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第三百六十五話(カイル歴515年:22歳)北部戦線④ 動き出した戦場

北部戦線を守備する第一軍と第二軍、そしてドゥルール子爵軍が動き始めたころになっても、イストリア正統教国軍は停止したまま不気味な静けさを保っていた。


対照的にヴィレ・リュート・カイン王国の各軍勢は帝国領深くを侵攻し始め、そこに住まう民や大地、各村や町を蹂躙し始めていた。

その様子を諜報により得た者たちは、会心の笑みを浮かべていた。



「それにしてもリュグナーよ、其方の示した餌がよく効いたとみえるな」



「ふん、人とはそういうものよ。似たような境遇の者が得た物は、それと同様に欲するものだ。

それが物でも人の心であってもな。

まして……、奴らの欲したものが我らに奪い尽くされたため、餌もなく飢えておったから余計な」



「ははは、お前は子爵家の嫡男ながら人の業というものをよく理解しているな」



「ふん、アゼルよ、今更そんな古い話はどうでもよいわ……」



そう答えると、リュグナーは殊更不機嫌な顔をした。

彼自身、嫉妬や妬みにまみれて成長し、その性格をより酷薄なものにしていたからだ。


叔父たちに特に可愛がられていた弟、家宰に信用され民や兵たちから信望のあった弟。

彼は彼で、15歳で闇の洗礼を受けて心を闇に染める以前から、そういった負の感情で自身にないものを持つ弟のエロールを見ていた。



「して、この先どうするのだ? 我らも奴らに合わせて動くのか?」



「アゼルよ、まだ早いわ。我らは今少し奴らの潰しあいを高みの見物としようではないか。

正確には、今少し好機を待つと言った方が正しいだろうな」



「だが我らが連れてきた矢除け(るみん)共が、町の暮らしで安逸を貪り役に立たなくなるのでは?」



「ふっ、奴らはもう神の威を借りて奪うことに慣れてしまった。この先も神の名の元、より多くを奪うことを望むだろうよ」



そう、彼らはアレクシスが敷いた罠の手前にあった町に入ると、勝手に避難した住民の家を住み家としていた。そして町中から残されていた財貨を熱心にかき集め、『神への供物』として奪った。

食料は軍が周辺各村から奪ってきた食料や収穫物を供与され、彼らは飢えることもなく以前と比べ格段に豊かな生活を送っている。


そのため略奪品は、神を称える行軍によって積まれた功徳に応じ、神の慈悲によって下されたものと信じていた。



「ではこの先も、我らが攻勢を掛ける時に矢除けとして、せいぜい役に立ってもらわんとな。

転向した裏切り者共を離間させるためにも、最後は派手に死んでもらう」



そう、リュグナーらのが内に秘めた目的は4つあった。


ひとつ、憎むべき小僧の新領土を徹底的に荒らし、国力を削ぎ旧国境の向こう側へ押し込むこと。

ひとつ、その過程で小僧の持つ戦力を削ぎ、あわよくば皇王国出身の兵たちを離間させること。

ひとつ、誘いに乗った三国の戦力を消耗させ、戦功として少なくともその一国を手に入れること。

ひとつ、第一皇子の勝利に貢献し、来る日にカイル王国と小僧の国、双方を滅ぼす出兵を誘うこと。


この悲願を達成するため、イストリア皇王国と正統教国、そしてヴィレ、リュート、カイン王国はその贄としてすり潰しても構わないと考えていた。



「我らは既に先陣を切り戦果を残した。であれば、次は残る三国が身を切る番であろう。

例え小僧らが勝利したとて、三万五千の軍と対峙すればそれなりに疲弊するっだろうからな。

まして今回、我らは勝利する必要はないのだ」



そう言うとリュグナーは冷たく笑った。

この点ではリュグナーとハーリー公爵の思惑は完全に一致していた。



一方、その三国のうち最も早く戦端を開いたのは、中央を進むカイン王国だった。

左右に友軍が進行して安全が確保されたと思っていた彼らは、前面に見せしめとして人質を磔にして敵襲を防ぎつつ、途中の町や村で略奪を進めながらゆっくり進軍していた。


その先に、偵察部隊から得た情報を元に裏道を先行し、街道脇の林に身を潜めて敵軍の到来を待つ軍の存在に気付くこともなく……。


そして遂にその時は来た。



「これ以上盗賊の類に好きなようにはさせん!

これより賊を激発させ伏兵が潜む場所まで誘引する。一兵たりとも故国へ帰さん、我に続け!」



そう味方を叱咤したソリス侯爵は、二千騎の騎馬隊を率いてカイン王国軍の中軍に突如遅い掛かった。

彼らは人質の並べられた最前列ではなく、密かに時計回りに進路を取り敵軍を迂回すると林に潜み、ずっと好機を窺っていた。


そして頃合い良しと、一万の軍勢の中軍から後衛付近を進む軍列に襲い掛かったのだった。



「て、敵襲っ!」


「応戦だっ、直ちに軍を左にっ!」


「何故奴らは横から来るのだ? ぜ、前衛は何をしている!」


「左からだと? ありえんっ。ヴィレ王国軍は何をしているか!」



そもそも戦の経験がなく、数の優位と左右に友軍が展開していることに慢心していた彼らは、慌てふためいて現れぬはずの方向から襲って来た敵軍に対し混乱し、緩慢に迎撃態勢を整え始めた。



「ふん、素人めが! ここは広い戦場、友軍と何キル離れていると思っているのだ。

我らが堂々と街道を進み、貴様らと正面から対峙するとでも思っていたのか?」



侯爵は敵軍の醜態をあざ笑うと、挑発するかの如く縦陣で逆進しながら並走し、徐々に敵軍と距離を詰めていった。

そして頃合いを見て鐘を鳴らし、一斉に馬足を落とすと、200メルの距離から一斉にエストールボウの矢を放っていった。



「やはり長く伸びた隊列では効果的な風魔法による射撃支援は叶わんか。風魔法士も数が足りんな。

だが、奴らは戦慣れしていないことは明らかだ」



侯爵の呟き通り、二千本もの矢も敵軍に痛撃を与えるまでには至らなかったが、それなりの被害を受けたカイン王国軍の陣列は大きく乱れ、効果的な反撃すらままならない様子だった。



「これより敵軍の側面を削り取ったのちに反転! 味方の潜む場所まで引きずり出す!

我に続けっ!」



ソリス侯爵の命により、第二軍の騎馬隊は車懸かりの陣さながらに、側面を削り取りつつ一撃離脱戦法を取り、カイン王国軍の側面に痛撃を与え始めた。



「なっ、何をしておるか! 敵は多くて二千、圧倒的に少数ではないか。迎撃っ、アレの迎撃はまだか?」



「敵襲に備えて全て前列に配備しており……、対応、間に合いませんっ!」



それは悲鳴に似た返答であった。

本来なら正面から現れた敵が、人質の存在に逡巡する隙を狙って掃射し殲滅するよう配備されていた、彼ら自慢の決戦兵器がまるで役にたたないのだから……。



「ええい、歩兵隊は固まって左翼に壁を作れ! 騎馬隊、奴らは少数ゆえ追い縋って殲滅しろっ!」



抜剣して叫ぶカイン王国軍の総司令官、第二王子の命令は前線に空しく響くだけだった。

もともと歩兵や騎馬隊の配置が戦理に適ったものではなく、混乱する味方が邪魔で集団として対応できないのだが、彼にはそれが理解できていなかった。



「笑止! 敵は混乱し追撃どころではないようだな。全騎、時計回りに進み再突入せよ!

然る後に整然と後退する」



ソリス侯爵は敵軍の動きが悪いことを看破すると、再突入を指示し大きな車輪が回転するかの如く再び襲い掛かって来た。


彼らはまるで電動のこぎりが木材を削りとるように、混乱し醜態を見せる敵軍の左側を削り取っていった。



「追えっ、追撃しろ! あのような小勢にいいようにされては、我らの沽券に関わるわっ!」



焦る第二王子の脳裏には、格下と子馬鹿にしていたヴィレ国王のあざ笑う顔が浮かんでいた。

このまま戦果も挙げれず、無様に敗退したともなれば他の二国に大きく後れを取ってしまう……。



「ふっ、愚か者共が。戦いとは何たるかを身を以て知るが良いわ」



疾走する馬上でそう呟いたソリス侯爵は歴戦の勇将であり、敵が大軍であるが故の弱点を熟知していた。


一万対二千、圧倒的に優位な立場にあるにも関わらず、一方的に蹂躙された彼らは、きっと怒りに狂い追い縋ってくるはず。それが大軍を擁する者の心理だからだ。

まして、優位にあると分かっているからこそ、人質に危害を加えることもないだろうと予想していた。


それ故敢えて、全軍を率いることなく少数の奇襲部隊を編制していた。



「追えっ! 追い縋って奴らを皆殺しにしろっ!」



カイン軍は第二王子の指示により、三千騎の騎馬隊と二千名にも及ぶ軽装歩兵が追撃に移り、陣列は更に乱れていった。



「見事な『釣り野伏』デアルな……。恐らく逃げた先に伏兵を配しているのであろうな」



この乱戦を、小高い丘の上から眺めていた男は、ソリス侯爵率いる第二軍より提案のあった迎撃作戦に呼応するため、敵陣近くまで軍を進出させていた。



「勝機デアル! 我らはこれより偃月陣を敷き偽装部隊を先頭にして敵軍に突入する!

先ずは敵の前衛を背後から襲い、囚われた民たちを解放する!」



第一軍を率いるゴーマン侯爵は、そう声を上げると大きく右腕を振り下ろすと、彼に率いられていた第一軍は雪崩をうって丘を越え、敵陣に向かって襲い掛かった。



「右方向に新たな騎影!」


「て、て……、敵襲っ?」


「リュート王国軍ではないのか?」



彼らは一瞬、右方向から現れた軍勢を友軍と見誤った。

何故なら、先頭を進む騎馬に掲げられていたのは、見まごうことのない友軍の旗だったからだ。

いや、実際はそれに似せた偽物だったのだが……


そのため、迎撃態勢を整えるのが一瞬遅れた。

まして、中核を成す騎馬隊や身軽な軽装歩兵は追撃戦に移り、先程奇襲してきた敵軍を追撃している。


戸惑う敵軍を一蹴し、精鋭無比の第一軍は彼らの前衛に襲いかかった。



「敵の大軍だぁっ!」


「ひっ、卑怯なっ!」


「もうダメだぁっ……」



戦慣れしていない彼らは、三千騎以上の騎馬が大地を轟かし突撃してくる様に怯えた。

騎馬隊や軽装歩兵を第二軍の追撃に出していたとはいえ、まだ彼らには五千の兵力がいた。

本来なら同数であった第一軍を、自軍をも超える大軍と見誤ってしまった。


そして突入を受けた前衛は統制された防御陣を敷くこともなく、我先に背を見せて逃げ出した。



「卑怯だと? 戦いとは命を懸けた騙しあいデアル! 

まして、無辜の民を質とした貴様らが言うとは、片腹痛いわ!」



眦を上げて先陣を切るゴーマン侯爵は、最優先で人質となり磔にされていた民たちを救うと、以後の対応を歩兵に任せ、騎馬隊は中軍から後衛に襲い掛かった。



「ひぃぃっ!」



新たな敵軍の参戦に、第二王子はこれまでの尊大さを忘れたかのように、情けない悲鳴を発した。

足は震え、愛馬のたてがみにしがみつくことで、なんとか落馬をま逃れていた。



「殿下、ここは我らが支えます。どうかお引きをっ!」


「ど、どこに引けと言うのだ?」


「御免っ!」



彼に応えることなく部下の将は馬の尻を槍ではたき、主君を危険な戦場から押し出した。

そして……、既に相当数討ち減らされていた兵卒を率い、敵軍に突入していった。



この頃、ソリス侯爵率いる騎馬隊を追撃していた者たちも、過酷な運命に翻弄されていた。


絶妙な距離を保ち逃走する彼らに追い縋り、あともう少しで最後尾に追いつくと思った瞬間、変化は起こった。



「全騎、左右に展開し反転、これより反撃に転じる!」



縦陣を敷き先頭を進むソリス侯爵らが反転し、まるで先頭から花が開くように左右に反転した軍は、これまで進んできた進路を逆走して反撃に転じた。


同時に、それを待っていたかのように左右の森や丘、岩場の陰から三千名近い兵たちが一斉に姿を現し、射撃体勢に入った。



「全軍、一斉射撃用意! 鐘、連打始め! 然る後に三打!」



キーラ団長代行の指示で、友軍に『時』を告げる鐘が打ち鳴らされ始めた。

そして彼女の手が振り下ろされると、ゆっくりと三打を響き渡らせた。



「敵の伏兵だぁっ!」


「と、止まれっ!」



先頭を進む騎兵たちの叫びも虚しく、疾走する彼らに向かい三千本もの矢が十字砲火となって襲い掛かった。


敵に追いつくべく全力疾走していた彼らは、矢を受けて愛馬と共に盛大に転倒し、後列の馬蹄に踏みつぶされていった。



「精密射撃開始! 発射自由!」



キーラから新たな命が発せられると、三人一組となった射手たちが、今度は正確無比な千本の矢を間断なく放ち始めた。



そこに反転して来た騎馬隊が襲い掛かり、矢で討ち漏らした敵兵たちに襲い掛かった。

リュート王国軍は圧倒的優位で追撃していた筈が、既に矢で討ち減らされ、圧倒的少数で絶望的な戦いを余儀なくされた。


そして……、追撃した軍勢は僅かな脱出者を除き壊滅した。



この戦いで第一軍と第二軍は、連携して人質を奪還することに成功し、カイン王国軍に壊滅的な損害を与えつつ、自軍の損耗は無視できる範囲で勝利した。


カイン王国の第二王子は、討ち減らされて三千名にまで減った軍と共に、隣を進むリュート王国軍の軍列に逃亡することとなった。



守備軍は快勝に沸いたが、これはまだ小さな勝利であることも、各首脳部の者たちは自覚していた。

そしてこの先、不可思議な行動で大きく局面を動かす者たちが現れた。

最後までご覧いただき、誠にありがとうございます。

次回は『廃都ローレライ』を投稿予定です。

どうぞよろしくお願いいたします。


※※※お礼※※※

ブックマークや評価いただいた方、本当にありがとうございます。

誤字修正や感想、ご指摘などもいつもありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
何百話ぶりの綺麗なパパン。 戦術MAXの生粋の現地指揮官はやはり刺激が無いと生きていけないのかな。
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