第六十話(カイル歴506年:13歳)子弟騎士団出陣
カイル王国の王都カイラールでは、今まさに2つの新設騎士団が戦地に向けて出立しようとしていた。
首都を出立する軍馬の列に、王都の民たちは列を作り、歓呼で彼らを見送る。
「見よっ! あれが我が王国が誇る第二子弟騎士団だそうだ。準貴族から平民まで勢揃いして、見ただけで王国の武威が知れるというものよ」
「きっとあの荷駄には蕪が積まれているのだろうて」
「あの武骨な軍勢を見て、王国貴族はまっとうに武具も揃えられない、そんな賛辞を敵だけでなく、味方からもいただくことになるかも知れんな」
第一子弟騎士団の面々が嘲笑する。
学園長に呼び出しを受けた日、ダレクはやむを得ず、第二子弟騎士団を代表し率いる事になってしまった。
そのため、急遽予定を変更し、準備に走り回った。
実家には早馬を送り、事の経緯を報告した。
そして、第二子弟騎士団の一員として、付き従う直属の兵20騎ほどを領地から呼び寄せ、クランと共に第二子弟騎士団に参加させた。
それからは、ダレクにとっては時間との戦いだった。
12歳にして初陣し敵の殲滅に武功を挙げた豪の者
王国内でも頂点に近い剣聖の称号を持つ若き剣士
16歳で既に準男爵の地位にある、新進気鋭の当主
そんな看板を政治として利用されている事は分かっていた。
この際、危険な任務で出る杭は叩く好機とする
難局に実家の力を借り出す人質として活用する
一部には、こんな裏の目的を持っている者もいる。
今の立場では、不本意だが彼らの思惑に乗るしか選択肢はなかった。
「俺の中で、やれる事をやるだけさ」
ダレクは諦めたように、目前の課題に取り組んだ。
兵卒が揃うまで待っていられない。集まった者から招集をかけ、行軍や集団戦闘、陣形、転換などの訓練を行っていった。
「戦場では、最低限の動きすらできない者は、自らの命すら守れんぞっ!」
ダレクの叱咤が飛ぶ。
速成教育なのは仕方ない。だが集団として機能しなければ、戦場では敵軍の餌になるだけだ。
ダレクの指導のもと、第二子弟騎士団は戦闘集団として、徐々に、なんとか動ける程度にはなっていった。
その訓練の様子を見た、王都騎士団長は思わず感嘆の声を上げた。
「ほう、あの小僧どもがいっぱしの動きをしておる、速成訓練で未熟な部分は目につくが……、欲しいな」
王都騎士団長はダレクの評価をさらにひとつ上げた。
こうして、出立の日まで残された時間は、日々、激しい訓練が行われていった。
※
出発の前日には、集まった準貴族の子弟、平民たち、それらの配下として参加したものを取り込んで、第二子弟騎士団は、500騎の勢力になるに至った。
ダレクが幸いだったのは、第二子弟騎士団の構成員(男爵家につらなる下級貴族、準男爵家や騎士爵家、平民の家庭から学園に通っているものなど)の多くは、身分は低いが、能力のある者が少なからずいたことだ。
準貴族や平民で、学園に通う者の目的は主にふたつ。
文官を志すか、王都騎士団に入団を志望する者。
ダレクに従う、多くの学生は卒業後に騎士団入団を目指しており、元々地力があった。
その他にも、既に戦功を挙げている者や、従軍した経験のある者、腕に覚えのある者などもいた。
「こんな小僧の指揮に従えだと! 王国はどういう人事をしている!」
能力の高い者、腕に覚えのある者は、最初こそダレクに反発し、指揮権に異を唱える者や、命令に従わない者もいた。
ダレクはいつものこと、と慌てることなく相対した。
そして、反発する彼らは、ダレクとの剣術対戦や、模擬戦などの戦闘訓練を通じ、ダレクの力量を理解し、従っていった。
ひとたび剣を交えれば【剣聖】のダレクに敵う者などいない。軍略は自他共に認める団長の一番弟子だ。
彼は自らの力で第二子弟騎士団をまとめていった。
※
従軍する彼らの身に纏う鎧や武具は、実戦向けの、使い込まれた、飾り気のない無骨なものだった。
そのため、実戦を知らない第一子弟騎士団の面々から見た目を揶揄されても、全く気にはならなかった。
むしろ、傷ひとつない煌びやかな鎧を纏い、無知に笑う彼らが哀れに見えていた。
第二子弟騎士団の弱みは、その数そのものだった。
ダレクの様に、20名を超える配下を手配し、従軍させた者はいない。
多くても10名前後、単独で参加する者も多かった。
そのため、第一子弟騎士団が2,000名の数を誇るのに比べ、僅か四分の一の兵力、500騎となってしまった。
その事も、第一子弟騎士団の自尊心を更に刺激し、彼らが第二子弟騎士団を蔑む理由のひとつにもなった。
片や第一子弟騎士団は、高位貴族子弟を中心に編成されており、従う配下の鎧や武具も煌びやかだ。
実戦にはそぐわない華美な装飾が入った物も多い。
そして、それぞれが率いる従卒も多い。
中には100名近い配下を招集し、従軍している者もいた。
「あいつら着飾って、戦場で晩餐会でもする気か?」
「コックを戦場に連れて行くとか、訳がわからん!」
「あの装飾、奪って欲しいと陳列してるつもりか?」
「宝を見せつけて、雑兵の目を惹きつけ死ぬ気か?」
「戦えない従卒を引き連れ遠足でもいくつもりか?」
第二子弟騎士団の連中も負けてはいない。
ただ……、相手に聞こえないような、小さな声で言っているのは仕方のないことだが。
「第一子弟騎士団、実際の戦闘要員は1000人から多くても1500人程度ですね」
苦笑しながら横で馬を並べるクランが馬を寄せ囁く。
「そうだな、彼らにとっては呑気な遠足なのだろう。
クラン、王都を出たら進軍速度を速める、各隊に伝達を、頼む。
その後は、悪いが我等から先行し、行軍しながら陣形の展開や転換、そんな訓練ができそうな場所と地形を確認しておいてくれないか?」
「了解しました。騎馬を走らせながら、あれをやるのですね?」
「ああ、少しでも生きて帰る確率を上げないとな」
ダレクは既に、一旦出立すれば、第二子弟騎士団は、独立した別部隊として、別行動してよい旨の許可をもらっている。
第一子弟騎士団にも、行軍中に訓練を行いつつ、戦場に向かう旨は伝えてある。
そのため、のろのろ進む、彼らの移動に合わせる必要はない。
戦場までの距離は長い。
共に行軍するだけでも不愉快だし、彼らに合わせて行軍した結果、戦場に遅参するなどもっての他だ。
少しでも早く、そして開戦前に到着し、現地でできる最低限の訓練、陣形なども身に付けさせたい。
それが、一人でも多く帰還できることに繋がるのだから。
まだ幼さを残した少年達、果たしてこの中の何人を、無事に連れ帰る事ができるか、ダレクはそんな不安でいっぱいだった。
ダレクの奮闘は続いた。
「この先の丘を越えたら直ちに陣形転換、先頭から順次に魚鱗陣に転換、その隊形を維持しつつ次の丘まで整然と進めっ!」
またある時は……
「この丘の先で敵に包囲されている味方を救出する。全軍突撃隊系! 紡錘陣形に転換しつつ全力疾走!」
更に……
「これより撤退戦を行う、最後尾を交代しつつ、順次進行方向に後退! 第一隊は敵軍として後退する部隊を追い立てろっ!」
ダレクの進軍は容赦ない。
さながらヴァイス団長の鬼っぷりに似ている。
自他共に認める一番弟子は伊達ではなかった。
学園の授業の一環で、部隊の展開訓練や、陣形変更など、集団戦の訓練を受けている者も少なからずいる。
そして、戦場で実戦を経験している者もいる。
彼らは小規模集団、中規模集団の長として、配下の部隊を引っ張ってくれている。
あとは……
「父やタクヒールのことだ。戦場にきっとアレを持ち込んでいるはず。アレなら短時間で訓練が可能だ」
「ですね、まだ秘匿する必要がありますし」
「戦いの前までは、アレを兵に持たせているだろう。そして、本番では不要になる。だから、こちらが使わせてもらう。
そうすれば、戦いの経験も乏しい第二子弟騎士団でも、それなりの戦力として期待できるからな」
「そうですね。数の力は大きいですから」
「あとは、弟が魔法士を何人連れているか、だな?」
「はい、きっとタクヒールさまは、仲間を何人も連れて来てますよ」
「そうすれば、彼らでもそれなりの戦いができる。数としての力が発揮できれば、きっと役に立つだろう」
ダレクは期待に満ちた言葉で呟いた。
「ふん、人頼みとは、俺の柄じゃないんだけどなぁ」
ダレクは憮然として呟くと、気を取り直して号令を発した。
「全軍! サザンゲート砦まで、通常7日の日程を、可能な限り短縮するぞっ!
1日でも早く戦場に着くこと、これが自身の活躍と生還を助けると心得よ!」
ダレクは騎馬の脚を進め、可能な限り進軍を急いだ。
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<追記>
日々投稿も一か月継続できました。
無事50話まで進めたのも、応援いただいたお陰と感謝しています。
これからも感謝の気持ちを忘れずに、投稿頑張りますのでどうぞよろしくお願いします。