表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

74/464

第六十九話:テイグーン防衛戦⑥(開戦4日目)不落のテイグーン

テイグーンに運命の陽が昇る。

関門の鐘楼に立つクリストフとクレア。



「用意は?」


「全て整っているわ」



これから起こる惨事を予期するかのように、山の朝日は鮮血のように遠くの山並みを紅く染める。



「では作戦を開始する」



クリストフの合図で、旗手は黄色の旗を掲げる。

その旗は何人かの旗手を中継して、テイグーンの町付近にいる、メアリーまで届く。



「始まりましたね」


「そうね、これで終わりにして欲しいわ」



メアリーの言葉に答えるミザリー。

2人は関門から離れた、テイグーンの町の外壁、それを取り巻くように設けられた空堀の傍に立っていた。


空堀だった堀は、テイグーン山の雪解けの水をたっぷり溜め込み、春から夏、秋へと季節が移ろいゆく間も、変わらず豊かな水量を保っている。



「奴ら、あんな場所にも陣地を築いていたのかっ」



想像もしなかった場所、登坂不能と思っていた崖、まさにその上にある、見晴台からの攻撃に、ブラッドリー侯爵は驚きと、恐怖を隠せなかった。


遥か上から、油が詰まっている陶器のようなもの、火の付いた藁の塊などが次々と投擲されてくる。

彼の脳裏に、昨日の悪夢が蘇った。



「火に気を付けろっ! 油の範囲から退避っ!」



同じ手はもうくわない、とばかりに兵士たちは的確に火の壁から退避している。


だが彼らは気付かない。その動きは関門側に向かって徐々に誘導されていることに……



「損害はどうか?」


「火にまかれたもの、混乱で転落したものはおりません。ただ此方に運び込んだ糧食が焼かれました」


「こうなればもはや、このまま進み、強襲で町を落とすしかないか……」



参謀と話し、ブラッドリー侯爵の腹は決まった。



「全軍、これより関門を総攻撃する。我らの退路は既に無い! 進んで死中に活を求めよ。全軍、突撃!」



背水の陣となり、覚悟を決めた侯爵の兵が関門に向けて突入を開始する。



「来たな!旗手は戦闘開始の赤旗を掲げよっ!

 クレア、サシャとアイラへの指示は任せる。あれをギリギリまで押しとどめるよう伝えろ。

 他の者はこれから暫らく関門を死守するぞっ!」



クリストフにとって、今受けている強襲攻撃は、本来なら一番取られたくない攻め手だった。

もし、クレアの献策がなかったら……


隘路から出た先の、関門前に広がる空間は、敵軍で溢れかえっていた。

隘路出口に降り注ぐ矢は猛烈だが、それを走り抜け関門に取りつけば、矢の攻撃は目に見えて減る。


自警団のクロスボウは、遠距離用と隘路出口用、2か所に照準が固定されているからだ。



「関門に取りつけば敵の反撃は思ったより弱い! このまま落とすぞっ!」



絶叫し、兵を鼓舞するブラッドリー侯爵も、関門を攻める兵たちも、遠くから聞こえる地鳴りのような低い音には気が付かなかった。



「サシャ、アイラ、水壁を最大限に厚く!水圧に負けるわよ、頑張って!」



クレアの叱咤に水路の出口、関門内側に設けられたスペースに2人の水壁が展開される。

テイグーンの町、その外周の堀から、水路の斜面を下って流れて来た濁流の勢いは凄まじい。


2人は、あらん限りの力で水の障壁を展開し続けた。

そして間もなく、彼女らの限界がくるであろうこと、クレアにはそれが分かっていた。



「間も無く関門を開きます! 関門前、及び低い位置にいる者は直ちに退避しなさいっ!」



クレアの声で慌てて何人かが安全な位置に避難する。



「2人ともそろそろね?」



サシャもアイラも既に返答する余裕もない、歯を食い締めながら頷くのが精いっぱいだった。

関門に設けられた大門、人の背丈の数倍もある大門の高さまで、水壁に囲まれた水は溜まり、まだ増えつつある。



「関門を開いてっ!」



クレアが声を出すと同時に手を振り下ろした。



「関門が開くぞっ!もう一押しだ!」



ブラッドリー侯爵は嬉々として兵士達を督戦した。

果たして、関門が徐々に開き、取り付いた侯爵の兵士たちにより、更に大きく開かれていく。


これならいけるっ!

侯爵はこの時、この先の勝利を確信した。



その刹那、轟音とともに、門の中に飛び込んで行った兵士たちが、吹き飛ばされる様に押し戻されてきた。兵士だけでない、大量の水と一緒に。


溢れ出る水は一気に門の前の広場に広がった。


急激に大きく広がったため、最初は彼らの足首が水に浸かる、そんな程度だった。

だが押し寄せる水量は増え続け、もう膝上まである。


これには幾つか理由がある。


関門前に広がった空間は、全体的に少しだけ掘り下げられており、広大な、しかし浅い、プールの様になっていた。


そして谷側には、腰の高さ以下のふちが設けられており、水が溜まるようにされている。


更に、先程まで関門の向こう側で、水を抑えていたサシャとアイラが、次の手として、関門を抜けた谷側を取り囲むように、新たな水壁を張っていたからだ。



水の勢いは止まらず、増え続ける。

気が付けば、関門前にさながら巨大な扇型のプールが作られたかの様に……



「水攻めだぁ。魔法士がいるぞ。此処から逃げろっ」



兵の一人が叫び、隘路の出口に向かい走り出した。

しかし隘路の出口は矢の雨の通り道だ。

彼と彼に続く一団は身体に何本もの矢を受け倒れた。



そして、その時、水壁が一斉に消えた。

更にエランの力で谷側の縁も、一瞬で崩れ落ちた。



「うあああああっ!」


「な、流されるっ!」


「助けてくれぇっ!」



関門前の広場に溜まった水は、流れ落ちる方向を得て、一斉に谷に向かって流れ始めた。

既に腰近くまで水に浸かっている兵士達は、水の流れに逆らえず、次々と谷底に押し流されていく。



「後退っ! 後退しろっ!」



反対の崖側にいたり、岩にしがみつき、運良く水流に耐えた兵士たちは、もと来た隘路に向かい走り出した。

しかしそこはクロスボウの狩場、分かっていても他に逃げ道は無い……



「もうだめじゃっ!」



ブラッドリー侯爵の心が遂に折れた。

彼は逃走を決意した。



今回は約1500名で関門を攻めた。

なのに半数以上が水流に押し流され谷底に消えるか、隘路出口で矢の雨を浴び命を落としている。


やっとの思いで、いや、周りの兵たちが盾になってくれたお陰で、隘路出口の危険地帯を抜けた。

関門からは死角になっている安全地帯、崖の裏側まで辿り着いた。


だが、今潜んでいる場所にも、これまでは無かった攻撃、山なりに放たれた、矢の雨が彼らを襲う。


ここなら安全と思っていたのに……

やっと危険地帯を抜けた兵たちも、予想外の攻撃を受け、次々と倒れていく。



「全軍、てったっ…‥」



そこで彼の言葉、いや、彼の世界は終わった。

撤退の指示を出し切らぬうちにブラッドリー侯爵は、見晴台からクリストフが射た矢で命を落とした。



「侯爵さまがやられたっ、逃げろっ!」



そこからは狂乱した兵の、無秩序な逃亡が始まった。



「馬に乗ってもこの先が通れん、馬など放っておけ」


「邪魔だ、馬など通る余裕はない、どけさせろっ」



最も後方、侯爵軍の最後尾で落とされた橋は、まだ通路となる脇道の掘削が、十分にできてはいない。


それに当たる人員の多くが、前方に移動させられ、無傷の兵の5倍以上、100名で支えるには多過ぎる負傷者を抱えているからだ。


狭い通路は、落ち着いて、時間を掛ければ一頭ずつ馬も通せたが、我先に潰走する兵士たちには、もちろんそんな余裕はない。


彼らは狂躁しながら徒歩で、最後尾まで走り抜けて来ている。

途中の隘路には、負傷した多くの味方や馬を残して。


たかが辺境男爵、そして最辺境の取るに足らない小さな町、3000名の兵力で攻めれば簡単に落とせる。


誰もがそう思い、油断し、安易に考えていた。


だが、予想外の攻撃の数々に、主将を討たれ、大敗北で潰走することになり、兵士たちの恐怖心は頂点に達していた。



回廊の出口側(魔境側)で待機し、後送された負傷者と、吉報を待ち構えていた兵士たちは、潰走してくる味方の惨状に目を覆いたくなった。


幸いにも、後送された負傷者の中に指揮官クラスの貴族が居た。


彼は即時撤退を決意し、指揮系統は保たれたまま、急ぎ軍を返し、国境まで撤退する事になった。



最後尾守備隊:100名

脱出組兵士 :200名強

後送済負傷者:500名強

脱出組負傷者:100名弱



自らも負傷しながら、撤退を指揮せざるを得なくなったその指揮官は、損害の大きさに愕然とした。

侵攻した3,000名の7割を失い、主将たるブラッドリー侯爵は戦死、主な指揮官も自分以外は戦死していた。


僅か300名の兵で、倍する600名の負傷者を護衛しつつ、危険な魔境の境を抜け、国境線まで撤退する。

成り行きで敗軍の指揮を任される事になった指揮官は、自らの置かれた、この困難な状況に目の眩む思いだった。



「自分を含め、この何割を無事に、殿下の陣まで連れ帰る事ができるだろうか?」



彼の自問自答は、この後、現実の問題となって彼を窮地に陥し入れることになる。



テイグーンの関門は歓喜の声で溢れていた。



「勝った! 俺たち本当に勝てたんだ!」


「守った! 俺たちが守ったんだ!」


「テイグーン万歳!」



彼らが従軍した、この防衛戦により、テイグーンの町は後日、僅かな守備兵と住民が、実に5倍もの敵軍に完勝するという戦果をあげた、難攻不落の地として名を馳せることになる。



不落の街テイグーン

鉄壁の街テイグーン

要塞都市テイグーン



人々はそう言ってテイグーンを称えた。


後にこの事が、爆発的に入植者を増やすきっかけともなった。

ご覧いただきありがとうございます。

ブックマークやいいね、評価をいただいた皆さま、本当にありがとうございます。

凄く嬉しいです。毎回励みになります。

また誤字のご指摘もありがとうございます。

こちらでの御礼で失礼いたします。


これからもどうぞ宜しくお願いいたします。


<追記>

六十話~まで毎日投稿が継続できました。

日頃の応援や評価いただいたお陰と感謝しています。

今後も感謝の気持ちを忘れずに、投稿頑張りますのでどうぞよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] もっと近寄る前に魔物が襲ってくるような仕掛けが使えたら楽なんだけどね
[良い点] イゼルローン要塞誕生! 日和見にお仕置きするときが来たようだ 裏切り者に鉄槌を
[一言] セルフ鉄砲水アタッ~ク! 万が一に備えて作った堀の水が大活躍しましたな。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ