第四百三十六話(カイル歴515年:22歳)四方山話の果てに……
帝都に到着した初日は予想外の来訪者たちと共に深夜まで酒を酌み交わし、皆が笑顔で『無礼講』による再会を期して別れた。
そして翌日、午前中はジークハルトから改めて新たな国境や割譲地の説明を受け、対面の儀における段取りの説明を受けた。
本来なら『謁見』となるのだが、俺(とフェアラート公王)はあくまでも同格である友邦国の元首となる。
なので謁見では礼を失する形になるので、謁見を終えたのちに対面の儀を執り行うらしい。
「少々形式ばって申し訳ないのですが、公王陛下は我らがお招きした恩人です。他国の使者と同列に扱うこともできないため、このような形で失礼します」
「たかが男爵の次男坊であった俺が、強大な帝国から気を遣われるなんて想像もしなかったけどね」
「まぁ僕らも皆さまのお名前を利用させていただく立場です。阿呆(第一皇子)はただ逃げるだけでなく面倒なお土産も残していきましたので……」
そう言ってジークハルトは苦笑していた。
本来なら第三皇子は圧倒的な実績を背景に皇帝となり、帝国内に絶対的な支配権を確立するはずだった。
だがそれも、『あの事件』のせいで腰砕けになってしまっていた。
その結果、反乱には直接参加しなかったものの、明らかに第一皇子に肩入れしていた者たちの多くが、未だに処断されず帝国内で実権を握っているからだ。
「グラート陛下にとっても、各国の後ろ盾がある点は大きな強みになります。
あのまま第一皇子親派や向こう寄りだった中立派を全て処断すれば、帝国は内乱となっていました。
多少の雑音はあるかもしれませんが、それらは僕らで対処しますのでどうかご容赦ください」
そう言うと彼は深く頭を下げた。
ことの経緯を詳しく聞いたとき、俺の中にもある疑念が浮かんでいたが、それについては昨日の宴席で四方山話の一環として話してある。
「先ずは陛下の身辺警護にも心を砕かれた方がいいでしょうね。奴らは人の心の隙に付け込み、暗き場所に引きずり込んで洗脳するからね。なにも三国だけで暗躍していたとは限らない。
そもそも奴らは第一皇子と繋がっていた節があるしさ」
「はい、教えに従い僕らも光魔法士を陛下の近侍に加え、召し抱える者は全て確認するようにいたします。
差し当たりは……、レイア殿に教えを乞う形で」
そう、昨日の成果のひとつとして『闇の使徒』に対する対策の共有ができたこともある。
カイル王国側は今回の件を受けて対策済だが、クラリス殿下の輿入れ時に光魔法士を随員に加え、フェアラート公国でも対策を施す。
問題は帝国だったが、ここでジークハルトは今まで隠していた手の内を全て見せた。
一部は俺も知っていたが、彼の元にはなんと十五人もの魔法士がいるらしく、儀式に必要な魔石も相当な数を確保しているらしい。
その中に一名だけ光魔法士もいたらしく、俺たちの帝都滞在中はずっとレイアに師事することになっている。
「ローレライの教会は今後も帝国側の人間でも儀式は受けられるように手配するよ。
そして『あの計画』にも改めて着手したいと思う」
それは兼ねてから彼らに渇望されていた、帝国領内での魔境復活に関する取り組みだった。
多事多忙でずっとおなざりになっていたこともあるが、ここで明確に動き出すことは昨夜決まった。
「ありがとうございます。では午後の段取りはこれまでとし、僕は夜の段取りを確認して参ります」
そう言ってジークハルトは苦笑していた。
そもそも昨夜、例の如くじゃじゃ馬姫は爆弾発言を投下していたからだ。
※ 昨夜の出来事
あれは宴もたけなわとなり、皆にも酔いが回って宴席が盛り上がっていた時だった。
「せっかく帝都に来たのですもの、帝国の方々の暮らしぶりを見たり、夜の酒場で身分にかかわりなくお酒を飲みたいですわ」
この言葉を聞いた瞬間、俺とゴウラス騎士団長は真っ先に止めに入ろうと立ち上がったが、二人の人物に機先を制されてしまった。
「ははは、やはりクラリス殿下は王女にしておくには勿体ないほどの面白いお方だな。
よろしい、俺が忍んでよく行く帝都の酒場をご紹介しよう」
「おおっ! それはありがたいな! 私もフェアリーやサラームでは馴染みの酒場も多々あるのだが、帝都では事情が分からず行き当たりばったりで行くつもりであったからな」
ってか、既に予定の行動だったのかよ!
あれほど釘を刺したのに……。
「もちろん我が友も誘って、の話だぞ。即位式が終われば、日中は奥方を伴い帝都見物に出かけられるのだろう? クラリス殿から話を聞いて、我が友の愛妻家振りに感心していたところよ」
「……」
そこまで知ってるのかよ。
ってかさ、じゃじゃ馬姫は自分たちも出掛けたいからって、ミザリーやヨルティアに誘導を掛けたな!
俺がじゃじゃ馬を睨みつけると、彼女は素知らぬ顔で視線を反らしていた。
「ほう、それではお二人の婚儀の折には、俺もフェアリーの夜を満喫したいものだな」
「それは良いな! その時は私がご案内させていただこう」
「ですが陛下、即位早々に帝国を空けられると、残った僕らが迷惑するんですけど……」
流石にジークハルトは異論の声を上げたが、それももっともな話だ。
ってかさ、この人たちは皇帝や国王の立場を理解しているのか?
フットワークが非常識なまでに軽すぎるんだよな……。
「お前も連れて行ってやるから安心しろ。フェアラート公国にも魔境があり、カイル王国には居ない討伐不能とまで言われた強敵もいるそうだ。
その難敵をタクヒール殿は事も無げに三体も討伐したらしいぞ」
「本当ですかっ! ならその間は叔父上を帝都に呼び出して留守番を務めていただきましょう。
対外的には魔境公国を訪問していることにすれば、影響も少ないでしょうし」
おいっ! 簡単に寝返るなよ。
しかもウチをだしに使うとは……。
「これで決まりですわね! 私も再び陛下と並び剣を振るうことができるなんて、今から楽しみでなりませんわ!」
ちっ! じゃじゃ馬姫まで乗って来やがった。
これじゃあ逃げ場が無くなるじゃないか。
「では私からサラームの代官には重々言い聞かせておきますよ。でも、決して無茶はしないでくださいね」
「何を仰っていますの? 公王陛下は私たちの婚儀を祝いに来てくださらないのでしょうか?
それはとても悲しいことですわ」
「もちろん婚儀には伺いますけど、その後は……」
「それでは決まりですね! 陛下と過ごしたサラームの夜が今でも思い出されますわ。
ここに居る皆さまで再び祝杯をあげましょう」
「「「「「その日を楽しみに!」」」」」
いや……、最後まで言わせてくれよ。
結局お守りをするのは俺の役目になるんだからさ。
同じように項垂れていたゴウラス騎士団長とフレイム侯爵には、妙な親近感を抱かずにはいられなかった。
そして盛り上がる彼らを他所に、三人で互いの苦労を労うための乾杯をしたのは言うまでもない。
「あの……、公王陛下、皆さまはいつもこんな感じで?」
そう言っておずおずと話し掛けて来たのはアリシア殿下で、その後ろにはクラージュ王も何とも言えない表情をしていた。
「そうです、何故か分かりませんが、どちらかと言うと皆さまは『らしくない』方たちばかりで。
初めてだとかなり戸惑いますよね?」
「いえ……、凄く……、『いい』ですわっ!」
あれ? 何故そんなに目を輝かせているんだ?
嬉しそうにクラージュ王とも視線を交し合っているし。
「実はアリシア殿も私も、故国でも『王族らしくない』と揶揄され、ずっと孤立しておりました。
兄弟でもいがみ合っているなかで育った我らにとって、このように居心地が良いのは初めてです!
我らも是非!」
「私も陛下と共に伺わせてください!」
いや……、そっちかい!
そういえば失念していたよ。彼らも『らしくない』点では俺たちと同類、しかもあの二人に似ているのだから……。
朱に染まって赤く、いや、更に色濃い赤に変わりつつあるようだった。
「もちろんだとも! 一度ここで友となった今、お二人を国賓として招待させていただくよ。
そして我らも是非、二人の婚儀には参加させてもらいたいと考えているが」
「も、もちろんです! ご列席が賜れるのならこの上ない名誉なことで……」
クラージュ王は明らかに恐縮しながら喜びに震えていたが、その気持ちは十分に分かる。
もちろん俺も事前に話を聞いていたので列席するつもりだったが、他にも帝国や他国の来賓が参列するとなると国内で彼の格が格段に跳ね上がる。
それが皇帝や王ならば猶更だ。
「ふふふ、これこそが今回の即位にあたって一番の贈り物と言えるな。
我らは誼を結んだ友たちと共に新しい未来を歩むことができる。帝国にとってもこの上ない話だ」
「えっと、其方にも僕は同行させていただきますからね。
陛下の留守を切り盛りするなんて面倒くさ……、いえ、名誉あることは僕には似合いませんから」
おい、今『面倒くさい』という本音が漏れてたぞ。
相変わらずジークハルトは相手が皇帝だろうと変わらないな。
俺は苦笑しながら彼らの『我儘』を見ていたが、思わぬところから一撃を食らってしまった。
「本当に……、不敬な言い方ですが、みなさまはタクヒールさまに似ていらっしゃいますね」
ちょっと待てっ! ミザリー、今の言葉は聞き捨てならないぞ。
俺のどこが似ているって言うんだ。
「ミザリーさんの言う通りですね。私たちもタクヒールさまが常々……、いえ、たまに、領主や公王にそぐわない振る舞いをされるので……、それが素敵と思うことが多いのですが、時には気が気ではなく……」
ヨルティア、お前もかよ!
ってかさ、持ち上げて落としてないか?
しかも常々って言いかけて、慌ててフォローしていたよな?
「いや、二人とも何か誤解している。と……、思う」
「そんなことはありません。まだ十五歳になられる前に魔境に出ると言い出された時も、目を離すとふらっと街に一人で出かけられることも、戦いの中で危険な前線に飛び出されたと聞いた時も、常に最前線に出ると仰った時も……、ずっと心配していましたし」
「いやミザリー、それは……」
「私もそうです。それに……、クラリス殿下との稽古を傍で拝見していた時、気が気ではなりませんでした。
王女殿下に対し、あのように手厳しく……」
よくよく考えてみると全て事実だ。
幼いころはアンが片時も離れず目を光らせてくれたし、ある時を境に自由に行動させてくれていたけどさ……。
アンの気苦労は相当なものだったかもしれない。
王都に出て、その後は魔境伯になり、公王となっても俺の行動は基本的に変わっていないような……。
それに確かに俺は、殿下に分を弁えるように教えるため、遠慮なく叩きのめし足蹴にすらしていた。
あれ?
「……」
どうやら俺は彼らの同類、この世界の常識破りである異端者だと自覚しないといけないのか?
まさに類は友を呼ぶ、そういうことなのか?
保護者を自称していた俺が、裏で密かに仲間たちから保護されていたと?
「わっはっはっは、どうやら我が友もやっと気付いたようだぞ。元より我らは剣の道では後れを取らん者ばかり、余計な心配は無用だろう」
確かにそれはそうだけどさ。
あのカップルの剣術は二人とも隔絶しているし、俺もそこそこ腕には自信がある。
傍らにはシグルとカーラも付き従っているし、ヨルティアは対人戦や対魔物戦なら魔法チートで無敵の強さを誇る。
第三皇子やジークハルトもそこそこやるのは、俺自身が魔境で確認している。
クラージュ王も然り。
ならばこの場で守られる立場はミザリーと実力は不明だがアリシア王女ぐらいか?
そこで俺は止む無く、夜の帝都見物も同意するに至った。
※ 時系列は元に戻る
結局、俺たちは……、
第三皇子+ジークハルト
クリューゲル王+フレイム侯爵
クラリス殿下+ゴウラス騎士団長
クラージュ王+アリシア殿下
俺+ミザリー+ヨルティア+シグル+カーラ
総勢十三名プラス一名で夜の帝都を楽しむことになっていたのだからさ。
「そういうことでラファール、ジークハルト殿と共に下見と手配の確認は頼んだよ。
もちろん夜も参加も決定だからね」
「なっ、俺ですか? そんな……」
「昨日はわざわざ帝都でも夜の街を『下見』してくれたんだよね? マリアンヌが結局朝まで帰って来なかったとボヤいていたよ」
「そ……、それは……」
「それにクリューゲル陛下は『友が居なくて残念だ』とこぼしていたよ。一国の王に対し非礼だと思わないかい?」
俺は敢えてラファールを困らせている訳でもない。
彼の立場には同情を禁じ得ない。禁じ得ないんだけどさ……。
「ラファール、俺もマリアンヌやラナトリアがちょと可哀そうになってね。
これまで移動する過程で立ち寄ったどの町でも、『夜になるとふらっと出て行って朝まで帰って来ない』
って嘆いていたよ。なので今夜は彼女たちも安心して眠れる、れっきとした任務だからね」
「くっ……、は、はい……」
「気持ちは分かるけど、新婚の妻たちも大事にしてやってくれないかな。せめて日中は帝都見物に連れて行ってやるとかフォローも頼むよ。自由行動できる時間は用意するからさ」
そう、俺にとってラファールの任務(遊び)も分かるけど、同じようにマリアンヌやラナトリアも大事な仲間だからね。
彼女たちの気持ちも考えてあげなければいけない。
しょげるラファールの背を見送った俺は、ひとつの区切りと大きな息を吐いた。
さて、午後からちょっと面倒くさいステージに登壇することになるかな。
帝国内の因縁と僻みや羨望に満ちたステージへと……。
最後までご覧いただき、誠にありがとうございます。
次回は12/31『謁見と対面』を投稿予定です。
どうぞよろしくお願いいたします。




