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第七十五話:サザンゲート防衛戦⑦(開戦4日目)戦場に光は墜つ

「戦況はどうなっておるっ!」


眼前の戦場は騎馬が巻き上げた砂塵が舞い、更に正面方向にだけ、間断なく強い風が吹きすさび、土煙がもうもうと上がっている。



それらが、グリフォニア帝国軍側からの視界を遮っているため、第一皇子は戦況が見えないでいた。


そのため、彼らは味方の危機に対する対応が遅れた。

唯一、機敏に反応したのは帝国軍左翼の部隊だった。



「戦場に光っ! 奴が前線に出ていますっ」


「積年の恨み、今こそ晴らす時だ、騎馬隊全軍、奴を血祭りにあげろっ!」



ゴート辺境伯は、騎下の鉄騎兵、騎馬隊全軍を出撃させた。

彼らの多くは前回の戦で身内を失っている。今こそ肉親の仇討つべし、と息巻いて出撃していった。


狙うはソリス男爵軍、そして光の騎士ダレク。

奴の首を取り身内の墓前に供えること、彼らはそれだけを目的にここ数年生きてきた。



一方、親衛軍の鉄騎兵は未だに大混乱の最中にある。

遠距離の射撃を既に第三射まで浴び、都合9,000本の矢に襲われている。


なんとか散開し、効果的な遠距離射撃を受けなくなったと思えば、今度は少数ながら直線的に飛来する、威力の高い矢が間断なく襲ってくる。


これはタクヒール指揮下の、ソリス弓箭兵がエストールボウと、風魔法士のコンビネーションで効果的に射撃を始めたからだ。


更に、散開した鉄騎兵たちの後背を、左右それぞれから連合騎馬軍が襲い、徐々に戦力を削りつつある。


彼らが襲ってこない中央部分の退路は、恐ろしい矢の通り道だ。


こうして半包囲のなか、次々と討たれていくことで、3,000騎いた親衛軍鉄騎兵は、その半数近くを既に失っていた。



「間もなく敵の援軍が来る。これ以上の攻撃は無用、各隊自陣前まで後退し、再集結せよ」



ヴァイス団長の指示で、連合騎馬軍は戦線を離脱し、自陣へと移動するため、行動を開始し始めた。



ここに至って、ノコノコと戦場に現れた一団があった。



「戦局が攻勢に転じ、掃討戦ともなれば機を見て前線参加せよ!」



防衛部隊として、砦に残されることを不満に思っていた彼らは、ハストブルグ辺境伯が最後に放った言葉を曲解し、敵の鉄騎兵団が次々と討たれているのを見て、後方から前線に出てきたのだ。


勿論、彼らがいかに愚かでも、普通の状態なら、最終局面でもない今、前線に出てくる事は無い。

普通の状態ならば……



「敵が潰走している、何故味方は追撃しない」


「今こそ我らの力を見せる時ぞ」



後退する味方の制止も聞く耳を持たず、第一子弟騎士団は潰走する鉄騎兵団に襲い掛かった。



「馬鹿どもめっ。最後の踊り、せいぜい派手に踊り狂うがいい」



この様子を、遥か遠くで眺めながら、笑う男が居たのには、誰も気付く者はなかった。



「それにしても、死にに出て来たのは、1,000騎前後か……200人程度は砦に残ったという事か。

それぐらいは、まだまともに判断ができる奴が居たとは、俺の魔法あんじもまだまだか……」



そう呟くと、いつの間にか彼の姿は消えていた。



「邪魔だっ、どけっ!」



眼前の獲物(潰走する鉄騎兵)を狩ることに夢中だった第一子弟騎士団は、後背から突撃してくるゴート辺境伯率の軍に、一撃で蹴散らされた。


彼らにとって不幸中の幸いだったのは、敵軍から彼らは、進軍の邪魔する小石程度、そんな認識しかされておらず、弱兵として相手にもされていなかった。


そのため、全滅してもおかしくない状況の中で、半数がまだ集団として残っていた。

ただ残っているだけではあるが……



「あの馬鹿共は何てことをしてくれるんだっ!」



思わず俺は絶叫した。

敢えて口には出さないが、父をはじめ戦闘に参加した者全てが同じ気持ちだった。


特に弓箭兵団は皆、第一子弟騎士団が邪魔で、突進してくるゴート辺境伯軍に効果的な射撃もできないでいる。


ようやく事態を察した、第一皇子によって派遣された親衛軍騎馬隊は、残った鉄騎兵団の撤退を援護したものの、攻勢には出てこなかった。


ゴート辺境伯軍に加勢しようにも、眼前に矢の嵐が飛んでくる。

そのため前線の戦闘には参加せず、矢の届かない範囲で停止し、臨戦態勢を維持していた。



散発的な攻撃しか受けていない、ゴート辺境伯の軍勢は、狂気とも思える熱狂で戦場を暴れまわった。


兄の居た連合騎馬軍の左翼部隊1,500騎は、第一子弟騎士団の窮地を救うべく、馬首を巡らせ反撃に転じた。


ヴァイス団長率いる右翼部隊は、ハストブルグ辺境伯直属の騎馬兵中心で構成されており、戦闘力も高い。


だが、左翼部隊は、南部貴族達から徴発された騎兵が中心で、逆境には脆く、練度も士気も十分ではなかった。



「不覚っ! この期に及んで、見誤ったか!」



団長は、歯ぎしりをして、自己の不明を呪った。


一刻も早く救援に、そう思ったが、新たに投入された第一皇子親衛軍騎馬隊2,000騎が、目の前に立ちはだかり、左翼部隊の救援に向かえない状況にあった。



「ソリス男爵の首をっ」


「光の騎士の首をっ」



鬼気迫る2,000騎のゴート辺境伯の軍勢は、連合騎馬軍左翼部隊1,500騎に襲い掛かった。

味方にお荷物、第一子弟騎士団を抱えた左翼部隊は、攻勢に耐え切れず、次々と討ち取られていく。



同士討ちを避けるため、弓箭兵団は攻撃を停止していた。


ソリス男爵軍の弓箭兵で、精密射撃が可能な者のみ、左翼部隊を支援するため、矢を放ってはいるが、放たれる矢数は多くない。


射手以外は装填手に回り、少ない矢数は射撃回数でカバーする、そんな懸命な努力もしていた。


だが敵兵の勢いは尋常ではなかった。

全身に矢を浴びても襲ってくる。


彼らの狂気が戦場を支配し、左翼部隊はついに戦線が崩壊する。



歴史は必ず帳尻を合わせようとしてくる……、洪水の後に、俺がふと感じた不安が頭をよぎる。


兄が、兄のダレクが……

俺のよき理解者で、ソリス男爵家の希望、剣技だけでなく用兵にも才を見せ将来を嘱望された兄。


そんな兄を失う訳にはいかない……


兄ダレクのいる左翼部隊が崩壊し、最後まで組織的な抵抗を続けていた兄にも敵軍が群がる。

俺は茫然と棒立ちになってしまった。



その時だった。左翼部隊とは反対側にいた、連合騎馬軍右翼部隊の最後尾から光の帯が広がった。



「ソリスの小僧はあちらかっ」


「あんな所に隠れておったか!」


「小僧の首を挙げろっ」



ゴート辺境伯の軍は、狂気じみた声を上げて、右翼部隊最後尾に向かい、馬首を巡らせた。

お陰で、兄の率いる小集団はなんとか持ち堪えることができた。



「タクヒールさまっ!」



俺はアンの言葉で我に返った。

兄の窮地を知ったクランが、自らを囮に敵軍を引き付けてくれている。



「各自、自由射撃! 撃って撃って撃ちまくれ! 奴らを一騎も通すなっ!」



狂気に燃えるゴート辺境伯の軍は、目指す敵に向かって戦場を横断し、一直線に突き進む。

そう、俺たちの眼前を通って。


先ほどまで威嚇射撃しかできなかった、他領の弓箭兵たちも一斉に射撃を開始した。

ゴート辺境伯の軍に3,000本の矢の暴風が次々と襲い掛かる。


満身創痍になりながら、それでも500騎近い敵軍が、右翼部隊最後尾に襲い掛かった。

同時に、これを好機と見た第一皇子親衛軍騎馬隊2,000騎も右翼部隊の前方から襲い掛かった。



混戦になり、効果的な射撃ができなくなると、俺は迷わず騎馬に飛び乗り、火魔法士のマルスとダンケを引き連れ、無言で付いてきたアンを含め4名で右翼部隊に向かった。


戦線崩壊した兄のいる左翼部隊は、前線に進出した味方の貴族連合軍第三軍が取り込み、戦域を確保、負傷者の後送を行っている。


貴族連合軍第二軍も前方に進出し、第三軍を掩護しつつ、敵軍の増援に対して睨みを利かせている。

ゴート辺境伯の歩兵部隊、弓箭兵部隊、合わせて2,500名が前線に進出し、こちらを襲う気配を見せているためだ。



今、窮地にあるのは、総指揮官ハストブルグ辺境伯、ヴァイス団長、そしてクランがいる右翼部隊だ。


父は弓箭兵の指揮を離れることはできない。

代わりに、ソリス男爵軍鉄騎兵団200騎に俺の後を追わせた。


彼らは弓箭兵としての役割を受けていたが、念のため父は、乗騎を伴い前線に参加させていた。



「辺境伯を守れっ!」


「討ち減らされるなっ!」



ハストブルグ辺境伯の騎兵1,200騎は、カイル王国の中でも最精鋭だ。

右翼部隊先頭集団は、倍する第一皇子親衛軍騎兵隊に囲まれつつも、頑強に抵抗している。


右翼部隊の後方の500騎も、必死に抵抗しているが、死兵と化したゴート辺境伯の軍勢に抗いきれず戦力を減らし続けている。



それにしても、この状況下でも、貴族連合軍第一軍と第四軍は自陣から動くことは無かった。



「みすみす指を咥えて、味方の主将の窮地に突っ立っているだけやないかっ! ボンクラ共めっ!」



必死に馬を走らせつつ、俺は毒づいた。



「マルス、ダンケ、敵軍の真ん中に火の壁をっ!」



命令は即座に実行された。

突然、自軍の中に立ち上がる火の壁に分断され、死兵となって狂騒していた、ゴート辺境伯の軍勢が一瞬怯んだ。


その隙に、続いてやって来たソリス鉄騎兵団200騎が突入した。

だが敵の兵士たちも不退転の覚悟で、右翼部隊後方を激しく攻め立てる。



右翼部隊の後方に配置されているのは、左翼部隊と同じく、徴発された各貴族の騎兵たちだ。

最前線でしのぎを削ってきた最精鋭ではない。

そのため、数に応じた働きは望めなかった。


連合騎馬軍の右翼部隊は、その急所である後方から、崩壊を始めた。

そうなれば、前方で倍する敵に対し持ちこたえている、ハストブルグ辺境伯の部隊にも波及してしまう。



「くそっ! 届かない。駄目か……」



俺がそんな弱音を吐いた時、どこからか現れた新手の味方、騎兵300騎が参戦した。


陣頭で騎兵を率い戦っているのは、本来はここにいない、弓箭兵団として兵を率いている筈の、ゴーマン子爵だった。


これでなんとか精鋭騎兵の数は拮抗した。



ゴーマン子爵が騎兵を率いて来れたのには理由があった。


弓箭兵の中で最右翼に位置し、貴族連合軍第二軍、三軍が前線進出したため防備に余裕ができたこと。

ソリス男爵家と同様、念のため騎馬を300騎、前線に伴っていたこと。

残った兵と部隊の指揮を、今回常に行動を共にしていた、コーネル男爵に預けることができたこと。


そんな事情が幸いした。



新たに無傷の精鋭300騎が突入したことで、これまで常軌を逸した奮戦を続けていた、ゴート辺境伯の軍勢が遂に崩壊する。


彼らを蹴散らした、増援として送られた騎馬隊は、戦場で合流し約500騎となる。


この精鋭部隊が、ハストブルグ辺境伯を押し包んでいた、第一皇子の親衛軍騎兵隊に襲い掛かる。

更にこの動きに応じて、ハストブルグ辺境伯も攻勢に転じ、一気に敵軍を押し返し始めた。


これが決め手となり、ついに、グリフォニア帝国軍は、自陣まで軍を引いた。



第4戦は双方痛み分けで幕を閉じた。


サザンゲートの大地は、流された多くの血で紅く染まった。

ご覧いただきありがとうございます。

ブックマークやいいね、評価をいただいた皆さま、本当にありがとうございます。

凄く嬉しいです。毎回励みになります。

また誤字のご指摘もありがとうございます。

こちらでの御礼で失礼いたします。


これからもどうぞ宜しくお願いいたします。


<追記>

七十話~まで毎日投稿が継続できました。

このまま年内は継続投稿を目指して頑張りたいと思います。


日頃の応援や評価いただいたお陰と感謝しています。

今後も感謝の気持ちを忘れずに、投稿頑張りますのでどうぞよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
阿呆共の暴走の皺寄せとか言うつまらんシナリオ運びで仲間一人犠牲か 本当に必要な流れだったのか?コレ。戦記物で主人公の仲間・配下は死なないとかいうのは頭お花畑だが、散るにしてももう一寸マシな舞台用意した…
[一言]いやぁ今回はすさまじい戦闘でしたね。これでもまだ戦場をマイルドに描写しているのが分かりますが、それでも凄い。剣と魔法の世界はこうでなくては!
数話前の感想欄に今話に関する決定的なネタバレが。 作者様も返事してるし。 これだけは最低だと思う。
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