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第三百六十七話(カイル歴515年:22歳)北部戦線⑥ 報恩の思い

第一軍を率いたゴーマン侯爵、第二軍を率いたソリス侯爵がカイン王国軍を撃破し、凱歌を挙げていたころ、最も西側の位置するヴィレ王国軍と対峙していたドゥルール子爵率いる帝国軍は、微妙な緊張感に包まれていた。


敵軍一万に対し率いる軍は八千とほぼ互角。

互いに難敵と思い対峙したまま、両軍とも全く動かずに睨み合いを続けていた。


正確には小さな誘いや牽制は幾度もあったが、お互いにそれに合わせ機敏に動いていたため、結果として相手を誘う策を封じあっており、もはや戦いは千日手の様相を呈していた。



「閣下、我らはこのまま敵軍と睨みあうままでよろしいのですか?

すでに公王陛下配下の二将がカイン王国軍を打ち破り勝利したとの報告も届いておりますが……」



そう進言してきたのは、ドレメンツという男だった。


彼は元々ブラッドリー侯爵の騎士であったが、テイグーン攻略戦で共に捕虜となり、帝国同志会の一員として共に過ごし、帝国へ帰参後も子爵に従いスーラ公国との戦いを潜り抜けて来た仲だった。


幾度となく優秀な手腕で自身を支えてきた彼に対し、ドゥルール子爵は今回の戦で副将に大抜擢していた。



「それも我らの役目よ。見たところ我らと対峙する軍が一番手強いだろう。

それを戦局に寄与しない遊兵とさせることも大事な役目となろうな」



「確かに……、ここで奴らを牽制し、これ以上西に進ませる訳にもいきませんからな」



そう言うとドレメンツは、自軍の司令官を見て笑顔を見せた。



「そ、そうであるな。我らは西側への防壁とならねばならん。

特にケンプファー伯の委任統治領には侵入を許す訳にはいかんからな」



「まさかローレライ方面まで進出するほど、無謀な輩とは思えませんが……、ね」



「も、もちろんだ! 断じて阻止せねばならんわ。我が命を賭しても……、な」



『分かりやすいお方だ。きっとあの美しい女性が心配でならないのだろうな。

私はテイグーンを出て以来、お会いする機会に恵まれていないが、私自身も彼女に命を救われた身だ。

閣下のように恋心を秘めずとも、我らは皆彼女らには並々ならぬ思いがあるからな』



今回の戦ではドレメンツ以外にも、捕虜返還後に第三皇子の陣営に属した120名、その全てが志願して北部戦線に従軍していた。

命を救ってもらった、そしてテイグーンにて世話になった恩を返したいという願いのもとに……。


そしてアレクシスからは、情報として廃都ローレライで避難勧告を拒否していた教会や孤児院、住民たちを説得するため、彼女が向かったとの報告も得ていた。



『あの方は帝国の民も分け隔てなく、慈愛に溢れた対応をしてくださる。

月日が過ぎても変わっていらっしゃらないな。またひとつ、我らには返しきれない恩が増えてしまったか……』



ドレメンツもまた、ドゥルールとは少し違った敬愛の念をローザに抱いていた。



そんなやり取りの中、予想外の急報が矢継ぎ早にもたらされ、彼らに大きな衝撃を与えた。



「急報っ! 諜報部隊より急報が入りました!

領境の奥に潜んでいたヴィレ王国軍の一部が、急進してケンプファー伯爵委任統治領に進んでおります! その数……、約五千! 奴らはローレライにを目指し進軍しているものかと思われます」



「報告します! 眼前に展開した一万の軍に新たなる動きがあります!

奴らは陣形を維持したまま、少しずつ西へと移動しております」



「いかん! ローザ殿がっ!」



その報告を受けてドゥルール子爵は立ち上がった。

だが……、眼前の敵も動いており、自身が救援に向かえば、それを見逃すほど甘い相手ではない。

後背を衝かれてしまうか、南進して友軍の側背を衝いてくる可能性すらある。



「くっ! どうすれば……」



人としての思い、そして司令官としての責務に挟まれ、ドゥルール子爵は一瞬だけ硬直した。

胸を圧する苦しみと、急速に早まる鼓動を感じながら……。



「閣下、意見具申させていただきます!

これより直ちに、騎兵千騎を率いてローレライに向かってください。あの方は我ら帝国にとって恩人。

万が一のことがあってはなりませんぞ!」



「し……、しかし」



「大事な思い人すら守れず、なんと成されますか!

ましてあのお方は帝国の恩人ですぞ。今もまた、帝国の民を逃がすため、危険な前線にいらっしゃるのです!」



「しかし……、これは私事であり……」



ドゥルール子爵はまだ逡巡し決断しかねているようだった。



「閣下っ! 帝国の民を守ること、これも総参謀長閣下ジークハルトから託された大事な役目ですぞ!

たった千騎が抜けた程度で、スーラ公国との激戦を勝ち抜いた我らが遅れを取るとでも仰いますか?

千騎が盾となれば、彼女らを安全圏まで逃がすことも可能ですぞ!

その様に悩まれているのなら、私が参ります!」



このドレメンツの言葉で、ドゥルール子爵は決断した。



「頼む……」



ドレメンツにとって、この短い命令で十分だった。

彼は直ちに笑顔で敬礼すると、兵を編成するため足早に陣幕を出て号令を発し始めていた。



千日手の対陣から、俄かに動き出したヴィレ王国軍にも、それなりの事情があった。



「やれやれ、あれほど『深入りせぬように』と忠告したにも関わらず、困ったお方じゃ。

いくらこれより西側に敵軍が展開しておらぬとはいえ、敵地では何が起こるか分からんわい」



側近に対し溜息を吐きながら、老将は急展開した事態に合わせ、軍を動かし始めていた。

国王率いる本隊が、暴挙ともいえる深入りをすることを、彼もまた事前に聞かされていなかった。



「それにしても、敵軍にも道理を弁えた者がおるようじゃな。

正攻法で攻めてくるよう、散々隙を見せて誘ってみたが乗って来んかったしな。やはり戦い慣れた国の軍勢はやりおるわ。リュートやカインの若造共(王子)とは全く違うの」



「そうですな。力押しで攻め寄せてくれれば、アレで一気に殲滅できましたものを……」



「まぁ思うに任せないのが戦じゃ。我らは万が一に備えて陛下の軍と距離を詰めつつ、敵軍を削ることに専念しようかの。先程出て行ったのは千騎程度、いくら愚物でも五千対千で後れを取ることはなかろう」



その言葉の半分は老将の期待、いや、願いに満ちた言葉であった。

主君たる国王が進んでいるであろう西の空を仰ぎ見ると、大きなため息をついた。



「万が一……、か。みすみす放って置くこともできまい。手間の掛かるお方じゃ」



そう呟くと、彼は新たな指示を出し始めた。



当初は第三皇子の委任統治領の外に展開し、三国の軍勢の行動を異にし、高みの見物を決め込んでいたヴィレ国王直属軍が動き出したのには、幾つかの事情があった。


・先鋒として配した一万が、略奪などそっちのけで友軍の危機を慮り、その準備に明け暮れていたこと

・自らが指揮して選んだ進撃路ではあったが、目ぼしい街や村も少なく、戦果が不十分だったこと

・他の二国は略奪によりそれなりの物資を得ていたことへの妬みと、焦燥感に駆られていたこと

・カイン王国軍が撃破され、敵軍の大多数が最も東のリュート王国軍に向いたこと

・諜報により敵軍は、彼らより西側にまともな軍を配置できていないことが判明したこと


そして何より、多少無理して深入りすれば、旧ローランド王国の王都ローレライがあることだ。


ヴィレ王の率いる直属の軍は、余計な決戦兵器を持たず騎兵と軽装歩兵のみで構成されている。

故に進軍の速度は、他の三軍に比べ非常に速い。

まして、帝国と魔境公国を結ぶ主要街道を通り移動していたのだから猶更だ。


それ故、敵軍の隙を衝いて深く侵入し、旧王都にて思うが儘に略奪を行うつもりでいた。



ローレライで出立を取り付けたローザは、教会の準備が遅々として進まぬことに苛立ちを募らせていた。


教会が旗幟を明確にしたことで、残っていた街の住民も個別に避難を準備を整え、早々に出立していた。

だが教会は予想外に多くの荷を積み込むのか、出発には相当の時間を要していた。



『ホント、何が最低限の荷物よ! これじゃあ最大限だわ』



ローザが思わずそう愚痴をこぼしてしまったのは、教会側のズルさと太々(ふてぶて)しさに我慢の限界に来ていたからだ。



「彼らの避難方針は確定しましたので、ローザ様の目的は達せられたと思われます。

我らも早々に危険地帯を離脱すべきかと思われますが……」



アレクシスが護衛として配してくれた兵士たちの進言も、もっともなことだと思う。

だが、ローザが動けずにいるのには理由があった。



「そうよね、ただ子供たちが……」



先に子供たちの脱出を許せば、ローザと百名の護衛もそれに付き従い街を出てしまう。

教会側はそれを危惧し、持ち出し品の積み込み作業に子供たちも動員していたのだ!



『戦後あの人たちの働き口を斡旋するのは止めましょう。きっと碌なことにはならないわ』



そうローザがそう心に誓ったとき、やっと出発の準備が整った。



「さあ、急いで街道を抜けてクサナギまで移動するわよ。そこまで行けば安全だし食料の心配もないからね」



そう言ってローザは子供たちを励ました。

だが……、幼い子供を含めた移動の足は遅く、しかも大量の荷を積み込んだ荷馬車も多い。

進軍は遅々として進まず、距離を稼ぐことができなかった。


ローザは最後尾を守る兵たちとともに、可能な限り歩みを速めようとしていた。

だがその時、無情にも遥か後方のローレライから、黒煙が上がっているのが確認された。

同時に、彼らに追いすがる馬蹄の上げる土煙も……



ヴィレ王は、ローレライに入ると同時に、まだ真新しい、大量の荷を積んだ思われるわだちを幾つも発見した。

そして直ちに300騎を派遣して偵察に出すと同時に、いつでも増援を送れるよう手配していた。



「ローザさま! 我らがなんとか食い止めます。今は荷を捨ててお引きを!

できればここから先は徒歩ではなく、騎乗して退避してくださいっ」



「申し訳ありません、皆さまも決して無理はなされぬよう……」



護衛に促され、彼らに詫びると同時に、子供たちを引き連れて前方へと駆け出した。

荷馬車と同行した教会関係者は、あれほどまでに拘っていた荷を早々に諦め、既にいずこかへと逃亡していた。



『私が迂闊だったために……、皆さん、本当にごめんなさい』



幼子の手を引きながら駆けるローザはまだ騎乗していなかった。

彼女は徒歩で逃げる大勢の子供たちを見捨てることなどできなかったからだ。


彼女は兵たち、そして子供たちに心の中で詫び続けていた。

それから間もなく、騎馬の嘶きと剣劇がぶつかる音が、すぐ後方から聞こえ始めた。

最後までご覧いただき、誠にありがとうございます。

遂に此方で400投稿となりました!

これも偏に、小説を読んで支えていただいた皆様のお陰です。

本当にありがとうございます。

次回は『我が命に代えて』を投稿予定です。

どうぞよろしくお願いいたします。


※※※お礼※※※

ブックマークや評価いただいた方、本当にありがとうございます。

誤字修正や感想、ご指摘などもいつもありがとうございます。

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やっぱ教会潰すか
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