第四百五十一話(カイル歴516年:23歳)華燭の典④ 因果は巡る
結局のところ俺たち六人(俺・皇帝・国王・辺境公・侯爵・騎士団長)の妙な取り合わせは、慌てて後を付いてきたフレイム侯爵が率いる兵たちをぞろぞろと引き連れ、結局俺の滞在する離宮へと入った。
「お帰りなさいませ。あっ、その……、ご宴席の準備は……、できております。ですが……」
「あの、タクヒールさま……、その……」
「タクヒールさま、サロンでの件で……」
そう、俺を出迎えに出たものの、いきなり五人も引き連れて戻って来たら……、そりゃミザリーも驚くよね。
同様にヨルティアも何か言いたげな様子で、若干青い顔をしていた。
ユーカは途中まで言うと、しきりに目で何かを訴えかけているしさ。
「おおっ! 流石に奥方殿は準備がいいな! 早速だが『今日聞いた話』を酒の肴に、今後の討伐に関する打ち合わせを行おうではないか」
「ふふふ、散歩と言いながら皇帝陛下の本音はそっちですよね? 討伐でも僕は護衛ですから、初志貫徹で変わってませんけどね」
この二人の言葉で、ミザリーとヨルティアとユーカは更に何かを言いたげだったが、彼女たちの言葉は完全に封じられてしまった。
そして……、何か意味ありげな視線を送る三人に案内された先には……。
「ふふふ、我らの同行に呆れながら、公王陛下もちゃんと準備されているじゃないですか?」
笑って兄が指摘した通り、いつの間にか宴席の準備は完ぺきに整えられており、酒肴も全てテーブルの上に準備され、メイドや給仕の男性などが頭を下げて待ち受けていた。
だけどさ……、俺はそんな指示はしていないし、先に帰った三人が気を利かせたのか?
そんな疑問を感じつつも、俺たちは車座に用意された席に着いた。
ただ俺たちは六人だが、席は何故か九席あったけどさ……。
ミザリーとヨルティアとユーカの席かな?
「ちょうど席の予備もあることだし、フレイム侯爵もどうかこちらへ。
お歴々も『今日の話』の詳細が聞きたいと、わざわざ足を運ばれたことですし」
そう言って俺は、遠慮していた侯爵を半ば強引に席に迎えた。
だってさ、そもそも事情を知るフェアラート公国の人間が居ないと話が進まないし、この面子で妻たちを相伴させるのは流石に可哀想だと思ったからね。
結局、俺を起点にすると左に皇帝とジークハルト、右にクラージュ王と兄が座り、左右とも一席空けて対面にはゴウラス騎士団長とフレイム侯爵が席に着いた。
「では侯爵、申し訳ないけれど今日の宴で聞いた『南東の魔境』について詳しく話してくれないかな?
俺自身はサラーム近くの水の魔境、公国では北東の魔境と呼ばれているもの以外、貴国の魔境については全く知識もなくてね」
そう、これは魔境攻略には欠かせない事前知識だ。
その魔境はどのような特徴があり、どういった種類の魔物が棲んでいるのか?
棲息する魔物の危険度、主な攻撃手段や回避方法はどういったものか?
素材として狙うべき魔物の種類、その活用方法はどうなっているのか?
この辺りは具体的に行動に移す前に知っておきたい。
『最近は南東の魔境で厄介な魔物が増えすぎ、我らも困っておりまして……、今回は皆様のお越しと共に大規模な討伐軍が編成されると聞き、胸を撫で下ろしておりまして……』
そもそもだが先ほどの宴席で、参加していたとある公国貴族から聞いたこの話が発端となっている。
俺も気になることがあったので、この機会に明らかにしておきたいと思ったのも事実だ。
「フレイム侯爵に改めて聞きたい、どうして南東の魔境で魔物が増えたんだろうか? その影響は? 厄介とは何かな?」
俺にとって魔物が増えたという話は聞き捨てならない。
それは即ち、数年後に魔境の掃除屋として増えすぎた齧歯類による疫病がもたらされる恐れがあるからだ。
近隣諸国の地図を俯瞰して見れば分かるが、俺の危惧はそこにあった。
彼らの言う南東の魔境と旧魔境伯領からゴーマン侯爵領地に広がる魔境は繋がっているからだ。
大山脈を隔てて……、ではあるが。
フェアラート公国とカイル王国の領境は踏破不可能と言われる大山脈で遮られている。
唯一、ずっと北にあるサラーム郊外の切れ目、カイル王国からすれば西の国境を除いて。
これも仮定の話ではあるが、南東の魔境で疫病をもたらすネズミが大量発生して山越えしてきた場合、カイル王国側にある俺たちの魔境を経由して疫病の被害をもたらす可能性もあるからだ。
「はい、そもそも発端は我が国であった先の内乱です。フェアリーの東側は反乱軍首魁のひとり、スキュリア侯爵を始めとする主要貴族たちの領地でした」
その話は俺も聞いたことがある。
そもそも王都のフェアリー周辺は反乱を企てた貴族たちの勢力下であり、それより北の地もまた然り。
当時の国王派はフェアリーより南、フェアラート公国の領土が半島のように突き出した部分に集中していた。
言い返せばそれ以外の国土は、ほぼ反乱した貴族たちの勢力下だったと言っても過言ではない。
「では……、魔境を管理していた主要貴族が居なくなったことが原因だと?」
確かに兄の指摘したことも一理ある。
定期的に魔物を間引かないと数は増え、人里を脅かすようになるからね。
「そう言っても差し支えないかと思われます。ですが原因の根底は別にあります。
それらの貴族が抱える魔法士、魔法兵団に所属していた三百名に加えその下位、実力では劣るものの各貴族が密かに抱えていた三百名、合計で六百名もの魔法士が一気に居なくなりましたので……」
「なるほど、我らが言う西部戦線の話ですね。カイル王国に侵攻した反乱軍は、『恐ろしいお方』の逆鱗に触れた結果、数万の軍が一気に殲滅されたと聞いています。もちろん、所属していた魔法士も含めて……」
おい! 兄さんの言う『恐ろしいお方』って誰のことだよ?
そもそも『逆鱗に触れた』のではなく、奴らが一方的な虐殺ともいえる攻撃を『放った』から『放ち返した』だけだぞ?
それに俺は三百名の魔法士を倒した初戦には参加していない。殿下やゴルドらに策を授けただけだ。
「困ったものですな」
そう言った兄さんと皇帝やジークハルトはにやにやして、クラージュ王は若干引き気味に、そして騎士団長は困惑したような顔をしていたけどさ……、そもそも俺のせいではないからね。
ただ歴史の副産物として戦いに勝利した俺たちにも因果は巡り、まるで時限爆弾のように歴史の悪意が用意されていても不思議ではない。
これまでがこれまでだったし……。
俺は大きな溜息を吐かずにはいられなかった。
「なるほど、反乱軍に参加していた魔法士が大きく数を減らし、結果的に貴国は魔境の管理にも障りが出てしまった。そういうことですね?」
それって間接的に今の状況を作り出したのは俺、なので今回の魔境遠征騒動も俺が原因と言いたいのか?
それは否定できないけどさ。
『だからこそお前は勿体ぶらず、率先して俺たちを導いてくれよ』
しれっとした様子の兄から、言葉にはならない願いが俺に聞こえたような気がした。
もしかして……、兄はこの状況を楽しんでいるな?
「ははは、なかなか上手くはいかないものだな。狩る者たちが大きく数を減らせば、狩られる側が増えるのは道理。だからこそ我らはタクヒール殿が整えたお膳に与れるということだな」
いや! 俺は声を大にして皇帝の言葉を否定したい。俺はお膳立てをしたつもりはない!
巻き込まれただけだ。そう言いたいけどさ……。
「話を戻しますが、棲息する魔物も厄介と聞きましたが?」
俺は強引に話題を変えた。
これ以上不毛な『弄り』に身を任せる必要もないからね。
「はい、南東の魔境に棲息する魔物の多くは、火魔法を行使した攻撃を放ってきます。なので火魔法士が多くを占める我が国の魔法兵団による魔法攻撃は分が悪い上、主戦力である近衛師団も近接戦闘となると……」
アウトレンジからの魔法攻撃で一方的にやられる、と言うことか?
そもそも森の中で火に巻かれる危険も孕んでいるわけだ。
「それで、なかでも強敵とされるのは?」
「数と神出鬼没なことで言えば火狐、速度と近接戦で油断のならない火喰鳥、個体の強さなら赤虎、滅多に現れませんが討伐不能と言われた火竜などです」
いや……、名前を聞いただけでも赤虎と火竜は相当ヤバイな。
竜と聞いて一瞬だけワクワクしたが、もちろん俺も対戦するのは遠慮したい。
赤虎は俺たちの魔境で言う魔狼を更に強くした感じプラス火を放って来そうだし、相当手強いと思う。
火竜は名前の通り硬そうで近接戦では歯が立たない気がするし、迂闊に近寄ったら黒焦げにされかねない。
「では赤虎や火竜に対し有効な攻撃手段は?」
「有りません。強いて言うなら水魔法や氷魔法、雷魔法ですが、どこまで通じるか……。
赤虎は俊敏で魔法攻撃を躱すだけでなく近接戦闘でも厄介な存在で、距離を取って炎を吐いてきます。
竜種は基本的に魔法攻撃に耐性があるだけでなく、鱗や皮膚は固く剣や槍は通じませんので……」
それってさ、世間一般では『詰んでいる』と言うのではないか?
どうやって倒すんだよ!
「我が国では北西のクリムト、南東の火竜は共に『物理的に討伐不可能』と言われ、長年に渡って多大な犠牲を出し恐れられているものです」
「「「「「……」」」」」
ほらね……、言わんこっちゃない。
クリムトは物理で無理でも火属性の魔法に弱いという弱点があった。でも火竜は魔法耐性もあるんだよ?
五人は呆気に取られて沈黙しているが、だからこそ魔境を甘く見ちゃいけないんだよね。
さて……、どうしようか?
改めて作戦を考え直さなきゃいけないし、これは確実に総力を結して臨まなければなたないぞ。
頭が痛いな。
だがこの時の俺は、更に頭を抱える出来事が直後に控えていたことをまだ知らなかった。
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次回は04/06『華燭の典⑤』を投稿予定です。
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