第四十八話(カイル歴505年:12歳)異なる歴史と不穏な予兆
「え? 違うんじゃ……」
父からの知らせに俺は少し動揺した。
そこには俺の知る【前回の歴史】にはないことが2点記されていた。
兄の王都の学園への就学が決まったこと
グリフォニア帝国が大軍を以って再侵攻する可能性
王国内で、有力貴族の子弟は通常、15歳になると王都の学園に通うことが多い。
そこでそれぞれの専門分野、騎士、魔法士、官僚、内政などの専門教育を受ける。
世継ぎである長男以外は、そういった教育を踏まえて、それぞれの道で将来の生計を立てることになる。
基本的には学生は子爵以上の家格を持つ者が中心だが、一部の有力な男爵家、王都騎士団に入団を志望する準男爵家や騎士爵家の子弟も通っている。
因みに前回の歴史では、兄や俺も王都の学園には通っていない。
今回、兄はハストブルグ辺境伯の推挙と、子爵相当の有力男爵子弟として就学する事が決まった。
歴史は違う方向に分岐したのだろうか?
来年、16歳の時もエストール領にいた兄だが、王都の学園に行けば少なくとも3年は王都にいる。
そうすれば、次の戦争で命を落とすことも無いのではないか、そんな期待も持てる。
しかし油断はできない。歴史が帳尻を合わせに来ることは、これまでの例をみても想像できる。
もうひとつ警戒すべき知らせ、これはハストブルグ辺境伯より父宛に届いた書簡による。
『グリフォニア帝国が数年のうちに大規模な再侵攻を企図している模様、出征の準備怠るなかれ』
との内容だった。
どうやら帝国の第一皇子は、2年前の戦役、旗下ゴート辺境伯の惨敗を良しとせず、自ら陣頭に立って雪辱戦を行うと息まいているらしい。
前回の歴史では、2年前のゴート辺境伯は侵攻に際し、多くの敵兵を打ち取ったことで面目を保ち、次の国境侵攻もゴート辺境伯が中心となり、前回と変わらぬ兵力で攻め込んで来ていたはず。
今回の世界では、ゴート辺境伯は惨敗し、第一皇子陣営にも少なからぬ影響を与えていた。
前回の歴史で、カイル王国とは反対の国境線の戦いで勝利し、圧倒的に優位に立っていた第三皇子の陣営も、今回の世界では、国境で一進一退を繰り返し苦戦、戦線は膠着し、皇位継承争いも接戦となり、両陣営とも決め手を欠いているらしい。
第一皇子は、これを機に目覚しい武勲を立て、皇位継承争いを優位に進めようと画策しているらしい。
うーん、これって……、やっぱ俺のせいかな。
グリフォニア帝国第三皇子麾下、常勝将軍と言われ活躍する筈だったヴァイス団長は、ここにいる。
更に、2年前のサザンゲート殲滅戦も、俺の介入で勝敗が大きく変わってしまっている。
歴史はあの時失った失点を、取り返しに来ているのではないだろうか、エストの街に呼び出される途上、身震いしながら思案に耽っていた。
「タクヒール、全員が揃った定例会議もダレクが旅立てば、次はいつになるかわからん。始めるぞ」
父の言葉に全員が席に着いた。
参加しているのは、男爵の父、母、準男爵である兄、俺、妹、男爵家家宰の6人だ。
これに加え、オブザーバーとして、母の従者でテイグーンの町の開発も手伝って貰っているサラ、俺付きメイドアン、今や内政面で才能を発揮し、ミザリーさんと両翼を担うクレアが後学のため参加している。
「先ずテイグーンの町の開発状況について報告せよ」
俺は町の開発の進捗、農業試験の結果、牡蠣殻の活用についてざっと報告した。
「町自体は今年中に第一次工事は完成します。来年以降は城壁と堀の完成と、2か所の関門をより強化していくこと、周辺開拓地の整備を進める予定です。
入植者の数も順調に増え、5年後には定住人口1000名を超え、他の町に並ぶ予定です。
更にその先は、エストの街の規模を目指していきます」
「ふむ、タクヒールが以前話していた農作物はどうだ?」
「農業試験も順調で、牡蠣殻石灰の活用により、小麦や野菜類の生育状況は順調です。
これが展開できれば食料生産量は飛躍的に伸びると思われます。芋しか育たない土壌でも、牡蠣殻石灰と堆肥で土壌を改良すればそれなりの収穫が見込める予定です。
ただ収穫前で見込みとしか申し上げられないこと、牡蠣殻石灰の使用量なども検証中で不確実です。
これからも試験を繰り返す必要があると考えており、結果は都度共有したいと思いますが、現状では、牡蠣殻自体の入手方法も限られており、他地域への展開は厳しいと言わざるをえません。
テイグーンでは現状兵力として招集可能な兵力は50名で、出征できるのは30名程度となります。
なお、双頭の鷹傭兵団は現在80名、留守部隊を残し60名が現時点で出征可能です」
次にレイモンドさんから、エストール領全体の報告、というか街を離れた俺たちへ共有があった。
「エストール領全体が好景気に沸いています。要因として、
・辺境地域開発と新規鉱山の特需
・商人も活発に動き、領内の物流や商取引も活況
・好景気に後押しされた、領内への入植者の増加
などがあげられます。
エストール領の人口も10,000人規模になりつつあり、これを踏まえ、現在は兵員500名程度(鉄騎兵200、騎兵50、弓箭兵250)の遠征軍が編成可能です」
兄ダレクからも報告があった。
「兵力の充実も顕著です。
鉄騎兵団は魔境演習により練度は向上しており、王国内なら上位レベルにまで到達しています。
ただ、ゴート辺境伯の鉄騎兵団レベルにはまだ届いておらず、今後、打撃戦力としての運用は、少なくとも500騎程度必要ですね。
なお王都に行くにあたり、従者として同じ属性の光魔法士クランを連れていきたいと考えています」
うん? 最後にさらっと、何て言った?
「兄さま、クランの件、聞いてないのですが……」
「うん、だから今言った」
って、テヘペロされても、困るんですけど。
まぁ本来8名はソリス男爵家の所属を、今のところ俺が10名全員テイグーンに連れて行ってるからなぁ……、嫌だけど、納得するしかないか。
今回初参加(正式には)の、妹クリシアが手を挙げた。
「はい、私も報告させてください。
今年になって、私も母さまと同じく地魔法士の固有スキルが使える様になりました。
先ほどのタクヒールお兄様の農地改良について、私の地魔法を使えば、テイグーン以外の土地でもお役に立てると思います」
こう言うと、妹はこちらを見て笑う。
「なので、早速テイグーンに遊びに……、いえ、視察に行く許可をください。
ダメと言われても行きます」
これには父も母も非常に焦っていた。
妹の地魔法固有スキルが発現したのはごく最近だ。
俺がテイグーンへ旅立った後、庭の芋や蕪の畑は彼女が面倒をみてくれていた。
貴族の子弟に非ざる土いじり、これに彼女は高い興味を示し、その結果地魔法スキルが開花した。
幼いながら、一度言い出したら聞かない性格をよく知る両親は慌てて翻意を促すも……、無理だろうなぁ。
「兄さんが不在の中、何より気になるのはやはりグリフォニア帝国の動向です」
「タクヒールの言う通り、大規模な侵攻ならハストブルグ辺境伯と儂らだけでは支えきれんな」
父も深刻そうに懸念を表していた。
「サザンゲートの砦で、王都からの援軍を待つ形になるでしょうね。王都からは私が駆け付けます」
「籠城戦でも、それなりの犠牲は覚悟すべきかと……」
「タクヒールにはまだ早いですよ」
俺と兄のやり取りに母が割り込んできた。
「次回は魔法士達の力も必要になります。彼らだけを戦場に行かせることはできません。
そして父上との取り決めもあります。それに従い参陣し、魔法士達の指揮は私が執ります」
「うーん……」
悩む父に、そもそも貴方が原因でしょ! と睨む母。
「弟は来年なら私の初陣と同じ年になります。男爵家の男として覚悟はできていると思います」
ありがとう!こういう時の兄はすごく頼りになる。
家族会議は紛糾したが、来年以降なら、と条件付きで初陣の許可が下りた。
後は、魔法士たちと着々と準備するだけだ。
団長の訓練を乗り越えながら……
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