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【6巻11/15発売】2度目の人生、と思ったら、実は3度目だった。~歴史知識と内政努力で不幸な歴史の改変に挑みます~【コミック2巻発売中】  作者: take4
第十一章 魔王編(動乱の始まり)

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特別編③ もうひとつの戦場(贖罪)

ラーズらに率いられたイストリア正統教国の流民たちは、グリフォニア帝国領の最南端、目の前を川が横切り、その奥の丘がつくる断崖の上にそびえる、クサナギと名付けられた街が望める場所まで辿り着いていた。


そこは平時ならここは『関所』と呼ばれ、ウエストライツ魔境公国に入国するための申請や、IDカードとなるプレートが発行される場所であり、出入りする商人たちで溢れ賑わっていた場所だ。


関所に入るに当たり、一行を率いて街道を進んでいたラーズは先頭へと移動した。

そして……、待ち受けた役人たちの中に、見知った人物を見つけて大いに驚いた。



「お、王妃殿下に謹んでご報告申し上げます。

バウ……、ソリス・フォン・アレクシス総司令官の命を受け、保護した民たちを引率して参りましたぁっ」



少し前ならまだしも、今や小国とはいえ一国の王となったタクヒールやその妻たちと、一介の守備隊長に過ぎないラーズが直接言葉を交わす機会などまずない。


そのため極度に緊張し上擦った声で報告した彼は、思わず総司令官を旧姓で呼びそうになった。

アレクシスはクリシアと結ばれ、ソリス侯爵家の養子に入ったのだから、今の姓はソリスとなる。



「おい、今、王妃さまって言ってなかったか?」

「聞き間違いだろ? 俺にもそう聞こえたけど……」

「いや、有り得ないだろう。王妃様って言えば俺らの国では大司教さまと同等……、こんな場所に居る訳がないだろうが」



その報告の声は先頭を進んでいた民たちにも届き、大きなざわめきが起こっていた。

王妃たる身分の者が、一介の民ですらない敵国の流民である者たちを迎える……、これは祖国では絶対に有り得ないことだったからだ。



「ご苦労様です。皆さまのご活躍も伺っております。そして心中、さぞお辛かったことだとお察しします。ラーズ隊長でしたね、これより引率は私たちが引き継ぎます。

戦況が予断のならない今、護衛の方々は急ぎ原隊に復帰してください。

ただ……、隊長にはお話しを伺いたいこともありますので、クサナギにて少しお時間をいただけますか」



そう言うとユーカは、優しい笑顔で彼らを労らうと共に、ゲイルのことを思い浮かべて少し悲し気な表情を見せた。



「最後尾を除き、集まれる兵は直ちに最前列に集合し整列しろっ!」



ラーズは大慌てで兵たちを前面に並べ整列させた。

そして大きな声を張り上げた。



「王妃殿下たるユーカ様に、礼っ!」



集まった兵たちは驚いて佇まいを正し、一斉に頭を下げた。


それに対し、ユーカは別段咎めることはしなかったが、ただ苦笑していた。

それというのも実は、ラーズは大きな過ちを犯していたからだ。


そもそも彼はこういった場面で兵たちを指揮することに縁がなく、作法すら知らなかった。

それ故に彼の行動がユーカの存在を周囲に知らしめる結果となり、危機管理上でも不適切な対応であり、この場にそぐわない儀礼だったのは言うまでもない。


タクヒール自身、そういった形式に無頓着であり、かつ嫌がっていた。

男爵家の次男坊、更に一般市民であった過去の記憶もあって、気安さが身上であった彼の思いは周囲にも影響を与え、元々は子爵家の養女でしかなかったユーカも似たようなものだった。



「おい! やっぱり王妃様じゃねぇか」

「なんでまたここに?」

「いや……、訳がわかんねぇよ」



民たちの動揺は次々と後列に伝播し、それは瞬く間に広がっていった。



「おい、王妃様がいるらしいぞ?」

「嘘言え! そんな事があるわけないだろ」

「知らねぇよ、前の奴らがそう言ってたし、兵士たちが慌てて飛んでいっただろうが」



その話は民たちの間に驚きを以て広がっていった。

もちろん、その情報を聞き、怪しく目を輝かせた者たちを含めて……



「王妃殿下に復命いたします。総司令官殿の命で護衛の任を受けた我らは、これより直ちに原隊に復帰します。なお各道の駅に所属する兵たちは暫く残留し、クサナギまで同道させていただきます」



ラーズの指示によって、900名の兵たちは関所にて踵を返し、第三軍の陣地へと移動を始めた。

それに合わせて、今度は本来は届くはずのない範囲にまで、良く澄んだ女性の声が響き渡った。



「皆さん、遠路お疲れさまでした。

私はウエストライツ魔境公国の受付所に所属するカミラと申します。

先ずは安心してください。我が国は皆様を迎え、安心して眠れる場所と日々の糧、正当な対価の支払われる仕事を紹介します」



「何だって!」

「嘘だろう?」

「俺たちは敵国の人間だぞ……」

「信じられん話だが……、巫女様の仰っていたことは、本当だったのか?」



驚愕する彼らに、音魔法士を介したカミラの声は更に響く。



「いつとはお約束できませんが、戦いが終わったのち、希望者は祖国にお送りすることも可能です。

今後のお話になりますが、我が国には皆様の同胞である方々が住まわれている街もあり、そちらに移住いただくことも可能です。

皆様を決して悪いようには致しません。なので暫くは不自由な暮らしもご容赦ください」



「おい、本当に悪魔の手先……、の国なんだよな?」

「いや……、話がうま過ぎるんじゃねぇのか?」

「俺は……、もう何が正しいのか分からなくなったぞ」



「私の話を今信じていただかなくても構いません。先ずは私たちが何を考え、しようとしているかを、どうかご自身の目で確かめてください。

今から少し詳しい話を50名ずつに分かれていただいた上で行います。親しい方やご家族がご一緒のかたは今のうちに集まっておいてください」



そんなアナウンスが流れると、先頭から順次50名単位で受付所のスタッフに率いられ、関所の中へと招き入れられていった。

そこで臨時発行されたIDカードのプレートを受け取り簡単な説明を受けた後、各々が移動を開始した。



「だめだ母さん、父さんの姿がどこにも見当たらないよ。

あの時以降、ずっと姿が見えないんだけど、一体どこに行ったんだろう?」



「受付所の人? が言うには、後でまた合流できるそうよ。なので先ずは前に進みましょう」



そんな会話のあと、母親と少年も橋を渡り、丘の上へと続く緩やかな坂道を登り始めた。



数十台の荷馬車に分乗していた老人や女子供、怪我をして迅速な移動が困難な者たちは荷馬車に乗ったまま移動していた。



「おい……、前の奴らの話を聞いたが、この行列の先頭に王妃がいるって話だぞ」



そう言って荷馬車に駆け寄る男がいた。



「なんだと! 願ってもない好機じゃないか。分散して潜んでいる者たちにも順次この荷馬車の周りに集合するよう伝えろ。先に行った奴らは街に着いてからで構わないが、直ぐに体制を整える」



その男の指示があってしばらくすると、彼らが乗った荷馬車の周りには徐々に人が集まり始めていた。



「何人だ?」



「今集まったのは30人前後、他は先に進んでいる」



「では伝令を走らせろ、先に進んだ20名には混乱に乗じて奴らの食糧庫に火を放つようにと。

こちらは10名が弓で王妃を殺す。20名は周囲の兵から武器を奪ったのち流民どもに紛れ込め」



短い指示のあと、ある者はボロボロになった日除けの外套をまさぐり、密かに隠し持っていた匕首の位置を確認し、ある者は荷馬車の中で密かに持ち込んだ折り畳み式の短弓を組み立て、ある者は杖に仕込んでいた短い矢を取り出し、密かに射手に手渡していた。



僕たちは、受付所と呼ばれた組織に所属するお姉さんに案内され、クサナギと呼ばれた街の城門の前を素通りし、そこから暫く街の城壁に沿って歩いた。

そして街の北門と呼ばれた場所を超えた先に築かれた難民キャンプという場所に到着した。


そこで受付所のお姉さんたちが慌ただしく行き交い、何かの確認を行うと今度は、数字の書かれた大きな看板を持って僕たち……、いや、それぞれのグループの前に立った。



「皆さん、今日この日が、皆様にとって安住の地での生活の始まりです。

もう、ただ生き抜くために苦難に打ち勝つことが必要な日々は終わりました。そして……」



今度は大人たちが巫女様と呼んだ人が、皆に響き渡る声で話し始めた。

殆どの大人たちは膝を付いて何かを祈るような姿勢で話を聞いており、誰もが巫女さまの方を向いていた。


僕以外は……。


この時になって僕は、荷馬車の台の上に登って一人だけずっと後ろの方を見回していた。

僕たちは皆のなかで前の方に居る。今なら後ろに居るはずの父さんを見つけられるかも知れない。



そして……、僕は奇妙な一団を見つけた。

彼らは巫女様のお話を聞かず、夢中で話を聞いている人たちの間をすり抜けると、目立たないように徐々にその距離を詰めていた。


その人たちの目は、巫女様とその隣に立っている王妃様らしき人に向き、憎悪溢れる顔で睨みつけていた。



「と、父さん?」



その中心にずっと探していた父さんの顔を見つけた僕は、思わず立ちすくんでしまった。

優しかった父さんの顔は醜悪に歪み、まるで別人のようだったからだ。


そして父さんを始め、その集団の真ん中いた人たちは弓を持ち、矢を引き絞り始めた!



『ダメだ!』



僕は一瞬で何かを悟り、無意識に巫女様の方へ走り出した。

それと同時に、大きな声で叫んだ。



「危ないっ!」



この日ユーカは、レイモンドから指摘を受けたこともあって、常に警戒を怠らなかった。

ましてラーズが、自身の存在を大々的に喧伝してしまったから尚更だった。


そんな彼女が、自分たちに向かって走り寄る少年の姿を認め、彼が叫ぶのと同時に、常に発動準備をしていた風魔法の風壁を周囲に展開させた。



「あっ!」



短い悲鳴を残して少年は倒れ込んだ。

矢の射線上に飛び出した彼の背には、一本の矢が深々と突き立っていた。


それ以外の矢は、少年ではなくユーカに向かって突き進んだが、彼女の展開した風壁によって威力を失い足元にパラパラと落ちていた。



「ちっ、仕方ない。全員で奴を仕留めろ!」



号令により襲撃者たちは一斉に駆け出し、ユーカたちに迫った。


また矢が放たれると同時に、一瞬固まってしまった周りに展開していた兵たちも、側に居た男たちによって突き倒されて剣を奪われていた。

彼らもまた四方からユーカらに迫った。



「ユーカさまを守れ!」



そう叫んだラーズらも、彼らの前に立ちはだかった。



「何だ?」

「ひぃっ!」

「た、助けてっ!」



突然の襲撃にパニックに陥った民たちは、四方に逃げ惑い混乱を助長させていた。

そのため、残ったラーズらの兵も駆け寄ろうにも思うに任せない。



50人の襲撃者に対し、ユーカの周りを固める兵たちは僅かに30名足らず。

それに数倍する護衛がいたにも関わらず、逃げ惑う人の波に阻まれて近寄ることもできなかった。



「円陣を組めっ! ユーカ様とシオルさまを囲み、打ち減らされるな!」



多勢に無勢と知りつつ、精鋭の護衛たちは一進一退の攻防を繰り返すが、状況は好転することがなかった。



「シオルさん、私の後ろに!」



そう叫んだユーカは腰に下げた細剣を抜き、かつてキーラから仕込まれた武芸を頼りに、シオルと音魔法士、側に控えていたカミラを始め受付所のスタッフを守ろうとしていた。




その時だった。

一群の騎馬隊が彼らの北から街道を駆け進んできた。


遠路進軍する途中で立ち寄ったテルミラにてゲイルの訃報を聞き、供回りだけで慌てて駆けてきた男の前には、眼前で展開されている混戦が目に飛び込んできた。



「ちっ、何だこれは?

敵味方の判別さえつかん乱戦になっているか……、危ういな。俺に続けっ!」



彼は愛馬を駆って乱戦の中に飛び込むと、同時に周囲一帯は目も眩むばかりの眩い光に包まれた。



「ぐわぁっ!」

「がぁぁぁっ」



光に当てられた襲撃者たちは、その場で頭を抱えて悶絶して転げ回った。

それは、彼の脳裏に過去の記憶を彷彿とさせた。



「闇か?」



短い疑問の言葉のあと、彼は迷わなかった。



「全騎、頭を抑えて悶絶している者たちを討てっ!

奴らは大罪人、闇の住人だ!」



彼の言葉が事実であれば、躊躇などする必要はない。

カイル王国及びウエストライツ公国において、闇の住人は問答無用で極刑に値する。


そして彼は、背後関係を洗うため闇の住人を捕えたとしても、決して自白せずにただ自害するだけと知っていた。


彼らの振るう血刀は凄まじく、不届者たちを一気に屠っていった。



予期せぬ味方の乱入で、乱戦が解消されたと判断すると、ユーカは少年に走り寄った。



「ありがとう、今すぐ治療してもらうから、もう少しだけ頑張って!」



その言葉を受けた少年は、異常に重たくなったと感じる瞼を、ゆっくりと開けた。



「僕は……、何で、父さん……。これで僕は……、少しは、罪を……、償え……」



「大丈夫です、救って見せます!」



ユーカと共に少年に駆け寄ったシオルは、少年の背に手を当てると、周囲に暖かみのある優しい光を放ち、それに少年の身体が包み込まれた。



「おおおおおっ!」



賊が討滅され、落ち着きを取り戻しつつあった人々は、その奇跡の光景に心を奪われた。



「本物じゃ、やはり本物の……」

「ああ……、御使いさまっ」

「奇跡じゃぁ、女神の癒しじゃぁ」

「拝見できるなんて、ありがたい、ありがたい……」



シオルの対応で少年はなんとか命を取り留め、ユーカたちも乱戦から命を救われた。

新たにクサナギに到着した者によって……。


戦場の裏で起こったもう一つの戦いはこうして幕を閉じた。

最後までご覧いただき、誠にありがとうございます。

次回からは通常投稿に戻り、4日に一度の更新となります。

次回は12/20『将たる器』を投稿予定です。

どうぞよろしくお願いいたします。


※※※お礼※※※

ブックマークや評価いただいた方、本当にありがとうございます。

誤字修正や感想、ご指摘などもいつもありがとうございます。

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