第八十話(カイル歴506年:13歳)辺境伯の思惑
論功行賞が終わったあと、父、兄、俺、団長はハストブルグ辺境伯に呼ばれ、別室に集まっていた。
「ソリス新男爵(弟)、そなたを始めソリス子爵家は、今回の論功行賞で輝かしい評価を受けたな。
誠に喜ばしいことだ」
「この度の行賞、誠に光栄なのですが、麾下の貴族家の皆さま方の手前、要らぬ不和のもとにならないかと心配でもあります」
「なに、身内に関しては、気にする必要はない。キリアスも、ゴーマンも、コーネルも其方達に刺激され、良い変化を遂げておるでな。小物など気にするな」
辺境伯は闊達に笑った。
「ところでソリス子爵、今回、皆に集まってもらったのは、折り入って少し頼みがあってな」
辺境伯は先ほどの優しい笑顔とは程遠い、凄みのある顔に変わり父に向き直った。
「此度の其方や、子供たちに対する突出した報奨、裏があるとは思わんか?」
「はい、仰る通り、我々に対して過分なる報奨、きっと何かある、そう思っておりました……」
「先ずは、兄のほうじゃ。王都でも色々と事情があってな。
ダレク卿を取り込もうと陰で動いておる者、出る杭として叩こうとしておる者、静観しておる者……
まだ目立った動きはないが、此方では様々な者が蠢動しつつある。
そのため、儂はゴウラス殿と相談してな、まだ学園も卒業しておらん其方を、辺境騎士団の副団長として迎え入れ、機先を制することとした」
「王都騎士団長のゴウラス閣下が、ですか?」
「そうじゃ、彼も卿のことを『この先楽しみな者』と、かなり買っておってな。
今後は我らと同じように、卿を取り込もうと画策する者、罠を張り、落とし込もうとする者も出てくるやもしれん。
卿はそれをわきまえ、学園在学中とはいえ、今後は、近づく者には用心するに越したことはない」
「承知いたしました。身の回りには用心いたします」
兄の言葉で、辺境伯は一息ついた。
「さて、次はタクヒール卿、其方についてじゃ。
陛下の5万枚の金貨、さすがにあれはやりすぎじゃ。
裏があると、其方も思っていたのではないか?」
「はい、恐らくは辺境騎士団設立のため、何かしらの期待、または代償を求められるであろうと……
今後、帝国との戦場において、その代償が求められる、そんな可能性も感じておりました」
「まぁ、言ってみればその通りじゃな。
辺境騎士団の一部を、其方の治める街に置く予定だ。【辺境騎士団支部】としてな。
陛下はそれもご存じでの。
今後、500騎規模の騎士団支部の建設、維持、そういった費用に資金はいくらでも必要になる」
「では、その建設や運営費も兼ねた、報奨と理解すればよろしいでしょうか?」
「まぁ、土地の使用料なども含め、2万枚は……、そう心得ていても良いじゃろう。
まぁ王宮側では、報奨に応じた責務を課す、そういう形で落とし所を定めるようじゃ」
確かに俺も、タダより高いものはない、そう思っていたところだ。
「儂からの投資で、金貨1万枚については、今後の返済は不要だ。辺境騎士団支部の運営費に充ててくれ。
ただし! これは内密にな。
特に、今回の援軍で兵を寄越した、連合貴族軍の中には、色々面倒な奴もおるでな。
それで、少しは落ち着くであろう」
「さて、次に子爵自身についてだ。
辺境騎士団への兵の供出は、子爵であれば150騎となるが、其方の場合は200騎を出してもらいたい。
理由は……、わかるな?
自領の危険地帯に500騎の機動兵力が常駐するのじゃ。損なことではあるまい?」
「承知いたしました。数々のご配慮、誠にありがとうございます」
父は、辺境伯に深く頭を下げた。
「最後は……、これは儂からの頼み事になる。命令ではないので、よくよく検討して欲しい。
ヴァイス団長、そなたと子爵家に関わることじゃ」
・ヴァイス団長を、辺境騎士団参謀として招きたい
・団長には今回の戦功も含め、騎士爵を与えたい
・平素は彼に500騎を統括する副団長の地位を与える
・副団長として、辺境騎士団支部を統括して欲しい
辺境伯の要望はこんなところであった。
どうやら、連合騎馬軍を率いる際、団長の実力が辺境伯にバレてしまった。
団長や傭兵団の奮戦で、命を救われたこともあり、その指揮能力や戦闘力、そして武人としてのヴァイス団長に、辺境伯は相当惚れ込んでしまったようだ。
「団長が率いる傭兵団も、一部を……、いや、100騎を辺境騎士団支部の騎士として、編入してもらいたいと考えている。
もちろん、儂との傭兵契約で構わん。
毎年、契約として対価を払い更新、定員を満たして貰えれば、人員の入れ替えや選任は団長に一任する。
団長に対しては、傭兵団の団長としての立場も尊重し、実務は兼任してもらっても構わぬ故、指揮する兵が400騎ほど増えた、そう思ってもらえればよい」
これは破格の条件とも言えた。
辺境伯もそれだけ団長を、そして彼の率いる傭兵団を買っているということか。
「ちなみに、編入する100騎以外の傭兵団については、これまで通りで構いませんか?」
「ああ、これまでの通り、其方(ソリス子爵)と団長との取り決めで進めてもらって構わんよ」
父は少しだけ安堵したようだ。
傭兵団をごっそり持って行かれるのも痛いが、テイグーン支部への駐留であれば、悪い話ではない。
父はその分の資金を、常備兵の拡充に回せば良いのだ。
まして、今回の戦では、王国軍の誰もが、まとまった集団戦力の必要性を、身に染みて感じている。
「流浪の我が身に、我らが傭兵団に、ここまで過分なお話をいただき、先ずはありがとうございます」
これまで沈黙していた団長が初めて口を開いた。
「いただいたお話、武人としては誉のあるご厚意、誠にありがたいと思っております。
ですが……、誠に非礼ではありますが、敢えて申し上げておきたい事がございます」
皆が息を飲んで団長を見る。
「私共は、タクヒールさまに命を救われました。
傭兵団として再建、身の立つようにもしていただいたこと、今でも返しきれない、最大の恩義を感じております。
契約で動くことを生業としている、傭兵団の私が申し上げるのもおかしなことですが、この恩に対し、信義を貫くこと、これを外した生き方ができない無骨者です。
このような、身に余る厚遇で迎えていただいてもなお、私が最も優先すべきこと、違えることのできないことは、タクヒールさまをお守りすること、そして、ダレンさまダレクさまを始め、ソリス子爵家をお守りすることです。
この誓いは、この先も変わることはありません。
それでも構わない、ということなれば、この非才な身を買っていただけるご恩に対し、誠心誠意、お仕えしていきたいと思っております」
団長の言葉に、俺は感動した。
【前回の歴史】では俺の命を奪った筈の人が、【今回の歴史】では、俺を守ると心に誓ってくれている。
同様に父も兄も、そして辺境伯でさえも、感嘆のため息をこぼしていた。
「タクヒール卿、そなたは良き仲間に巡り合えたな、いや、そなたの行いが彼を惹きつけた、自ら招き寄せたということか……
ヴァイス騎士爵、其方の思いは確かに受け止めた!
ソリス子爵家はカイル王家に忠誠を尽くし、我が辺境伯家の大事な麾下として、一翼を担う者たち。
彼らに忠義を示すということは、ひいては儂に、そしてカイル王国に忠誠を尽くすと同義である。
其方の思うまま、道を進むが良い!
儂が其方らの庇護者として、その盾となろう!」
辺境伯の言葉に、ヴァイス団長は席を立ち、辺境伯に対して膝を突き、深く一礼した。
慌てて俺も、父も兄も同様に倣った。
「これで、まとまったの。
団長……、いや、ヴァイス卿には、500騎の騎士たちを存分に鍛え上げて欲しい。
そして、かの地で、魔法士たちと融合した戦術が取れる、我が陣営の切り札として育てて欲しい。
忘れておったが、連合騎馬軍にて奮戦し命を落とした、双頭の鷹傭兵団の団員達に、弔問金として金貨1,000枚を贈りたい。
騎士団編入の支度金として、快く受け取ってくれ。
さて、それで儂の話は全て済んだ。
あとは、せっかくの王都じゃ。祝宴を楽しむとしようぞ」
辺境伯は優しい笑顔に戻って笑った。
俺は、いや、俺たちはいつも、辺境伯の懐で守られている。
それを改めて深く感じた。
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これからもどうぞ宜しくお願いいたします。
<追記>
サザンゲート血戦部分が、長く続きましたが次回でしめくくりとなります。
次々回からは新章へと移っていく予定です。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。