表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

72/463

第六十七話:テイグーン防衛戦④(開戦3日目)押し寄せる死兵

各所で燃えていた回廊内の火は、やっと鎮火し、混乱も収束に向かいつつあった。


「……」


ブラッドリー侯爵は、凄惨な状況と想定外の被害に言葉すら出てこない。



つい先程までは楽に勝てる、そう思っていた。


だが、敵の奇策により、既に500名近くの兵が炎に焼かれたり、崖下へと消えて二度と戻ってくることがなかった。


更に300名余の負傷兵も、ひどい火傷の者、馬に蹴られて骨折している者、踏みつぶされて立ち上がれない者など、ほぼ全てが戦闘不能だ。


損害を確認したブラッドリー侯爵は想像以上の痛手に、困惑していた。



「まだ回廊に入ったばかりだぞ、敵は一兵も倒せておらん、にも関わらずなんたる損害だ。このままではグロリアス殿下に合わせる顔もない……」



「橋を修復し、大至急、進路と退路を確保せよっ!」



彼らはずっと得体の無い恐怖に包まれていた。ここに居ては、いつあの炎の罠が来るかわからない。

逃げ場のないこの死地で、炎にまかれれば確実な死。

そして、他にも悪辣な罠が仕掛けてある可能性も十分あることが、彼らを追い立てた。



「さっさとこの忌々しい場所を抜ける、まだかっ!」



橋を掛け直すにも、一帯は岩場で木材や材料がない。

荷馬車を分解しても資材として全く足らなかった。


彼らは苦肉の策で、剣をスコップ代わりに岩場を掘削しはじめた。だが、固い岩場を交代で掘り進める作業は困難を極め、しかも、足場は狭く作業に当たれる人数は限られる。


数時間をかけて、焦れる侯爵を横に、堀のある側面の崖に、細い脇道をつくること、これが関の山だった。


侯爵は取り残された最後尾に対し、継続して通路を確保することを命じ、負傷者を後送、残り2000名を切った数の兵士で、細い脇道を抜け、その先に進んだ。



「下民どもめっ! 我が怒り思い知らせてくれるわ」



ほぼ全ての騎兵は騎馬を途中に置いて来ている。まだ馬が安全に通行できる道幅は掘削できていない。

侯爵や騎兵達は、馬が通れる広さの掘削が終わるまで、先ほどの場所に留まることは全く考えなかった。


再度同じ攻撃をされたら、その時に馬が暴れればどうなるか……、予想された悪夢が侯爵達を焦らせ、馬を捨ててでも先を急がせることになった。


あの悪辣な罠がもたらす、致命的な打撃をこれ以上受けるわけにはいかない……

その思いでいっぱいだった。



「へへっ、この崖を回った先が関門ですぜ」


「この軍勢なら奴らはきっと皆殺しだなぁ」


「これで、やっと奴らが苦しむ姿が見れる」



案内人、という名目で遣わされたこの三人を、侯爵は良く思っていなかった。

彼らの野卑な態度、明らかに盗賊と思われる彼らと、共に行軍する事は侯爵の矜持に反した。


そして、関門まで来れれば、彼らの役目も終わった。

思わぬ被害に遭い侯爵の我慢もそろそろ限界だった。



「やれっ!」



侯爵の合図で三本の剣が水平に払われた。

彼らの首と胴は永遠に一体となることはなくなった。


やっと不快な事のひとつ、それが解消されたと、侯爵は気を取り直した。



「全軍、一旦隊列を整えよっ!


歩兵は関門が見えたら全力で疾走し取り付けっ! 弓箭兵は後方から歩兵を援護、関門の射手を潰せ!

騎兵(今は馬はいないが)は予備戦力として待機。


突入順に隊形を組みなおし、完了次第突撃する」



回廊の隘路を見下ろす位置に、地魔法士の力を借りて崖を削り、関門上部から通じる長い階段を設置、回廊に大きく突き出た斜面の上には、崖の一部を平らに削った見晴台みはらしだいがある。


これも地魔法士たちが苦心の上、作り上げた設備のひとつだ。



「そろそろか……」



見晴台から彼らの様子を、密かに見下ろしていたクリストフが呟いた。


見晴台からは、回廊で侵略軍が炎にまかれ、大混乱する様子から、それ以降の動きまで、全て見えていた。

せり出した高台の、見晴台に立つ彼からは、曲がりくねって、死角が多い回廊も、上からの俯瞰で全て見渡せている。


クリストフは旗手に命じ、隘路射撃準備を指示した。



関門は回廊の狭い隘路が急に広がった一角に、隘路の出口を睨むように建設されている。


それまで狭い所では10メル(≒m)以下の道幅しかない場所から、道幅が一気に100メル(≒m)に広がり、関門の前には、ある程度軍が展開できる広さもある。



※魔境側関門概略図



        →↓谷谷谷谷谷

      →↑崖↘︎★★★谷谷谷谷谷谷

     →↑崖崖崖崖★★★    谷谷谷谷谷

   →☆↑崖   崖崖        関門

  ↗︎崖崖崖     崖崖       関門

 ↗︎崖         崖崖     関門

谷橋崖    ▲     崖崖崖   関門

 ↑崖            崖崖 関門

↗︎崖             崖崖崖崖崖崖崖



↑:回廊の隘路と侯爵軍の進路

橋:先頭部分の崩落橋

★:クロスボウ台座固定狙撃位置(中距離)

☆:クロスボウ台座固定狙撃位置(遠距離)

▲:回廊見晴台




広がった道幅が、丁度最大になった位置に、強固な門とともに関門が回廊の出口を固く閉ざしている。

やっと回廊を抜け、目の前に広がる空間と、その奥の関門を目にした侯爵は攻撃を合図する。



「全軍、関門を押しつぶせっ!突撃!」



歩兵たちは盾を掲げて全力疾走で突進し、たちまち500名近くが関門の真下近くに迫っていた。

後方、回廊の出口あたりでは400名の弓箭兵が矢をつがえ、関門上部に矢の雨を降らす。



「小細工も終わりか、存分に叩きのめしてくれる!」



侯爵がその言葉を吐いた瞬間、回廊出口付近の後方で縦列に展開し、関門に向かって矢を放っていた弓箭兵に対し、信じられない数の反撃の矢が、暴風の様に襲ってきた。


侯爵の弓箭兵たちは、体を遮蔽物に隠す事もできず、まともに矢を受けてしまい、次々と倒れていく。


弓箭兵達が倒れ、攻め手の攻撃が怯んだ瞬間、今度はソリス男爵軍の弓箭兵達が、関門から身を乗り出し射撃を始めた。


今まさに、関門に取りつき、よじ登ろうとした侯爵軍の兵士たちは次々と狙い打ちにあい、倒れていく。

その矢の勢いは強烈で、盾や軽装歩兵の鎧を容易く突き通している。



「何故これだけの数の兵がおるっ! そんな筈……、おかしいではないかっ!」



絶叫する侯爵をよそに、侯爵軍の弓箭兵には、関門から矢の暴風が第二射、第三射と襲ってくる。

関門を守る敵の弓箭兵から放たれる矢は止まらない。


回廊出口付近に、帝国軍弓箭兵300名近い兵士の骸が積まれたころ、関門から陰になる位置まで、侯爵は一旦軍を引いた。



軍を引いたが、彼らには安全な後方地帯などない。

補給を受ける筈の荷駄も最後尾、崩落した橋の向こうに取り残されている。



「もはや撤退すべきか……」



侯爵の心は揺れていた。

全軍の三分の一近くを失い、それに加え、戦闘不能な負傷者も多く、実質半数強しかいない。


最後尾で孤立した荷駄、そこには糧食や補給物資、それを守る300名の兵も、この先戦力として必要だ。

掘削した狭い通路を人手で運び、当面必要な物資は手運びでなんとかこちら側に搬入できた。


負傷兵も安全な最後尾に運び、手当を受けている。


負傷者と交代して、孤立した最後尾からは無傷の兵士200名をこちらに呼び寄せた。

今、最後尾で待機しているのは、荷駄を守る兵100名と500名を超える負傷者だ。



敵、ソリス男爵軍は先の関門攻撃のあと、鳴りをひそめており、追撃の様子はない。


本来なら守備兵など、せいぜい100人ほど、それよりもっと少ない可能性もあると予測していた。

事前に行った諜報でも、同様の情報を得ていた。


だが、実際に敵軍の数は、恐らく500名前後、もしかするとそれ以上、居るように思える。

そんな話は聞いていない。


だが……、500名が守る関門を攻めるにあたり、必要と言われる、守備側の3倍の兵力はまだ手元にある。



ブラッドリー侯爵は悩んでいた。

もしここでおめおめと引き下がり、ただ多数の兵士を失っただけとなれば、侯爵家の名誉は地に落ちる。


攻める余力があるのに、なぜ撤退したのか?

後日にそれを糾弾されれば、弁解のしようがない。


ブラッドリー侯爵は、新たな決意と共に顔を上げた。



「侯爵家の名誉にかけて……、ここは引けんっ!

全軍! 死兵となり、関門を落とす。待っていろ」



そこにはもう、敵軍を舐めた様子も一切無かった。

ご覧いただきありがとうございます。

ブックマークやいいね、評価をいただいた皆さま、本当にありがとうございます。

凄く嬉しいです。毎回励みになります。

また誤字のご指摘もありがとうございます。

こちらでの御礼で失礼いたします。


これからもどうぞ宜しくお願いいたします。


<追記>

六十話~まで毎日投稿が継続できました。

日頃の応援や評価いただいたお陰と感謝しています。

今後も感謝の気持ちを忘れずに、投稿頑張りますのでどうぞよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 蛮族に相応しい滅びを!
[一言] 欲深い侵略者ごときに下民呼ばわりされたくありませんわなww
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ