第八十一話(カイル歴506年:13歳)帰還
王都での祝宴や滞在は刺激的で非常に楽しかった。
【前回の歴史】では、男爵領の叙任を受けただけで帰途につき、王都の滞在を楽しむ余裕もなかった。
今回は数日間ではあったが、王都に滞在し、僅かな時間ではあったが、観光みたいなこともできた。
そして、兄に連れられ、兄が通う学園も案内してもらった。
【前回の歴史】では、俺や兄は学園に通えていない。
俺が15歳になった当時、ソリス男爵領は疲弊し、そんな余力もなかったし、周りから注目もされていなかったからだ。
【今回の世界】でも、兄から色々話を聞き、2年後になっても、俺は学園に通うつもりはない。
正直、学園での生活を楽しむより、すべき事が俺にはたくさんあるからだ。
初めて学園を訪れ、兄の人気が凄いことに驚いた。
一般の学生、男爵や準男爵、騎士爵などの下級貴族や平民、などからは既に英雄視されていた。
もと第一子弟騎士団の生き残り、彼らは兄の顔を見ると逃げるように踵を返し、相対することはなかった。
彼らの無謀な行動は語り草となり、王都では叱責され、実家からは呆れられ、廃嫡された者もいるらしい。
だが、俺以外にも、彼らのあまりに不自然な行動、その後の彼らの言葉に、何らかの違和感を覚えている者もいると思う。
兄もそのひとりだったので、その後の彼らに対し、責めたり蔑むような言動は慎んでいた。
「ダレクさまの弟君ですか? 可愛いっ!」
学園の女生徒たちに取り囲まれた時は凄く複雑だった。
身体は13歳、でも通算年齢は80歳を超えてるんだよね俺って。
取り囲む、女の子たちの年齢より年上の、孫がいたって不思議じゃない。
兄は王都でも、時折クランのことを思い出しては、自身を責めて沈んでいるようだった。
実は、俺も同じだけど……
そんな兄を慰めるためか、父は兄を連れ2人で夜な夜な、夜の街へと出掛けて行った。
『ですよねぇー、やっぱ……、俺も連れて行って欲しいなぁ。何故いつも置いてけぼりなんだろう』
と、心に思ったが……
そっか、俺が行けば必然的にアンも付いてくる。
だから俺はずっと、王都の夜を楽しむ、ご相伴には預かれなかった。
まぁ、この年でそんな所に顔を出したら、それこそ問題ではあるが。
ってか、ハストブルグ辺境伯の忠告、『王都では身を慎むこと』、そう言われてたのに、大丈夫なのかな?
父と兄を見て、忘れていた大切な事を思い出した。
テイグーンの町の娼館の件、妹との約束だった。
この後、エストの街に行った際に、母に説明し許可を得なくてはならない。
この高難易度クエストを達成しないと……
約束を違えると、妹は容赦しないだろう。
それからは、エストの街に凱旋するまで、どう上手く取り繕うか、父やレイモンドさんに誘爆しないように、どう話すか……、それらを必死で考えていた。
※
サザンゲート平原での王国の勝利が確定した頃
【早馬より速報】
・カイル王国軍は数で勝るグリフォニア帝国軍を撃破
・侵入した敵軍は半数以上を失い敗走
・長男ダレクさま、次男タクヒールさまも無事
・男爵家は、それぞれ武勲をあげられた模様
・軍の損害も少ない模様
ソリスの街、テイグーンの町に速報がもたらされ、それぞれの街は安堵に包まれると共に、歓喜に沸き返った。
男爵家は功績を立てたと聞き、祝賀ムードと、恐らくその後にやってくる、戦勝の好景気に対応するため、商人たちは準備に余念がない。
皆が凱旋を心待ちにしているなか、不安に包まれているものがひとり、自室で頭を抱え怯えていた。
「どうしましょう、兄さまとの約束を破ってしまいました。お兄さまに合わせる顔がありませんわ……」
※
出陣から1か月以上経って、王都には兄を残し、父と俺、ソリス子爵軍はエストの街に凱旋した。
街の入口では、大勢の領民達の歓声に包まれ、温かい出迎えを受けながら、俺たちは領主館に帰着した。
館の前では、先頭に母と妹が並び、レイモンドさんを始め、メイドたち一堂が整列して、俺たちを迎えてくれた。
俺は真っ先に母の前に進み出て片膝をつき挨拶した。
「母上、戦地より無事帰還いたしました」
「タクヒール、貴方、ダレクを含め、皆無事でなによりです。留守を預かる者一同、無事の帰還をお喜び申し上げます」
母も涙ながらに喜んでいた。
うん、この先のための、掴みはバッチリだ。
祝賀の夕食会も終わり、メイド達がいそいそと後片付けに走り回っている中、俺は母に呼ばれた。
行ってみると……
先ほどまで上機嫌で酒を飲んでいた父が、部屋の片隅で青い顔をして正座させられている。
俺は凍り付いた。
父の前には、般若の顔をした母がいた。
覚悟を決めた俺が部屋に入ると、母に招き入れられ、正座している父とは別に、ソファーに座るよう言われた。
「私は怒っているのですよっ!」
父に向ける表情とは違う、言ってみれば、あざと可愛いとも言える、膨れた顔の母に語り掛けられた。
・テイグーンの町にこっそり娼館を誘致したこと
・クリシアに対し、それを見せてしまったこと
・勝手に彼女の魔法適性儀式を行ったこと
これらについて、何故か優しい口調でたしなめられた。
こちらから機先を制し、言い訳をするつもりだった俺は、母から先にその話をされ、想定していた言い訳も言えず、ただ黙って俯いていた。
実は情報が2か所から漏れていたのだ。
テイグーンが無事防衛に成功した際、ミザリーさんから詳細な報告書が、行政府に上げられていた。
留守を心配する母は、当然それを読んでいた。
その中には、ミザリーさんが演説している最中の出来事、彼女に助け船を出してくれた娼館の女性、そして彼女の言葉が綴られていた。
以前、俺がその女性にかけていた言葉、娼館で働く女性達に対する俺の態度、それについて彼女の感想も含めて。
「日頃から分け隔てなく民と接し、領主として感謝の気持ちを伝えていた事に感動し、尊敬の念を一層深くしました」
ミザリーさんの感想も、報告の中に添えられていたそうだ。
そしてもう一方は、妹、クリシアからだ。
彼女はある日、施療院でやむを得ず、俺との約束で禁止された、聖魔法を使ってしまった。
その日は、治療ができる者が不在だったらしい。
たまたま彼女が施療院に居る時に、大怪我をした急病人が運び込まれたため、困り果てて、彼女は聖魔法で回復処置をしてしまったのだ。
その行動はすぐ母の耳に届き、何故聖魔法が使えるようになったのか、問い詰められて喋ってしまったらしい。
「私が兄さまに意地悪をしたせいなんです!
お兄さまが、落ち着いたら、お母さまにはきちんと報告するって言われてたのを、私が帰った時にお母さまに告げ口するって意地悪して……」
泣きながら俺を庇っていたらしい。
可愛く頬を膨らました母が、
「私を除け者にするのは許せませんっ!」
そう言った後、母は俺の目の前まで移動すると、俺をおもむろに抱きしめた。
「タクヒール、あなたが色々考えてやったこと、そうであれば私は全てを許すつもりです。
変に気を遣わなくていいのよ。
次からはきちんと話してください、ねっ」
母はそれだけ話すと、今回の武勲について、テイグーンの町のこと、暮らしぶりなどを色々質問し、凄く楽しそうに俺の話を聞いてくれた。
正座する横の人は、まるで居ないかのように……
ある程度話した後、
「長旅疲れたでしょう、今日は自宅のベッドでゆっくりお休みなさい」
優しい笑顔でそう言われ、部屋を出ようとした俺に、父も立ち上がりかけた。
「貴方にはまだお話があります!」
母の顔が般若の顔に戻った。
「そもそも貴族の務めは、優秀な子孫を残す事、一族を絶やさぬよう、男子たる者の務めも、十分心得ております!」
「いや、クリス、これには……」
「ソリス家も大きくなりました。妻妾を娶ることも必要と理解してます。
でも、領民達に交じって娼館通いとは、一体どういう事ですか!」
「……」
「多少の事は目を瞑ります。
でもご自身の趣味で娼館を作ることや、王都ではダレクを伴って、夜な夜な娼館通いとは……、度が過ぎます!」
「……」
「貴族の嗜みを教えるにも程があります! 必要であれば、ダレクには私が適切な女性を付けます!」
「……」
俺の立ち去る後ろで、般若から父への断罪が始まっていた。
そして、助けを求め、子犬の様な目でこちらを見る父がいた……
うん、君子危うきに近寄らず、だ。
俺は父の無言の懇願に、気付かない振りで、この先の、父の健闘と健勝を祈りつつ、部屋を出た。
母には全て筒抜けだった。
俺も今後、気を付けねば……
ご覧いただきありがとうございます。
ブックマークやいいね、評価をいただいた皆さま、本当にありがとうございます。
凄く嬉しいです。毎回励みになります。
また誤字のご指摘もありがとうございます。
こちらでの御礼で失礼いたします。
これからもどうぞ宜しくお願いいたします。
<追記>
今回で第四章雌伏編は終了となります。
次回からは第五章雄飛編に移っていく予定です。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。