第四百三十八話(カイル歴515年:22歳)帝都の夜(前編)
明けましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
夕刻になって俺たちはジークハルトが差し向けた案内人に導かれて帝都の酒場へと向かった。
道中で意外だったのはカイラールと比べ、夜でも街が非常に賑わっていることだ。
俺たちが滞在する後宮に近い帝都の最奥では伺い知れなかったことだが、途中で幾つかの城門を抜けて領民たちが住まう気軽なエリアまでくると、それは顕著になっていた。
この辺りでは酒場や飲食店などの施設だけでなく、夜は夜で市が立って各所で賑わっていたし、街灯の数も比べ物にならないほど多く、まるで不夜城といった趣もあった。
もちろん俺は日本の大都市、新宿やミナミでの夜の賑わいを知っていたので大きな驚きはなかったが、ミザリーやヨルティアは目を丸くして驚いていた。
これならあのじゃじゃ馬が『見に行きたい』と言っていたのも分かる気がした。
そして……、俺たちは外からも喧騒が漏れ聞こえる大きな酒場に入り、奥の席へと案内された。
中はカウンター席に加え四人から六人掛けのテーブル席が20か所以上、それなりに大きな酒場のようで雰囲気は何となくアイリッシュパブのような感じだった。
「ようこそ皆さん! お揃いですね? お待ちしておりました」
そこにはにこやかに微笑むジークハルトと、本来ならこういった場所では水を得た魚のように生き生きとするはずが、小さく畏まっているラファールと、諦め顔のフレイム侯爵とゴウラス騎士団長が既にテーブルに付いて俺たちを待ち受けていた。
それぞれ先乗りして現地の安全を確保し、主役たちの登場を待っていたのだろうけど、既に卓上には幾ばくかの料理と酒杯が並んでいた。
「この混雑だし全員が座れるテーブルはありませんからね、先ずはここを含めた三つのテーブルに座っていただき、後は自由に席を移動する形でお願いします」
事前にジークハルトからは、帝都の庶民でも通える程度の気軽な酒場で人気の店だと聞いていたが、その言葉通り繁盛している様子が伺え、彼が確保した店の奥にあるテーブル以外は既に満席で酒場内は賑やかな喧噪で満ちていた。
「タクヒールさま……」
俺が席に就くとラファールらと共に先乗りしていたシグルが小声で話し掛けて来た。
彼も敢えて公の場で俺を呼ぶ時と違い、意識的にいつもの口調で話し掛けている。
「私とカーラ、殿下と陛下の護衛は少し離れた別のテーブルで控えております。万が一の際は奥の席の裏にあるドアからお逃げください。扉の裏にはハイマンが精鋭を引き連れて控えており、団長は目立たぬよう少数の部隊をこの店の周辺に巡回させ、本隊はいつでも動けるように待機しております」
なんかさ、余計な仕事を増やしてしまって申し訳ないな。
せめて彼らには……。
「では頼みたいことがある。酒は飲ませてあげれないけど、シグルからハイマンたちには食事を手配してもらえないかな? 俺が『待機の間にでも食べるように』と言っていたと伝えてほしい」
「承知しました。ではそちらの手配を行ってまいります」
そう言って立ち去るシグルの背を確認したあと、俺は予め決まっていた席に着いた。
六人掛けのテーブルで最奥には四人の女性たち、そして真ん中の席には俺とフェアラート公国のクリューゲル国王、そして俺が帝都に誘ったクラージュ王が座った。
もう一つは既にジークハルトたちが座っているが、彼らは敢えて座ったままだった。
なんせ俺たちを特別扱いすれば否応なしに目立ってしまうから、見た目は対等な者同士として振舞っている。
「ん? 友はあちらのテーブルか?」
まぁね、俺も鬼じゃないからさ。
もう一人ここに座る予定はこの国の皇帝だしさ。皇帝や国王ばかりの席なんて、俺だって遠慮したいぐらいだし。
「取り敢えず今は、ですよ。落ち着いたら各自で好きに移動しても構わないってことになってますから。後は隊長(皇帝)待ちってことかな?」
そう、幾ら酒場の奥といっても陛下や公王、殿下なんて言葉が飛び交えば不振に思われるからね。
予め符丁は決めていた。
隊長 …… グラート皇帝(以前はお忍びで傭兵部隊の隊長をしていた)
団長 …… クリューゲル陛下(公式には今回は近衛師団の団長)
兵長 …… クラージュ王(これは特に理由もなくなんとなく)
座長 …… 俺(なんでもこういった集まりの発起人だからという理由で)
いや……、俺は一度も発起人になった記憶はないけどね。
前回は皆さんが勝手にクサナギにいらしゃった訳だしさ。
「ははは、既に来ているさ。なんせこの店は昔からの馴染みだからな」
そう言うと皇帝自らが四つの酒杯を抱えてテーブルにやってきたが……。
この人は皇帝という立場は理解しているのか?
自ら給仕の真似をすることもないだろうに……。
「気遣いは無用だぞ。今回は俺がもてなす方だからな。それに俺は時折、兵を連れて此処に来ているし、いつもこんな感じだ」
「……」
そう言えばかつて団長が言っていたことがあったな。
当時の第三皇子は、最前線では一般兵たちとも寝食を共にし、彼らと同じ物を食べている、と。
そんな噂を聞いた団長は、新たな主君(契約先)として仲間を引き連れていく決心をしたと。
戦場以外でも同じようなことをしていたのか?
「このテーブルで最後だからな。これで全員分の酒杯も揃ったことだし、ここからは『無礼講』で帝都の夜を楽しんでほしい」
え? 全員ってまさか?
ふと視線を横にやると、ミザリーたちが恐縮した様子で目の前に並んだ酒杯を見つめていた。
まさかあれも皇帝が自ら運んだ……、そういうことかよ!
「ははは、友たちの再会を期して、乾杯!」
「おう、遠路訪ねてくれた友に!」
「あ、ありがたく……」
「らしくない方々に!」
最後の言葉は俺が発した皮肉だったが、こんなことは常識で考えたらあり得ない話だからね。
だけど俺の言葉に笑って反応を見せる者もいた。
「そうだな、隊長の振る舞いもそうだが、元はといえば我が友が一番らしくないからな」
「え? 俺がどうして?」
この中では一番良識を持っていると自覚していた俺に対し、それは意外な言葉だった。
なので思わず抗議の声を上げずにはいられなかった。
「学園のカフェテリアでは自ら同級生の好みに応じて食事を取り分け、配膳していたという噂は聞いたぞ。
クラリス殿は『私にも持って来てほしかった』と羨ましがっていたからな」
「……」
それってメアリーやサシャに対して……、いや、その後も何回か他の者たちにもしていた気がするな。
ユーカやクリシアはもちろん、時にはサロンでマークや今回は酒場の後ろに控えているハイマンたちに対しても……。
でもさ、それはあくまでも学生同士の話であって……。
「そうなのですね。私は何度も座長の器の大きさに驚かされましたが、今後は参考にして私も改めようかと……」
いや! 真似されても困るし、国王がそんなことしちゃダメですからね!
破天荒な三人(不本意だけど俺も入れて)に影響されちゃダメですよ!
「ははは、それは良いな。実は我らも耳の大きい狐からテイグーンやクサナギで行われている『無礼講』の話を聞いてな。恒例行事にしようと……」
「おおっ、それはいいぞ! 我らもかつてその話を聞いて取り入れたからな。
公式に定めた催とすれば、血相を変えて飛んでくる者もおらんしな」
いや……、そう言えば貴方(クリューゲル陛下)も同類でしたよね。
かつて俺が特使としてフェアラート公国を訪れた最終日の夜、身内だけ慰労会を催した時も配膳人として勝手に紛れ込み、俺たちを仰天させたのだから……。
俺は改めてその時の話を二人にも披露せずにはいられなかった。
その反応は様々だったけどね。
「いや……、私も初めてこのような席にお招きいただき、学ぶところが多いと改めて感じています。
今回の帝都訪問は驚くことばかりで……」
いや、それは違う。
学ぶ方向性が間違っていると思うからね。
「あ、やめた方がいいよ。周りが困ったことになるからさ。一番入口に近いテーブルに座る彼らのようにさ」
そう言って俺は、一番入り口側のテーブルに目配せした。
そう、フレイム侯爵やゴウラス騎士団長らの苦労は絶えない。
唯一気軽に酒と料理を楽しむジークハルトを除き……、いや、彼も実は臣下としての役目を全うしているのか?
俺たちが席に着いて酒を飲み始めてから暫く時間が経っていたが、よく見ると彼らのテーブルには酒杯こそ並んでいるが、酒には一切手が付けられていなかったからだ。
もちろんジークハルトの盃を含めて……。
流石に気が気でないのだろうな。
ちょっと申し訳ない気がしてきた。
「なんだ、彼らは楽しめていないようだな。どれ俺からも酒を進めてやろう」
「そうだな、友も酒が進んでいないようだし、彼らを労うためにもここは私も……」
あーあ、最も気を遣われている二人が突撃しちゃったよ。
どうするんだよ……。
俺は皇帝から酒を進められて恐縮するフレイム伯爵やゴウラス騎士団長、国王から肩を組まれて固まっていたラファールに心の中で詫びた。
そして……、そこからが本当の無礼講になった。
「ははは、もうこれで僕の役目は終わりです。真面目な方々に合わせていましたが、ここからは気軽にタクヒール殿と酒が飲めます」
そう言ってジークハルトは俺とクラージュ王の居るテーブルに移動してきた。
自身の盃を持って。
「あれ? いいのかい? 警備のため飲んでいなかったんじゃあ?」
俺の言葉にジークハルトは舌を出して笑った。
そして小声で真実を教えてくれた。
「実は……、内々のお話ですが、この店は本日貸し切りにしておりまして、他の客も全て僕が仕込んだ者たちなので、店内の安全は確保されています。
万が一のことで、国賓の方々の身に危険が及べば申し開きもできませんからね。向こうではそれを伝える訳にもいかず、僕も彼らに合わせていたので……」
「ははは、そういうことか」
俺たちは一般の酒場を楽しむ体を演出されているってことか。
彼の方が一枚上手だったということかな?
「悪巧みに乾杯!」
この時に俺は心から笑った。ジークハルトと共に。
一緒に盃を交わしたクラージュ王は神妙な顔をしていたが……。
「なにやら智謀で名を響き渡らせたお二人が楽しそうですね。戦略談義なら是非、私たちも交ぜていただけないでしょうか?」
そう言って席を移動してきたのは、クラリス殿下だった。
そして……、ここからが実は本当の『帝都の夜』の始まりだった。
非常に中身の濃い夜になること、その切っ掛けをもたらした彼女こそ、『本当の夜』の開幕を告げる鐘の音だったと、後になって俺は二日酔いに悩まされながら思い出すことになる。
新年明けましておめでとうございます。
2025年も多大な応援を賜り、本当にありがとうございました。
2026年は1月15日にコミック3巻が、2月15日に小説7巻が発売となります!
新しい一年も、どうか温かい応援を賜れれば幸いです。
年末年始の連続投稿も続き、次回は01/02『帝都の夜(後編)』を投稿予定です。
どうぞよろしくお願いいたします。




