第三話(カイル歴496年~498年:3歳~5歳)改変のはじまり
さて、大まかな整理はできた。
けど、これから何に手を付ければいいんだろう。
俺って、まだ3歳児だし。誰も言うこと信用してくれないよね。
7年後の話したって、気味悪がられるか、ちょっと頭のおかしい子供、そんな風に思われるのが関の山だ。
少しずつ信用されるよう、知識は小出しに、改変は自己責任で(ってテンプレみたいに)対応していくしかない。
考えた末、まずはできる限り理論武装、この世界の知識を収集することを優先した。
そのため、領主館にある本という本の全て、更に両親にお願いして、領内で見ることができる本という本は全てというくらい読み漁った。
3歳児とは思えない才能に両親は喜んで、次から次へと本を与えてくれた。
ある程度読み漁ったら、父にお願いし、出入りの商人からも、本を借りたり、手配してもらったりした。
交易が盛んで勢いのある男爵家、この立場は非常に有益だった。
出入りの商人たちも、取引相手である父の歓心を買うために、この世界では高価で貴重な、様々な本を献上してきた。
これで、子供が何か不相応な発言をしても、あくまでも本から読んだ知識という体裁を強引に作ることができるだろう。
油断すると出てしまう普段の言葉づかい、3歳児ではあり得ない大人びた口調も、本の真似とごまかせる。
2年後には男爵家の書斎は本で埋め尽くされた。
俺は、疑問に思ったこと、わからない事は両親、兄、家宰をはじめ家中の者まで誰彼構わず聞いて回った。
最初は何でも【知りたがりの次男坊】と陰で呼ばれて面倒くさがられていた。
しかし、5歳になるころには、【ソリス家の神童】、そんな風に呼ばれるようなっていった。
因みに前回、幼少時に起こった領内での出来事、治世に関わることは、ほとんど記憶になかった。
前回の歴史では、子供時代の俺に領地のこと、内政、天災、人災含め、何も情報が入ってこなかった。
更に、それについて自分で考える機会もなかった。
そのため、ソリス男爵領史(歴史書)から有益な情報が得られることは、凄くありがたかった。
調べてみると俺が認識している5年後から始まる5つの禍、それ以前にもかなり問題が起こっていた。
5年後(カイル歴503年:10歳)まで余裕がある、そんな訳にはいかなかった。
ソリス男爵家を見舞う災禍はもう目の前に来ていた。
俺は、それらを知って愕然とした。
災禍をどう回避するか、思いに耽った。
今(5歳時点)から先に、起こる事として……
洪水の4年前(1年後):大豊作で小麦等の穀物の価格が暴落、主要生産物の収入が大きく低下
洪水の3年前(2年後):隣国の火山噴火と降灰、その後に発生する、干ばつによる凶作被害
洪水の2年前(3年後):天災被害で困窮する近隣領主、両子爵家との不和が広がり亀裂が深まる
洪水の1年前(4年後):隣国の侵攻に伴う戦いで、孤軍奮闘するも参加兵力の4割を失ってしまう
歴史書に書かれているのは、こんなところか。
それぞれかなり大きなダメージだと思うが、それをなんとか乗り切るだけの、経済力と人手がソリス男爵領にはまだあった。
しかし、致命的にはならなかったものの、蓄えた余力をここで全て失ってしまう事になったようだ。
そして、これらの出来事の後に起きる、5つの致命的被害で命運は尽きてしまう。
先ずは、5年後にくる最初の大フラグ(大洪水)までに今の余力を失わないこと、それをなんとかしないと。
色々悩んだ末、手を付けたのは、工作だった。
最初の一手が工作か……
子供の遊び、そう思ってくれれば、この先も動きやすい。
この世界でモノづくり、といえば鍛冶屋と木工所。
工作に興味を持った振りをして、ある時両親にお願いをしてみた。
オネダリの内容は、今している工作のアドバイスを受けたいとの理由で、木工職人の工房の見学許可、それに伴う外出許可だった。
両親は、貴族の分をわきまえること、護衛兼保護者としてメイドのアンを常に同行させる事を条件に許可してくれた。
アンはメイド長の娘で幼い頃からメイドとなるべく厳しく教育され、更に父親(兵士長)から護身術を叩き込まれていた。
特に武術には天性の才能があった様で、そこいらの兵士なら数人が束でかかっても相手にならないレベルの達人。
恐るべき戦闘メイド……
優秀なメイドらしく、15歳にして先日メイド見習いから正式に俺付きメイドとなったばかりだ。
前回の歴史で、最後にアンを見たのは俺が処刑される時だった。30歳になった彼女は、病没した母親に代わり領主館のメイド長を務めていた。
最初は兄ダレクの専属メイド兼護衛として仕え、2人は凄くウマが合っていた様子を記憶している。
剣技の達人同士、2人でよく中庭で剣技を磨き、訓練をしていたのを幼心ながら覚えていた。
兄の戦没後、次は妹の専属メイド兼護衛として仕え、妹が病没した際は、2人の主人を相次いで失い、彼女は失意に沈んでいた。
あれ?
もう既に俺は何か歴史を変えてしまったような……
赤毛の超美人ながら寡黙なアン、俺は最初彼女を苦手にしていた。
俺が貴族にあるまじき行動をしたり、不躾があった時は、いつも淡々とした毒舌で俺を叱ってくる。
彼女を見ていて、イケズという言葉を俺は思い出した。
身分が上の俺に対し、頭ごなしで叱ってくることはないが、彼女のイケズは褒め殺しで、心にグサッとダメージを与える。
氷の女アン、最初のころ俺は彼女をそう呼び、彼女の前では、何かにつけて委縮してしまい、大人しかった。
いつも暴走し、貴族らしくない振舞いの俺、アンがお目付けでいれば、大人しくしてるだろう。
また、護衛としての腕も申し分ない。そんな安心感が両親にもあったのだろう。
「ここは貴族のぼっちゃまには相応しい場所ではありませんぜ」
初めて工房を訪ねた時、いきなりガツンとやられ、思わず立ちすくんでしまった。
強面の親方、この工房を取り仕切る、ゲルドさんは典型的な職人気質で、相手の身分などお構いなしだ。
所詮貴族のボンボンのお遊び、そう思われた俺はいきなり凄まれてしまった。
「まぁ……、作業の支障にならない程度に、思う存分見てってください……」
後ろに立っていたアンから物凄い殺気のようなものが立った瞬間、親方がひきつった作り笑いで態度を変え、見学を受け入れてくれた。
見た目は強面だが、彼はきっと奥さんにも尻に敷かれ、頭があがらないタイプだろう、勝手に想像して笑ってしまった。
工房の中は飛び交う親方の怒号、要領が悪い弟子や職人には口より先に手が飛ぶ、超体育会系男の世界。
まぁ昔(前々回)俺が居たブラック企業も似たようなもんだったので、すぐに順応してしまったけど。
それからは両親が顔をしかめるぐらいの工房通いが始まった。
「親方、作業の邪魔はしないので今日もよろしく~」
「おう、坊ちゃん!精が出ますね~」
親方のゲルトさんともすっかり仲良くなった。
そりゃ~最初は無知の素人が、変な質問ばかりするものだから、少し煙たがられたけど。
「硬い木材はどれなの?
軽くて丈夫な木材は?
しなりのある木材はどれなの?」
などなど、材質の特徴聞いて回ったり……
「丸い形をどうやって作るの? この形を木で作りたいんだけど……
但し、摩耗に強くて丈夫な木で作りたいのだけど」
とか言い出し、見たことも無い部品を作っている。
やりとりを重ねるうち、俺が来るたびに、ゲルド親方さえ知らない未知の何か、それを作るために必死に取り組んでいる姿を見て、職人魂を刺激してしまったようだ。
「今日もウチのカールは手が空いてます、何かあったら手伝わせてやってください」
子供の工作ではできない作業も、職人カールさんが、親方の指示で手伝ってくれるようになり、完成度は一気に高まっていった。