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第三百六十六話(カイル歴515年:22歳)北部戦線⑤ 廃都ローレライ

かつては、カイル王国とグリフォニア帝国、双方と友好関係を結び栄えたローランド王国は、ローレライという街を王都として定め、王宮や主要施設が置かれていた。

その後ローレライは帝国軍の電撃作戦によって包囲され、無血開城することでローランド王国は滅びた。


王都として栄えたそのローレライに、今はかつての面影はない。


新たにグリフォニア皇帝の皇妃となった第二王女が、かつての都を忌避したためとも言われるが、壮麗な王宮は解体され、新たな領主として旧王国領を拝領した領主たちが治める街の建設に使用され、王都を守る城壁も同じ運命を辿った。


旧王都に居を構えていた商人や領民たちも、新たな支配者の元へ移り住み、今や一万人規模の領民が住まう地方都市へと転落していた。

今なおそこに住まう人々はローレライを『廃都』と呼び、かつての栄華を偲んでいた。



ただ唯一、今も昔と変わらずその地にあり続けるもの。

それは遥か昔にカイル王国の王女が輿入れした際、彼女に随伴して王国から移設された教会だった。


その教会も歴史の変遷の中で規模を縮小し、帝国領となってからは急激に衰退していたが、ここ数年でその価値が大きく見直され、再び隆盛を誇るように変化していた。


一番の理由は、内乱によりカイル王国から亡命して来た反乱者の眷属たちとの取引により、情報を得たジークハルトが教会を保護したからだ。

これにより帝国内でも魔法士を得るために教会は活用され、彼の陣営にも数名の魔法士をもたらしていた。



そして、話は少し前に遡る。

アレクシスが矢の伝騎を発動したすぐ後のことだった。



「総司令官、ローザ名誉司教様が面会を求め訪ねていらっしゃいました」



「構わないのでお通ししてください」



この時ローザは、留守部隊を預かるアレクシス付けとして、聖魔法士たちを率い前線に出ていた。

中央教会から高い地位に任じられている彼女には、主君であるタクヒールすら一目置いている。


爵位ではアレクシスは子爵で彼女は男爵だが、教会での彼女の地位は伯爵待遇であり、彼女は戦場をを含めある程度の自由裁量権を持った、特殊な立場にいた。



「お忙しいなか面会の機会をいただき、ありがとうございます。

総司令官にお願いがあって参上いたしました」



「いいえ、問題ありません。

僕でお役に立つことであれば良いのですが……」



そう答えたが、彼女が並々ならぬ覚悟で訪ねてきたことは一目見て理解できた。

美しく凛とした顔立ちのなか、その目だけは何かを決意したような強い光が宿っていたからだ。



「お手間を取らせたくないので、結論から申し上げますね。

私がローレライに出向く許可をいただきに参りました」



!!!

アレクシスは大いに戸惑った。



「理由をお伺いしてもよろしいですか? 

ローレライは前線から遠く離れているとはいえ、この先戦場になることもあり得ます。ローザさんに万が一のことがあれば、僕はタクヒールさまに申し開きのしようがありません」



「総司令官が想像されている通りですわ。

私も諜報部隊の方々から、あちらの避難状況は伺っておりますので」



「……」



やっぱりそれか、そう思うとアレクシスは言葉に詰まった。

ローレライには避難勧告に従わないある勢力があった。


その理由は不明だが、教会側は頑なにローレライを離れることを拒んでいた。

教会側が自らの意思で避難を拒否する、それならば致し方のない話だが、問題は教会に付属する孤児院もまた、教会の意思決定に従っていることだった。



「子供たちの未来を救うためです。あの地には200名近い子供たちがいます。

その原因の一端は私たちにもあり、その責を全うするのは私の使命と考えています」



この地に移り住んではや二年、アレクシスもこの事情はなんとなく知っていた。

教会に引き取られているのは殆どが戦災孤児であり、それは過去にあった自分たちとの戦いが原因で孤児となった子供たちであることも……。



「でも教会は頑なですよ。ローザさんには勝算があるのですか?

それが無ければ許可は出せません。貴方は代わりのきく存在ではないのですから……」



我ながら卑怯で嫌な言い方だ……、そう思いつつアレクシスは敢えて表情を消してローザを見つめた。

だがローザは、クスリと笑って重苦しい空気を打ち払った。



「私はたまたま、あの方々と接する機会を多くいただきました。

それもあって、教会が何を考えているか、何故頑なになっているかを理解しているつもりです」



「それをお教えいただくことは可能ですか?」



「うーん、困りましたね。事情は公国でもタクヒールさまのみがご存じの王国の秘事。

王国内でも教会上層部を除き、王族以外はご存じないお話なのですが……」



そう言うとローザは、少し困った顔をして指を頬にあて、あどけない表情をした。

逆にアレクシスは悟った。

たかが子爵程度の自分が、立ち入ってはならない事情があることに……



「では一点だけ確認させてください。ローザさんなら、それを解決できると?」



「完璧に……、とは言えませんが。

彼らの不安を取り除いてあげることはできます。

そして嫌な言い方をすれば、教会内で私は彼らより上席の立場ですので……」



それを聞いてアレクシスは大きな息を吐いた。

ここは彼女の言葉を信じるしかないと。



「では、ひとつだけ約束してください。

何があってもご自身の安全を最優先し、万が一危険が迫れば直ちに退避していただくことを。

たとえそれが、子供たちを犠牲にするかもしれない事態となることでも」



そう伝えると、ローザは慈愛に満ちた表情で答えた。



「子供たちは見捨てませんよ、必ず救ってみせます。ですが身の安全を守ることには同意します」



そう言い切る彼女に、アレクシスは同意せざるを得なかった。

護衛として100名の騎士を同行させることを条件に……。

あとは騎士たちに言い含めるしかないと考えて。



このような経緯でローザは、護衛と共にローレライの教会を訪れていた。



「では、どうあっても退避勧告に応じられないと?」



「はい、我らが滅ぶとしてもそれは神の御心、ならばそれを享受するまでのこと。

ここを失えば、我らは存在意義を失います」



教会を統括する司教に当たる老人は、ローザの前でも頑なだった。



「では孤児院だけでも切り離してください。あと、まだ年若い神父や修道女、見習の子たちも」



「それは構いません。避難に応じる子供たちはお連れいただいて構いません。

ですが一度教会に属した者たちは、我らと運命を共にするでしょうね」



そう言うと司教は浅ましい笑顔で応じた。



『なるほど、立場の弱い者たちは上の決定に逆らえない。そう言うことね……。卑劣だわ』



表面上は笑顔を絶やさないローザも、心の中で呆れて果てていた。


きっと彼らは、子供たちを質に教会を守る兵の派遣を望んでいるのだろう。

そんな余裕のある状況とは知らずに。


そう考えたローザは、予定していた手段に出ることを心に決めた。



「皆さまが命を懸けて宝珠を守ろうとされているのは分かっているつもりです。

宝珠が教会にとってかけがえのないものであること、隠蔽された宝珠はそうそう動かすことができないことも……」



ローザがそういうと司教は、一瞬だけ驚愕した表情を浮かべたが、そのあとは憮然とした表情でローザを見返した。

だったら兵を派遣してくれ! そう言わんばかりに。



「敢えて申し上げます。こちらに兵士の方々を派遣する余裕はありません。

敵の総数は私たちの二倍以上、こちらも苦しい戦いですから」



「なっ! そ、そんな……」



司教はこれまで甘い認識でいたことを理解した。

状況は自分たちにとって相当厳しいことも。



「付け加えますと、それでも私たちは勝利しますよ……、最終的には、ですけど。

そのためには、皆さまの退避が必要となります」



「勝利と退避がどうして関係してくるのですかな?」



「今司教がされているように、子供たちの命を質に取られてしまうと、迎撃や反撃もも叶いませんからね。その点まで想像の範囲を広げていただけると助かります」



「なっ……」



司教は自身の心を見透かされたことに動揺した。

そこにローザはたたみかけた。



「これより中央教会の司教として、系列教会の司教に命じます!」



そう言うとローザは、これまでの柔らかい言葉使いを、凛とした厳しいものに一気に変えた。



「ひとつ、これより直ちに教会は所属する全ての関係者を連れて、クサナギまで避難すること。

ひとつ、万が一宝珠が失われた際には、私が責任を持って新たな宝珠をこの教会に都合します」



「いや……、そ、そんなことが可能だと?」



「できますよ、王都の中央教会には予備があり、枢機卿の中でも理解のある方はいらっしゃいますので……」



「そんな権限が貴方にあると?」



ローザは王都で行われた、タクヒールと教会の攻防に同席していた。

そこで聞いた、主君と中央教会の間で結ばれた密約や、枢機卿の野望も脳裏にあった。



『まぁ最悪、補填はできないにしても、新領土か帝国領内に新たに設立される教会に、彼らを現地採用として潜り込ませることなら……、多分大丈夫かな?』



ローザの自信はそこから来ていた。

片や司教は、微塵の動揺もなくそう言ってのけるローザに驚愕していた。



『いくら聖魔法士とはいえ、そんな権限がこんな小娘にあるのか……』



数十秒の沈黙のあと、司教は重い口を開いた。



「貴方が此方を訪れたことも、神のご意志でしょう。ならば我らも御心に従うまで。

ですが、神に仕える者として、最低限の神具は持ち出すことが前提です」



「はいっ! 最低限……、ですね。では早速準備をお願いします」



そう言うとローザは、この日一番の笑顔を司教に見せた。



『あとは時間との勝負ね。この狸のお尻を叩いて急かさないとダメかもね。

万が一ここが戦場になる前に……』



心に浮かんだその言葉を秘めて。



これにより、大わらわで避難を進める教会を目の当たりにし、これまで避難を渋り頑なに残留していた街の者たちも同行を名乗り出る者が後を絶たなかった。


だが事態は、彼女やアレクシスが想像した以上に急展開を見せる。

最後までご覧いただき、誠にありがとうございます。

次回は『我が命に代えても』を投稿予定です。

どうぞよろしくお願いいたします。


※※※お礼※※※

ブックマークや評価いただいた方、本当にありがとうございます。

誤字修正や感想、ご指摘などもいつもありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
>きっと彼らは、子供たちを質に教会を守る兵の派遣を望んでいるのだろう。 そんな余裕のある状況とは知らずに。 そんな余裕のある状況『では無い。』とは知らずに。 or そんな余裕『は無い』状況とは知…
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