第六十二話:サザンゲート防衛戦①(開戦1日目)初手、弓箭兵対決
兄が到着してから3日目の朝、俺は各陣地を巡回しているハストブルグ辺境伯に直接話す機会を得た。
「タクヒールよ久しいな、今回ソリス男爵が子爵級にせまる数の軍勢を率いてきたこと、其方の功績が大であったと聞いたぞ。
テイグーン開発も上手く進んでいるようだな?
一年目で金貨1500枚を返してくるとは思わなかったぞ」
「ありがとうございます。これも偏にハストブルグ辺境伯さまのお力添えの賜物と感謝しております」
「この戦が終わったら、ワシにも是非其方が開発し、治めるテイグーンの町を見せてくれんかね」
「ありがたいお言葉です。町の領民一同、誠心誠意お迎えさせていただきたく思っています。
そのテイグーンに関わることですが、この機会に少しお耳に入れておきたい点があります」
俺は今回の戦いで根幹に関わることを説明した。
「杞憂であれば良いのですが……
敵が一部隊をテイグーン方面に差し向ける可能性があります。
それに対し我らも対策を講じていますが、この件は味方、特に隣領には秘匿していただけますか?
万が一、戦場から千人単位の敵軍が消えた際には、要注意だと思っています」
そんなやり取りをしているなか、早馬が到着し、味方の鐘楼からは警鐘が打ち鳴らされた。
報告の者が辺境伯に走り寄る。
「敵部隊およそ3万! サザンゲートの丘陵地帯を超え、こちらに向かって進軍してきております」
「やれやれ、味方の援軍は殆どまだ到着してないというのに、敵はもう出てきたか。
全軍、速やかに配置に着くようにっ」
「はっ!」
短く答え、俺も走り出していった。
※
サザンゲートの砦は、ほぼ四角形の形をしており、最大収容人数2万5千人、東西南北を分厚く堅固な城壁が伸び、南と北に堅牢な城門が侵入者を拒んでいる。
初めて見た時に俺は、まるで春秋戦国時代の中国の城塞都市そっくりだと思った。
防衛部隊はそれぞれ約1,000名が、4面の防壁上に配備され、城門前と中央にハストブルグ辺境伯の本陣が陣取る配置で割り振られている。
グリフォニア帝国
侵 攻 軍
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
<南門>
第二子弟騎団 ソリス男爵軍
キ ハハ コ
キ コ
キ ハハハハ ゴ
キ ハハハハハハ ゴ
東 キ ハハハハハハ ゴ 西
側 キ ハハハハハハ ゴ 側
キ ハハハハハハ ゴ
キ ゴ
キ ゴ
キ ハハ ゴ
ククボボヘヘヒヒヒヒヒヒ
<北門>
<南壁>
ソリス男爵 570名
第二子弟騎士団 500名
<東壁>
キリアス子爵 1,000名
<西壁>
コーネル男爵 230名
ゴーマン子爵 800名
<北壁>
ヒヨリミ子爵 600名
クライツ男爵 200名
ボールド男爵 200名
ヘラルド男爵 200名
<中央>
ハストブルグ辺境伯 3,200名
城壁から敵軍を眺め、兄は俺の緊張をほぐす為か、話しかけてきた。
「タクヒール、どうだ戦場は?」
「兄さまと同じ部署に配置されたので心強いです」
「まぁ父上と同じ、一番の難所に配置されてしまったがな」
「前回の弓箭兵の活躍を見ていれば、適材適所の配置でしょうね」
「タクヒール、最初からやるのか?」
「はい、先ずは一気に千人単位で敵の数を減らしておきます。風魔法士4名を分散配置しています。クロスボウ部隊でもそれなりにできると思います」
「そっか、テイグーンでの訓練の成果、楽しみにしているぞ」
南壁城壁上の中央には、各色の指揮旗を持った兵が立ち、それに合わせて南側の城壁上に、等間隔で4か所に同じ旗を持った旗手と風魔法士が配置されている。
※
グリフォニア帝国第一皇子の軍勢は砦の手前まで進軍し、一旦様子を窺った。
「なんだ、敵軍は我々を侮っているのか? 諜報によると砦を守る兵力はせいぜい8000人と聞いたが」
「おそらく援軍がまだ到着していないのでしょう。頼みの綱、王都騎士団は東に張り付いておりますし」
「これでは策を講ぜずとも落とせるのではないか?」
参謀に対する第一皇子の言葉は決して大言壮語ではなかった。
『攻城側は防御側に対して約3倍の兵力が必要』と言われるが、彼の軍勢は総数28,000名。
力押しでも十分攻めきれる可能性があった。
「先ずは盾を持った歩兵を先頭に、その後ろから5,000の弓箭兵で城壁上の敵を打ち崩せっ」
第一皇子の命令は即座に実行に移された。
※
5,000人の盾歩兵に守られた同数の弓箭兵、合計1万人の帝国軍兵士がこちらに向かって進軍してくる。
それだけで、守備隊の全軍より数は多い。
ダレクは恐怖に震える自軍の兵士を、落ち着いて鼓舞しつつ、父より配備されたクロスボウを構えさせる。
「団長、味方は高さの利点もあります。先ずは通常射撃で対応したいと思いますが如何でしょうか?」
「適切なご判断だと思います。先ずは敵の矢に怯える新兵たちを安心させてやりましょう」
黄色の指揮旗があがり、4か所に配置した旗手も同じ黄色の旗を掲げる。
「まもなく敵の遠距離射撃が来る。が、心配は無用だ。奴らの矢は決して届かんっ。安心して見ていろ」
兄ダレクは城壁上で率先して敵にその身を晒す。
敵の弓箭兵は最大仰角を取り、矢を構えている。
程なくして、5,000本の矢が風を切る轟音を伴いながら、南側の視界を黒く染めて飛来する。
兄は城壁の上で、悠然と身を晒しそれを眺めていた。
そんな兄を見て、第二子弟騎士団は落ち着いている。
この胆力、流石だ。兄の将器は以前と比べようもないほど、惚れ惚れするレベルに成長していると思えた。
矢の雨が降り注ぐと思った刹那、突風が巻き起こり直前で矢は失速、バラバラと城壁の手前で落ちる。
城壁を超えた矢は一本もない。
第二子弟騎士団が配置されていたエリアからは、大きな歓声があがる。
そして第二射、これも同様の結果になった。
焦った敵の指揮官は、更に前進を命じているようだ。
ヴァイス団長の右手が上がった。
「射撃用意っ!」
父の号令が飛ぶ。黄色の旗はそのまま掲げられているが、隣でゆっくり赤い旗も振られている。
そして敵が矢を構えようとした瞬間、ヴァイス団長の右手が振り下ろされた。
「撃てっ!」
父の号令と共に、赤い旗が振り降ろされ、1,000本の矢が一斉に放たれた。
射撃体勢にあった敵の弓箭兵は、矢の雨を浴びてバタバタと倒れていく。
特にソリス男爵側の矢は、威力もひと際強く、中には盾を貫通して撃ち抜かれているものもいる。
「第二射、第三射、連続射撃用意」
父は畳みかけるようだ。
「撃てっ」
射程距離内で射撃した侵攻軍の矢は何故か届かない。
それなのに城壁上から、次々と苛烈な、考えられない威力の矢が正確に襲ってくる。
「そんなバカなっ、例え城壁上の利点があるにしろ、こうも差が付く筈がないっ!」
グリフォニア帝国兵たちは悲鳴にも近い声をあげた。
自軍の攻撃は全く届かないように見える。
いや、届く筈の距離なのに手前で次々と落ちていく。
なのに敵は最初から効果的な射撃を繰り返してくる。
正面の敵はたかが千、5倍の弓箭兵で圧倒し、城壁上の敵兵を圧倒するつもりが、逆に圧倒されている。
組織的な撤退命令が無いなか、帝国軍の弓箭兵と歩兵部隊は混乱し、第三射まで浴びてしまった。
敵軍は、都合3,000本の矢を受けてしまった事になる。
実はこれも3日前に仕込んでいたことのひとつだ。
砦に進む敵からは見えにくく、逆に砦側からは見えるように、大地には一定間隔で線が引かれている。
アストールに指示し、地魔法でちょっぴり土を弄ってもらい、大地に見えにくい隆起をつけている。
その隆起が、陽の光で影を作り、城壁上からは影が線状に見え、射程の指標になる。
第二子弟騎士団の新兵でさえ、予め練習で設定した角度通りに矢を放つだけで面白いように当たった。
更に敵軍は一万人が密集し、帯の様に横に広がり布陣しているのだから、まさに打てば当たる、そんな状態だった。
そして、各所に配置された4名の風魔法士達は、こっそり風魔法を使っていた。
放たれた矢は風にのり、目標に誘導され、威力も加速されていた。
「各隊毎に自由射撃開始!打ち漏らすなっ!」
父の号令でソリス男爵軍、第二子弟騎士団の兵たちは次々と矢を放つ。
自軍より遥かに少ない兵力、矢の打ち合いで負けると思っていなかった敵軍の兵士たちは、一方的な攻撃を受け、ついに心が折れ、算を乱して敗走しはじめた。
敵の指揮が混乱し、組織的な反撃や撤退命令がなかったのには理由がある。
統一された第三射のあと、俺の指示で黄色い旗が下され、代わりに青旗が振られていた。
それを見たゲイル、ゴルド、アラル、リリアの風魔法士4名が、風魔法とエストールボウを使った射撃で、目ぼしい指揮官を次々に打ち抜いていたからだ。
全軍が潰走状態になり、クロスボウでは既に効果的な射撃は厳しい距離になっていたが、風に加速された矢は恐ろしく遠くまで届く。
威力は落ちても、背を向けて敗走する敵軍には十分効果があった。
更にエストールボウでは、まだ威力のある攻撃ができる。
右側に位置する、ソリス男爵軍の矢は、依然、彼らの背を狙って追いすがり、効果的な痛撃を与えてくる。
グリフォニア帝国軍は、緒戦の僅かな時間で2,000名近い死傷者を出し後退した。
先ずは、圧倒的な完勝で、第一幕は下ろされた。
ご覧いただきありがとうございます。
ブックマークやいいね、評価をいただいた皆さま、本当にありがとうございます。
凄く嬉しいです。毎回励みになります。
また誤字のご指摘もありがとうございます。
こちらでの御礼で失礼いたします。
これからもどうぞ宜しくお願いいたします。
<追記>
六十話まで毎日投稿が継続できました。
日頃の応援や評価いただいたお陰と感謝しています。
今後も感謝の気持ちを忘れずに、投稿頑張りますのでどうぞよろしくお願いします。