特別篇 国土解放に向けた戦い③ アリシア王女の戦い
小説第六巻、本日発売です!
どうかよろしくお願いします。
タクヒールらが軍の大半を率いてヴィレ王国方面に進出した直後より、カイン王国の王都ではこの機会とばかりに蠢動を始めた勢力があった。
もちろんそれを主導していたのは、前夜に企みをこっぴどく袖にされたカイン王国の大商人たちで、彼らはまだ邪な企みを諦めていなかった。
そんな彼らも、意のままに操る神輿として担ぎ上げた『王位継承者』よりも、更に上位の継承者が生存し、タクヒールらと既に今後の話を済ませていることは知らない。
そして……、彼らの蒔いた災いの種は王都に広がり始めた。
「イストリアからの侵略者は去ったが、今度は魔境公国が帝国の威を借りて乗り込んできたらしいぞ」
「魔境公国軍は侵略者が奪った俺たちの財貨を横取りし、今度は新たな略奪者として王都を支配するつもりらしいぞ」
「不当な支配に抗議した、カイン王国の王子殿下を牢に繋ぎ、王位継承権を奪って王国支配を進めようとしているらしいぞ」
タクヒールらが出発したと同時に、そのような噂がカイン王国の王都を駆け巡った。
もちろんそれはタクヒールらが講じた領民支援施策が発表される前のことで、この噂を知った残留する関係者たちの頭を悩ませることにもなった。
そんな折にアリシア王女が再び王宮を訪れると、内政を託されたショーンに面会を願い出て来た。
「ショーンさま、突然の面会をお許しいただきありがとうございます。
そして先ずはお詫びさせていただきます。この国の恩人たる皆さまに対し、心無い噂が広まってしまっている事実に私も心を痛めております」
「いえ……、どうか私のことはショーンとお呼びください。私は公王陛下からこの王都の復興を託された一介の官吏に過ぎません。アリシア殿下にはお気遣いなさらぬように。
それにしてもよくご存じですね」
その言葉にアリシア王女は一礼すると顔を上げた。
そこには得も知れない品格を備え、微笑を浮かべる王女としての顔があった。
「ありがとうございます。ですが私は公王陛下によって救われた身ですわ。ショーンさまは陛下の代理人、それは私にとって陛下と同様です。
私も昨夜の失礼な出来事は存じております。噂の出どころもおそらく彼らの意趣返しかと……」
「なるほど、それに対し我らはどう動くべきでしょうか?」
「もしよろしければ、この件について私にお任せいただけませんか?
これはカイン王国が長年育んできた悪弊、この国が亡ぶ遠因ともなったことで、新たな統治者には不必要なものです。亡くなった父たちを貶めることにはなりますが、この幕引きを務めるのも生き残った王族として私の責務と考えています」
そう言うと気品あるあどけない少女には似合わない、覚悟を決めた毅然とした表情となった。
その迫力にら、思わずショーンすら戸惑うほどに……。
そのあと二人は幾つかの打ち合わせを行い、『その時』に向けて準備を始めた。
※
その日の午前中、敢えて王宮の広間ではなく王都の商業地区にある広場の一角にて、『重大な発表』が行われるとの通達が発せられた。
それに合わせ広場には様々な思惑を持つ者たちが集まり、その一部は悪意の爪を研いで発表の時を待っていた。
もちろん集まった人々の大半は噂を真に受けた領民たちで、明日の暮らしすらままならない境遇に激発寸前だったのは言うまでもない。
そして……、待ち構える群衆の前にショーンが現れ、広場を見下ろすバルコニーに立った。
「カイン王国の民たちよ、これから改めて我らの主であるウエストライツ魔境公国公王、タクヒール陛下より託された言葉を伝えたい。
暴虐なる侵略者は既に討ち滅ぼされ、君たちには安寧が訪れた。これからはどうか悲しみを乗り越え、復興に向けて前を見ながら進んでほしい」
ショーンの言葉に対し群衆の目は冷ややかだった。
中にはブーイングに似た声を上げる者たちまで存在した。
「今後カイン王国は復興の道を歩むことになる。
分裂した三国は統一されたのちに新たな王を迎え、
力を結集した三国は古の強国と違わぬ、豊かで力強い国となって発展するだろう。
それに対し我々も援助の手を惜しまないつもりだ」
ここまでショーンが話すと、各所で我こそは領民の代表と自称する者たちが声を上げ始めた。
「なら奴らが奪った俺たちの財産を直ちに返してくれよ!」
「結局は公国が俺たちを支配することに変わりないんだろうが!」
「侵略者が何を言うか! 王位を継承されるはずの王子殿下を牢に繋いだくせに!」
口々に罵る声が聞こえたがショーンは構わず続けた。
これも事前に予め想定されていたことだからだ。
「我々が奪還した財貨は奪われた全てではない。皆の境遇は理解しているが、各位が申し出る通りに返還することはできないことは理解してもらいたい。
全ては新しい王に託し、この国の未来を……」
「そんなのまやかしだろうが!」
「俺たちを騙す気かよ!」
「結局は盗人と同じじゃねぇか!」
「返してよ! 私たちは明日の暮らしもままならないのよ!」
「俺は聞いたぞ、戦場で容赦なく敵兵を殺しまくる魔王の話しを!」
「魔王は出て行った、ならば下っ端のお前も今すぐ出ていけっ!」
ショーンの言葉は騒ぎ出した民衆の声によって途中でかき消された。
もちろん、たった一人の声が数百人もの民衆の上げる抗議の声に敵うわけもない。
王都に残ったショーン配下の兵は少なく、ショーン自身も代理人に過ぎないことが、一層彼らを遠慮なく声を上げていた要因のひとつでもあった。
「「「「出ていけ! そして奪った物を返せっ!」」」」
この大合唱が広場を包んだ時、ショーンの傍らに一人の少女が姿を現した。
「落ち着きなさい! 誰にものを言っているのですか?
貴方たちは抗議の言葉を上げる相手を間違えています」
大きく叫んだ訳でもない。
冷静に淡々と発っせられた言葉だが、透き通るような声は広場全体に響き渡った。
これはタクヒールがショーンに『援軍』として残した秘策、音魔法士による拡声だったが、人々はそれを知る由もない。
そもそも商人たちの一件を受け、タクヒールは自身が去った後のことを憂いていた。
そこでショーンに三つの策を授けていた。
ひとつ、救済施策は過去の弊害でしかない大商人たちを相手にせず、民衆に直接語りかけること。
ひとつ、彼らの声の大きさ(人海戦術)に対抗するため、従軍した音魔法士の一人を預けること。
ひとつ、王都の治安回復や民衆の抑えには、アリシア王女から協力を得られるよう手配していること。
これらの策が効果を見せていた。
「姫様?」
「まさか……、生きておらてたのか?」
「本当に、アリシア殿下が?」
「生きていらっしゃった! 姫さま万歳っ!」
その姿、声を聞いた人々は口々に声を上げ始めた。
群衆の中には彼女と共に戦い、王都が陥落した後、彼女の身を按じていた者も少なくない。
「先ずは皆さまに二つのことをお伝えし、王家を代表する者としてお詫びしなければなりません。
そもそもの発端はカイン王国が自らの欲に走り、他国を侵略したのちに敗北したことに始まります。
先日まで私たちが受けた苦しみを、実は加害者として他国の人々に与えていたのです!」
「「「「「そんな……」」」」」
鎮痛な表情です語る王女に、民衆は驚愕した様子で息を呑んだ。
自国が侵略のため兵を派遣していたことについて、民衆は多くを知らされていない。
「もちろんこれは、皆さまではなく王家が背負う罪であり、この先で私も償っていく予定です。
ですが……」
ここでアリシア王女は前を見据え、民衆たちを見回した。
そして一拍間をおいて、ゆっくりと話し始めた。
「ウエストライツ魔境公国の公王陛下や兵士の皆さまは、侵略を行い敗戦した私たちをの国を救うため、敵国であった私たちを侵略者から解放するために命を賭して戦ってくれているのです。
これを感謝しなければ、人として大事なものを失うことにはなりませんか?」
「だか、結局は我々の財貨を奪っているではないか!
これでは解放軍ではなく侵略者だろう!」
「「「「そうだ!」」」」
一人の男がそう言うと、その声を上げた男に同調する声が湧き起こった。
だが、アリシア王女は彼らを真っ直ぐに見つめ、胸を張って毅然と反論した。
「それは違います! 公王陛下はこうも仰っていました。『奪い返した財貨は一切接収しないので、国の復興や民の生活を守るために使ってほしい』と。
そのお言葉を知っている私は、皆さまの言葉を聞き真実を告げずにはいられませんでした」
「だが、奪われた物は返ってこないのではないか!
ならばイストリアの奴らと何ら変わらないではないか!」
「「「「結局奴らも略奪者じゃねぇか!」」」」
「貴方が何を指して、誰の言葉を受けてそう仰るのかは知りませんが、そもそも私たちは命を救われたのです。貴方は命より財貨が惜しいのですか?
命の恩人に対し感謝の言葉すらなく、そのような失礼なことを仰るのですか?」
「……」
その言葉に今度は別の男が声を上げた。
「財貨を全て返してくれれば、礼など幾らでも言ってやるさ! 俺たちは明日の暮らしすらままならないのだぞ!」
「貴方は順序を履き違えていませんか?
今の言葉、侵略者に同じことが言えたのですか? ここにいらっしゃるショーンさまは、公王陛下の意を受けて皆さんを救済するためのお話をされようとしていました。それを妨げておいて、自身の欲求だけを主張されるのですか?」
「……」
返答に窮した男に代わり、更に新たな男が声を上げた。
「だが、監禁された王族はどうなる?
財貨を取り戻しかつての王国を復興しようとされたお方を牢に入れたのだぞ!
正統な王位継承者を廃して意のままに従う者を立てただけではないのか?」
その言葉を受け、アリシア王女は不敵な笑みを浮かべた。
「貴方は誰の言葉を代弁しているのですか?
どこでその話を聞いたのか知りませんが、そもそもの前提が間違っていることに気付かないのですか?」
ここでショーンが割って入った。
アリシア王女の言葉を補足するために。
「アリシア殿下は、公王陛下の元を訪れられた時、祖国を解放してくれたことに礼を述べられ、同時に侵略者として王家の罪を背負う代わりに、民衆には慈悲ある振る舞いを願い出られた」
今度はショーンの言葉も魔法で拡声されており、集まった群衆にも大きく響き渡っていた。
そのため、各所で湧き上がった反論も声の大きさで押しつぶされている。
「だが収監された無礼者は、第五位の王位継承権を持つアリシア殿下を差し置き、第十三位の継承権しかない身で王位を要求した。あまつさえ奪還された全ての財貨を我が物としようとしたのだ。
誰が正統な王位継承者であり、誰が一番に民のことを考え、誰が不敬で私利私欲に走った愚か者なのか、明らかな話ではないか?」
「私は王族の一人として、王家の恥を晒さなければなりません。そもそも我が国が侵略に走ったのも、利を得ようとする王家と商人が結託した結果です。
王家といえど大商人の意向は無視できない、この国はそこまで歪んでいました」
「「「それは違う!」」」
指摘された商人たちの意を受けた者たちが一斉に騒ぎ出したが、アリシア王女は意に介することなく言葉を続けた。
「この国は、国王といえど大商人の意向は無視できないほど歪んでいました。今もあらぬ噂と人手を使い、恩人たる公王陛下を貶めている事実を見ても明らかです」
そう言うと民衆たちは、これまで率先して大きな声を上げていた者たちを見た。
先程までとは違い、猜疑を持った視線で……。
「商人たちは皆さまが当面暮らして行けるよう、支援するための資金を分配しようとした公王さまの方針に異を唱え、奪還できた財貨は自分たちが預かると主張し、救済のための『配布』ではなく、自身らが『貸し付け』を行うと言って来ました。
皆さまもこの違いは理解できますよね?」
「俺たちが聞いた話と全然違うじゃねぇか!」
「配られるのと貸し付けとは大違いだよ」
「やつら……、こんな時にも商売優先なのかよ」
「彼らの私利私欲に走った行動を制し、民の暮らしを優先させようとする公王陛下の施策を妨害するため、悪意ある噂が彼らによって流されたこと、どうかそれを理解ください」
「そうだったのか?」
「私たちは騙されていたの?」
「そもそも変な話だと思ったんだよ」
人々は口々に王女の言葉に応じて同調し声を上げ始めたが、これまで反論していた者たちには密かに新たな指示が飛んだ。
「皆さまの味方は誰であるか、どうかそれを忘れないでください。受けた恩を感謝する気持ちを忘れないでください。邪な言葉で彩られた悪意ある噂に踊らされないでください」
「横暴だ!」
「王女は国を売った!」
「それこそが悪意ある暴言だ!」
「王女は正気を逸している!」
「同調している奴らは皆、祖国を売った裏切り者だ!」
指示に応じた男たちは、各所で一斉に声を荒げて糾弾を始めた。
だが……、それに対してもアリシア王女は動揺することなく、男たちに憐憫の視線を投げかけた。
「貴方たちは誰かの指示でそう言っているのですか?
そう言わざるを得ない状況に追い込まれているのでしょう。ですが、本当にそれで良いのですか?
家族を、愛する者たちを守ってくれたのはイストリアからの侵略者ですか? それとも、敵対していたにも関わらず救いの手を差し伸べてくれたお方ですか?」
「そうだ! アリシア殿下は俺たちと共に最後まで戦ってくれた! 見捨てて逃げた他の王族や、ずっと隠れてばかりいた卑怯者ではない」
「殿下は最後まで俺たちを見捨てなかった。みんな、誰の言葉が正しいか、よく考えろ!」
「アタシは殿下の言葉を信じるよ、人として大事なものを失っちゃいないからね」
そう言った声が徐々に広がり、反論する男たちを圧倒し始めた。
「皆さん、勇気あるお言葉をありがとうございます。
改めて感謝いたします。そして、今の時点で私たちができる最善のこと、それをショーンさまよりお伝えします。どうか私たちを信じ、復興と新たな国づくりに協力してください。
王位継承者として、私は王家の財宝を投じて復興や人々の生活を支えるために使用するとお約束します」
「アリシア殿下に感謝を!」
「殿下万歳っ!」
「新たな女王陛下に!」
「私たちは殿下を信じております!」
民衆たちが大歓声で応えるなか、その後にショーンが提示した支援策も領民たちに好意的に受け止められた。
冷静になった彼らは、それらが『出来うる最善策』であることを、ちゃんと理解できたからだ。
この日よりカイン王国の王都は一つにまとまり、不穏な噂を流して民衆を煽動していた四人の大商人たち、カイン王国を影で支配していた者たちは信用を失って失脚し、それに続く立場であった大手商会もみな、反発する術を失い鳴りをひそめた。
ここにカイン王国を牛耳っていた悪弊は廃され、新たな統治を受け入れる土壌は整った。
そして後日、統一された三国の新たな王を迎えることになるが、その時にはアリシア王女を首班とするカイン王国の協力体制は整っていた。
それを支えたショーンを始めカイン王国の兵たち、旧弊に辟易としていた文官たちの活躍もあり、その後の統一が滞りなく行われたのは言うまでもない。
遂に本日、六巻発売です!
ここまで至れたこと、応援していただいた皆さまのお陰と、深く、そして改めて御礼申し上げます。
六巻の詳しい内容については、改めて活動報告でもお知らせいたしますが、書籍版をより楽しんでいただけるよう今回から新しい取り組みも始めました!
既に七巻の作成も進んでおり、年明け早々(もしかしたら年内?)には『発売日のお知らせ』などもできるかと思います。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
次回からは通常投稿に戻り、11/22【新たな盟邦国】をお届けします。




