第三百六十一話(カイル歴515年:22歳) 南部戦線⑤ エンデ陥落
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第一皇子軍の怪しげな動きを見た守備隊長は、嫌な予感を感じたため急ぎ踵を返した。
撤退を指示するため、所定の行動に移る必要性を感じたからだ。
彼は外郭の堀から出丸に戻る際、敢えてゆっくりと歩きつつ、右手に持った指揮棒を高く掲げてて大きく、そしてゆっくりと回した。
その刹那……
「応っ! 応っ! 応っ!」
北の出丸に身を隠していた1,500名もの兵たちは、一斉に鬨の声をあげた。
その声は、堀の向こう側にて攻撃準備を進めていた、グロリアスの陣営にも大きく響き渡った。
「ちっ、やはり奴らはやる気だな。グラートの増長振りが配下まで浸透していると見えるわ。
これで遠慮はいらん、徹底的にやれ!」
「殿下、せめて初撃は威嚇を行った上で恭順を促しては……」
「ならん! 奴らは十分やる気ではないか。
あのような小勢に舐められたとあっては余の沽券に関わるわ! 望み通り無礼討ちにしてやれ」
ハーリーでさえ最近は手に余る第一皇子を、側近たちで抑えることは不可能だった。
もちろんこの大音声は、守備側の士気旺盛を伝えて挑発するためのものであり、同時に即時撤退を伝える合図でもあった。
だが彼らは、そんなことを知る由もない。
「やれっ! 我らの道を遮るものは灰燼に帰せ!」
グロリアスは大きく手を振り下ろした。
同時に、雲一つない空に多数の雷鳴が轟音となって響き渡り、雷撃と業火の火球が空を駆けて出丸を襲った。
目を眩ますほどの閃光を放つ雷撃は城壁上を薙ぎ払い、降り注ぐ火球は一帯を業火に沈めた。
容赦ない一方的な攻撃に両陣営の兵たちも戦慄するなか、第一皇子は満足気な笑みを浮かべて出丸が焼け焦げ、粉砕される様子を見ていたという。
その後も断続した射程外からの魔法攻撃が続き、エンデの外郭を守る出丸は成す術もなく灰燼に帰して焼け落ちた。
そこを守る1,500名もの守備兵とともに……。
「ふはははっ! 脆い、脆すぎるわっ!
余の前では、こざかしい狐めの防衛陣など砂上の楼閣に過ぎんわ」
高笑いするグロリアスとは対照的に、あまりの惨状に側近たちは口元を歪め目を背けていた。
もちろん彼らも、相当の覚悟を持ってこの戦いに臨んでいるし、真の敵とする者が誰かを弁えている。
真っ当な戦いであれば、それが友軍相手でも気後れすることはなかった。
だが、目の前で展開されたのは、無抵抗の友軍に対する一方的な虐殺でしかない。
主君のように高笑いするなど、決してできなかった。
「それにしてもハーリーめ、良き切り札を用意していたではないか。
余はてっきり、前回の戦いで離散して失ったと思っていたからな」
そう、闇を司る長老から預けられたもの、それはかつてフェアラート公国の反乱軍から預けられた、魔法兵団50名の生き残り、30名程の魔法士たちであった。
彼らは乱戦の中、密かに闇の氏族により保護され、タクヒールらに捕縛されることもなく生き残った。
タクヒールも戦後、彼らの行方を確認するため魔境を調査し、帝国の第三皇子、フェアラート国王にも存在の確認を行っていたが、行方知れずのままであった。
魔境での戦いであるため、魔物に襲われて命を落とした場合は、死亡の確認すらままならない。
しかも戦後は連戦に次ぐ連戦で、じっくり調査する余裕すらなかった。
故国の反乱軍が一掃されたなか、魔法兵たちにも帰るべき故国は無くなっていた。
そのため彼らも、第一皇子と命運をともにすることに懸けていたのだ。
「では、瓦礫を利用して堀を埋め、直ちに進路を確保して先へ進む。
この期に及んで抵抗するとなれば、街も焼き払えばよいことよ」
このグロリアスの非情な命令は、実行されることがなかった。
魔法による一方的な攻撃に戦意を喪失したのか、北の外郭以外を守っていた兵たちは遁走し、残された街の住民代表たちが、自ら門を開き彼らを迎え入れたからだ。
エンデの街の城門は大きく開け放たれた。
これにより、第三皇子たるグラートの拠点都市エンデは陥落した。
一万余名の軍勢は、帝国とエンデを守る救世主と称して城門をくぐったが、それは歓迎されることのない勝利だった。
そして予想された通り、彼らの仮面は直ぐに剥がれ落ちる。
入城後直ちに、グロリアスは敵軍の食料を接収しようと試みた。
だが……
「ふざけるな、食料が全くないとはどういうことだ? ここは奴の兵站拠点だろう」
「はっ、軍の管理する食糧庫は全て空になっておりました。どうやら奴らは、食料を伴って遁走したようです」
「ちっ、飼い主の躾が行き届いているとみえるな。逃げる時もまず食料の心配か……
では街の保管庫はどうなのだ? 軍に供するため、それなりの糧食や物資が集積されていると聞いたが……」
そう、グロリアスが早々にグリフィンを出立してエンデを目指したのは、正にこれを押さえるためだった。
そうすればグリフィンで調達して輸送するという、迂遠なことをしなくても、最前線で現地調達できるからだ。
「それが……、街の中の倉庫という倉庫、商人どもの保管庫に至るまで調べ尽くしましたが……、ありません」
「なっ! どういことだっ」
「領民の代表が申すには、ここが兵站拠点であったのは、ビックブリッジに砦が建設される前のことらしく、今は備蓄も少なく、今回の戦いに備え余剰は全て前線に輸送済とのことです」
「それでも領民どもが日々食つなぐ程度の食糧はあるだろう! ここには数万の者たちが住んでいるのだからな。
奴らから調達すればよかろう?」
「領民から徴発する……、のですか?」
「余は調達、と言ったぞ。
領民どもには、ここがスーラ公国の野蛮人どもに蹂躙されても良いのか? そう言って提供を促せ」
「その……、提供を拒んだ者には?」
「帝国を守護する任を受けた我らに協力すること、これは帝国臣民の責務である。
それを忘れてごねるような奴は、利敵行為とみなして捕縛し牢に入れろ! 多少強引でも構わん。
それで奴らも大人しくなるだろう」
「そこまで……」
「ああ、当然のことだ。奴らは基本的に敵地の領民だ。その報いは受けてもらわんとな。
それに文句を言う奴は、今回の戦いで消える」
この様な経緯の後、エンデの住民たちにはグロリアスの敷く圧政に苦しめられることになった。
もっとも、これは狐と狸の化かしあいの始まりとも言えた。
領民たちも、このことを予期していたように食料を秘匿し、一見すると街には何も食料が残っていないかの様に振る舞っていた。
「我らには食料の余裕などございません!
どうぞ納得いくまでお調べください。それに、残った食料を徴発されれば、明日の食事さえ事欠きます」
口々にそう言っては第一皇子の兵たちを煙に巻いていた。
何故なら彼らは、事前にジークハルトが発した布告により、対策が成されていたからだ。
-------- 布告 -------
ひとつ、これからの戦いでエンデが戦禍に巻き込まれることのないよう、この街の持つ兵站機能をビッグブリッジに移行する。
ひとつ、輸送しない余剰食料は、街の住民へ均等に分かち与える。
ひとつ、戦争の混乱に乗じ、不逞な目的を持つ者が街を訪れることがある。それに備えること。
ひとつ、各家は食料を安全な場所に隠し、武力による徴発に備えること。
ひとつ、万が一の際も落ち着いて行動してほしい。守備兵たちは密かに街に潜み、皆の保護に努めるだろう。
街の住民は全て、かつて敵国に蹂躙されたこの街を救い、最前線を支える都市として発展させた、第三皇子を熱烈に崇拝する者たちばかりだ。
そのため、第一皇子がエンデの民を敵国人と呼んだのも、あながち間違いではない。
彼らは、殲滅されたと思われていた、街の北側を守備した兵1,500名ととともに、各所でもっともらしい理由の元、サボタージュを展開していた。
折角エンデを占領したものの、グロリアスに率いられた軍は、表面上は従順だが積極的に協力しない領民たちに苦悩することになった。
彼らは、食料を始め十分に兵站を整えたハーリー率いる二万の軍勢が到着するまで、エンデで細々と食い繋ぎ逼塞するしかなかった。
とはいえ、エンデを奪われた第三皇子の軍勢もまた、完全な包囲網の中で孤立することになった。
既に一線を越えた第一皇子に、もはや友軍としての遠慮呵責はない。
完全包囲下にあるジークハルトが、唯一の活路と期待するタクヒールも、まだ道半ば、広大な帝国領を南へと急ぐ途上にあった。
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