第四百三十九話(カイル歴515年:22歳)帝都の夜(後編)
突然に最奥の女性席から現れた、一見すると高貴な雰囲気に包まれた彼女を見て、俺はいいしれようのない不安に包まれた。
これまでもそうだが、このように彼女が満面の笑みを浮かべて動くときには必ず何かが始まっていた。
それにしても……、彼女たちはさっきまでは何かの話題で大きく盛り上がっていたはずだ。
遠慮していたミザリーやヨルティアも会話に参加しており、安心して流していたんだけどな。
「向こうのテーブルはもう良いのですか?」
この姫様は『軍略』や『魔物』に関するアンテナは半端ないからな。
わざわざ同じ立場の女性同士を配置につけていたのに、何かを嗅ぎつけたんだろう。
「あら? 『私たち』と申し上げたはずですよ。もちろんお友達もご一緒ですわ。
あちらの席でも内政のお話に盛り上がり、今度は戦術お話でもお聞きしたいと思っていましたの」
ふと彼女の後ろを見ると、キラキラと目を輝かせたアリシア殿下と、お友達と言われて恐縮しているミザリーとヨルティアが居た。
「ははは、もちろん大歓迎だよ。ちなみに盛り上がった内政の話って?」
「アリシアさんから今回の対面式を踏まえ、自国が支払う賠償金と捕虜の扱いで相談がありましたの。
そこで私たちからお友達として意見を言わせていただき最終的な内容はお二方に、そういう話になりましたわ」
確かにその話はまだ確定させていなかったな。
先ずは帝国側の承認が大前提だったし、領土割譲についても暫定のままで、その辺りを含めて後日に話しあう予定でいたものだ。
「それで、皆が相談した結果は?」
そう言うとアリシア殿下が少し控えめにゆっくりと話し始めた。
「先ずは大前提として、私たち二人が公式にお詫びに伺うことが必要と考えています。そして賠償案のとしては……」
ひとつ、以前の取り決めに従い、侵攻した四か国がそれぞれ帝国側の領土の一部を割譲する
ひとつ、統一された三国は戦時賠償としてカイル王国金貨で十万枚相当×三か国分を支払う
ひとつ、残留する一万五千の捕虜は二年間に渡り魔境公国にて奉仕活動を行い、その後に返還される
ひとつ、捕虜返還費用は戦後賠償にて払われたものとし、別途の追加費用は伴わないものとする
ひとつ、祖国奪還に関する遠征費用、貸し与えられた軍馬や武器の費用については収穫した穀物などの糧食による現物払いとする
アリシア殿下の話は、賠償金の額以外は既に暫定で定めていたものに変わりない気がするな……。
ただ賠償金の額は一国当たりならば、かつてイストリア皇王国が支払ったものと同額だが、今の三国にはかなり重い金額のような気もするが……。
そう思っているとクラリス殿下が悪戯っぽくが笑った。
「ここから先が皆さんで相談した改善点ですわ。両国にメリットがある形となるよう、皆さまで知恵を絞ってまとめてみたのですけど、いかがでしょうか?」
変更案① 捕虜の数を五千名減らし一万とする代わりに、奉仕活動の期間を三年にする
変更案② 奉仕活動に従事する捕虜は半年単位で入れ替えることを可能とし、体裁を奉仕派遣部隊とする
変更案③ これにより奉仕派遣部隊の俸給は、|派遣元《リュート・ヴィレ=カイン王国》が支払うが、衣食住は派遣先が面倒を見る
変更案④ 派遣先は待遇を捕虜ではなく、自由行動が可能で対価は無償の『人足』として扱う
変更案⑤ このため人足は行動の自由と、一時的に家族を呼び寄せ、派遣先で共に暮らすことを可能とする
変更案⑥ 任期を終えた人足は、希望すればそのまま派遣先の新国民として受け入れることができる
変更案⑦ 現物払いの穀物は初年度で三万人分、以後の二年間は二万人分相当の糧食とする
ははは、確かに互いにメリットがあるな。
クラージュ王は新たに五千の兵を取り戻し、イストリア正統教国や周辺他国に備えることができる。
それに残留する捕虜の待遇も劇的に変わるし、派遣部隊として入れ替えができれば猶更好都合だ。
俺にとっては、捕虜や派遣人足にかかわらず衣食住の面倒を見るのは当然として、捕虜が自国に落とすお金はないが、派遣された人足ならば生活や遊興でお金を落とし経済効果が期待できる。
増して俺たち側が俸給を払わないで済む人足ともなれば、継続した大規模開発も可能だ。
「だけどさ、金貨三十万枚の負担は大きいと思うけど? 三国の統一や再建にも必要でしょう?
それに穀物の負担も相当なものだと思うけど」
「御心配には及びませんわ、ご相談の結果で新たに定める『改革案』に則り、カイン王国の大商人たちから相応の額を投資をいただく予定です。
ミザリーさまやヨルティアさまからも魔境公国の進んだ取り組みを伺ったので、これも新たに取り入れさせていただく予定です」
そう言ってアリシア殿下が語った内容には驚くべきものがあった。
ある意味でエゲツない感じのものも含めて……。
改革案① 侵攻軍に協力した貴族、商人などは取り潰しを含め相応の罰を与える
改革案② 侵攻軍に協力せずとも日和見を決めたり、ただ逃亡を図った貴族についても上記に準ずる
改革案③ 国内の物資調達や他国(主に魔境公国)との取引には、新たに入札制度を取り入れる
改革案④ この入札には参加資格を設け審査を行い、特に①と②の対象者については参加不可とする
改革案⑤ ④で参加不可となった商人について救済として特例措置を設け、規模や状況に応じた『参加金』を投資すれば参加を認める場合がある
なるほど、これであの大商人たちを狙い打つ訳だ?
「そもそもですが、本来であれば三か国で消費されるはずの糧食が減っています。それに取り潰しとなった貴族領からの収穫も宙に浮きます。なので初年度は苦しいですが、二年目以降は国内の需要が逼迫することはありません」
確かにな、戦死者だけでも三か国で約一万名以上(侵攻時から国土奪還時までを含めて)、それに捕虜(人足)として国外に一万名、合わせて本来なら国内で消費される約二万名分以上の糧食が浮く。
それに取り潰した以外に、イストリア正統教国の南三郡から上がる収穫もある。
このあたりも何とかなるだろう。
まぁ、逆にイストリア正統教国からの捕虜はそれなりの数がいるけどね。
「ミザリーさまやヨルティアさまから内政のお話を伺い、カイン王国の大商人たちにも逃げ道を用意する案が浮かびましたの。こぞって『投資』いただければ、旧三国の王室が所有した財貨も合わせて賠償も可能かと……」
ははは、俺もカイン王国で会ったことがある商人たちを指している訳だ。
弊害でしかなかった彼らの力を削ぎ、俺が始めた入札という形でコントロールする訳だ。
しかも今後は開発で沸くであろう魔境公国との取引で得られる利権、それすら餌にして。
「ははは、中々怖いお方ですね」
「これも皆さまが作られる新しい世界にとって、そういった旧弊で国を抑えようとする者たちが居てはお邪魔でしょう。これはその一環として……」
うん、そこまで見越して言っているこの王女様が、見掛けによらず怖いと思ったんだよね。
まぁ……、入札とかはミザリーやヨルティアのアドバイスだろうけどさ。
特に商人相手には、ヨルティアも色々と苦労して修羅場を乗り切ってきたもんなぁ。
「俺は問題ないけど、国王としてはどうなの?」
「はい、私は政治や政略に疎く武しか知らぬ無骨物です。内政面は才ある彼女の言葉に従おうと思っております。ここに至り王族の数も減ったことですし……」
うん、まだあどけない王女に尻に敷かれることは確定だと思うけどね。
本人が望んでいるなら、まぁ良しとするか。
しかも新しい国は王族の数も劇的に減ってるしね。
国王の数も1+1+1=1になっているのだから。
なんか……、あちらの世界であった金融機関の合併みたいだな。
いや……、違うか。王族全体でみれば影響はもっと大きい。
10+10+10=2(残った王族)
これぐらいのインパクトはあるかもしれない。
そうなれば王家にかかる費用についても劇的に減るし、王都を旧ヴィレ王国の王宮一か所に集約するだけで必要経費もかなり下がるよな。
「では内政面での相談はまとまったとして、僕からもお聞きしたいこと、お願いしたいことが二つほどあるんですけど、宜しいでしょうか?」
これまでずっと笑顔で話を聞いていたジークハルトがここぞとばかりに話に入ってきた。
お願い……、二つもあるのかよ! なんか怖いな。
「お手柔らかに頼むよ」
「はい、先ずはお願いからですが、帝国からお二方に発注したいものがそれぞれあります。
先ずはタクヒール殿には南部戦線で威力を発揮したクロスボウを一万台ほど発注させていただきたいです」
「!!!」
「そ、それは我々も同じです。これまで我らはロングボウ兵に対し成す術がなく、唯一の対抗手段としてカタパルトの開発に注力しておりましたが、我らもあの射程距離を誇るクロスボウ、五千ほど発注できないでしょうか?」
これに関し、俺の返答の前にクラージュ王も食いついて来た。
確かにそうだよね。普通に戦えばロングボウ兵は脅威だし、その苦労を身に染みて知っているだろうからね。
「あ、それです! もうひとつのお願いはカタパルトの発注なんです。
なんせ帝国はスーラ公国とターンコート王国から領土の割譲を受けましたが、拠点構築で手一杯で防御兵器の配備が間に合わないんですよ。なので報告書にあった長距離射程のものと移動式のカタパルトが手に入れば……、と」
なるほどな。
俺も実際の運用は見てはいないが、カタパルトならヴィレ王国やリュート王国に一日の長がある。
帝国は新たに領土を得たからと言って守りに回せる兵が増えた訳でもなく、むしろ逆だ。
寡兵で守るためには防御兵器は不可欠だろう。
俺たちも鹵獲品を参考に改良を進めているが、カール行政官は仕組みに唸っていたもんなぁ。
ちょとだけ俺たちはズルをして悪い気がするが……。
「我々にとってはありがたい話です。
早速戻り次第増産を進めさせていただきますが、どれぐらいが必要となりますか?」
「うーん、そうですね。差し当たり僕の権限で発注できるのは長距離砲が二百に移動式が五百かな?」
「ご、合計で七百も! ですか?」
「はい、帝国内でも発注を進め配備を急いでいますが、二方面の国境に配備してビッグブリッジにも拠点として据えるとなると、新たに二千基は欲しいところですからね」
確かにな。帝国が新たに抱えた国境となると俺たちの比ではない。
膨大な国境線をカバーするためにはそれぐらい必要だろうな。
「承知しました。できる限り急いで対応するようにいたします」
ははは、これもまた嬉しい悲鳴って感じだろうな。
おっと、他人ごとでは済まされないな。
「ウチへの発注は射程を優先した強化型、という理解で大丈夫ですか?
もちろん手放しでお受けしたいのですが、問題は素材に使う魔物の部位なんですよね……」
そう、通常のクロスボウではなく最新式のエストールボウなら優に要求は満たせるだろう。
だけどエストールボウは基本的に門外不出にしている。
ならば限定版クロスボウの最新式、今は強化版と呼んでいる物しか希望に添えない。
だた魔物素材が足らないからなぁ……。
「魔物の討伐は常に行っていますが、合計で一万五千の需要を満たすとなるとちょっと厳しいかなぁ」
「なんだ、魔物討伐話か? それは是非とも仲間に加えてほしいものだな。
我が国の魔物も近年はいささか数が増えすぎてな。対処に困っていたっところでもあるし……」
「ジークハルトよ、俺抜きで魔物討伐の相談とは聞き捨てならんな」
ってかさ、この二人……、さっきまで向こうで盛り上がっていたんじゃないのかよ。
『魔物』という言葉に反応して来るなんて……。
「いえいえ、どなたかが僕に丸投げされた兵器の発注の相談をしていたのですよ。
それで素材となる魔物の部位が足らないということで……」
「では決まりですわね。私たちで狩れば良いことですわ」
こらっ! じゃじゃ馬は何で嬉しそうに首を突っ込んで来るんだ!
それに該当する魔物を必要な量、簡単に済む話ではないぞ。
「確かにな、此方も討伐が必要だし、我が友と一緒に狩れば良いな」
「うむ、俺たちの要望のためにも、狩るしかなかろう」
「クラージュさま、私たちも是非ご一緒させていただいて!」
「うむ、もし許されるのであれば我らも……」
いや……、何ですかその囲い込みは!
俺一人が追い込まれているようにしか見えませんけど?
しかもアリシアさん? 貴方もじゃじゃ馬と同じ口なのですか?
隣の席に居る俺の味方であるはずの二人、フレイム侯爵とゴウラス騎士団長は……、ただ青い顔をして盛大に首を横に振っているが……。
『何か言えよ! せめて俺の味方であることぐらいは……』
「では百歩譲って狩りに行くとなれば、せめて俺の指揮に従ってもらいますよ!
そもそもですが其方のやり方だと、討伐しても黒焦げになって使い物になりませんからね。あと、不慣れな方々も当然ですよ!」
俺は大きな溜息を吐いたあと、そう言わざるを得なかった。
どうせ昨日の夜に魔境行きは確定していたしな。ならば目的を持って行けばいいだろう。
「ただ……、サラーム郊外の魔境は効率悪いですよ。大多数が水棲の魔物ですからね」
「なるほどな、二か所回る必要が出てくる訳か。ジークハルトに言って日程を調整する必要があるな」
おいっ! いつ二か所回る話になっているんだよ!
皇帝が長期間自国を不在にしても良いのかよ!
「まぁ……、南の新領土を巡視されている体にして、今回も影武者を立てておけば事足りるでしょうね。
もちろん僕は二か所とも行きますからね」
ってかさ……、臣下として反対しろよ!
それに、本来はウチを訪問しているため不在の体裁じゃなかったか?
いつの間にか、正反対の帝国新領土に皇帝がワープする話になってないか?
そもそもだけど、帝国内もまだ不安要素を抱えているんだろ? その点を考慮しないのかよ!
「ふふふ、二か所も回れるなんて嬉しいお話ですわ。私も剣の修行に励まないと」
じゃじゃ馬はこれ以上強くならなくても大丈夫だから!
余計な事吹き込んだって国王陛下や狸爺に文句言われるのは俺なんですからね!
「えっと、お国に魔境が無い方々は、せめて随員となる方たちを先にウチに送ってください。
アイギスで一か月は修行してもらいますからね! 言っておきますが死ぬかもしれない、戦場より危険な訓練ですよ! ウチの団長は本当に容赦ないですからね」
結局……、グリフォニア帝国・カイル王国(王都騎士団)・リュート・ヴィレ=カイン王国は、それぞれが二百名ずつ精鋭をウチに送り、アイギスの魔境にて実戦訓練すること、その過程で適性の無い者は容赦なく振るいに掛け、最終的には各国で百名以下に絞ることに合意してもらった。
まぁ王都騎士団だけは以前に魔境騎士団に派遣されていた者もそれなりの数がいるので、そこは比較的安パイではあるけど、そもそもただでさえVIPご一行なのに、初めての者を連れて行く余裕なんてないからね。
特にクリムトとの対戦は、通常の方法では勝てない相手だしさ。
各自が状況を理解し瞬時に動ける形でないと無理だ。
「ははは、やはり我が友の座長は適役だったな。我らの思いを叶えるべく調整力に長けている」
それ違うからさ!
そもそも俺は狸爺の無茶不利に慣れ……、いや、『ニシダ』であったころから会社の無茶ぶりに慣れていただけだ。
なんせ……、日本で働いた会社の社訓が『答えは常にYES』だったからね……。
無茶なことや物理的に出来ないことを『NOと言える』会社に憧れたもんだよ。
「そうですわね。公王陛下はどんな場合でも、身分や政治を気にすることもなく、冷徹に判断される方ですわ。未熟な私が魔境に出ることを望んだ時も、力不足を思い知らせるために兵士たちの前で『蹴り飛ばす』ほど厳しいお方ですし」
「「えっ?」」
こらっ! じゃじゃ馬め、まだあの時のことを恨んでいるのか?
真実を知らないクラージュ王とアリシア殿下が驚いて固まっているじゃねぇか。
二人の前では一応、良識ある人格者として振舞っているんだぞ!
なんか……、色々とグダグダになってしまったな……。
だが……、本当のグダグダはこの後だった。
ジークハルトは『聞きたかったこと』について、俺やクラージュ王に対し北部戦線や遠征軍の戦果を根掘り葉掘り聞いてくるし、それに興味をもったクラリス殿下やアリシア殿下も食らいついていた。
片や更に上機嫌になった皇帝とフェアラート公国の王は、酒場全体を巻き込んで盃を交わし始め……、大混乱、いや、異様なまでに盛り上がり、酒場に居合わせた者たち全員を巻き込んだ飲み比べや力比べ……、果ては大騒ぎとなって見物人が酒場の周りに出てくるまでになった。
そりゃぁさ、二人はもともと『気さくさ』から一般兵たちにも慕われていたけどさ。
その本領を大いに発揮していた。
それだけではない。
その後の二人は『予定になかった』二件目の梯子へと突っ走り、それまでは軽口を叩いて楽しんでいたジークハルトですら血相を変えて警備に走り回り、元々保護者だったフレイム侯爵とゴウラス騎士団長も冷や汗をかいていた。
そして結局……、何件目かの梯子を終え、明け方近くまで飲み明かすことになってしまった。
※
翌日、帝都グリフィンではある噂が駆け巡った。
前日(〜当日)の夜、帝都の酒場では新皇帝即位を祝ってか、さる高貴な方によく似た姿の男や異国の偉丈夫たちが居合わせた人々と酒を酌み交わし、各所でタダ酒の大盤振る舞いが行われ、帝都の人々は彼らの気前の良さに大いに盛り上がったと。
もちろん新皇帝の即位式も大いに盛り上がり、参集した人々は盛大な歓声を上げて即位を祝ったが、当の皇帝陛下や駆け付けた国賓の方々は何かに疲れていた(=二日酔い)のか、一様に青い顔をしていたという……。
即位式が終わったのち、帝都内の商店では観光に来た異国の者たちが『大人買い』をする光景が各所で見られた。
特に大人買いで目立ったのは四組のカップルで、そのうち二組の男性は見る人も羨む『両手に花』の状態で、買い物を楽しんでいたらしい、と。
最後までご覧いただき、誠にありがとうございます。
次回は01/09『新生魔境公国』を投稿予定です。
どうぞよろしくお願いいたします。




