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【6巻11/15発売】2度目の人生、と思ったら、実は3度目だった。~歴史知識と内政努力で不幸な歴史の改変に挑みます~【コミック3巻1/15発売!】  作者: take4
第十一章 魔王編(動乱の始まり)

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第三百七十五話(カイル歴515年:22歳)北部戦線⑫ ガイアの盾

ゲイルに率いられた第三軍が民たちと対峙し、大楯を装備した三百名の者たちが整列したころには、信徒たちは彼らの300メル手前まで迫りつつあった。


そんな状況でも信徒たちは全く動じることなく、ゆっくりと前に進み続けていた。


そして、お互いの顔が確認できはような距離まで来ると、先頭を進む男たちは各々が神を称える歌を、ゆっくりと口ずさみ始めた。


その声は不気味に低く、まるで歌に合わせて一歩ずつ足を進め、じりじりとゲイルたちを追い込んでいるかのようだった。


その様子を見た、本来なら彼らより屈強で歴戦の男たちは、言いしれようのない恐怖を感じずにはいられなかった。



「それにしても気味が悪い歌だぜ。まるで俺には、葬送の……、いや、呪いの歌にしか聞こえねぇ」



「そうだな……、だが奴らは武器を所持していない。力比べならお前たちがひけを取る筈もなかろう?」



「まぁな、それに歌だって、親方が酒場で酔って歌うアレの酷さに比べれば、まだ可愛いもんだぜ」



「ぬかせっ! 俺の歌のどこが不気味なんだよ」



彼らは軽口を叩くことで恐怖に打ち勝ち、なんとか精神の均衡を保とうと努力していた。



「それにしても親方、せっかく陛下から拝領した鎧を脱いじまっていいんですかい?」



ラーズが言っていたのは、先の帝国戦でタクヒールが主要者に与えていた、クリムトの鱗を使用した最強と言われた鎧を指していた。

だが今回、ゲイルはそれをわざわざ脱いで、彼ら大楯部隊に加わっていたからだ。



「馬鹿野郎! 重装備ではこの大楯の取り回しが難しいだろうが」



「ははは、親方も意外と照れ屋ですな」



照れながらそう答えたゲイルの気持ちを、ラーズは痛いほど理解していた。

クリムトの鎧はその絶大な防御力を誇る割に、非常に軽くて扱いやすく、性能はフルプレートアーマー以上の防御力を誇るが、外見上や重量は軽装鎧と大差ない。

なので他の者たち、重装備を嫌って大楯を自由に取り廻すため、革製の鎧に着替えたラーズたちとは事情が異なっていた。


ただゲイルは、自身だけ安全な立場にあることを良しとせず、周りと同じ装備となり同じリスクで危険に臨もうとしていたのだ。

そんな指揮官だからこそ、多くの人足仲間たちが彼を慕い、彼が兵士となるとその後を追って兵士として志願していた。



『とはいえ親方は、かけがえのない司令官であり魔法士だ。俺たちと違い代わりはいねぇ』



そう思いラーズは、何かがあったら自身が身代わりになるつもりでゲイルの横で盾を並べていた。



「そら、来るぞ! 野郎ども、気合を入れろっ!」



そして……、ゲイルの指示通り眼前ではカタパルトから発射された制圧弾が着弾し始めた。

それに合わせて最前線に居たゲイルは、風魔法を行使して風を送り始めた。



『始まったか……』



民たちに紛れて行進に参加していたレイムは、心の中で呟きつつ、目立たぬようにゆっくりとした動作で腰に下げた頭巾を取り出すと、鼻と口元を隠すように覆い始めた。


彼の眼前では、前方を進む男たちの少し手前で盛大に着弾した制圧弾が、中に込められた粉末をまき散らし、それが風に乗って集団を覆い始めていた。



「な、なんだ? ぶわっくしょん!」

「ひ、怯む……、は、はっ、ぶぁっくしょん」

「は、ひ……、はっくしょん!」



誰もがみなその場で留まり動きを止めていた。

彼らの中央、荷車の上に作られた壇上にいた司教を名乗った男も、えずきながらくしゃみをを繰り返し何を言っているのかも分からない状況だった。



「ちっ、役に立たん奴らだ。仕方がない……、やれっ!」



民たちに交じっていた一人の男が合図すると、数十本の矢が民たちを襲った。



「ぐわっ、何故矢が?」

「俺たちは武器をっ……」



声を上げて数十人たちが一斉に倒れた。



「みろっ! 奴らは俺たちに矢を射って来た! 

これが奴らのやり方だ!

神へ捧げる行進を、武器を持たず戦うことを拒んでいる俺たちに! なぁみんな、ここで悪魔に邪魔されて神のご意思を止めて良いのか?」



「奴ら許せねぇ。なんて酷いことを」

「奴らは悪魔だ、俺たちを妨げる」

「神に捧げる行進の邪魔はさせねぇ」

「みんな、やっちまえっ! 仲間の仇だ!」

「この街道を抜け、俺たちがこの国の人々を救うんだ!」



その男の声に呼応していたのも、本来ならば所持してはならないはずの刀を腰に下げた、彼らの護衛と称し同行していた者たちだった。

合図を出した男に応えるかの如く、人々は怒りの声を上げ始めた。



『くそっ、そこまでやるか!』



レイムは思わず舌打ちし、仲間たちに『強硬手段』に出るよう指示を出した。

冷静に考えれば、矢は後ろから飛んで来たものであり、ゲイルらが放ったものではない。

彼らが仲間の人垣に隠れ、こっそり放ったものだ。



「みんな落ち着けっ! 矢は後ろから来た! 俺たちの列の中からだ!

暴発するな、俺たちは神へ捧げる行進をしているのだろうっ」



レイムの叫びも空しく響くだけだった。

恐怖に怯え暴徒と化した彼らは、憎むべき相手が待ち構える向かって一斉に走り出した。



「来るぞ! 押し切られるな。俺たちが持ちこたえれば、次の手がある。

てめぇら、意地を見せろっ!」



ゲイルらが大楯を構えていた街道の先に、暴徒と化した民たちが激突した。

だが……


本来は激しい衝撃音とともに双方が吹き飛び、絶叫がこだまするはずだった……。

だがそこに響いたのは優しく低い衝撃音と、盾を支える兵たちの気合のこもった声だけだった。



通常の大楯と比べ、厚みが何倍もある彼らの盾は、衝撃を吸収するクッションの役割をして暴徒を受け止めた。


その盾は、通常の盾の上にカバーが掛けられ、そのカバーが異様に膨らんで厚みをもっていた。

カバーには何段にも大きなポケットが縫い付けられており、その中には綿や衣類などが一杯に詰められて大きく膨らんでいたからだ。


これこそがゲイルが考案し、ガイアの縫製工場ラインがフル稼働して急遽作り上げた、不殺不傷の盾であり、後にガイアの盾として称されるものだった。



「落ち着けっ! 俺たちにお前たちを傷つける意思はない」

「ふざけるなっ、仲間を殺しておいて何を!」



「俺たちは何もしていない。落ち着いて後ろに下がれっ!」

「俺たちは武器を持っていなかった、ただ神への……、それなのに!」



各所で不毛な押し問答が続いた。

中には魔境公国の兵士たちが、自分たちが傷つかぬよう不思議な盾を装備していたことに気付いた者もいたが、次から次へと押し寄せる後列の者たちに押し込まれ、ただ悲鳴をあげるしかなかった。



『まずいな……、この状況では奴らは聞く耳を待たんぞ。これでは……』



ゲイルは彼らを必死に押し戻しつつ、アレクシスが講じたこの先の策に不安を募らせていた。

だが……、その流れを止めようもなかった。



前線では民たちが押し寄せ、ガイアの盾を持って立ちはだかる者たちとの攻防が続いていた。

それを見ていたアウラは決断した。



「想定していた状況じゃないけど、ゲイル司令官が部隊を引く契機になるかもしれないわ。

今から彼らへの説得を始めます」



彼女の言葉とともに、大きな鐘の音が一帯に響き渡った。

この鐘は、カイル王国で通常使用されているものではなく、イシュタルの街に住まう元皇王国の者たちが、祖国の教会にある鐘に似せて作ったものだった。


その鐘の音は、音魔法士によって大きく響き渡り、一瞬だが暴徒たちも足を止めた。



「我が同胞、女神イシュタールを称える方々、お願いですから聞いてください。

私はかつてイストリア皇王国で風を司る御使いとして、多くの兵士たちと共にカイル王国との戦いに従軍したアウラと申します」



「御使い様?」



暴徒たちは口々にその言葉を発すると、その場に立ちすくんだ。



「皆さんが信じて進む、神への道は果たして正しいものなのでしょうか?

皆さまの行進は、この国に住まう人々の救いとなるものなのでしょうか?

そうせよと指示し、皆様に心地よく聞こえる言葉を、改めて考え直してください。

かつて私が犯した過ちを、皆様はまだ糺す機会が残されています」



誰もがアウラの言葉に耳を傾け始めたとき、群衆の中で幾つかの声が沸き起こった。



「騙されるな! 今は奴は皇王の御使いと言った! 奴らは俺たちを散々苦しめた皇王率いる御使いだ!」


「そうだ! 奴らは悪逆非道な皇王とその手先だ!」



アウラはその言葉の一部を都合よくキリトられ、揚げ足を取られてしまった。

再び群衆のなかで敵意はさざ波のように広がり始めていた。



「そもそも御使い様が直接俺たちに話し掛けることなんてないぞ!

奴は悪逆な魔王が用意した偽物だ!」


「そうだ! 偽物に騙されるな!」



再び群衆は敵意をむき出しにして、各々が叫び始めた。



この時不運だったのは、相手が兵士ではなかったことだ。兵士たち、特にロングボウ兵なら、風魔法士であるアウラを誰もが知っており、御使いとして神に等しく崇めていた。


だが、相手はただの領民でありアウラの名すら知らない者たちだ。

再び群衆が盾に向かい圧力を加え、前列にいた者たちは強く押し出された。



「がぁっ!」



流れに抵抗できず、いつの間にか最前列に押し出された女性が、並べられていた盾に激しく激突した。

しかも運悪く、盾を連ねていた隙間の角に頭を打ち付けてしまった。



「いかんっ、代われっ!」

「母さんっ!」



二つの声が響いたと同時に、その女性を庇うために飛び出したゲイル目掛けて群衆が押し寄せ、彼らを押し潰した。

その中には、叫び声を上げて飛び出した少年も含まれていた。



「旦那っ!」



すぐ近くにいたラーズは絶叫した。

倒れた女性を庇うように前に出たゲイルの胸には、皮の鎧を突き破って深々と短剣が突き刺さり、彼の衣服は瞬く間に深紅へと染まり始めていた。

最後までご覧いただき、誠にありがとうございます。

次回は『巫女の唄』を投稿予定です。

どうぞよろしくお願いいたします。


※※※お礼※※※

ブックマークや評価いただいた方、本当にありがとうございます。

誤字修正や感想、ご指摘などもいつもありがとうございます。

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