第四百五十話(カイル歴516年:23歳)華燭の典③ 婚姻の宴
俺たちがフェアリーを訪れた翌日、フェアラート公国では盛大に華燭の典が催された。
王都は朝から各所で振る舞い酒が行われ、街全体で婚姻を祝う盃が交わされていった。
一方王宮も……、居並ぶ者たちを驚愕させた出来事が起こっていた。
「フェアラート公国とカイル王国、かつては初代カイル王の血脈に繋がる二つの国が、今日この日に新たな門出を迎えることになります。これを祝い、遠路お越しくださったご来賓の方々を紹介させていただきます!
グリフォニア帝国より、グラート皇帝陛下にご参列を賜っております!」
「「「「「おおおおおっ!」」」」」
やっぱり帝国皇帝の権威は絶大だよな。
フェアラート公国としては直接戦火を交えたことがないし、これまでは交易すら行われてなかった間柄だが、列席者の全員が驚愕して思わず声を上げていた。
「友よ……、今日この日に新たなる縁を結ばれること、改めてお二人を祝わせていただきたい。
国王は友であるだけでなく遠路危険を押して戦場に駆け付けられ、帝国の窮地を救ってくれた恩人でもある。
今後も両国の繁栄を祈念するとともに、新たな友好を結びたく参上させてもらった」
この皇帝の言葉には、一瞬会場が静まり返ったあと万雷の拍手が鳴り響いていた。
そりゃ……、そうだと思う。
かつては国内の多くの貴族が離反し内乱に発展した公国も、帝国という絶対の後ろ盾を得たことになるからだ。
「次に……、我が国の窮地を救っていただいた、万夫不当、知略縦横、救国の英雄である、ウエストライツ魔境公国、タクヒール公王陛下!」
ちっ、誰だよ!
ご丁寧にもそんな恥ずかしい冠を付けてくれたのは。褒め殺しか?
皇帝の後だから余計に虚しく聞こえるし、静まり返ったこの空気、どうしてくれるんだよ!
ちょっと前までは辺境伯待遇の身分だったし、その立場で公国を訪れていた俺は『小物臭』も半端ないしな。
彼らもどう反応して良いのか戸惑っているのだろう。
「クリューゲル陛下、クラリス殿下、此度のご成婚、本当におめでとうございます。
お二人とは共に戦場で轡を並べた仲でもあり、二国の友好の絆となられたお二人には改めてお祝いさせていただきます」
「我が友よ、公王は友として、そして良き隣人として我らを支えてくれたこの国が最も感謝すべき恩人である。
何を隠そう、私と公妃クラリスを結び付けてくれた、今日この日の立役者でもある!
改めて我ら両名、心から御礼申し上げる」
「「「「「おおおおおっ?」」」」」
国王と公妃が共に立ち上がり、改めて頭を下げたことで会場には大きな声が沸き上がった。
それに加え、遅れて万雷の拍手……。
なんか、二人に気を使わせてしまったか?
※
あの後もクラージュ王の紹介や各国特使の紹介などが続き、式典はそのまま婚礼の儀に、そして正餐から祝宴へと変わったが、俺たちはある程度自由に振舞っていた。
特に祝宴では立席形式の気軽なものだったせいもあるが、名だたるグリフォニア帝国皇帝の周りには多くの者が集まり、目新しい来賓であったリュート・ヴィレ=カイン国王夫妻の周囲も同様だった。
というか、場慣れした(?)アリシア王妃が周囲を和ませ、和やかな談笑の輪を作っていたのも一因だろう。
「なんか私……、場違いな感じがして気後れしてしまって……」
そう言ってミザリーは何度も大きなため息を吐いていたが、未だに俺だって同じ気分だからね。
逆に三人が居てくれたのでボッチにならずありがたいと思っている。
「そう言えば……、以前と比べてかなり貴族の方々が減った気がしますが?」
確かに……、ヨルティアは以前に俺と特使歓迎の宴に参加していたもんな。
あの時と比べると貴族と思しき盛装した人々は半数以下に減り、逆に軍服の正装に身を包んだ者たちが目立つ。
両者とも俺たちを遠巻きには見ているものの、話しかけてくる者は非常に少なかった。
「でも……、ここは楽しんだ者が勝ちですわ! 折角ですし私たち四人だけでも楽しみましょうよ」
最年少で根っから貴族であったユーカだけは、前向きに捉えて心から楽しもうとしていた。
まぁ彼女だけは……、クラリス殿下との縁も深いしカイル王国の王宮にも出入りしていたからね。
場慣れしているという面では、むしろ俺以上かもしれない。
「公王陛下、せっかくの花園ですが……、私もお邪魔させていただいてよろしいでしょうか?」
そう断りを入れて話に入って来たのは近衛師団の礼服を身に纏った近衛第一師団長だった。
彼とはかつて王都奪還作戦にて同道したことがあるし、その後にサラームに行った際も護衛部隊を率いていたので多少の面識はある。
「ははは、遠慮なく。どうやら俺は遠慮……、いや、敬遠されているみたいだしね」
その言葉に師団長は即座に首を振った。
え? どういうこと?
「以前にカイル王国の特使としてお出でになった際、ご同伴の公妃様の件で失礼があったこと、その後に公王陛下の逆鱗に触れて懲らしめられた馬鹿共の件は、どの貴族も身に染みて知っていますからね。
美しい公妃様を三人もお連れされているなか、どう声を掛けて良いか戸惑っているだけなのです」
あ……、忘れてた。
俺はブチ切れて貴族たちが売ってきた喧嘩を、思いっきり買ったんだったな。
今も悪いとは思っていないし、当然の対応だったとは思っているけどね。
「流石に私もご挨拶するのは勇気が要りましたよ。陛下と面識がない者は、どのようお声掛けしてよいか戸惑っているだけです。また、仲睦まじくされている所に割って入り、前回の轍を踏まぬよう恐れているのですよ」
「恐れている? 私を……、かい?」
「はい、貴族たちの思惑には恐れと嫉妬、そして複雑な思いもあります。
恐れはあの宴で見せられた覇気だけの話ではありません、クリムトの討伐や反乱軍の殲滅に王都奪還時の見事なご手腕、公王陛下の武勇は我が国でも鳴り響いておりますので」
なるほどね……、俺(や西部方面軍)は数万の反乱軍を完膚なきまでに殲滅したし、王都奪還では反乱軍の本隊を『皆殺しにしてやろうか?』と言って脅しまくったからな。
「加えて我が国での公王陛下の人気に、貴族たちは嫉妬しているのです。今回陛下がフェアリーにお越しになった際の民の熱狂ぶりには彼らも驚愕していたようですし、今もまた美しい公妃さま方を同伴されているので……」
いや……、あれはハリムやザハークの仕込みであってさ、本来の人気とは程遠い気がするけど。
ただ後半は何となく分かる。
俺も学園ではずっと『ハーレム野郎』と言われ、特に下級生から全く人気がなかったからね。
「公王陛下のお陰で多くの貴族は滅び、悪政は廃され国民の生活も良くなりました。これも事実です。
ただ……、甘い汁を吸えなくなった一部の貴族たちは若干肩身の狭い思いをしていることでしょう」
そう言うことね。国政が改められ善政が敷かれれば、国内の貴族もそれに舵を切らなくてはならなくなる。
また、魔法士優先の国風も改められた。その切っ掛けを作った張本人が俺であり、俺自身が非魔法士だ。
俺に含む思いを抱く者たちもいるってことか?
「なかには中立を決め込み、反乱軍に加担していなかった貴族でも親類縁者を失った者たちもおります。彼らは反乱軍の討伐は正しいと頭で理解していても、心の中では割り切れない思いを抱いております。
そんな彼らの気持ちの矛先が公王陛下に向かったからこそ、我が国は早々に安定することができました」
「ははは、丁度よい憎まれ役だった、と言うことかな?」
「だからこそ敢えて、我らの王もご挨拶いただいた折に心より感謝の言葉を述べられましたと思います。
他のどなたにも、そういったことはなかったにも関わらず……」
確かにそうだな。あの場では次々と来賓が登場していたので、国王夫妻は各々の言葉に立礼していたものの、答礼はしていなかった。帝国の皇帝にさえ……。
なんか……、ちょっとだけモヤモヤしていたけど、色々とすっきりしたな。
教えてくれた彼にも改めて感謝しないと。
そう思った時には、俺の周りにも次々と人が集まり始めていた。
なるほど、彼は敢えて口火を切ってくれたんだな?
流石はクリューゲル王が後任の師団長として任命しただけあって、人の心の機微も理解しているようだ。
以降は俺たちも本当の意味で宴を楽しむことができた。
ちょっとだけ……、『余計な情報』も耳に入り、俺たち来賓一同だけでなく新郎新婦までが輪に加わった場面はあったけどさ。
取り合えずこれで『国賓』としての仕事は一段落ついた。
あとは……、そっちの方が難題なんだけどね。
※
婚姻の儀もつつがなく終わり、この日最後の予定である婚礼の宴も終わった。
ここからは野暮な話となるので、俺たちは早々に投宿先である離宮へと戻ることにしたが……。
俺は一人、フラフラと中庭に出ると庭園を幻想的に彩る灯火のなかを歩き始めた。
「前回来たときは中庭に降りることはなかったからね。なんか……、カメラが無いの残念だよな。
こんな景色……、昔の俺だったら何時間も夢中でシャッター押してるよ」
周りの燈火もそうだけど、水の都フェアリーの名にふさわしく、至る所に水路が引かれており、その水は緩やかな階段状に設けられた小さな池に水を注ぎ、階段を伝って次々と下の池に流れ落ちていた。
それはまるで秋吉台の百枚皿をもっと大きくしやような、幻想的な真っ白な棚田を見ているような光景で、各所に置かれた燈火が水面に花を咲かせ、篝火によって照らし出された宮殿が映り込んでいた。
「今日は下見に来た甲斐があったね、こんな景色はミザリーやヨルティア、ユーカにも見せてあげないと……。明日の晩餐会でも燈火は灯されていると聞いたし、三人には動きやすい服を着替えに持って来てもらおうかな」
そんなことを呟いた時だった。
後ろからバタバタと足音が聞こえ、血相を変えたフレイム侯爵が飛んできた。
「公王陛下、どうか、どうかお待ちを!」
「あ、ごめんごめん、余りにも奇麗だったからさ。勝手に中庭に出たことは申し訳ないけど、このまま歩いて戻るからさ。お構いなく」
「お構いさせてください! お帰りは何卒ご用意させていただいた馬車を! それに護衛の方々や公妃さまも其方でお待ちに……」
ごめん……、言ってなかったかな?
ドレス姿の|女性たち《ユーカ&ミザリー&ヨルティア》はさすがに悪いと思って馬車で一足先に戻ってもらっているからね。
「大丈夫、馬車はもう出してもらったし、俺は散歩がてらこのまま歩いて帰るからさ」
「さ、散歩……、ですか?」
うん、完全に一人ではないしね。なんでそんなに変にキーの上がった声を上げんだ?
女性陣にはカーラが、俺の後ろには目立たぬように付かず離れずシグルと数名の護衛が後ろから付いてきてくれている。
まして俺は、宮殿を出る際に式典用とはいえ実剣を帯剣しているしね。
「なのでお構いなく……」
俺の言葉にフレイム侯爵は『貴方もですか?』と言わんばかりに困り顔になったけどさ、俺はどこぞの公国の王とは違うぞ。
ここは先ほど話しをした近衛第一師団長の率いる部隊が厳重な警備を敷いている王宮内だし、町の酒場とは違うからね。
「で、ですが……」
「今やクリューゲル国王の統治も万全だよね? 今日は近衛師団長ともよい話ができたよ。
なので俺も安心して散歩を楽しめる。そう言うことさ」
そう言って歩き出すと、何故か後ろから何人かの人影が……。
どうせ心配性のフレイム侯爵が付けた護衛だろう……、そう思って振り返らずに歩き続けた。
滞在先として宛がわれた離宮まで距離にして1キルもないしさ、歩けばすぐだ。
そして暫く進んだあと、ヤレヤレと思って振り返ると……。
何故かシグルが困惑した表情をしていた。
そして彼の後方には……。
「!!!」
思わず俺は驚きのあまり固まってしまった。
「あの……、帝国の方々の寝所がある離宮は反対の方向だと思いますが?」
なんで皇帝とすまし顔のジークハルトが俺の後ろから付いて来ているんだ?
いや、それだけではない。
方角は同じだがクラ-ジュ王の滞在する離宮も別だし、兄やゴウラス騎士団長の滞在する離宮も見当違いの方角のはずだ。
なんで『御一行様』のようにゾロゾロ付いてくるんだ?
「なーに、フレイム侯爵が困り果てていたのでな。護衛隊長として同行しているまでよ。
にしても公王殿は他国の王宮でも散歩を楽しまれるとは、大胆なお方よな」
グラート皇帝の言葉に、それぞれが続いた。
ジークハルト 「僕は……、護衛隊長の護衛ですけどね」
クラージュ王 「公王陛下が何かを興味深くご覧になっていると聞き、気になりまして……」
ハストブルグ辺境公 「私はご来賓の皆様の安全を確保し、お守りするのが務めです」
ゴウラス騎士団長 「どうかお願いですから……」
「まるで俺のせい……、って言っているように聞こえましたけど?」
「ははは、帝都で奥方たちに言われ、公王も自覚されたと思ったのだがな」
「……」
ちょっとバツが悪かった俺はそれ以上抗弁することができなかった。
そしてそのまま……、何故か全員を引き連れて自身の投宿する離宮に戻った。
どうせこのまま、また宴会ですよね? そう思って諦めつつ……。
だがこの時点で俺は、いや、俺たちはこの先で仕組まれていた『あること』に全く気付いていなかった。
最後までご覧いただき、誠にありがとうございます。
次回は03/30『華燭の典④』を投稿予定です。
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