特別篇 国土解放に向けた戦い② クラージュ王の決断
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ゴルドと別れて王都を出発したクラージュ王率いる歩兵部隊は、その日のうちに王都から最も近い位置の国境から侵攻し、橋頭保を築いていたイストリア正統教国軍の陣地に襲い掛かった。
ただ不思議なことに、イストリア正統教国軍の将兵は襲撃される直前まで敵軍の接近を理解していなかった。
「ふっ、元より我が国も友軍と思い込んでいた相手より奇襲を受け、容易く敗れ去ったからな。
これも意趣返しというものよ」
そう呟いたクラージュ王は、王都を奪還した際に奪った旗指物を並べ、前列の兵たちは兵装すら敵軍から奪った物を使用して偽装させていたからだ。
そもそも破竹の快進撃で隣国を攻め滅ぼしたと思い、油断していたイストリア兵たちは大いに混乱していた。
「卑怯な侵略者共を一気に国境の向こうまで押し返せ!」
クラージュ王の指示を受けるまでもなく、リュート王国の兵たちは容赦なく苛烈な攻撃を加えた。
彼らは一様に、敵軍の卑怯なやり口と王都や国土を蹂躙されたことで、怒りに燃えていたのだから無理もない。
リュート王国軍の攻勢に対し、侵攻軍はさしたる抵抗もなく一気に崩れ始めていた。
今回の四カ国遠征に際し、イストリア正統教国は無理をして二万もの遠征軍を組織し、新たな展開によってカストロは更なる増援を組織し送り出したものの、送り込んだ兵たちは正規兵と言っても『にわか』の者たちが多く、練度や士気で大きく劣っていた。
そんな彼らは火事場泥棒のような形でこれまで勝利し、進駐して来たために慢心と油断に満ちていた。
「ど、どうして敵軍が我らを……」
驚愕の余り言葉を失ったのは、この方面に進出した部隊を率いる指揮官で、彼はカストロによって司令官に任じられた大司教の一人であった。
元より安全な占領地の統治と略奪を進めるべく派遣されていたため、彼には戦いの経験はない。
目の前の状況に対処する術もなく、ただ呆然としていた。
「だめです! 敵軍は我らの倍以上、持ちこたえれませんっ! ご指示を!」
「なっ! そ……、そんな話は聞いておらんぞ!」
兵の報告に狼狽した彼は、指揮官である立場すら投げうって我先に逃げ出した。
そうなると『にわか』であった兵たちも彼の背を追って潰走を始めた。
その様子を見たクラージュ王は、更に全軍を鼓舞した。
「奴らは碌に戦えん! このまま敵兵を追い落し、二度と我らの祖国を踏みにじらぬよう思い知らせろ!」
勢いに乗ったリュート王国軍は敵軍の築いた拠点を奪還すると、そのまま国境に設けられた要衝まで奪還してイストリア正統教国領、南四郡の一郡に侵入したところで停止し、敵軍の反撃に備え陣を張った。
「陛下、ここからだと敵国の首都トライアは目と鼻の先、このまま勢いに乗じて攻め込み敵軍の首都を攻め落として溜飲を下げましょうぞ!」
この配下の進言にクラージュ王は無言で首を振った。
そして兵たちに諭すように語りかけた。
「我らが勢いに乗じて攻め込めば、簡単にトライアを陥落させることはできるかもしれん。
奴らは無理な派兵をして我らの犯した轍を踏んでいるからな。だがそれは……、我らの報復に過ぎん。
優先すべきは恩義に応えること、恩人の期待に応え友軍の負担を少しでも減らすこと、それこそが我らの進む道だ!」
そう言われると復讐心に燃える兵たちも沈黙せざるを得なかった。
本来であれば彼ら自身も虜囚として獄につながれ……、いや、戦った相手が魔境公国でなければ命すら永らえていない可能性もあったからだ。
「トライア方面には偵察部隊を残し、我らはこのまま敵国領内を北東に進み、中央部に進出した敵軍の後ろに出る! 奴らの退路を遮断したうえで一気に敵軍を殲滅し祖国を開放するぞ!」
「「「「「応っ!」」」」」
その指示に従い、リュート王国軍は整然とイストリア正統教国領を北東に向かって移動を始めた。
だが……、この時のクラージュ王の決断は予想外の結果をもたらすことになる。
※
リュート王国軍五千が正統教国領内を進軍していたころ、トライアは大混乱となっていた。
先の戦いで真っ先に逃げ出した大司教と、彼に続く僅かな兵がほうほうの体で逃げ戻ってきたからだ。
「ど、どういうことだ? そんな馬鹿な話があるか!」
カストロが驚くのは無理もない。
これまでの報告によるとリュグナーらが率いる派遣軍は、ヴィレ王国の王都を電光石火で陥落させ、余勢をかってリュート王国の王都も陥し、続いてカイン王国を占領すべく動いていると聞いていたからだ。
しかも、彼らの増援として送った四千名に加え、新たに取り込んだ聖教騎士団七千名も厄介払いを兼ねて送り出している。
そうなれば少なくとも三万以上の兵力が三国を席巻しており、それ故に安心してトライアを空にしてまで新領地の統治を進めるため、六千の兵を三方向から分散して送り出していたのだから。
「リュグナーやアゼルは何をしているのだ! 聖教騎士団はどこをほっつき歩いているのだ!
リュート王国の王都には五千の守備兵が居るはずだろうが!」
正直言って訳の分からない話ばかりだった。
だが……、面罵された大司教は全身を汗に濡らしながらおずおずと答えた。
「恐れながら……、我らは一万以上敵軍に奇襲され多勢に無勢、為す術がありませんでした。
おそらく敵軍は想像以上の軍を擁し、本格的な反攻に出ているのではないかと……」
「馬鹿な……」
仮にそれが事実であれば、トライアには僅か千名にも満たない戦力しか残っていない。
残りは全て侵攻した三国に送っているか、イストリア皇王国との最前線に張り付けている。
そもそも報告した大司教自身、自身の失態を隠すために敵の兵力を大きく盛っていたが、それを他の者が知る由もない。
呆然とするカストロに新たな凶報が舞い込んできた。
「南四郡に侵入した敵軍は北に軍を転じております! もしや……、我らの退路を完全に絶つつもりではありませんか?」
「!!!」
そうなれば逃げ場を完全に塞がれて包囲され、少数の兵士しかいないトライアはもはや陥落したも同然となる。
カストロはその恐怖に打ちひしがれた。
「猊下、一時的な措置として先に占領したイスラまで御在所を移されてはいかがでしょうか?
幸いなことにイスラは皇王国との最前線、我らの兵も駐留しておりリュート王国とも国境を接しておりません」
大司教の言う通り、最近になってイストリア皇王国の教皇は身の危険を感じ、イスラを捨てて北三郡に逃げ出しており、中央四郡も全てイストリア正統教国の支配下となっていた。
「しかし……、遠征した軍の状況も不明のなか、トライアを捨てて逃げよと言うのか?」
「逃げるのではございません。そもそもイスラは長年に渡り皇王国の王都であり教会にとっても欠かせない街です。より格式の高い街に遷都されるだけのことです。
遠征軍が無事であれば改めてトライアの奪還を命じれば済むことです」
その言葉を受けてカストロは自身を納得させた。
たとえ遠征軍が健在であっても、今トライアを襲われては自身に危険が及び命の保証はない。
そうなれば自身が戦いの贄となり、最も嘲笑を買う道化となってしまう。
「た、直ちに遷都を行う! 動くものは少数で良い、急ぎ財貨を荷駄に積み込み最も西側の街道を抜けてイスラを目指すぞ!」
この指示のもと、事情を知る教会上層部とトライアを守る兵たちの大半が密かに街を捨ててイスラへと落ち延びていった。
そして……、クラージュ王が意図していなかった形で、イストリア正統教国の南四群は空白地帯になった。
※
一方、敵国の事情を知らぬリュート王国軍は夕闇迫る中で敵国の領地を駆け抜けていた。
国境線に隣接する敵領地は、長年の諜報活動により彼らも地勢を把握しており、速やかな進軍を支えたのは言うまでもない。
日が落ちると野営し、漆黒の空が白み始めた黎明に再び移動を開始していた。
そして移動すること半日、彼らは遂に中央部に進出した敵軍の後方に躍り出た。
この方面に展開していた正統教国の兵たちもまた『にわか』であり、そのことが軍律に縛られず近隣の村々で非道の限りを尽くす結果ともなっていた。
「奴らは既に近隣の村々を荒らし、その無慈悲な所業は野盗の類に等しい。
我らは奴らを殲滅し、辛酸を舐めていた民を開放するのだ。全軍、突撃っ!」
「「「「「応っ!」」」」」
新王の号令一下、ここでもまた容赦のない一方的な戦いが繰り広げられたことは言うまでもない。
結果としてクラージュ王率いる部隊は、二方面から侵入した敵軍を撃破し、国境を越えた先のイストリア正統教国側に橋頭保を築き、今後の反撃に備えつつ物見による情報を収集し始めた。
※
そして更に翌日、最北に侵入した敵軍を撃破したゴルドの部隊と合流する。
その際ゴルドは、新王から聞かされた戦果に唖然となった。
「いやはや……、歩兵ばかりを率いられていたにも関わらず、陛下の神速の用兵には驚きを隠せませんな。
我らに先んじて中央から侵入した敵も撃破されているとは、思ってもいませんでしたよ」
「いや、敵軍も油断していたし兵たちの練度は低く統制された動きもできていなかったのでな。
長年に渡り我らと相対していた本来の正規軍とは、実力が掛け離れていたと言わざるを得ないよ」
そう言って謙遜してはいたが、歩兵だけで短期間に数十キルを移動し連戦連勝したことは、ゴルドにとっても驚くべきことだった。
自身の主君以外に、このような離れ業をやってのける将がいたとは思ってもみなかったからだ。
「ところでゴルド将軍、我らは防衛の都合上で敵国の一郡を占拠し周辺の動きを調査しているのだが……、どうやら不可解な動きがあってな」
「不可解……、ですか?」
それは新王が転戦するにあたり、トライア方面の諜報に残して来た部隊からの報告によるものだった。
「どうやら敵軍の首魁は、トライアを守り難しと判断したのか、街を捨てイスラに逃げ込んだようだ。
兵たちも殆どがそれに付き従い、今や南四郡は空白地帯となっているようだ」
「何と!」
ゴルドは予想外の状況に唖然としたが、よくよく地勢を見ると無理もない話であった。
「なるほど……、彼らは身の丈に合わない出兵を強行した結果、本拠地すら守れない状況となった訳ですな。
であれば陛下は、空き家となった南四郡を接収すべきかと考えます」
「我らは公王陛下によって救われた身だ。援軍いただいた身で敵国を侵略し、新たに領土を得るなど少々身勝手すぎると思っているのだが……」
その気持ちはゴルドにも十分に理解できた。
だがゴルドは、ある考えの下で敢えて『差し出がましい』進言をすることを決めた。
「侵略ではなく接収であれば問題ないのではありませんか? 仮に戦後交渉が持たれた際に取引条件とすべく領土を確保する、そう思えばよろしいかと」
「なるほど! これもまた公王陛下に献上する領土、そのために接収すれば良いと言うことか。
ならば南四郡と中央四群の境に兵を展開させるとしよう。いずれは魔境公国領としていただくために」
「……」
新王の決断はありがたいものだったが、ゴルド自身はそういった未来にならないだろうと考えていた。
彼は独自に、最善の未来を考え主君に進言する内容を心に秘めていた。
そしてその結果は、間もなく明らかになる。
タクヒールらが侵略軍を全て打ち破り、リュート王国へと凱旋する日に……。
六巻発売まであと一日!
いつもこの時期になるとドキドキが止まりません。
六巻も、これまで応援いただいた皆さまに感謝の気持ちを込め、原作の全ページを書き直す勢いで制作にあたりました。
原作をご存じの方も書籍版との違い、新たに深堀りされた内容や今後登場する人物の伏線など、新しい発見があるように書き下ろしたつもりです。
書籍版の応援もどうぞよろしくお願いいたします。
また、前書きに記載させていただいた通り、六巻の特典SSについて情報を活動報告に掲載しています。
良かったらぜひご覧ください。
明日は特別篇③ アリシア王女の戦い をお届けします。




