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第三百六十二話(カイル歴515年:22歳)北部戦線① 欺き、欺かれる者

最後にお知らせがございます。

よかったら是非ご覧ください。

帝国北部に侵攻したイストリア正統教国軍に対し、アレクシスはウエストライツ王国軍及び、ドゥルール子爵率いる帝国軍に戦略的後退を指示し、より後方の拠点に罠を張ってから二日が過ぎた。


国境より侵攻した彼らは、進軍する途上にあった村々を襲い、物資や収穫物を根こそぎ奪いながら北進し、アレクシスらが待ち受ける隘路から時間的距離で半日手前の位置まで進むと、突如として進軍を停止した。

それはまるで、守備軍の思惑を嘲笑っているかのようであった……。



同じ時期、帝国北東部に広がるイストリア正統教国と帝国との国境付近の大地を、逸るヴィレ王に押し立てられた三国の軍勢が、北へ北へとグリフォニア帝国領を進んでいた。


彼らはまるで無人の野を進むが如く軍を推し進め、その侵攻はすこぶる順調だった。

だが……、侵攻が順調なだけで得るものは殆ど無かったのも事実だ。



「一体どういうことだ? 何も無いではないか?」



「はっ、どうやら奴らは戦わずして軍を引いたようでして……」



的外れな側近の答えに、ヴィレ王は苛立った。



「ここまで進んでも我らに何の益も無いではないか! そう言っているのが分からんのか!」



彼が期待していたのは、単に新たな領地を得ることではない。

そこからもたらされる収穫であり、財貨であり、人を得るためにこそ土地を奪うのだから。


だが、侵攻した村々に住まう人々はあらかた安全な後方へと避難しており、残った人々や農地、彼らの財貨は全てイストリア正統皇国軍に接収されていた。


まだ完全に実り切っていない農作物も全てが刈り取られており、3カ国の軍勢が侵攻した先々には、まるで蝗の大群に襲われた後のような大地が、ただ虚しく広がるだけであった。


彼らの進路上に点在した村々は、根こそぎ刈り取られて荒らされ畑と、火が放たれて燃え残った家屋の焼け焦げた残骸しか残っていなかった。



「あの狂信者共めっ、『領土的な野心はない』と言いつつ、中身だけを全て奪い尽くしておるではないか!」



そう言ってヴィレ王は怒りのあまり毒付いた。

これでは侵攻して土地を奪っても何も得るものがなく、糧食すら現地調達することが叶わない。



「陛下、この先どうなされますか? 

こうなっては一旦軍を引き、国境近くまで撤退することを具申致し申す」



彼の心を見透かすように、当初から今回の出兵に反対していた老将が言葉を挟んで進言する。



「例えこの地を版図に加えたとて、次の実りまで守り切らなければなりません。

ですがそれを耕す人もなく、種すら失われているようです。

ましてこの地は守備に不利な地勢、このことは陛下もご理解いただけることと思われますが」



老将は臆することなく、自国の王を真っ直ぐ見つめて意見を述べた。

その瞳には強い意志と一抹の翳りがあった。


ディバイド大王であれば……

初代ヴィレ国王ならば……

そんな思いがつい、彼の頭をよぎってしまう。



『やれやれ、長生きするもんじゃないの。儂も引き際を見誤ってしもうたわ。

よもや斯様なろくでもない戦いに身を置くことになろうとはな……』



そんな思いの中でも、最善を尽くすため意見を言うことは止めなかった。



「そんなことをしてみろ! 余はいたずらに兵を弄び、ただ物資を浪費しただけの愚王と呼ばれてしまうではないか。そして、好機を見逃したとの謗りも受けよう」



「好機……、ですか?

今なら大きな痛手を被ることなく撤退が可能です。

それこそが何よりの戦果であるかと」



「戦果だと? 果実を得ずに何を以って戦果と言うのだ!」



「帝国領に侵攻し、かの国が内乱に関与する機会を失わせた。これで帝国の彼方(第一皇子)には面目が立つのではありませんか?」



「それが何だと言うのだ! もう良い、其方には前衛軍一万の指揮を預けてあるであろう。あの生意気なリュート、カインの王子共に遅れを取らぬよう、采配をふるうがよかろう」



老将は思わず瞑目した。

目の前にいる主君は、戦略全体を俯瞰して見ることができないのだ。


この戦にて、帝国(第一皇子陣営)が望むことはふたつ。

敵対する第三皇子の盟友(ウエストライツ魔境公国)を内乱に介入させないことだ。

そして自分たちと公国が戦う過程で、互いに戦力を失い疲弊することだ。


ならば小国が生き残る手段として、彼らの思惑には乗るが期待には添わない(=戦いで疲弊しない)ことだ。



『それが理解できる器ではないということか……』



老将は心に浮かんだ言葉を飲み込んだ。

ディバイド大王であれば……、いや先代の国王たちであれば、このような立ち回りを簡単にやってのけていただろう。



「それでは……、私が率いる一万の軍勢は、味方(三か国連合軍)が極力兵を損なわないよう、独自の動きを採らせていただきます。それでよろしゅうございますな?」



「ふん、当然のことだ。何のため其方には余の直営部隊より多くの兵を預けていると思っているのだ。

味方(ヴィレ王国軍)の兵を損なわないよう配慮しつつ、他の二国に負けない戦果を挙げてみせよ」



「お言葉、しかと承りましたぞ

しかし戦果と言っても……。このままイストリア正統教国の後塵を拝んでいてはそれもままなりませぬな」



「分かっておるわ! 我らは一旦、蝗が襲った地を後退して一旦軍を敵地(第三皇子領)から引く。

然る後に西へと転進して奴らの守りが手薄な中央部から北上する。理由は分かるな?」



「敵軍は東側に集結しておりますゆえ……」



「では其方と預けた一万の兵で露払いは任せたぞ」



「承知いたしました。ですが……、決して深入りなされませんよう」



そう言うと老将は踵を返して、前衛部隊を進発させるため去っていった。

この時のやりとりで、二人にあった小さな認識の違いが、後々になって大きな齟齬となる訳だが、今の時点でヴィレ王は気付いていなかった。



目障りな男を追い出すと、ヴィレ王は改めて一息ついて側近に尋ねた。



「で、今のところニ国の動きはどうなっておるか?」



「我らと一定の距離を保ちつつ後方に付いて来ております。

両軍とも何ら戦果を得られていない現状に不満を抱き、どうやら両国の王子は暴発寸前のようですな。

このままでは我らでも抑え切れなくなりましょう……」



「ははは、焦っておるなら丁度良いわ。奴らに使いを出せ!

『これより我らは一旦後退し西へと転進するが、続いて戦果を得られるもよし、帰国されるもよし。

我らと共に進む先には、蝗に襲われていない村ばかり。それらは切り取り勝手放題とするので、存分に戦果を得られたし』とな」



「はっ、ですが……、よろしいのですか?」



「ああ、奴らを繋ぎ溜めておくには餌も必要だろう。仮に我らが奥深く進んでも敵軍は寡兵、何か所も迎撃するために軍を分散する必要があるだろう。

そんなことをして効果的な迎撃などできるものか。

奴らはもとより、我らの半数しか兵がおらんのだからな」



「承知しました。それで我らと二国の進路は?」



「我らは貪欲な蝗(イストリア)から距離を取り、最も友軍から離れた西側を進む。

そして蝗のいない大地で奪える物は奪い尽くす。奴らのようにな」



「危険ではありませんか? 敵中に孤立する恐れが……」



「ふん、どうやって迎撃に来るのだ?

奴らの軍は、狂信者たちを迎え撃つために東側に集中しておるわ。仮に一部を割いて迎撃に出したとしても、東から西へと広がって対応せざるを得ないだろう。それこそ我らの思う壺だ」



「なるほど……、それで最も西を進まれるのですな。二国の軍を壁にした状態のなか……」



「はははっ、彼らは自身で壁となる進路を選択するのだ。余の預かり知らんことよ」



こう言うと、ヴィレ王は陰鬱な笑いを浮かべた。

彼の脳裏にも戦後の未来図が明確に描かれていた。


ひとつ、戦に乗じ帝国領から食料や財貨を奪うこと。

ひとつ、友邦二国を略奪に夢中になるよう焚き付けること。

ひとつ、この二国を可能な限り前線に突出させること。

ひとつ、反撃に出た敵軍により、二国の兵をより多く損耗させること。

最後に、今回の戦いで損耗した二国を戦後吸収し、かつてあった王国としての国威を取り戻すこと。



彼はリュグナーに唆されたと見せて、実は密かに異なる思惑で動いていた。

帝国側に広がる領地の切り取り自由など、老将から指摘を受けるまでもなく眉唾ものと思っており、別の意味で誘いに乗ったと見せて、自身が描いた未来図に導こうと考えていたのだった。



これは、ハーリー公爵、リュグナー、そしてヴィレ王が三者三様にそれぞれ表向きの約定とは異なった思惑を持ち、同じ船に乗っているに過ぎなかった。



「我らはやむを得ず侵攻先を変更して最も西側から進む。未だ狂信者どもが蹂躙していない大地の実りと、その地に眠る財貨を接収すべく動く。リュート、カインの軍にもその旨を伝えろ!」



リュグナーやアゼル指揮下の軍が、徹底的に侵攻先の村々から奪い尽くしたのも、後から来る三国の軍をより西へと誘うためだった。

そして今、彼らは敢えて盾として連れてきた民たちを停止させ、まるで三国が帝国領深くへ動くのを待っているに過ぎない。


なのでヴィレ王の動きもまた、彼らの望んだ通りになっていた。



「ですがよろしいのですか? あの王子たちの増長振りを見て思うに、切り取り勝手となると彼らは全く統制が取れなくなると思われますが……」



「それで良い。精々その欲望を満たすため暴れまわってもらおうぞ。

どちらの王子とも尊大な野心を胸に秘めておるようだが、あ奴らが思うほど戦は簡単なものではなく、抱く大望に比して自身の器は大きなものではないからな」



自身と同じ次元のものなら、その為人ひととなりもよく見えるものだ。

そういう意味では、ヴィレ王が二人の王子を指して言った言葉は、まるで鏡に映すように当の本人を指していたのだが……


彼の祖父であるディバイド大王の辛苦を知る三人の息子たちは、互いに争いながらも道理を弁え、必要ならば大局に立って協力もしていた。


だが、末弟の息子であるヴィレ王には祖父が政治に苦慮していた記憶はない。

まして、そのひ孫となる若いリュート、カインの王子たちは論外である。


『切り取り自由』の連絡を受けると、二人の王子は狂喜して軍を進発させた。

最も格下にも関わらず今回の出征で盟主を気取るヴィレ王を出し抜くために……。

最後までご覧いただき、誠にありがとうございます。

10/10日に情報解禁となりましたとおり、書籍版四巻の発売が12月14日(土)になりました!

今回はなんと、コミック一巻と同時発売となります!


活動報告に詳細は記載しておりますが、書籍版をお読みいただいた方は、今回も冒頭から「あれ?」と思っていただけるエピソードを追加しており、なろう版と比べて各所をバージョンアップさせています。


既に予約も開始しておりますので、どうぞよろしくお願いいたします。

※詳細は活動報告をご覧ください。


次回は『矢の伝騎』を投稿予定です。

どうぞよろしくお願いいたします。


※※※お礼※※※

ブックマークや評価いただいた方、本当にありがとうございます。

誤字修正や感想、ご指摘などもいつもありがとうございます。

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