本当にありがとうございます。
凄く嬉しいです。毎回励みになります。
また誤字のご指摘もありがとうございます。
こちらでの御礼で失礼いたします。
これからもどうぞ宜しくお願いいたします。
<追記>
七十話~まで毎日投稿が継続できました。
このまま年内は継続投稿を目指して頑張りたいと思います。
日頃の応援や評価いただいたお陰と感謝しています。
今後も感謝の気持ちを忘れずに、投稿頑張りますのでどうぞよろしくお願いします。