第五十八話(カイル歴506年:13歳)暗躍する者たち
豪華な絨毯と調度品で装飾されたとある場所の一室。
燭台の火は敢えて小さく絞られており、向かいに座る相手の顔がなんとか見える、その程度の明るさだ。
それが陰鬱な雰囲気を更に増している。
「首尾はどうなっておる?」
3人の男達、そのなかでもひときわ豪華な絹の服を着た男の問いに、深くローブを被った男がしわがれた声で答える。
「あちらへの根回しは抜かりなく……」
「国境を抜けたのち、本隊が睨み合う隙に密かに左手から一軍を抜けさせるよう誘導しておりまする。ついでに右手にも。これでことは成ったも同然かと……」
「ふん、亀の様に首を引っ込め、砦など後生大事に守っているとよいわ、まさか攻め寄せた本軍が囮とも知らずになっ」
「そうですな、我らが砦で悠々と眺めている間に、奴らは領地を蹂躙される。気が付いた時にはもう遅い。奴らの慌てふためく姿、それを見るのが今から楽しみでなりませぬ」
豪奢な服を着た男が毒づくと、3人のなかで一番若い男が追随した。
「彼方にとっても、奴は4年前の戦の仇、その仇の領地を踏みにじり、存分に憂さを晴らすことでしょう。これで、我らの思いも叶い重畳なことで」
しわがれた声が低く笑う。
「所で、肝心の左側への誘引の手筈、抜かりはないであろうな?」
「もちろんでございます。かねてから、我らと結ばれた約定どおり、我々の領土との境界は通過するだけ、万が一の事が起こらぬよう、案内人も付ける手筈を整えております」
「その案内人から事が露見することはなかろうな?」
「その点も心得ております。我等は案内人とは直接接触しておりませぬ。そこから糸をたぐる事は無理な話でございます」
「また、あ奴らめは、昨年の襲撃失敗で、多くの仲間が討たれたこと、酷く恨んでおります。手の者から金を握らせた折には、敵討ちに参加できる、その様に喜んでおりましたゆえ」
しわがれた声の者も補足する。
「万が一調べられても、逆恨みによる野盗の類の復讐劇、そんな事にしか行き当らないということか」
「ふぇっふぇっふぇっ、仰る通りでございます」
「此度の戦で我らの本懐は叶いましょうか?」
「急くでない、彼方のお方が、正式に皇位を継がれた時こそ、全軍を以て押し寄せ、この国が征服されることになろう」
「此度の戦はその為の準備、国境付近の邪魔者を排除し、国境を越えたこちら側に、堅固な橋頭堡を築く事だ。そして、その戦果を以て皇位継承をより優位に、確実にする、これがあのお方の、今回の目的よ」
「では……、我らはどう動けば?」
「予想外の侵攻と、領地の陥落に浮足立った所で、我らが砦の内側から城門を開く、さすれば囮だった本軍が、再び本隊となって雪崩れ込む、そうなれば中央も思うがままよ」
「奴らは、自国を守るための砦が、自らの首に突き付けられた匕首になるとは、思いもしないであろう」
「若さま、砦を起点に、右側と左側で国境一帯を抑える、今回の目的はそんな所じゃろうて」
「では引き続き、謀がつつがなく進むよう、しっかり頼むぞ」
「畏まってございます」
「抜かりなく」
3人が部屋を出ると、燭台の火も消え、辺りは再び静寂につつまれた。
※
別の場所では3人の男たちが密かに集っていた。
豪華な椅子に腰掛けるものが1人、その向かいの長椅子に腰掛ける者が1人、傍に膝まづいて控えるものが1人。
「あ奴めの申し出、其方はどう思う?そもそもあ奴は信の置ける者か?」
「ふふっ、信じる事と、利用し使い捨てる事は、全く別でございます。我々はただ利用し、必要がなくなれば打ち捨てればよいのです」
「この際、あ奴が信頼できるかどうかは気にせずとも良いと?」
「左様でございます。自国を敵側に売る様な輩です。遅かれ早かれ切り捨てる予定で宜しいかと」
「それでこの情報の信憑性はどうなのだ?」
「かねてより配下の商人を通じて確認した所、確かにその経路は侵攻可能です。敵の虚を突く、なかなか面白い話と思われます」
「提案自体は汲むべき点があると、そういう事か」
「左様でございます」
これまで会話に参加していなかった3人目の男が顔を上げた。
「その任、何卒、私めにお任せいただけませんか?奴は我らが同胞の仇、兵達も雪辱の機会と奮い立つでしょう」
「この方面は敵の虚を突くだけ。たわいもない戦いじゃて。其方の戦力は主戦場こそふさわしい。
再建中の鉄騎兵や騎馬隊も主戦場であればこそ、活躍の機会もあろうて。
しかも、そなたの仇は、本隊が対峙する砦の中におるのだぞ」
「ですが……」
長椅子の男の言葉に、傍の男はそれでも食い下がる。
「辺境伯よ、今回は控えよっ」
最上位の男の一言で、3人目の男はうなだれながら沈黙した。
「いくら天然の要害といっても、守る兵の大半は出征中、留守を突けば簡単に陥落することでしょう」
「そして、そこから先、王都までは大した防御線もない。妻子のいる本拠地を突かれ、更に王都に向けた兵が動けば……、奴らの慌て様が目に浮かびますな」
「今回はそこで、決まり、ということか?」
「残念ながら……、あと5万、せめて3万もあれば何とかなりましたが」
「それにしても、イストリア皇王国との話はついているのか?」
「はい、奴らは王都という目先の宝に目が眩んでおります。時を同じくして東側から攻め入り、騎士団を十分引き付けてくれることになりましょう」
「そのために、我らが情報も流しているのだからな」
「騎士団の連中も、南に動く事もできず、全軍が王都に近いという理由と、噂に踊らされて、東に進み防衛に当たることになりましょうて」
「そして、騎士団全軍が東を守れば、皇王国の侵攻も思うに任せず、国境あたりで互いに無駄な泥試合、消耗を繰り返す、という事か」
「はい、騎士団が動けぬなら、南に集まる兵は、単なる寄せ集めの烏合の衆です。戦の経験も少なく、一度崩れれば、一気に崩壊するのは必定かと」
「唯一統制の取れた軍団も、腹に獅子身中の虫を抱えている、という事か。これは敵ながら哀れと言うしかないな」
言葉とは裏腹に、陰湿な笑みを浮かべて笑う男。
全ては手の中にある。
入念に準備も整えた。
後は、眼前の果実をもぎ取るだけ。簡単なことだ。
「これで奴には大きく差をつけることができるな。南で蛮族と潰し合うが良いわ!
奴は今……、どうなっている?」
「はい、一旦は国境を越え進出いたしましたが、蛮族共の反攻にあい、戦線を縮小しておりまする」
「奴の方への手回しも、抜かりはないであろうな?」
「はい、今回も、要望された援軍として彼方に送られるのは、老兵や、初陣の少年兵など、戦では使い物にならん兵ばかりでございます」
「ほうっ、それは難儀な事だなっ!
奴がせいぜい南で足掻く間に、俺が北で大勝利を収める。そして、帝国は俺のものになる」
彼はそう声を発しながら、満足気に笑った。
男は謀の推移に満足して呟くと手にした酒杯を傾けた。
喉を潤す酒が心地よい。
「皇王国には此方の侵攻時期を伝えよ。正確にだっ」
「共に勝利を分かちあおう、と伝えてうまく煽れ!
王国の奴等の間諜には、皇王国の動向が伝わるよう、抜からずにな」
「畏まりました。未来の皇帝陛下の御為に!」
「我らゴート一族も、忠誠を捧げまする」
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<追記>
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これからも感謝の気持ちを忘れずに、投稿頑張りますのでどうぞよろしくお願いします。