第四百三十七話(カイル歴515年:22歳)謁見と対面
帝都に入って二日目の午後、今回の公式訪問で重要とされた二つの事案のうちの一つ、新皇帝との対面式が催された。
第一部では謁見の儀が執り行われ、各国の使者たちが新皇帝の即位を寿ぎ、それに対し皇帝が応えるという流れで執り行われるらしく、その中にはスーラ公国やターンコート王国が送って来た使者も含まれていた。
そして第二部、国賓として招待を受けた俺たちが登場することになる。
案内に従い俺たちが上手から壇上に誘われた時には既に玉座のあった場所は転換が行われ、下手に玉座が鎮座し上手にはそれに劣らぬ豪奢な席が三つ、最も中央寄りの席の後ろには、更に席が二つほど用意されていた。
そもそもの話だが、周辺国を征服し絶対的強者として君臨してきたグリフォニア帝国は、対等な立場の国主を来賓として迎えたことがない。
なので今回は帝国の歴史にもない異例づくめの対面だった。
大層な宣言で紹介があったのち俺たちは、各々の席に導かれ俺、クリューゲル陛下、クラリス殿下が用意されていた上手側の席に座り、ミザリーとヨルティアは俺の後方に座った。
「この度は遠路はるばるグリフィンに赴いていただいたこと、我らとしても感謝に堪えない。
またウエストライツ魔境公国を始め各国は、此度の反乱鎮圧に対し多大な貢献をいただいたこと、改めて帝国を代表し礼を申し上げる」
「なんの、我らは盟友として約定に従い助力したまでのこと。結果として乱は鎮圧され皇帝として即位されるに当たり、友として祝いに来ることは当然のこと」
外向きの挨拶で俺が『友』と称した際、下段に並ぶ帝国貴族のなかからもどよめきが起こった。
まぁ当然と言えば当然か?
帝国からすればカイル王国や新興の魔境公国は、これまで征服対象として見下していた国なのだからね。
「敢えて帝国の皇帝たる身として、居並ぶ者たちに申し伝える。
この場にお招きした来賓は帝国の恩人であること、ゆめゆめ忘れぬようにな!」
そう宣言したあと彼が手を挙げると、ジークハルトが下段から進み出て恭しく一礼し、盆に乗った書状を受け取ると読み上げた。
「この度お招きした各国には、帝国の窮地を救っていただいたことに感謝し、その活躍に相応しい褒賞を皇帝陛下の名によって献上し、帝国の安寧を図るため領土の一部を割譲させていただく。
各国のご来賓は、どうか快くお受けいただきますよう、伏してお願い申し上げます」
あれ?
そう言えば新たな国境線について話はしていたが、褒賞の話は相応のものとしか聞いていなかったな。
カイル王国やフェアラート公国にも帝国から直接出されるのならば、俺にとっては二度手間にならず都合の良い話だけどさ。
「先ずは帝国領北部に侵略したリュート・ヴィレ・カイン王国の軍勢に対し、国王陛下自ら兵を率いられて助力いただいたフェアラート公国に対し、感謝の印として帝国大金貨十万枚を贈らせていただく」
おおっ! 帝国大金貨といえば価値はカイル王国の金貨の二倍。
ならば金貨二十万枚相当の大盤振る舞いということか。
「同様に北部戦線で帝国の民を守り奮戦いただいたカイル王国の王都騎士団に感謝し、帝国大金貨二十五万枚を感謝とともにお贈りさせていただく」
これも破格の金額だな。
カイル王国の金貨にして五十万枚、一万五千の兵が従軍したから一兵あたり金貨三十枚を超える。
「そして……、公王陛下自らがはるばる帝国の新領土まで遠征され、我らの窮地を救っていただいただけでなく侵攻した敵軍を完全に撃破し、北部戦線でも帝国の民を守り抜き侵攻軍を撃退されるという、比類なき活躍をされたウエストライツ魔境公国に対して、帝国金貨二百五十万枚を贈り感謝の証とする」
「「「「「おおおっ!」」」」」
一斉に会場がどよめいたが、あくまでも賞賛や驚きのものではないことは俺にも分かっていた。
ジークハルトもそれが分かっているらしく、敢えて一拍の間を取っているようだった。
「不躾ながら申し上げます。感謝の意を示すことは当然のこと、ですが……、あまりにも膨大な金額で帝国の国庫は空になりますぞ!」
「そうだ! このままでは帝国が立ち行きませんぞ!」
「どうか帝国の対面もお考えいただきたい!」
一部の貴族たちが此処ぞとばかりに不満の声を上げたが、このこと自体が他国の来賓を前に非常識極まりないことだ。
まぁ、声を上げた彼らにとって魔境公国は格下の存在、遠慮する必要すらないと思っているのだろう。
だが……、俺は敢えて反抗的な輩を炙り出す演出の一環だと事前にジークハルトから聞かされていたからね。
見事に釣れたことで当の本人も薄ら笑いを浮かべているしさ。
「お前たちは思い違いをしているようだな。
かつて我が愚兄がカイル王国の虜囚となった際、帝国は身柄返還の対価として大金貨百万枚を支払った事実はどう考えているのだ?
お前たちの認識では皇帝となる身の我が命の対価が、たかが皇位継承権を持つだけの、しかも失態を犯し候補から外れた者と同等になる、そうとでも思ったのか?」
「そ、それは……」
「いえ、決してそのようには……」
「我らはただ、帝国の体面として……」
「敢えて賓客の前で醜態を晒すことが、帝国の体面を傷つけると理解できんのか?」
「「「……」」」
「加えて魔境公国の遠征軍は、南部戦線にて五万の同胞の命を救い、十二万もの敵軍を撃破したのだぞ?
それだけではない、北部戦線では数十万の帝国領民を守ったのだ。我が命だけでなくそれだけの功績に対し二百五十万枚でも足らぬと思うがどうか?」
実のところ、この対面の儀は新皇帝に対し不満を抱く者たちを辱めること、いわば言葉による公開処刑を行い、彼らの求心力を奪うことも目的とされていたらしい。
いつもながらジークハルトはエゲツないことを考えるものだ。
まして帝国では周辺国を下に見る風潮もあり、そのあたりも一刀両断とする目的があるとも聞いていた。
「皇帝陛下の仰る通りです。足らぬ分は領土の割譲という形で補うべく考えております。
今回の反乱に与した者たちの所領や財産を没収し、帝国内の貴族領を大きく入れ替えます。
ウエストライツ魔境公国には、陛下の委任統治領であった旧ローランド公国領と、反乱を幇助し侵攻軍を黙って見過ごしたジャーク伯爵領などの隣接する貴族領を割譲いたします」
「な、なんと! それは余りにも」
「落ち着け財務卿、敢えて聞くが割譲を予定している地域の民は誰が侵略者から守ったのだ?
難民となった彼らを、今もなお養っているのは誰だ?」
「そ、それは……」
「侵攻を受けた数十万の民が魔境公国に逃れ今も養われており、戦禍に荒れた大地を魔境公国が人手と費用を負担して復興に努めているのだぞ。
帝国の民たちが魔境公国と公王にどれほど感謝しているか、お前にはそれが見えていないのか?」
「仰る通りですが……、それでも余りにも過大な……」
「どうやら帝国の中枢も体面を気にし過ぎて過去の栄光に驕っているようだな? 少しは職務を離れ、自由な立場で現実を見るがよかろう。他にも異議を唱えた者たちには同様に暇を与える故、各地を回り民の暮らし振りを見てくるがよかろう」
ははは、この一件で彼らを更迭する大義名分を得たということか?
それにしても、どこの国にも現実を見ず体面だけに拘る輩はいるものだな。
「先ほど元財務卿は国庫が空になると心配していたが、敢えてお前たちに申し渡す!
それに代わる対価はスーラ公国及びターンコート王国、他にも取り潰した反乱貴族の財産や所領からも充当できるではないか? 一度受けた恩は相応の感謝と誠意を示すことで帝国の体面は保たれる。
これに異議のある者は俺が納得できる対案を持って来ることだ」
確かにそうだ。完全にとは行かなかったものの、直接反乱に参加または支援した大貴族たちは一様に取り潰され、その数は帝国貴族の五分の一にまで上ると聞いている。
加えて大きく領土を削られなかったものの、スーラ公国は要塞線が構築された山脈とその先の拠点を割譲し、喉元に匕首を突き付けられた形になっている。
領地から上がる収入には大きく変化はないものの、賠償金に加え帝国には安全保障料として毎年莫大な税金を納めることになっているらしい。
一方でターンコート王国は帝国領と接していた部分、有力な穀倉地帯である国土の四分の一を割譲した上に多額の賠償金と毎年安全保障料の支払いが義務付けられている。
これらの収益だけでも相応の収入になることは間違いない。
ただ……、二国は更に過酷な仕打ちが待っていることを知らない。
そろそろ俺の出番かな?
「多大なる配慮と、帝国の民を預けていただいたことに感謝いたします。
ここで我らも返礼として、今後貴国の安寧をもたらす土産を披露しようかと思います」
「ほう? それは有難いお話だな」
そう言って新皇帝が頷いたのを確認したのち、俺は右手を挙げた。
その合図と共に壇上へと入って来たのはもちろん、俺が内密に連れてきた二人だ。
「リュート・ヴィレ・カインの各王国は、イストリア正統教国と共に帝国領に侵攻した上で敗北し、かつては友軍であった正統教国軍によって滅ぼされました。
ヴィレ王国の元国王は捕縛し帝都に送還しておりますが、他の二国の国王も罪の対価として自国に残った王族と共に滅んでおります」
俺がそう言うと二人は深く頭を下げ、同時に会場内は大きくざわめいた。
三国の興亡については、余りにも展開が早すぎて帝国内で情報が錯綜していることも原因のひとつだ。
「彼らは我が意を受けて三国に侵入した賊を平らげ、生き残った唯一の王族として祖国を解放しました。
この度は王国を引き継ぎ、新皇帝に対し先王たちの罪を背負うためこの場に参りました」
そう言うと彼らは、深く頭を下げたまま改めて新皇帝に対し詫びた。
「私は元リュート王国の第一王子であったクラージュ、彼女は元カイン王国の第三王女であったアリシアと申します。我ら両名、先王が行った罪を引き継ぎ、帝国には改めて謝罪いたします」
「どうか我ら両名の命を以て今回の件を帝国に謝罪する代わりに、領民や兵たちには寛大な処遇をお願いいたします」
二人の言葉に謁見の会場は大きく静まり返った。
まさか王国を引き継いだ王族自ら、謝罪と罪の対価として命を差し出すため現れるとは想像すらしていなかったからだ。
二人の謝罪を受けて新皇帝はおもむろに席を立った。
「両名とも国を引き継がれる王族として相応しい、見事な覚悟とお見受けした。
されど既に各国の王は罪を受け一名は獄中に、二名は暴軍によって処刑されたというではないか。
よって罪は既に償われている! 加えて三国を解放したのは魔境公国公王の助力あってのもの、であれば其方らの生殺与奪の権は公王にあるのが筋であると考えている」
そう言った瞬間、俺の前に視線が一気に集中した。
好意的でないものも含めて……。
ここで俺は、改めて舞台で演じるかのように意図的に大きな声で、抑揚を付けて話し始めた。
「両名には国土の奪還と統治の安定に寄与した功もある。よって我らが求めるのは今後は荒れた三国を立て直し、我らとの友好関係を築き侵攻した先の復興に寄与すること、今なお蠢動するイストリア正統教国に対する尖兵となって帝国の安寧に寄与することが役目と考えている。
それに加え領土の一部を割譲し賠償金を支払うことで侵攻した罪を償うというのは……、どうでしょう?」
「ふむ……、それで帝国としては異存ない」
「もちろん我ら両名はありがたく拝命いたします」
これは飽くまでも予め用意した茶番劇なのだが、余りにも唐突な展開と常識を超えた事態に、帝国側は誰もが言葉を失っていた。
ジークハルトはこれを狙っていたと言うのが正しいのだけれど、見事に図に当たったようだ。
「ははは、これで帝国北部一帯は安定し周辺の友好国との通商で更に潤うことになるな。
我らは新たに得た広大な新領土の経営に専念できるというものよ。公王からの『祝儀』、我らもありがたく受け取った! 結果として帝国は領土を増やして更に潤い、威を見せたことになるがどうだ?」
「「「「「御意っ!」」」」」
ジークハルトをはじめ、彼の意を受けた者たちが一斉に大音声で応答した。
これで有無を言わさず話はまとまり、二名も着座を許されてその後は和やかに会話が交わされ、対面の儀はつつがなく終了した。
そして……、俺にとって不安一杯の夜を迎える。
最後までご覧いただき、誠にありがとうございます。
また、2025年も皆さまの温かいご支援で、本作は遂に6巻まで、コミック版も2巻まで刊行することができました。
改めて深く御礼申し上げます。
今日より年末年始の連続投稿として、三話連続でお届けします。
次回は01/01『帝都の夜(前編)』を投稿予定です。
どうぞよろしくお願いいたします。




