第六十四話:テイグーン防衛戦①(開戦2日目)凶報に踊る間諜
この六十四話から、お話がサザンゲートからテイグーンに一旦移ります。場所と時系列は副題に記載しております。
サザンゲート平原、西側魔境の畔。
もうここに滞在して何日になるだろうか。
特に変化もない毎日が続き、日常に倦みはじめたころに、変化は突然やってきた。
「盗賊風の怪しげな一団がサザンゲート方面に移動しています」
配下となった騎兵から報告を受け、ラファールは一旦思案を巡らせ決断した。
「一班と二班は気付かれないよう、遠巻きに尾行、何か動きがあれば二班は直ちに所定の行動を、一班はこちらに伝令を」
野卑な顔をした3人は、サザンゲート方面に歩みを進めていった。
「兄貴、俺達このまま捕まって縛り首はごめんだぜ」
「心配無用だ、この割符さえあれば、案内するだけで金貨50枚がもらえるんだ、ボロイ仕事だろ」
「それにあの町の奴らが地獄に落ちる瞬間を見れるんだ、恨みも晴れて胸がすくってモンよ」
彼らは国境に向かい進んでいる。
暫くして、進行方向から、大規模な軍勢が進んでくるのを見付けると、手を振りながら駆け出した。
手にした割符がよく見えるよう、高く掲げながら。
偵察中の一班の一人が、血相を変えて戻ってきた。
「テイグーン方面への敵の移動を確認しました。歩兵と騎馬合わせて約3,000、速足で進軍しております。
なお二班は所定の行動に従い、その場からテイグーンに向けて先回りするよう出立いたしました。
なお先程の怪しげな3名も、この軍に合流した事を確認しております」
「やはり来やがったか、タクヒールさまの予想した通りだな。お前は戻って偵察を継続。三班はこれよりサザンゲートに向かい情報を伝えろ!
四班五班はこのまま俺と待機、軍勢をやり過ごせ」
この様子だと夜は一旦野営し、明日の午後辺りにはテイグーンの関門に到達するだろう。
それに対し、こちらの早馬は夕刻までには到着する。
「半日は準備する時間があるか……、まさか、魔境脇の危険地帯を夜間進軍する阿呆ではないと思うが……」
ラファールは命令を下した後ひとり呟いた。
※
「急報! 急報っ! 開門願いますっ!」
テイグーンの魔境側関門に、ラファールが率いた偵察部隊のうち、2騎が帰還した。
関門防衛指揮官であるクリストフは情報を確認、替え馬を手配し、そのまま2名を行政府まで向かわせた。
「やはり来たか。この関門は絶対に通さん」
クリストフは不敵な笑みを浮かべ、守備兵に対し矢継ぎ早に指示を出していった。
急報に接し、行政府は一気に慌ただしくなった。
ミザリーは、予め決まっていた所定の行動を指示しながら、タクヒールが残した手紙を胸に抱きしめた。
「タクヒールさま、私に勇気を、そしてテイグーンをお守りください」
震えながら、周りに聞こえない程度の小さな声で呟くと、ミザリーは顔を上げた。
もう迷いのない、覚悟を決めた顔つきだった。
「カン・カン・カン・カン・カン……」
夕暮れのテイグーンの町では、非常事態を告げる鐘が打ち鳴らされ続けている。
この鐘が鳴れば全ての領民、人足などの期間労働者たち、住まう者全てが、直ちに中央広場に集まる決まりになっている。
領民達が集まり中央広場には大きな人の輪ができる。
その中心の、一段高くなった場所に、テイグーン防衛指揮官のミザリーが立ち、彼女を取り囲む様に警備兵が並ぶ。
残留組の駐留軍は既に関門に向かって走っており、一部は町の外にある入植者達への連絡に走っている。
「今、テイグーンは未曾有の危機に直面しています」
集まった領民は、ミザリーが話し始めると、静まり返って話を聞いている。
「現在、国境を越えて侵入してきたグリフォニア帝国軍の一部が、魔境との境を抜け、ここテイグーンに向かっているとの情報が入りました。
侵略軍はおよそ3,000、我々ソリス男爵軍はテイグーンの関門でこれを撃退しようと試みています」
「タクヒールさまが助けに来てくれますよねっ!」
割って入った女性に対しミザリーは首を振る。
「タクヒールさまは、現在、帝国軍の本隊、約2万の軍勢と対峙しています。膨大な敵軍を目の前にして、此方に駆け付ける余力も、また、その隙もありません」
「勝てるんですか?」
今度は別の男性が声を上げた。
「タクヒールさまは予めこの危険性も察知されていました。我々は十分に策も講じています。ですので、皆様の協力があれば必ず勝てる、とお約束します。
これから皆様に宛てた、領主タクヒール様の文を読み上げようと思います」
「ちょっと待てよ、関門の兵力はどれぐらいなんだ」
人足風の男が声を荒げて詰め寄る。
「駐留兵と傭兵団を合わせて100名、数には劣りますが我々には多くの秘策が……」
「か、勝てる訳がないだろうがっ! そもそも予め知ってて黙ってたのかよ。領主は俺たちを敵の餌にしようと考えてるじゃないのか?」
詰め寄った男に釣られ、更に他の男も声を荒げる。
「おいおい、俺たちの協力って、俺たちを盾として敵の前に並べる気じゃねぇのか!」
「なぁみんな、この町と心中なんてとんでもない話だ、そうだろ?」
「俺たちが一緒になって死ぬ義理はねぇ、いただくものいただいてさっさとずらかろうぜ!」
更に同じ様な風体の男達も同様に声を荒げ始めた。
ミザリーは騒ぎ立てる彼らの勢いに押され、沈黙してしまっていた。
「あんた達は黙ってな! 嫌なら黙って、尻尾を巻いて逃げちまいな!」
一人の、少しはだけた露出の多い、艶めかしい格好をした女性が男たちを制して言った。
「私は残るよ、この町と領主さまが好きだしね。
私ら娼婦はどこの町でもつまはじき者さ。擦り寄って来る男達も、上辺だけの甘い言葉を言うだけ……
でもね、領主様は違うんだよ! 私たちを歓迎してくれた。ここで働く男たちに、癒しと明日の力を与えてくれる、そんな私らにとても感謝してるって。
頭を下げて、礼を言ってくれた収穫祭の日の事、私は一生忘れない。そんな領主、他にいるかい?
私は領主様の頼みなら、そして、この町を守るためなら、喜んで力を貸すよ。こんなあたしでも役に立つことがあれば、だけど……」
騒然となっていた広場は、彼女の言葉を受け、静かになり、事の成り行きを固唾を呑んで見守っている。
「ありがとう、タクヒールさまは皆を守りたい。そう願っておられます。今のあなたの言葉、タクヒールさまが帰られたら、是非直接伝えてくださいな」
ミザリーは、感動し、涙目になった顔で答えた。
「所で貴方たち、見た感じだと、ここに働きに来た工事関係者かしら?」
怒りに燃えるクレアの目に射すくめられ、強い語気で問われた男たちは一瞬萎縮した。
「そうだよ! 俺たちはこの町に住む人間じゃねぇ、散々こき使われただけで、何の恩恵も受けてねぇよ」
「そうだ! 俺たちは何の義理もねぇんだよ」
そう言って彼らはクレアをにらみ返した。
「そう、なら貴方の組番号は?」
「それがどうしたっ!」
男たちは狼狽した様子で答えることができなかった。
「ちゃんとこの町に雇われた者は、所属する仕事によって組番号が与えられているのよ、貴方たち、そんな事も知らないの?
今ここにいる方で、彼らと同じ組の方はいらっしゃいますか、いらっしゃれば教えてください」
周囲の人だかりからは誰も答える者はいない。
それどころか、彼らの周囲、そしてクレアの前から人だかりが消え、遠巻きに様子を窺っている。
「やっぱりね、以前夜盗に襲撃された時も、人足に化けてこの街を襲った奴らがいたわ、あなた達も野盗かその類、敵の間諜、どちらかね」
「なにっ!この女俺たちにアヤ付けるとはいい度胸だ、タダではすまさねぇぞ」
「犯罪者呼ばわりとは、どういう了見だ!」
男達がクレアに凄み、手を出そうとしたその瞬間、クレアと彼らの間に激しい炎の壁が立ち上った。
「ひぃぃっ!」
「まさか火魔法士がっ! なぜこんな所に……」
彼らは思わずのけ反り、腰を抜かして崩れ落ちる。
「警備兵! 彼らを拘束しなさい。間諜の疑いがあります。貴方たち、疑念を晴らしたければ、警備詰め所で組番号と、今している仕事を答えることね」
「魔法士だ」
「あれが……、初めて見た」
「火の魔法士だったのか」
「きれい~」
周囲の人々がざわつく中、クレアは続けた。
「私たち魔法士は戦場では貴重な戦力よ。
なのにタクヒールさまは、テイグーンを守ってくれと頭を下げて、私だけじゃない、何人もの魔法士を、この町の守りに置いておかれたの。だから……
お願い、領主さまの言葉を聞いてちょうだい」
騒然としていた領民たちも落ち着き、再びミザリーの方に向き直った。
これから発せられる彼女の言葉を聞くために。
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