第七話(カイル歴499年:6歳)大地の祝福
予定どおり、今年は大豊作になった。
そして、取れ過ぎた穀物の価格は暴落した。
本当ならこの一件で、領主領民ともに豊作貧乏への道を歩むはずだった。
しかし、母やレイモンドさんは、予め準備していた、施策を打つ事で対応してくれた。
領民の収入安定のため、領地の農民が販売する穀物は、男爵家が相場以上の価格で彼等から買取りも進められた。
同時に、領内各地に新設された動力水車には、乾麺加工場を新たに併設、水車で製粉作業を行い、収入の減った領民を雇い入れ製品化、保存食の量産を始めていた。
それを横目に父は大暴落した他領の小麦を、せっせと最安値で買い集めていた。
表向きの購入は、相場を支える為の買い支えとして、同時に裏では、ソリス男爵の名前が出ないよう、大量の小麦を安く買い叩き、集めている様だ。
加えて、小麦粉を加工した保存食を、王都の騎士団に売りつける算段も立てていた。
そうして、エストール領内には予想以上の、莫大な量の小麦を始めとする穀物が集まった。
ってか、これ、もし売れ残った場合、在庫過剰で破綻しちゃうんじゃ……
子供ながら(中身は大人だけど)そんな心配をするほど、小麦や穀物の詰まった袋が、至る所に積み上げられていった。
おみくじ乾麺については、まだ市場や他領には出さないようにしてもらった。
料理長も色々工夫してくれたが、もう少し改良したい。
後日分かったことだけど……、水分を含んだ青竹を使うと乾麺の保管に課題があった。
完全に乾燥した竹を使用すると、火にくべる際、器ごと燃えやすくなり、色々弊害もあった。
青竹を使用した短期使用なら問題ないが、長期保存や商品として販売できるまでには、改善すべき課題が未解決のまま残っている。
まぁいつか日の目をみることもあるんじゃないかな。
竹を使った飯盒炊爨、そんな事も昔やったよなぁ、と思いに耽り……、無性に米が食べたくなった。
稲はこの世界にないのか、落ち着いたら調べてみよう。
あと、竹林が領内にあったのは幸いだったけど、この世界では筍とか食べてるのかな?
和食や中華だと料理に合うけど、洋食で筍って……俺は食べたことがないし。
魔物が生息する大森林、その外延部である竹林には、一般の領民はまず立ち入らない。
伐採を目的として依頼を受けたものや、訓練を兼ねて訪れる兵士たち、魔物を狩ることを生業としている者、そういった人間が入るだけだ。
気軽に筍とり、なんて行けるわけもない。
俺は竹林にも行ってみたかったが、絶対許可されることはないだろう。
最近、父は何か思うところがあったのか上機嫌だ。
「今回の小麦の買い付け、保存食の販売で大きな収益が得られれば、収益の1割をお前にやろう」
そんな事までいっていた。
ん~ホントにいいのかなぁ~
「言質、取りましたよ!」
俺がやっても可愛くなかった。
ちょっと真似をしてみたが、やっぱこれは青髪丸顔ショートヘアーのメイドさんがやらないと……
好きだった、異世界アニメを思い出してしまった。
どちらかというと、今ウチに居るのは、毒舌赤毛の姉のほうだろう……
やばい、アンに怒られる。
まぁ来年は大凶作がやってくる。今年、安値で買い占めた小麦が、相当高値で売れるはずだ。
6歳の俺でも、手持ちのお金があれば更に先の備え(研究)ができる。
嬉しい一言だった。
そして、小麦の買い占めと小麦粉製造、乾麺の製造は思ったよりも順調に進んでいった。
料理長の乾麺レシピも充実、製法の改善やおいしい食べ方の研究も並行して進み、領主家の食卓にも乾麺を使用した食事が出ることも次第に多くなっていった。
調理法を記載した料理レシピのようなものも準備を進めている。
収穫が落ち着きだしても、相変わらず父は、買い占めに各地を飛び回っている。
このころの俺は外出時、アンとだけでなく、家宰とも一緒に出歩く事が多くなった。
これも両親へのおねだりで実現したんだけど……
義倉の建設は家宰が中心に指揮を執っており、レイモンドさんが建設現場に出向くことも多い。
この機会に、非常に有能で内政の鍵を握る家宰とは、もっと仲良くなっておきたかった。
そのため、義倉の建設を見に行きたい(立ち会いたい)と言ってみた。
最初は、これまでのおねだりと違い、両親は頑なだった。
「領主の息子がわざわざ行くことではない」
両親からは断固反対されたが、根気強く説得した。
「将来、兄を支えるために領地をきちんと知っておきたい、内政を実地で勉強したい」
そう懇願し、しぶしぶ条件付きで同行を許してもらった。
まぁ実際、魔物や盗賊が跋扈するこの世界では、領地内の移動でもそれなりにリスクは伴う。
エストの街とは違い、俺が行くとなると、同行する護衛の数も増やさざるを得なかったようだった。
「子供が現場で余計な口に出さないように」
と両親からは固く戒められていたが、レイモンドさんは笑って許してくれた。
彼はこれまでの俺の言動や提案を見ていたからか、俺をひとりの大人として対応してくれている。
移動の道中もレイモンドさんとは、色々腹案も話し、相談したり議論した。
今は、義倉建設視察の許可が下りた、エストの町に近い、とある農村に来ている。
結局、同行許可は日帰りで行ける、エストの街に近い3つの村と、1つの町のみだった。
で……、早速1つ目の村で口を出してしまった。
だって、義倉の建設地が村の真ん中の低地だったし。
これ、近くの川から洪水が来たら一発アウトじゃん。
「義倉の設置、この位置じゃ拙いと思います。できれば、あちらの高台の方が……」
「盗難防止のため、目の届く場所に、駐留兵の詰め所の脇に選定しましたが、何か?」
不満気な顔をした村長が、俺に反論した。
言葉にはしないが、子供が余計な口を挟むな、そんな圧を感じた。
まぁ、既に基礎を作っている今から、場所の変更も厳しいし、渋々了承した。
但し、建物は洪水対策と湿気対策も兼ねて、【高床式倉庫】に改造してもらうようお願いした。
一階部分は足組みだけで、二階が倉庫になるように。
高温多湿なオーストラリア、クイーンズランド州北部の地域では、クイーンズランダーと呼ばれる高床式住居がたくさんあった。
ニシダは若いころ、一時期そこに住んでいた。
そして、俺はその時に見ていた建物のイメージを彼らに伝えた。
ついでに小学生の時に歴史で習った奈良の正倉院を思い出し、ねずみ返しも付けてもらった。
あと、ゆくゆくは、新しい義倉を建設する際は、高台に建築してもらうようお願いもした。
まぁ、4年後には間に合わないだろうけど……
せめて俺が反対したこと、言ったことは、彼らに覚えておいて欲しい。
今後の教訓として……
最初のやり取りを見ていた家宰は、何か思う所があったのだろう。
次の村以降、こちらが何も言わなくても、そんな感じで進めてくれた。
彼の発言は各村の有力者も無視できない。
やっぱ、例え領主の息子でも、子供の俺が言うより、大人のしかも家宰が話す方が説得力がある。
こうして領内各地で次々と義倉は建設され、備蓄穀物も義倉が完成次第、続々と搬入されていった。