第五話(カイル歴498年~499年:5歳~6歳)大豊作を乗り切るために
5歳の時間はあっという間に過ぎていった。
水車のプレゼンが無事終わり、最初の目論見が軌道に乗った後、まだまだしなきゃならないことがあった。
大豊作の前に、やっておくべきこと。
それは大豊作の翌年にやってくる、大凶作に備えた対策だ。
大豊作で小麦の値段が暴落してる時にこそ、ソリス男爵家では、安い小麦を大量に買い占めて欲しかった。
幸いにも小麦粉の生産量は飛躍的に向上した。
それを受け、小麦粉を使用した保存食(乾燥パスタもどき、乾麺もどき)を作る目論見(実験)を始めた。
まず味方に引き込んだのはソリス男爵家の料理長だ。
今度は屋敷内の厨房に入りびたりになった。
「今度は厨房か」
両親は苦笑しながらも、目をつぶってくれた。
「おう、ボウズ、また来たのか」
料理長のミゲルさんは非常に気さくな、でも料理とは無縁と思える無骨な強面のおっさんだった。
もとは父と一緒の軍で肩を並べて戦った戦士で、父とは俺、お前の仲だったらしい。
料理が得意で限られた素材の戦場でもその技術を披露していたそうだ。
戦傷を負い戦働きが厳しくなったのを機に、得意の料理を仕事として、父の招聘に応じ料理長になった。
俺は以前から厨房のミゲルさんを訪ねていた。
「米を使った料理はあるか?」
「米は入手は可能なのか?」
「醤油や味噌などの調味料は存在するか?」
思い出してしまった以上、どうしても食べたくなった【和食】の素材について、探し始めていた。
今のところ何の手掛かりもないけど。
そのため、俺は幼い頃から何度も厨房には出入りしていた。なので、俺に対しても非常に気安く話しかけてくれる。
「はい、これでなんとか保存食ができないかと」
小麦粉を水と塩で練って伸ばし乾燥させたものを見せながら相談してみた。
「それはまた……、変わったものを、どこかの本に出ていた話かい?」
「はい、どこかの国でこんな感じで作ったものを、保存食として利用しているって、そんな話を読んで……
ウチではこれから、小麦粉を沢山作れるようになるけど、それだけじゃダメかと思って……」
「なるほど、これが上手くいけば戦場でも使える……、か?」
ミゲルさんの呟きは、まさに思うツボだった。
戦場での携行食、これについても、ミゲルさんは専門家だ、そして料理についても。
ここでもプロの力を借りる事ができた。俺の過去の知識って、知っているだけでは実際チートにならないんだよね。
断片の結果だけの知識は、積み上げられた知識や経験で得られた知識とは全く別物と言っていい。
ここからは試行錯誤の始まりだった。
麺自体を乾燥させること、これだけ見れば意外と簡単だったが、塩の配合、乾燥方法、時間などミゲルさんの知恵を借りて試すしかなかった。
食材を粗末にしない、この実験を始める際の両親との約束だった。実験に使用した素材、失敗した素材も含め、もれなく俺の食事になった。
それからというもの、俺の食事は麺類中心の特別メニューになってしまった。
乾燥うどんもどきは思ったよりも早く……、完成した。
だが、この段階で初めて気付いた問題があった。
乾燥麺が……、あまり美味しくない!
この世界に醤油がない、そのためこちらの調味料に合わせた調理方法が必要なこと、前々世と比べ、茹でた際の食感に違和感があったことなどが原因だ。
まぁうどんを知らない人にとっては、そんな違和感ないのかな?
そう考えつつ、試作を作っては試食、課題を考えて改善、色々繰り返していった。
料理長もこの、うどんもどきをこの世界にあったアレンジで色々工夫してくれた。結果、なんとか味も食感も及第点になった。
更に、こちらの世界の調味料を使ったレシピも開発してくれた。なんとか大豊作前に間に合った。
もう一押し欲しいな……
前々回、日本の戦国時代の歴史を読んだときに、兵士は腰に携行食を結わえて戦地に移動したという話を思い出した。
乾麺を手軽に持ち運び出来て、カップ麺のように現地で簡単に調理できたら……そんな事を考えていたとき、閃いたことがあった。
竹だ!日本にも竹筒を調理器具に使った料理はあった。飯盒代わりに使ったり、蒸したりが可能で、更に竹には抗菌作用もある、そんな事を思い出した。
幸いにもこの世界にも竹はある。というか、大森林、魔物が出る魔境の境には延々と竹林が広がっている。
こちらでは、竹林より先は魔物の生息地、決して不用意に竹林に入ってはいけない、そんな戒めもあるぐらいだ。
竹林は繁殖力も旺盛で、放置するとどんどん広がっていく。竹林が広がれば魔物の生息域も広がる。
そんな風に思われていた。
竹林が今以上広がらない様に管理し、定期的に伐採が行われ、伐採された竹は資材として流通している。
ただ、竹は魔物に関連するため、好んで使われることもなく、素材はふんだんにあるが需要は低い。
むしろ余っているといってもいいぐらいだった。
なら、青竹を使って保管容器と調理器具を兼用することはできないか?
親方の工房で青竹を分けてもらい、適度な大きさに切ったものに穴をあけ、乾麺を詰めてみた。
なんか……、振るとカラカラ音がして、おみくじの筒みたいな感じがする。
竹ごと火にくべて茹でてみて気付いたことは、ゆでることは可能、湯切りも可能だったが、竹を割らないと麺が取り出せない!
こんな事に気づかないなんて、焦りすぎてるかな……
結局、失敗だった。
蓋は耐水性のある、油紙や蝋紙みたいなもの、そんなものがこちらにもないか探して、それを使用した。
ミゲルさんと一緒に竹筒ごと火にかけて調理してみることを繰り返し、筒に入れて携行できる乾燥調味料も開発してくれた。
携行可能で調理器具にも器にもなる保存食、うどんもどきはそれなりの味で完成した。
それなり……、だが、それまで戦地で食べられていた携行食料よりは遥かにおいしく便利なものが。
これで何とか、戦時用の兵站備蓄、という名目の提案もできる下地ができた。
紙の蓋になって形状は少し変わってしまったが、これをおみくじ乾麺と呼ぶことにした。
この時点で俺は有頂天だったが、竹筒に関わる課題に気付いたのは少し後のことだった。