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【6巻11/15発売】2度目の人生、と思ったら、実は3度目だった。~歴史知識と内政努力で不幸な歴史の改変に挑みます~【コミック2巻発売中】  作者: take4
第十一章 魔王編(動乱の始まり)

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第三百七十六話(カイル歴515年:22歳)北部戦線⑬ 巫女の唄

最後にお知らせがございます。

明日より4日間、毎日投稿となりますので、そちらも併せてご確認ください。

少年はかつて、無法者たちに家族を殺された。父、母、そして妹たちを……。


幾たびの戦役を経た結果、皇王国の治安は一気に悪化し、住まう村が野盗の襲撃に遭ったからだ。

危急を知らせる村人たちの声と同時に、野盗たちは村に乱入していた。


彼が辛うじて助かったのは、母親に言われて咄嗟に家の梁に登っていたからだ。

盗賊が家に侵入するまでに、身軽だった彼一人が屋根裏に逃れていたが、その他の者たちは取り残されていた。

そして梁の隙間から、父や母、妹たちが殺される姿を、震えながらただ見ているしかなかった。


母親は賊に気付かれないよう、命の尽きる瞬間まで少年を気遣いながら、天井を見据えていた。

少年はその時の母の顔を、今も忘れていない。


家族だけでなく村に住まう人々も皆、盗賊たちによって殺された。

彼らが僅かばかりの食糧を得る、ただそれだけのために……。


荒れた皇王国辺境域では、そんな光景が当たり前のように繰り返されていた。



『次は必ず守る!』



震えて何もできなかった少年は、新しくできた仮初の家族を前に、密かにそう誓っていた。

それこそが、教えに背いてまでもアスラの街で手に入れた短剣を、少年が密かに肌身離さず所持していた理由だった。


そして今、少年の前で優しい母親が殴打され倒れた。

更に大男が母にとどめを刺すかの如く覆いかかった。



『駄目だっ、あの時と同じだ!』

そう思った彼は無我夢中で飛び出すと、懐中にあった短剣を持ち、勢いに任せて突進して突き立てた。



「旦那っ!」



ラーズの叫び声と共に周囲の空気が一瞬凍り付いた。



「野郎っ! 一人残らず殲滅してやる!」

「早く聖魔法士を呼んで来いっ!」

「本隊に伝えろっ! これより総攻撃を……」



ラーズを除き、周りに居たゲイル配下の者たちが怒りに満ちた目で押し寄せる民たちを睨み付けた。

そしてその時だった。



「やめてぇぇぇっ!」



もはや絶叫に近い、アウラの声が戦場に響き渡った。

この時アウラには、ゲイルらの姿は見えていない。ただ、再び乱戦になりかけた状況を止めたいがために、必死になって叫んだ声だった。



同時に一帯を幾筋かの眩い光が走ったかと思うと、大地から湧き上がったような優しい光が民たちを包み込んだ。

彼らはただ茫然としてその光を見つめ、立ちすくんでいた。


続いて彼らの耳には慣れ親しんだ『神に捧げる唄』が、神々しく高く澄んだ歌声で響き渡った。


その唄は、かつての教皇が『神の威光』を示すためにイストリア皇王国内の各所を巡幸する際、必ず同伴させていた御使い、巫女と呼ばれた聖魔法士たちが民衆の前で神前に捧げていたものだった。


イストリア皇王国に住まう民たちにとって、御使いの名や顔を知らずとも、彼女らが捧げた歌は深く記憶に刻み込まれていた。



「あああ……」

「俺は……、この歌を、お声を……、聞いたことがある」

「間違いない! これは……、御使い様じゃ!」



戦場に響く歌声は、優しくかつ物悲しい調べを奏で、聞く者の誰もが心を奪われていた。

シオルの歌声によって涙を流す者、膝を付いて神に祈りを捧げる者など、これまでの殺伐とした空気は一掃されていた。


それは女神イシュタールを崇めていないラーズですら、何か神聖な空気を感じずにはいられなかった。

そしてふと我に返った。



「今すぐ聖魔法士をっ! 大至急呼んで来るんだ!」



「もう……、遅い、それに……、シオル殿にはもっと大事な役目がある。

ラーズ……、お前も、周りが見える、だろ」



大地に横たわっていたゲイルの声に、ラーズは思わず上官を抱きかかえた。



「すまん……、お、こして……、くれるか?」



ラーズに支えられて上半身を起こしたゲイルは、目の前で呆然と立ちすくむ少年に微笑みかけた。

その胸には深々と短剣が突き刺さり、流れ出る血は彼の衣服を赤く染めていた。


本来なら少年程度の力では、硬くなめした魔物の皮を使用した鎧を貫通させることなど敵わない。

だが偶然にも殺到した群衆の圧を柄に受けたため、短剣が深々と刺さりゲイルに致命傷を与えていた。



「坊主……、心配、するな。お前の母親は、この……、通り、無事だ……」



そう言ったゲイルの後ろには、彼が身を挺して守った女性がうずくまっていた。



「母さんっ!」



少年の言葉に気付いた母親は、少しフラつきながら立ち上がった。

多少衣服は土に汚れてはいるが他には何も外傷もない様子で、起き上がるとすぐ少年を抱きしめた。



「ごめんなさい……」



この時初めて、少年の母はこの男によって守られていたこと、自分はその恩人を刺してしまったことを理解し震えだした。



「坊主、こんな……、短剣でもな。刺され、ると……、結構痛い。ひ、人が死ぬこともある……、んだぞ。

次、からは……、危ない真似をしちゃ……、ダメ、だから……、な」



「ぼ……、僕は……」



「いい、か? 剣はまず……、こ、心に、持つ、んだ。大切な……、もの、を、守るた……、めに、な」



「はい……、ごめんなさい」



「ラーズ……、坊主を、頼む……。この、先、道を……、失わ、ないよ……」



「旦那っ! もちろんでさぁ。聖魔法士はまだかっ!」



ゲイルに答えると同時に、ラーズは味方に叫び返した。

第三軍にはシオル以外にも聖魔法士が従軍している。むしろシオルやアウラは、今回の作戦のため敢えて派遣されていたに過ぎない。



ゲイルは彼らに微笑むと、そのまま目を閉じだ。

彼のまえに跪き、涙を流して謝罪する少年の頭を撫でようとした手は、力を失って落ちた。



「軍団長っ!」

「指令官っ!」

「旦那っ!」



ゲイルの周囲では、やっと駆けつけて来た聖魔法士たちが現れる中、絶叫する兵たちの声が交差するなか、ゲイルを惜しみその旅立ちを悲しむかのように、悲しくも神々しい調べの歌は戦場に響き続けていた。



先頭で盾を押し込んでいた者たち、そしてそれに続く者たちが呆然としているときでも、違う思いを抱く者たちもいた。



「敵の指揮官を撃ったぞ! 神の怒りが我らに力を与えたのだ!

神の尖兵たちよ、続けっ! 今こそ悪逆な奴らの包囲を圧し潰すのだ!」



本来ならその言葉に勇躍し、殺到するはずの民たちは躊躇した。

なぜなら彼らは既に光魔法を浴びて洗脳状態が解け、ただ彼らの言う『神の言葉』を盲信しなくなったからだ。



「イストリア皇国、そしてイストリア正統教国の同胞たち、今一度聞いてください。

私たちもかつて、『偽りの神の言葉』を信じて罪もなき隣人に刃を向けました」



アウラは再び民たちに語り始めたが、今はその言葉を民たちも受け止め始めていた。

その様子を苦々しく思う者たちは、それぞれに声を上げた。



「信じるな! 奴らは偽物、あれは皆を惑わす悪魔の調べだっ!」



そう言って必死に取り繕うとする姿は、余計に彼らの正しさを否定しているようにしか見えなかった。

まして悪魔と呼ばれた彼らは、身を挺して仲間である女性を守り、凶刃を受けたにも関わらず反撃をして来ていないのだから……



「私を偽物と呼ぶ人もいるでしょう。

ですが神の巫女シオルの唄は、多くの人々が聞いていたでしょう。この歌声を聴いた上でも、私たちを偽りの御使いと呼びますか?」



シオルは御使いたちの中でも、抜きんでた歌の才に恵まれていた。

だからこそ彼女は、かつては教皇から寵愛を受けて巫女の任を受け、皇王国全土を回りただ教会の権威を高めるためにだけに歌っていた。


ただシオル自身はこの歌を忌み嫌っていた。二度と歌わないと誓っていたほどに……。

それはかつて、教皇たちの慰み者として自身の尊厳を奪われ、辛く悲しい籠の中の鳥だったことを思い出させるからだ。


だが彼女は、アウラの言葉を聞かない同胞たちに対し、自身の誓いを破り突然歌い始めた。

事情を知っていたが故に驚く、アウラたちを横目に……。



「かつて御使いと呼ばれた者が何故祖国に背を向けたのか。

それは教会が我欲のため、人々に偽りを吹き込んでいたと知ったからです。

みなさんもイストリア皇王国の過ちを知り、正当教国に救いを求めたのでしょう。

その思いは同じです」



シオルの歌声に合わせて、アウラの言葉は響き続ける。



「ですが! 他国を侵し、罪もない人々の田畑を刈り財貨を奪うことが、正しい行いでしょうか?

その行いは、かつての教皇たちが望む行動と何ら変わりはありません。

どうか、正しき道に……、自愛溢れた女神イシュタールの教えに戻ってください!」



「聞くなっ! 悪魔の言葉に耳を傾けるでないわっ!

奴らこそ我らの同胞を虐殺し、国土を奪った者たちであるぞ!」



「どうかこのまま、進軍を止めてここに留まってください。

皆さんがこれまで犯した罪は、かつて御使いと呼ばれ罪を背負った私たちも、ともに償います。

そして皆さんにお約束します。望まれる方は後日、必ず祖国へと帰れるよう手配します」



「あああ、神よ」

「御使いアウラ様、巫女シオル様っ!」



その言葉を受け、多くの者たちがその場で跪き祈り始めた。

だが、それを良しとせぬ者たちは、剣を掲げて各所で絶叫し始めた。



「進めっ! 進まぬかっ!

奴らは騙しておるのじゃ。悪魔の手先共の首を取り、神へと捧げるため、奴らを逃がしてはならん!」



そう言うと人々を武力に依って追い立て始めた。

その中心にあった司教を名乗る男も、口汚くアウラたちを罵り始めた。



「おいおい、御使い様に向かって剣を向け、しかも首を取れとは穏やかじゃねぇな。

みんな聞いただろう? 俺は御使い様の言葉を信じるぞ!」



「俺もだ!」

「御使い様を守れっ!」

「奴らの方こそ俺たちを騙していやがったんだ!」



頃合い良しとレイムが大声で叫ぶと、彼の仲間たちがそれに呼応し叫び始めた。

その輪は大きく広がり、司教らにとって抑えきれないものとなっていった。


そして……



「ぐわっ……」



剣を持つ男の一人が、周囲の声に恐怖して民の一人を斬り付けた。



「武器を持たず、武力に依らず、ただ神を讃えるための行進で、何故武器を掲げる!

何故自らが言っていた言葉による話し合いを拒む! そして何故、同胞を傷つける!」



レイムたちが怒りの声を上げながら、武器を持つ男たちに襲い掛かった。

彼らは常々、訓練を受けた歴戦の兵士であり、即席の兵程度なら無手でも制圧することができる。

そして、その動きに釣られた者たちまで、各所で武器を持った男たちに襲い掛かった。



「御使い様の言葉に従えっ!」

「正しき教えの元に!」

「俺たちは教会の道具じゃねぇっ!」



この行進で武器を携えていた者たち、元々ゴロツキや盗賊の類からかき集められた者たちは、全体から言えば数十分の一以下の人数でしかない。


更にレイムたち百名は効率的に彼らを制圧し始めたため、司教を名乗る男が乗った荷馬車がまず逃走を始めると、それに釣られるように一斉に逃走を始めた。



この日、侵攻軍が再攻勢の先駆けとして放った神の尖兵は瓦解し、その多くは魔境公国軍の保護下に入った。

タクヒールの信も篤く、十年来に渡って彼を支え続けてきた友、そのかけがえのない存在を代償に……



◇◇◇



カイル歴515年に発生した、数か国を巻き込んで起こった動乱が鎮圧されたあと、女神イシュタールを祭る各地の神殿では、女神イシュタールの脇に跪くとある男の像が追加されていったという。


民を守る不屈の魂を示す証である、ガイアの盾を持ちながら女神を守り傍にある男は、かつては風の御使いであったが、名実ともに神のひとりとしてその傍らに列せられた。


そして彼を拝む者はみな、酒を持参して捧げたことから、いつしか彼は酒神ゲイルとも呼ばれるようになったと言われている。

最後までご覧いただき、誠にありがとうございます。

本日より、四巻発売記念として五話連続で毎日お届けする予定です。

内訳は今回を含め本編二話と特別編三話の予定です。


次回は『悲しみと怒り』を投稿予定です。

どうぞよろしくお願いいたします。


※※※お礼※※※

ブックマークや評価いただいた方、本当にありがとうございます。

誤字修正や感想、ご指摘などもいつもありがとうございます。

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まさかの人材が逝ったな 少年がどう成長するのか楽しみです
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