第四十一話(カイル歴504年:11歳)テイグーン開拓地での作戦②
「予てより願い出ていた開拓地への視察を許可する」
夏の終わりになって、やっとテイグーン開拓地への視察の許可が両親から下りた。
「視察団は家宰が団長として率いるものとする。
護衛は鉄騎兵団の演習も兼ねて、ダレク率いる50騎。
テイグーンに戻る双頭の鷹傭兵団、以上とする」
なるほど、俺にはレイモンドさんが、兄にはヴァイス団長がお目付け役として付く訳か。
まぁ俺としては実にありがたい布陣だけど、家宰が俺の顔を見て笑ったので、きっと彼が上手くやってくれたのだろう。いつも、本当にありがたい。
その他、俺に同行するのはアンと9人の魔法士たち。
そして地魔法士達の教師役でもあるサラの計11人。
視察団の目的は、テイグーン入植地の都市計画策定のための現地調査、魔法兵団駐屯予定地の事前調査、芋の生育状況の確認と、試験農場予定地の下見だ。
片道1泊2日、滞在3泊、帰路1泊2日で、都合6日間の視察旅行となる。
今まで待ちかねていた決定とあって、許可が下りた後、程なくして俺たちは出発した。
魔法士たちは全員が毎週行われている鍛錬で、騎馬による移動もすっかり慣れている。
とは言え、春にあったような盗賊の襲撃、珍しいが魔物に出くわす可能性もある。
この世界の旅は決して気を抜いてよい安全なものではないので、誰もが緊張していた。
テイグーン山に向かうには、エストの街から南に進み、オルグ河を渡る。
前年の洪水で流された橋は、既に復旧しており、新しい橋が架かっている。
橋を越え、村をいくつか抜けると、今は最果ての町と呼ばれている、フランに着く。
最果ての町、この名称は遠くない先、返上してもらう事になる。テイグーンがそれに代わるからだ。
フランはエストール領南西の端にある鉱山、そこで産する鉱物の受け入れ、鉱山に輸送する物資送り出しと、流通の中継基地として発展した。
この町の特徴はそれだけではない。
人口800人程度の小さな町だが、荒々しい喧騒と活気に満ちている。
鉱山関係者が娑婆と別れを告げる町、そして娑婆の空気を再び味わう町としても存在価値を示している。鉱夫などの鉱山関係者が夜の町目当てにやって来てはお金を落とす。
そんな町であるため、夜は非常に賑わい酒場も多く、娼館もいくつかある。
鉱山で働く男たちにとっては、無くてはならない場所だった。
俺も当然、社会勉強を兼ね、夜の町を見学……
「タクヒールさま、フランでは夜間の外出は奥さまより禁じられております。お部屋にお戻りください」
同行した女性たちにしっかり見張られていた。
「いや、今後テイグーンにもこういった施設は必要かなと……、ちょっと調査に……」
いつもは味方のアンもここだけは譲らなかった。
諦めてすごすごと部屋に戻る俺にそっと……
「もう少し、ご成長なさったら私がご案内します」
こっそり耳打ちされた。
でも、その気遣いが余計に痛かった。
フランで一泊したあと、早朝に出発する事になった。
兵士の中には、早朝で足元のおぼつかない者も居た。
「キミタチ、サクヤハ、オタノシミデシタネ?」
俺は無意識に行軍の速度を上げてしまっていた。
これぐらいの悪戯は許されるよね? きっと。
フランを出てからは、鉱山に向かう街道を外れ、草原や小高い丘を縫って小道を進む。
向かう方面には、街道もなく、縦列での行進が続く。
そしてテイグーン山に近づくと、景色は一変する。
なだらかな緑の草原地帯から、岩石地帯へ、小道は更に細く、そこら中で岩が剥き出しになっている。
ここを移動した入植者たちには迷惑をかけたかな……
改めてちょっと罪の意識にさいなまれた。
テイグーン山の裾野に入り、最後の隘路は道幅も狭く、片側は断崖となり深い谷底へと繋がっている。
道から転落すれば、二度と這い上がることはできないだろう。
日が中天に差し掛かる頃、一行は目的地の入り口に到着した。
<テイグーン山>
テイグーン山は、エストール領最南東に位置し、東の裾野は隣領とも接し、南側は国境を遮る大山脈の麓に広がる魔境にも非常に近い。
三方を断崖絶壁に囲まれ、西側の中腹のみ平地があり、平地の両端は絶壁と深い峡谷に挟まれて極端に狭い。
唯一の通行可能な通路は回廊と呼ばれる細く蛇行する隘路のみで、中腹の平地からは、この隘路を通る以外で出る事は不可能。
そのため、回廊の両端を押さえれば、難攻不落で天然の要害となり、古くから魔境に出入りする者が、安全地帯として利用していた。
難点は、不便な最辺境の地で、物資は不足がちで輸送は困難であること、土壌は穀物等の栽培に不向きで、自給自足ができないことだ。
そのため、定住する者は非常に少なく、商店以外の産業はない。
「懐かしいなぁ……」
「???」
しまった!思わず心に思った事を呟いてしまった。
【前回の歴史】では、俺は男爵領を引き継いだあと、テイグーン山に何度か訪れた事があった。
そして、今から5年後に疫病が発生、テイグーンからエストール領全土に広がった災厄が襲う。
疫病の猛威で一時は無人となってしまった場所。
その後、俺が18歳の時に、テイグーン山北西、フラン側の麓にて、有望な鉱山が発見された。
その後、鉱物の集積地として、鉱夫の休息地として急激に発展し、最大200人程度が移り住んでいたのだ。
そして20歳の時、不意をついて魔境側からテイグーン山に侵攻したグリフォニア帝国軍に敗れ、占領され彼らの拠点となる。
「あ、いや、ここって初めて来たのに何故か【懐かしさ】を感じる不思議な場所だなぁと」
「そうですね、この荒涼とした風景がそう感じさせるのかも知れませんね」
……、なんとか、誤魔化した。
レイモンドさんの合いの手に助けられた。
俺たちは、曲がりくねった回廊の隘路を抜け、開拓地へと歩みを速めていった。
「おおっ!」
テイグーン山の中腹にある入植地に着いたとき、思わず声を上げてしまった。
【前回の歴史】で見た街並み、風景とあまりにも違うからだ。
俺の記憶は、雑多な街並みが不規則に立ち並び、言葉は悪いが場末の町、そんな印象だった。
目の前に広がる光景は、整然と区画整理され(殆どが建設予定地で空き地ではあるが……)、既に立ち並ぶ街並みは、整然とし、きちんと計画されている。
これから都市計画を策定し、改めて町を作り直す予定だが、仮の街並みでも住む人間の利便性を考え、計画性を持った町造りが行われていた。
これは、町の開発がレイモンドさんの指示で行われたこと、現地のミザリーさんが遺憾なくその力を発揮した結果だと、見るだけで理解できた。
「ダレクさま、タクヒールさま、レイモンドさま、皆さまようこそお越しくださいました。ご来訪を心待ちにしておりました」
町の入り口に立ち一行を待ち構えていた女性、【今回の世界】では数か月前に出会ったミザリーさんだ。
「ミザリーさん、3日間よろしく。今まで具体的な開発案を提示できていない中、ここまでありがとうございます。今回の視察で全てを具体化していきますので、宜しくお願いします」
「では兄さま、団長、我々はこちらで失礼します」
「ああ、魔境での話を戻ったら聞かせてあげるよ」
「私もダレクさまと同行しますので、失礼します」
これから魔境へ演習に向かう兄一行、護衛役のヴァイス団長一行と別れ、俺達は町の行政府に向かった。
腰を落ち着けると早々に、ミザリーさんからの現状報告を全員揃って受けた。
先ずは情報を全員が共有し、その後にそれぞれの担当に分かれる予定だ。
冒頭、サラと魔法士達にも以前ミザリーさんに説明した構想を共有した。
まぁ皆最初は余りの大風呂敷にポカーンと口を開けていたけど。
「俺はこの町を、自分たちが住む理想の町にしたい。
魔法士たちの暮らす町。領民にも安全で、安心して住める町、その為に皆の協力をお願いしたい」
話が進むうちに、全員の目の輝きが変わってきた。
特に乗り気だったのが、都市計画、建設知識を学んでいる、エラン、メアリー、サシャ、内政を学んでいるクレアとカーリーンだった。
続いてミザリーさんからの現状報告が続く。
「まず水の確保ですが、平地部分の高い位置に湧水があり、水源となり得ますが、人口規模が大きくなると、追加で井戸の確保が必要です。ただ課題も多くあります」
・湧水や井戸では、農業用水や下水を賄える量はない
・数か所に溜池を設置し雪解け水や雨水の確保が必要
・上水として井戸の探索、確保に現在は苦慮している
・平地の斜面を活用し、峡谷までの下水道は設置可能
・今後は大規模な下水工事と、汚水対策の検討が必要
「農作物については、芋は試験栽培中ですが、幾つかの品種は順調に生育中です。いただいた種芋の
中には定着しなかったり、生育が悪い品種もありますが、土壌と水の問題が解決すれば広い耕作地も確保できると思います」
・収穫が安定しない内は、500人規模の定住も厳しい
・山は花の種類も豊富で多くの蜂もおり、養蜂は可能
「防衛については、両端の隘路に堅固な関門を設置すれば防衛拠点化は可能と思います。狭い隘路を上手く活用すれば、難攻不落となりえます。ただ、魔境が近い為、今後は町を城壁で囲むことは絶対必要です。人心安定にも、町の要塞化は必要不可欠と思っています」
・想定規模の工事には相当の費用と人員の確保が必要
・工事には複数の地魔法士や水魔法士の助力が不可欠
「町づくりの計画をどれだけの期間で行うか、費用と人員、特に魔法士の確保が目下の最大の課題です」
最後にこの言葉で締めくくられていた。
深刻な表情のミザリーさんに比べ、ニヤニヤ笑っているレイモンドさん。もしかして彼女にそう発言するよう誘導した?そんな風にも思ってしまった。
ここで俺は、昔テレビで見たIT企業の元社長の台詞、【想定内です】と淡々と言えば良いのかな?
まぁこのネタ、誰も分かる筈がないけどね。
ミザリーさんの的確な分析と、課題対応などの提案、これに対し俺たちのする事は明白だった。
用意された地形図を眺めながら、さすがはミザリーさん、と改めて感心していた。
後はお金と人員をどうするかだけど……
多分何とかなるんじゃないかな。
その後、各担当で、それぞれで現地を見ながら情報を収集、集まった情報をもとにエストの街に戻った後、皆で計画書を作る事を決めた。
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