第四十七話(カイル歴505年:12歳)テイグーン開発計画② 農業生産
俺が到着して間もなく、テイグーン山に本格的な春が来た。
雪解け水が、いくつもの小川を作り、平地の斜面をゆっくりと流れていく。
斜面の草原には至る所で新緑が芽吹き、花が咲き始めた。
町はまだどこも工事途中で、雪解け水を十分に確保できなかったのは残念だけど仕方がない。
それでも最低限、一部だけ完成した空堀に水を貯めこむことができたのはまだ幸いだったといえる。
町や防御施設の造成工事の傍ら、この先を見込んだ農業生産にも目を向けなくてはならなかった。
そのため、農地開発などを専門的に管轄する部門を立ち上げた。
入植者の中から、元々農業に従事していたものを募り、50名ほどの経験者が集まった。
彼らが中心となって、更に人手を雇いながら公営の試験農場や放牧、酪農などの運営を依頼した。
「本日は初仕事として、巣箱の設置をお願いします」
俺は彼らに、巣箱の設置方法を説明しながら、各所に設置を依頼した。
「ご領主自らが設置作業で汗を流さなくても……」
そんな言葉もどこからか聞こえてきたが、俺は聞こえない振りをした。
『やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ(山本五十六)』
俺の好きな言葉だった。正確には【前々回】のニシダタカヒロの好きな言葉だが。
人手もあったので、巣箱の設置は1日で終わった。
せめて2割でも定着してくれれば……、後は祈るしかなかった。
100か所(もし一人で設置してたら大変な作業だったけど)の設置が終わり、翌日からは試験農場の対応に入った。
「試験農場での栽培試験の結果は、今後入植地の農地にも反映する予定です。
その為の作業なので、指示通りに、よろしくお願いします」
エストール領内中央部とは異なり、テイグーン山近辺は国境の山脈、テイグーン山の影響か、比較的農作に適切な降雨もある。問題は恐らく土壌にあるだろうと俺は思っていた。
その為、試験農場には先ず牡蠣殻石灰をまき、発酵させた馬糞を土にすき込む土壌改善から始めた。
幸い騎馬は多く、馬糞には事欠かなかった。
【この世界】でも家畜の糞は、農地に活用されていたため、その対応も人任せで対応できた。
「こんな物を……、畑にまいて良いのですか?」
牡蠣殻石灰だけは、農業経験者でも、見たこともなく、初めてのもので戸惑っていたけれど。
以前バルトに収集してもらった物を、天日干しし、エストの街近郊の水車で粉砕したものを使用した。
一部はそのまま粉砕して肥料として使用し、一部は焼成した後、粉砕し肥料として使用した。
さらに一部は殻のまま、まとめて下水路の各所に沈めた。
下水路に沈めたものは牡蠣殻による水の浄化、水質改善を期待してのものだった。
効果は分からないが、試す価値はあると思っている。
直近の行商で新たにバルトが持ち帰った牡蠣殻は、現在塩抜き中で、今後天日干しを行う予定だ。
試験農場と町の空き地(暫定農地)の土壌改善作業が終われば、次に作付けを開始した。
〇試験農場
・右側区画は穀物、左側区画は数種類の野菜を栽培
・牡蠣殻石灰の適量が不明の為、区画毎に分量を変更
・輪栽式農法(小麦→根菜→大麦→牧草)を採用する
こんな形で実験を始め、経過を観察することにした。
〇町の未開発地の活用
試験農場以外でも、町にはまだ空き地がたくさんあった。その中でいくつかは当面の間、農業用に活用することにした。
・200メル(≒Ⅿ)四方の×4区画を放牧地として活用
・放牧地では家禽や家畜を飼育し、放牧や酪農を実施
・領主館分館の50メル四方×4を畑にし芋と蕪を栽培
・その他、当面入居者の居ない区画の空き地も活用
・臨時耕作地では収穫の早い芋や蕪を主に栽培し活用
こんな感じで進めていった。
土壌改善の結果がうまく表れれば、町の外の開拓地にも反映していく予定をしている。
というか上手くいって欲しいと願うばかりだけど。
空地栽培は、孤児院の孤児たちに依頼し、学校に通う子供たちも授業の一環で芋の栽培を実施した。
その結果、他の領民たちからも空き地栽培を希望する者が出てきた。
これらも試験農場と同様、牡蠣殻石灰の試験運用や、家畜の糞を利用した発酵堆肥の使用実験も行った。
〇町の外の土地
町の外の入植地へ移住する者に向けた優遇策も幾つか用意した。
・予め行政府の指定した安全な入植地を複数用意する
・入植した領民は、最初の5年間の収穫は無税とする
・定期的に賦役につくことを条件に補助金を支給する
※
農業計画も着々と進み、テイグーン行政府にて実施された定例会議の席上で課題が話し合われた。
「放牧地では家畜が全く足りません。需要を賄うためには、今の数倍は必要になります」
「だよね……、クレアの指摘の原因は輸送かな?」
「はい、街道が整備されていないため、輸送の手間などもあり、調達が進んでいません。
テイグーンの町では工事関係者の割合が人口比で異常に高く、肉類の消費も多く、需要に追い付いてないのが現状です」
「バルト、フランの町で需要は賄えるかな? ……、無理だよね、きっと」
「今の人数で既にフランでも限界を超えています。
これからも人足が増える事を考えると……、厳しいです」
「そっか、多少時間と費用が掛かっても良いから、エストの街方面まで足を延ばして肉の仕入れと、出入りの商人たちには、【フランで相場より高く家畜の買い取りをやっている】と、情報を流してくれるかな?」
「あと、当面輸送しやすい家禽類を思いっきり増やすしか……、ないかな?」
「わかりました。できる限り集めてみます」
バルトも理解していた。体力仕事の人足達にとって、肉の有無や量は士気にも影響してしまう。
これはなんとか避けたかった。
家畜や家禽など、生物は空間収納ができない。
そのため、バルトによる大量輸送ができない分、時間を掛けて、地道に増やすしかなかった。
「その他の問題は?」
「そうですね。町の外の入植地が相変わらず不人気なところでしょうか」
「ミザリーさん、町の外の入植地への入植が進まないのは、今の時点では仕方ないと思っている」
そう、魔境に近い立地であるが故に、町の壁内と外の壁外では雲泥の差があった。
正直、防壁に囲まれた安全な町の建設が進むにつれ、元から人気のなかった、町の外の土地への入植は進まないことは想定のうちだった。
町作りや城壁工事が完了すれば、安全な隔壁に囲まれた入植地も造成していく予定だが、まだ工事は着手できていない。そして農業生産でも土壌の不安や農業用水の不安があるからだ。
今後、試験農場の運用結果が上手く進めば、そのノウハウを展開すればよい、そう考えていた。
「当面、町の外の入植地は積極的に誘致せず、ある程度準備が整ったら案内する。それで対応できる?」
「了解しました。受付所ではそう案内します。
その……、入植希望者の予約は受け付けても大丈夫ですか?」
「クレアが管理できるなら、こちらも希望者数がわかってありがたいけど……、運用できる?」
「大丈夫です。先ずは予約受付を開始したことを掲示し、今後案内を行います」
有能な右腕の返事に、俺は一安心した。
※
暫く後になって、悩ましい問題が持ち上がってきた。
追加分を足し、膨大な量があった筈の牡蠣殻が、この先、今のペースで消費すると確実に不足しそうだ。
しかも、課題は複数に渡った。
・遠く離れた隣国の海岸線まで往復すること
・その後の塩抜きや天日干しなどの工程が必要
・準備の時間もかかり、入手してもすぐ使えない
・粉砕作業で一旦エストの街に立ち寄る手間
そう、エストの街近隣で行う粉砕作業も、途中で一旦荷を下ろし処理を行い、粉砕後にまたテイグーンまで輸送するのは手間がかかる。
しかもその間バルトが張り付くのは時間の無駄だし処理中や粉砕の管理に、人手も必要になってしまう。
バルトは、鉱石の輸送、物資の輸送で走り回っており、半年程度も輸送業務を空けるのは実質不可能だ。
頭を悩ましていた時に、救いの手が2本伸びてきた。
先ずはバルトの提案だった。
彼は今後の手間を考え、現地で対価を払い、牡蠣殻の収集、塩抜き、天日干しの工程を依頼していた。
「勝手に先走り、申し訳ありません」
平伏する彼に思わず抱きつきそうになった。
これなら、騎馬を使って急げば、1か月半程度で隣国の海岸線まで往復ができる。
食料他、生活物資の備蓄状況、フランの町への鉄鉱石輸送状況など、今後、様子を見つつ牡蠣殻収集に向かってもらう事ができる。
資金を使ってもらって構わないので、当面継続して牡蠣殻の収集と現地処理の実施を依頼した。
そして開拓地の町に新たに工房を開いたカール親方。
彼はゲルド工房長に暖簾分けしてもらい、弟子を率いてテイグーンの町に入植してくれていた。
「テイグーンでも、規模は小さくなりますが上水道の高低差を利用した水車が作れると思います」
「カールさん! それ是非お願いしますっ!」
この提案に俺は飛びついた。
これなら、牡蠣殻を粉砕するだけでなく、テイグーンで収穫された小麦も小麦粉に加工できる。
カールさんの提案を即採用し、発注を行った。
水車の完成後は、テイグーン山から吹き下ろす風を利用した風車の開発もついでに依頼した。
こうして多くの課題は抱えつつも、試験農場から始まった農業生産改善計画は、一歩ずつ前に進んでいくことになった。
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