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第四話（カイル歴498年：5歳）一の矢、改変のための一手

両親の目もあり、毎日は通えなかったが、それでも数か月の工房通いで最初に画策していた事、子供のおもちゃというには大きすぎる模型がなんとか完成した。

作っていたのは揚水水車と動力水車の模型、及び動力水車に取り付けるギアの模型、そして木製の板バネと滑車だった。

最初は以前（日本）に本で読んだ、水車について必死で思い出しつつ、すごくチャチな模型を作り、それをもう少しちゃんとした模型に発展。

並行して水流でちゃんと回転するか、効率の良い羽根の取り付け位置、大きさ、回転軸などプロの職人さんの手を借りながら色々と試行錯誤の繰り返し。

これ、絶対プロの手がなければ完成してないよね、とつくづく思った。

完成品は俺が作ったというより、木工職人のカールさんの力作、と言って差し支えないくらいのものだ。

板ばねと滑車については別の目的もあり、まだ改良中だ。

よくある馬車のサスペンション……、ではない。

後日おいおい……

「タクヒールのやつ、大丈夫かね？最近は毎日のように工房に出入りしているが……」

「まぁ本人が喜んでる事だし、子供の間は好きにさせてあげても良いのではないでしょうか、暫くは自由にさせてあげましょう」

両親がこんなやり取りをはじめてしばらく経ったころ、俺は両親に発表の機会をもらった。

「お父様、お母様、本日はお忙しいなか、お時間をいただきありがとうございます。是非この実験を見てほしくて」

両親は館の中庭で行われたそれを、子供の自由研究発表を見るような、軽い気持ちで参加してくれた。

「タクヒールさまのご提案、わたくしも是非お聞かせいただきたく参加させていただきました」

ソリス男爵家のナンバー３、家宰のレイモンドさんは呼んでなかったが、本人が直接両親に頼んだらしい。

「坊ちゃんの成果を見たい」

うん、嬉しいけど……、少しプレッシャーだ。

結局、参加者は両親とメイドのアン、家宰のレイモンドさんの４人になった。

前回の歴史にて俺は、家宰（レイモンド）が苦手だった。

彼は元々は、母の実家、コーネル男爵領出身で執事見習いとして、後に母の専属として仕えていた。

母と父が結婚してエストール領にやってきた際、母に従い一緒にやってきたそうだ。

持ち前の優秀さで母の意を酌み内政面で実力を発揮、数年後にはソリス男爵家の家宰として、父、母に次いでナンバー３の位置に昇りつめた。

人手不足だったエストール領だが、まだ20代で若造と呼ばれても仕方ない若さの大抜擢に、当初は反感や反発も多かったらしい。

だが、持ち前の有能さで、反感や反発を一蹴、ソリス男爵家を裏で支える存在になった。

彼は若くして家宰に抜擢された、しかも爽やか系の金髪イケメン……、モテキャラの要素満載だった。

屋敷に仕えるメイドにも彼のファンはすごく多い。

彼と会話しただけで、テンション爆上げになり、仕事をバリバリこなすメイドを何人も見たことがある。

前回の歴史で、まだ父母が健在のころ、家宰に提案を持って行ったことが何度かある。

毎回、ぐうの音もでないくらい提案の不備を指摘され、心が折れそうになった。

ただ、最終的には俺の提案を全て承認し、内政面に反映してくれたのだけど……

そのため、毎回赤点しか取れないダメな生徒だった俺は、苦手意識満載だった。

彼に比べモテると実感したことのない僻みもあったと思う……

領地を継いだ後、疫病で早々に彼を失ったことが、男爵領にとって大きな痛手だったと思い知らされた。

執務でいきづまり、決裁を滞らせたとき、せめて彼が居てくれれば、と何度愚痴ったことか。

今、アン直属の上司であるレイモンドさんは、アンを通じて俺の行動の報告を受けているはず。

おそらく、今の俺を良く知っている、という点では、アンに次いでレイモンドさん、そして両親の順番になるだろう。

急遽参加した家宰（レイモンドさん）を前に、いつもより緊張しながらデモンストレーションを始めた。

「先ず見てもらいたいのはこちらの実験です」

そう言って作業に取り掛かった。

「まず、水車模型を水流に沈め、回転させます。

すると、回転した水車が水を掬い、汲み上げます。

その水は、横の樋に流れ、樋を伝って水はもとの水流より高い位置を流れていきます」

まだ両親はただ黙って様子を見ていた。

「そして、こちらも見てください」

今度は動力水車だ。

「こちらの水車の回転軸にギアを接続します。

すると、ギアにより、回転方向が変わり、取り付けた棒を動かします」

棒は持ち上げられては、落下を繰り返し、もう一方のギアは、小さな円盤を回転させ続けていた。

デモンストレーションを見た両親は、俺の作業を、微笑ましく見守る様子で見ていたが、家宰は最初から凄く興味深そうに見ていた。

何のための水車か……、これは単なる玩具ではない。

家宰は、既にその目的に気付いているようだった。

動力水車の動きに驚愕した顔でかじりついている。

両親にそれを理解してもらえるよう、一言添えた。

「この揚水水車を使えば、川より水位の高い場所に水を汲み上げ、灌漑用水が作れると思います。

これまで農地に使えなかった土地にも水を送れると思ったのですが……」

母の表情が変わった。

「この動力水車は、このギアを使って回転軸の変更ができます。そうすれば、人力でやっていた作業も代替でき、しかも休みなく動かせます」

「タクヒールさまは、これがどのように役に立つとお考えですか？」

「例えば、石臼をこれで回せば、休みなしに夜通し回してくれます。

これなら、小麦粉を楽に、効率的に大量に生産できると思うのですが……」

家宰の質問に答えると父の表情が変わった。

「タクヒールさまは、いったいこの知識を何処で？」

家宰は予想していた質問をしてくれた。

俺は、驚きと不安そうな（そりゃそうだ）両親を見ながら、話を続けた。

「以前見た本にどこかの国でこの水車に似たものが書かれてました。カイル王国ではあまり活用されていないようですが……」

そう言って周りを見渡した。

不審に思われていないようで一安心した。

「そこで思ったんです。水の力で、この動力水車や揚水水車を活用すれば、領地の発展に役立つんじゃないかと……」

あどけなさを装いながら、精一杯照れた演技で答えてみました。

まぁ実際は、【ニシダタカヒロ】が見た漫画や、ラノベ、アニメから発想を真似しただけだけど……

まだ両親に全ては話していないが、水車はあくまでも切っ掛けに過ぎない。

第一に、

動力水車を石臼に連結させ、小麦粉の生産量を大きく拡大すること。

それにより、人力での製粉の非効率を改善する。

そうすれば、大量の小麦粉が安価で生産できる。

そして、大量生産の価格優位性を武器に販売できる。

第二に、

灌漑により、耕作可能地域を拡大し、洪水に強い場所の開拓を進め、収穫を増やすこと。

水量が増えれば、用水路を延伸や拡大ができる。

新規用水路が増えれば、耕作可能地域も増える。

そうすれば、より洪水のリスクが低い高地を、水を確保することで農地化し、生産量の拡大も可能になる。

第三に、

安価で大量に生産した小麦粉から、携行しやすい小麦粉製品を開発することで、商売上優位に立つことだ。

それは、この世界にはない、おいしい乾麺を商品化することに始まり、商品化により、小麦粉の需要を今以上に高めることができる。

そして、製品開発（製造）の名目で、大豊作時に大量の小麦粉を買い占めることができる。

そんなことを目論んでいた。

これらにより、

この先の大豊作、大凶作の被害を回避すること。

戦役で、輜重部隊の役に立つこと。

耕作地を広げ、洪水のリスクを分散すること。

結果的に、災害対応の選択肢が増え、備蓄ができることを目指せれば……

そんなことが、うまく進めば良いと考えていた。

結果、レイモンドさんの強い後押しもあって、翌日には導入地の調査が行われ、程なくして男爵家から正式に木工職人工房へ大量の水車が発注された。

それまでの俺の相談があったため、親方のゲイルさんや職人さん達の理解も早かった。

俺の模型とは比べ物にならない大型の水車が、カールさんを組頭に開発と製造が進み、数か月後には続々と納品されることとなった。

今は、母とレイモンドさんが取り仕切り、水車を使用した灌漑工事も進み、母が見立てた土地の開拓も次々と進んでいる。

父は小麦粉の卸先の開拓、この商機を有効に活用するための準備に余念がなかった。