第四百三十一話(カイル歴515年:22歳)新たな盟邦国
戦傷を負ったゴルパ将軍もマリアンヌら聖魔法士の処置が功を奏し、命を取り留めて快方へと向かい始めたことを確認した俺たちは、約五千の兵を団長に預けてヴィレ王国一帯の統治と敗残兵の対処、カイン王国側への支援を任せ、俺は残る五千騎を率いて戦いの翌日にはリュート王国へと向かった。
なんせ……、最後の戦いでだけでも捕虜七千名以上、ヴィレ王国の王都奪還時も含めると八千名近い捕虜が居たので、ゴルパ将軍の部隊だけでは対処しきれないからだ。
そういう意味では駐留した兵士に近い数の捕虜を抱えるカイン王国も同じだけど、その辺は団長が目を光らせてくれると思う。
そしてリュート王国の王都に凱旋したのは、俺たちがヴィレ王国の解放を目指して出てから、既に六日が経っていた。
僅か六日であったが、再び舞い戻った時には状況が大きく変わっていた。
俺たちは街道上に並んだリュート王国の人々から大歓声で迎えられると共に、王都の城門前には新国王を始めとする元捕虜だった面々に加え、別動隊として残していた魔境騎士団のゴルドたちが待ち受けていた。
「公王陛下、三国の平定に心より感謝申し上げます。我ら一同、謹んで偉大なる戦果とご無事のお帰りをお祝い申し上げます」
「「「「お帰りなさいませ」」」」
「……」
いやさ……、俺は君たちの主でもないしさ。
ゴルドは仕方ないとして新国王自ら片膝付いてお迎えは……、ちょっとやりすぎと思うけど。
「皆も無事でなによりだね。ちなみにリュート王国内の平定は無事に終わったのかな?」
「はい、ゴルド将軍のお力添えの元、三か所から侵入した正統教国軍は全て撃退し、国境を越えた先に橋頭保を築き領内の安全を確保しております。それについてご報告と相談させていただきたいことが……」
ん? どうした。
新国王となったクラージュ王が何か言いにくそうにしているが……。
「事情は私からご説明させていただきますが、お疲れのことと思いますので、先ずは王宮にご案内することが先決かと」
そう言ったゴルドに導かれて王宮へと移動する道すがら、俺は彼より幾つか説明を受けた。
ひとつ、リュート王国内に散っていた五千名の兵力を糾合することに成功し、今や新国王の下には一万の兵が集まっていること。
ひとつ、三ケ所の国境から侵攻した敵軍を完全に掃討し、国内の治安も回復していること。
ひとつ、侵攻した敵軍を追撃する過程で、イストリア正統教国の南四郡のうち一郡を占拠したこと。
「なるほどね、となると国内の兵を出し切ってしまった正統教国は、既に死に体となっている訳か?」
「はい、そこで改めて公王陛下にご相談となります」
何だ? 悪い話ではないようだが……。
俺の疑問は、直後に王宮の会議室で設けられた報告の場で明らかになった。
俺の前には大きな地図が広げられており、そこには三国とイストリア皇王国や正統教国の領域が記載されていた。
「現在我らは追撃戦の過程で正統教国領の一部、南四郡を抑え最も東の一郡に兵を展開し、再侵攻を防ぐためにの拠点構築を進めております」
「うん、良いと思うよ? 大きくリュート王国側に食い込んだこの一郡は、今後を見越して守りに有利になるなら併合しても構わないんじゃないかな。他国を侵略した国は自国を侵略されても然り、俺はそう思うしね」
「はっ、ありがとうございます。そしてこれから先は出兵に先立ちゴルパ将軍とも内々に協議していたことですが、戦後賠償に関わることになります」
ん? どういうことだ。
二人はどんな話をしていたんだ?
「帝国領を侵略し敗れて魔境公国に下った我ら四国は、等しく戦後賠償の一環として領土の一部を割譲した上で賠償金の支払い、捕虜返還を願う対価を供出すべきとの結論に至りました」
「いや……、それはおいおい協議してで構わないけど?」
確かに俺は、彼らを一時解放するにあたり、領土の割譲や賠償金などの責務を新国王に課すと言ったけどさ、それはあくまでも覚悟を促すための方便であって……。
「故に我ら三か国は帝国領と接する領域を魔境公国に割譲し、この旧王都より帝国側を新たな国境線とすべきと考えております。
同様に正統教国も南四郡のうちトライアを含む最南端の一郡を割譲してもらおうと考えています」
うん、話は分かるんだけどさ。
勝手に他国の領地を割譲地にもできないよね?
「そしてここからがご相談なのですが、実は現時点で正統教国の南四郡は全て空白地となっております」
「へっ?」
「我らが東の一郡を占拠した時点で、正統教国の首脳部はトライアを捨て、最近になってイストリア皇王国から奪った王都イスラに逃げ込みました」
なるほどな……。支える余力がないと見越した訳か。
そもそも遠征軍として出た軍勢が二万、若干数を減らしたとはいえそれがそのまま転戦し、そこに本国からの増援が聖教騎士団以外に四千、つまり二万四千の兵を出していた。
これに加えて三方向から合計六千の部隊を侵攻させていたが、これも全て打ち破られた。
結果として三万(プラス聖教騎士団の七千)もの兵が国を出ていた(失った)となれば、守りに不安を感じ逃げだして当然だろう。
イスラならリュート王国と国境も接していないしな。
「ならば新王は空白となった四郡をどうされるつもりかな?」
「御裁可をいただけるならばトライアの一郡を含め、南四郡全てを魔境公国の新領土として献上したく考えております」
「!!!」
いやさ、南四郡だけでもリュート王国や他の二国と面積だけならほぼ同等、魔境公国の面積にも近しい広大なものだよ?
確かに地図上で見れば南四郡は魔境公国の真横に広がっているけど、国境には魔境や踏破不可能な大山脈が伸びているからね。実質的には帝国領を大きく迂回した飛び地になってしまう。
仮に承諾したとしてもこの広さ、そして行き来の不便さや防衛面での脆さはちょっと問題だな。
「失礼ながら意見を述べさせていただいてもよろしいでしょうか?」
俺が考え込んでいると見たゴルドが、珍しく自ら手を挙げた。
何か良案でもあるのか?
「ああ、構わないよ。遠慮なく言ってくれ」
「ありがとうございます。ここからは大変不躾な申し出となること、予め両陛下にはご容赦ください。
我らとて、クラージュ陛下のお気持ちは理解できます。ですがこの四郡は我らの本国に遠く、守りに難があります。そこで誠に勝手な申し出なのですが……」
ゴルドの提案は要約すると以下の三点だった。
ひとつ、敵が兵を引いている機会をみすみす見逃すことなく、速やかに南四郡の占拠を行うこと
ひとつ、クラージュ王の申し出に従い、最南端の一郡は魔境公国の割譲地として受け取ること
ひとつ、残った三郡はクラージュ王が統治する新領土として併合すること
「これには双方に理があると思われます。
クラージュ陛下は新王として国をまとめられる際、国民を納得させる『成果』が必要になります。
特にヴィレ王国とリュート王国を抑えるにあたり、相応の土産と実績が必要でしょう」
確かにな……、いくら国土を奪還したとは言え、それ以前の戦争責任を負って領土の割譲や賠償金の支払いが残されているとなると茨の道だ。
新王の即位や併合に納得しない貴族や有力者も出てくるだろう。
だが……、戦後賠償として割譲はするものの、代替する新領土を得ていれば?
話は大きく変わってくる。
「我らが公王陛下の利として、仮にそうなれば南の一郡は一方を帝国領、残り三方はクラージュ陛下新領土となり、信頼できる友邦国に囲まれることになります。そうなれば常に敵国と接し臨戦態勢を敷く必要がありません。まして我らは、統治する地の民たちの同胞を多く抱えております」
確かにそうだな。友邦に囲まれた土地であれば飛び地といっても負担は少ない。
これはこれでアリな話だな。
「何より、基本的に我が国は領土的野心を持たず侵略を否定しておりますが、『やられたらやり返す』点は毅然として諸国に見せる必要もあるでしょう。ここが一番の要点かと……」
そうだな……、専守防衛が理想ではあるが、この世界では理想論となってしまう。
帝国側も南の二国に対し領土の割譲を求めると言っていたし、それが北部の各国に対し同様となる可能性もある。
帝国の意向も不明だし、取り敢えず俺が一時的に『預かる』形で収めておく方が後々混乱もないか?
もし帝国が望めば帝国側に割譲するもよし、それ以前に新たな統一国家と帝国との交渉材料にもなるしな。
そんな考えを巡らせたあと俺は決断した。
「新王には異存はないかい?」
「我らとしては虫の良すぎる話で、逆に申し訳なく思うのですが……」
「これらは帝国とも協議して先方の了解を得る前提の話だけど、それで良いと思うよ。
この先は雨後の筍のように、安全な場所に逃げて何もしなかった者たちが出てきて、己の権利を主張してくるだろうからね。後ろ盾は俺たちだ、なので新王には遠慮なく三国の統一と再建に邁進してほしい」
そう、カイン王国の第十二位の王位継承者っだった男や、担ぎ上げた商人たちみたいにね。
これまで日和見を決め込み、ずっと静観していた各国の貴族たちも動き始めるだろうし。
「ありがとうございます。公王陛下には心より御礼申し上げます。このご恩を終生忘れぬと誓います」
この時のクラージュ王は、俺が声を掛けるまでずっと頭を下げたままだった。
その目にはうっすらと涙さえ浮かべて……。
※
俺がリュート王国に戻って一週間後、旧ヴィレ王国の王都では三国を併合した新たな国王の即位式が行われた。
その際に宣言された国名は、ウエストライツ連邦リュート・ヴィレ=カイン王国。
かつてディバイド大王が苦渋の決断のもとで分割された三国は、再びひとつとなった。
事前に相談を受けた際、連邦の宗主国としての立場を示された時は流石に引いてしまったが……。
これも帝国から寛大な処分を受けるための『政治上の話』と考え、渋々了承した。
形だけの宗主国であること、それだけは念を押して……。
この戴冠式に先立ち、戦後賠償などの協議を進める中で、カイン王国を取りまとめてくれていたアリシア殿下も呼び寄せ、クラージュ王に紹介しておいたのは言うまでもない。
この二人が結ばれれば……、そんな俺の政治的な思惑もあったが、対面した二人を見るとまんざらでもない様子だった。
そう、俺の中では二人に似た人物がそれぞれ居たからだ。
なんとなくだけど……、うまく行きそうな思いもあった。
そうなれば後日、かつては三つに分かれていたディバイド大王の血脈は、そのうち二つが一つになり古の血統に戻ることになるだろう。
そんな確信を抱きつつ、俺たち遠征軍は凱旋の途に就いた。
もちろん、従軍した一万の捕虜は新王に手向けとして託したまま……。
ここで世界は新しい形を整え、新たな道を歩み出すことになる。
最後までご覧いただき、誠にありがとうございます。
これで長きに渡った魔王編(動乱)は終了となりますが、補足となる二話ののち新章に入ります。
次回は11/29『帝都での異変』を投稿予定です。
どうぞよろしくお願いいたします。




