第六十八話:テイグーン防衛戦⑤(開戦3日目)クレアの決断
一旦、敵の強襲は無事撃退できた。
関門上では、主要なものが集い今後の対応を議論していた。
参加するのは……
関門防衛指揮官:クリストフ(風魔法士)
関門防衛参謀 :キーラ副団長(双頭の鷹傭兵団)
魔法士指揮官 :クレア(火魔法士)
工兵部隊指揮官:エラン(地魔法士)
兵站責任者 :カウル(時空魔法士)
「クリストフ、今の所の戦況は?俯瞰して見てたあなたが一番正確だと思うのだけれど」
実際クレアたちからは、全体の戦況は見えていなかった。
「3,000名の敵のうち、1,000名は確実に死亡又は戦闘不能だろう。おそらく敵の戦力は1,500名から1,800名だと思われる」
「半数近く、凄いわ。常識では撤退すべき損害ね」
「キーラ、敵の指揮官が面子を捨てられる傑物ならね」
「クレアのいう通りだ。俺は開戦前に敵兵と話したが、兵卒まで尊大で傲っていた」
「では、敵はこのまま撤退する見込みは低いと?」
「カウル、敵は撤退したくても迂闊に撤退できない、そんな中途半端な状況にあるのだと思うわ」
クリストフと共に関門の戦いを指揮していたキーラも応じる。
「ここで多くの兵を返してしまえば、サザンゲート砦のタクヒールさまの負担が増えてしまうのでは?」
このカウルの言葉にクレアが応じた。
「少しでも私たちでお役に立たなければと考えます。
ただ一番の心配は、彼らの負傷兵への対処が、この地では最悪なことです。
安全な後方に送る、すなわち魔境の近くに負傷者を置く、その対処が魔物を呼び寄せてしまうわ。
何百人もの負傷兵から漂う血の匂いに誘われ、必ず魔境から大量の魔物が集まってくるでしょう。
グリフォニア帝国には領内に魔境がありません。当然魔物の脅威、習性、禁忌事項を知りません。
おそらく、このまま関門で睨み合いを続けていれば……魔物によって彼らはおそらく全滅します。
このテイグーンまでの道のりを血で染めて……」
「なっ!」
カウルを始め、一同は改めて気付かされた。
非常に危険である状況、防衛部隊の敵は人だけではない、魔物の脅威にも対抗する必要があることを。
「今日はもうすぐ日が落ちます。明日陽が昇れば早いうちに仕掛けないといけません。
背に魔物の脅威を受け、敵兵から死にもの狂いで攻撃されれば、こちらにも大きな損害が出ます。
そして、私達は難しい選択をする事になります。敵兵を魔物から救うか、それとも餌にするか……
救う場合、関門を開けなければなりませんが、敵兵がそれを恩と思うか、定かではありません。
どちらを選んだとしても、次に必ず来る、魔物との連戦、これは犠牲無く終わるとは思えません。
留守を預かる我々は、この事態は回避すべきです」
これだけ言って、クレアは決意したように言った。
「あの手を使います。指揮官の許可を貰えますか?」
「クレアの指摘は尤もだな、注意しているのだが……我々は魔境のほとりに住んでいる、そういうことをつい、忘れてしまう事があるようだ。
計画の実行はクレアに任せた。俺は奴らを関門前に誘導し、暫くとどめれば良いのだな?」
「はい、少しの間だけ、何とか持ち堪えてください。
発動してから、少し時間がかかるのが悩みの種です。タイミングを外せば2度目はもうありません。
何人かの旗手を配置し、タイミングを計ります。実行にはメアリー、サシャ、アイラを借ります」
「了解した。俺とキーラは、エランとクローラに協力してもらい、彼らを追い立てるとしよう」
「残酷なようですが、仕方ありません。
彼らに、二度とテイグーンに攻め入りたくないと思わせる事が大事だと思います。
そのためには、即座に撤退を決断する損害を与える事と、敵軍の撤退を促す事が必要です。
明日は一気に決めます!」
覚悟した目でクレアは決意した。
むごいようだが、テイグーンの人々を守るために。
※
真っ暗な闇のなか、視界のない断崖をよじ登る……、そんな無謀なことは誰もしない、普通なら。
「この困難な状況で、危険な任務にあたる君たちは英雄である、是非やり遂げ、祖国に名を残さん!」
ブラッドリー侯爵の訓示に、身軽になるため鎧を脱ぎ、剣を背にさした100名が整列する。
彼らは無謀ともいえる任務に志願したものたちだ。
作戦が開始されると、彼らは回廊の死角から関門の頂上部分を目指して崖をよじ登り始めた。
暗闇で彼らの様子は見えないが、一人でも多くの兵が任務を達成できるよう、祈りながら、見えない暗闇を見つめる兵も多かった。
※
「見晴らし台からクリストフ様に報告です、どうやら一部の敵兵が無謀な登攀を行っているとの事です」
慌てた伝令からの報告にも彼は落ち着いて対応する。
「階段通路や見晴台は、侵入防止の格子があるから問題ない。射程内に近づけば、各自の判断で射撃する事を許可する」
クリストフは明日の作戦のため、見晴台が露見する事は出来る限り避けたかった。
見晴台の罠を発動すれば、登攀している敵軍など、一瞬で全滅させる事ができるが……
彼はまだそれを温存したかった。
この暗闇で彼らが、見晴台やそこに通じる階段、そこまでたどり着くのは不可能と考えていた。
関門の建設時から携わり、関門と周辺の地形は隅々まで精通しているクリストフだから言える言葉だった。
万が一、近くまでくれば、それこそ格好の標的だ。
※
「……っ!」
音の出ない悲鳴を上げて、またひとり、仲間の兵が崖から転落した。
彼らは困難な任務を志願しただけあって、死に直結する落下の際も、悲鳴どころか声一つ出さない。
ただ落下の際に、途中で岩を巻き込み、発生した落石は、隘路上にいる者に降り注ぐ。
この落石により、負傷する者も何名かいた。
「普通の奴にはこの崖は絶対に無理だ」
マスルールは一人ため息と共に呟いた。彼は昔から山登りは得意だった。
この決死隊の志願者に与えられる栄誉(昇進)など、どうでも良かった。
ただ、この隘路にへばりついて、敵の餌にされるのが嫌だった。そんな理由で志願した。
だが、ここの崖は本当にヤバイ。
どこを登ろうにも危険なルートばかりだ。
自然の山なら、どんな場所でも登る事ができた。本当に危ない時は、何故かいつも声が聞こえる。
「ここを進んではいけない」
この声が頭の中に聞こえたら、直ちに登るルートを変更する。が、しかし、この崖はその声に満ち溢れている。
何とか、警告が聞こえないルートを選び、ゆっくりと登りながら先に進んだ。
数時間後、やっとの思いで着いた場所、関門の頂上付近が見渡せる位置で一息ついた。
無事に此処まで来れたのは、恐らく自分だけだろう。
暗がりに浮かぶ関門上の光景、そこに見えたものに彼は愕然となった。
関門を守っている者の多くは明らかに兵士ではない。
中には子供……、と呼んで差し支えない女性もいる。
彼らは侵略者から自分たちの町を守っているのだ。
侵略者である自分たちから。
「だがこれは戦だ、許してくれよ」
彼はまるで自分に言い聞かせる様に一言吐き出すと、戦士としての務めに戻った。
関門上のソリス男爵兵に矢をつがえ、狙いをつけた刹那、もう忘れていた記憶が頭をよぎった。
彼が子供の頃住んでいた町は南の国境近くにあった。
そしてある時、国境を越えて来た敵兵に蹂躙された。
両親と妹も、弟も敵兵に殺された。
家族だけではない。友人や多くの命が奪われた。
彼が生き残れたのは、若き第三皇子が、軍を率いて救援に来てくれたからだ。彼はその時、いつか第三皇子の軍に所属し、家族の仇を討つ、そう決心した。
その後、どこをどうを間違えたか、第三皇子と敵対している第一皇子の派閥、ブラッドリー侯爵の軍に所属してしまっていた。
そして今、過去の自分がされた事と同じこと、国境を越えて他国の街を襲い、命を奪おうとしている。
町の住民にとって、彼は命を奪いに来た侵略者……
「俺も……、同じじゃねぇかっ!」
ひとりつぶやいて弓を下ろしてしまった。
何故か何もかもが馬鹿馬鹿しくなってしまった。
そして、決死の覚悟で挑んだ登攀隊は全滅した。
マスルール、彼を除いて。
彼以外は暗闇で転落した者、決死の努力と幸運に恵まれ、見晴台付近や階段近くに辿り着いたものの、発見され身動きできない所を射殺された者など、他の者がその努力に報われることは無かった。
矢で射られた彼らは、そのまま崖を落下し、隘路上に展開する味方を更に巻き込むことになった。
こうして決死隊の努力は報われることなく、夜明けを待つことになった。
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