第三十六話(カイル歴504年:11歳)もうひとつの切り札
「今日はタクヒールさまに紹介したい者がおります」
レイモンドさんに引き合わされたのは、【前回の歴史】でも俺に関わりの深かった女性だった。
俺の前に跪いている、深い緑の髪の女性、記憶にある面影よりは若干幼い感じがした。
「彼女は若いながら優秀で、文官見習いとして採用した後、私が直接鍛え、この一年間テイグーン開拓地で代官代行をしていた者です」
「ミザリーさんっ!」
「なんと! ご存じでしたか?」
やべっ、思わず言っちゃった。
「あ、傭兵団の方から聞いたことがあって……、テイグーン開拓地で緑の髪の女性で凄い人が居ると……」
嘘だけどね。
訝しがるレイモンドさんに、冷や汗をかきながら、なんとかその場を取り繕った。
「既にお聞き及びとは知りませんでしたが、彼女は将来、タクヒールさまがテイグーン開拓地を治める時にお役に立つよう、現地に駐在し開拓地の実情を調査、把握させておりました」
「手を打っていただいてたのですね。助かります」
そう、【前回の歴史】では5年後、疫病で両親、レイモンドさんを失い、俺がソリス男爵家を継いだ時に支えてくれた人物で、内政面では俺を支えてくれた彼女。
突然3人の大黒柱を失い、急速に傾きつつあったエストール領を支え、【権限なし領主】と揶揄された俺を支え、最後まで付いてきてくれた人だ。
彼女がいたからこそ、疫病と大飢饉のあとも、ソリス男爵家はなんとか持ちこたえる事ができ、俺にとっては大恩人だ。
【前回の歴史】では彼女が23歳(俺が15歳)の時、初めて会った。なので……今は19歳かぁ。
既に頭角を現しているって、やっぱり彼女は凄いな!
今回は初めて会う、という事だから気を付けないと。
彼女と2人で、必死になってエストール領の内政に取り組んだ日々が走馬灯のように頭をよぎった。
「タクヒールさま? 彼女は明日再び任地に戻りますが、私と共に、彼女のテイグーン開拓地に関する報告を聞いていただけますか」
あ、いかん、ボーっとしてた。
そこから、改めてミザリーさんからの挨拶を受け、テイグーン開拓地の現状を聞いた。
<テイグーン開拓地の現状>
「当初は人口50人程度で小さな村以下、その程度の場所でしたが、傭兵団含め、現在は300人規模の小さな町となっております」
・魔境に入る者の避難所、休息所として存在
・大飢饉の後に開拓地として200名程が入植している
・護衛として双頭の鷹傭兵団も交代で駐留している
「テイグーン山自体は、断崖と崖に囲まれ険しい山ですが、中腹部分に三角形状の平坦な土地があり、そこは農地には適さず、農民の入植は既に頭打ちですが、魔境に近い安全な避難場所として、小さな商店や宿も並び、価値を見出しつつあります。
最近は魔境の産品の価値が上がり、魔境に入るものも増えつつあります」
・底辺約10キル(≒km)高さ約5キル(≒km)の広さ
・その平地部分、頂点部分に町が設けられている
・人口が増えたため自給自足はできず、交易が生命線
・入植者の多くは男爵家が指揮する建設工事で生活
「魔物から獲れる触媒……、それってあれですよね?」
「はい、ここ最近領内では、通常あり得ないほど触媒の需要が高まっておりますので……」
レイモンドさんが笑いを堪えて回答した。
やっぱ俺のせいか。
これまで高値過ぎて、辺境ではほぼ取引されなかった触媒を、どこかの誰かが、バンバン使ってるしね、たぶん今後も……
「町の開発状況はどうですか?」
「そうですね、大きな予算もないため、人手を使い少しずつ行っております。ただ、まだやっと住める場所になった、そういうレベルです」
そうだよね。3年前に俺が8歳の時に言いだし、具体的な予算もない中、レイモンドさんができる範囲でコツコツとやってくれてた感じだよね。
「彼女は信頼いただいて大丈夫です。今後どうしたいか、タクヒールさまのご存念をお話しください」
レイモンドさんの言葉で、まだ彼にすら話していない構想までぶっちゃける事にした。
「大規模な開発はまだ待ってください。
正式な予算が確定次第、地魔法士たちを動員して、一気に開発を進める予定ですので。
最終的にはテイグーン一帯で、1万人を抱えられる規模の街にしたいと考えています」
「えっ!」
ミザリーさん、明らかに動揺してるよね。
単に今の言葉だけ聞けば……、これだけ聞けば、子供の妄言、そんな感じにしか思えないよね。
かなりびっくりした顔のミザリーさんを尻目に、レイモンドさんはいつも通りニヤニヤしてるけど。
俺は説明を続けた。
「いきなり巨大な街を作るつもりはありません。
先ずはエストの街と同等の規模を目指し、1万人規模とは、戦時の駐留兵を含めての最大数字です。
定住人口で言えば、2千人から3千人です。
将来的には、天然の要害を南の護りの拠点にしていきたいと考えています。
そのため、街づくりは相当余裕を持った規模で進めたいです。
今は、工事に必要な魔法士や文官確保、農業試験を含めた農地の対策、生産物の検討などをこちらで進めています」
・試験耕作地を開拓し、小作農を雇い実験を進める
・試してみたい農法もあり、それの実験も進めていく
・多品種の種芋を手配しており、入手次第これも実験
・独自産業として、養蜂の産業化を検討している
・鉱山開発を進め、鉱山に関わる産業も併せて育成
「これまでは表向きの目的でしたが、他にも裏の目的があります。
ここだけのお話として理解ください。
かの地は、今後の防衛上欠かせない拠点として、守りを強化し、街として発展させていきたいと考えています」
・国境から魔境側を通った侵攻ルートを危惧している
・同様に隣領にも警戒しており、防衛拠点が必要
・要塞都市を起点に、魔境の開発も進めていきたい
・安全性を考え、軍の駐屯地としての位置付けも検討
などをざっと話した。
「正直、今のお話は夢物語と思われると思います。でも、これを現実にすべく日々動いています」
「お噂はかねがね聞いていましたが……、驚きました」
呆れたのか驚いたのか、その両方なのかは分からないが、ミザリーさんは絶句し、やっと言葉を吐いた。
「私としては、今のお話で農地対策と試してみたい農法、産業としての養蜂には興味がありますねぇ」
「バルトが持って帰ってくる大量のガラクタ……、ここに答えがあります。
彼が帰ってきたらお話ししますよ。
養蜂は、今は毎回野山で巣を探し、集められている貴重な蜂蜜を効率的に大量に集める方法です。
道具が完成し時期がくれば、お話ししますよ」
「どちらも楽しみですね。是非お待ちしています」
レイモンドさんは何やら凄く嬉しそうだ。
今回はこれで解散となったが、ミザリーさんには、テイグーン開拓地を引き続き見てもらう。
・俺の意向を踏まえ区画を検討、整理していくこと
・水の手、水源の確認を進めてもらうこと
・種芋が入手できれば、先行して試験栽培の実施
帰還後にこれらを、できる範囲で進めてもらう事を依頼した。
いずれ都市計画を学んだ、エラン、メアリー、サシャを連れ、現地を視察し、正式な設計を行う予定だが、それまでの情報収集を主眼に対応をお願いした。
鉱山については、今の世界では俺しか知らない話だ。
【前回の歴史】では、俺が領主になった後、17歳の時にテイグーン山の近くに鉄鉱床が発見される。
有望な鉱山の発見でエストール領は息を吹き返し、採掘された鉱物を運ぶため、テイグーン山からフランの町まで街道が整備されることになる。
フランの町からエストの街までは、既に整備された街道があり、テイグーンとエストの街は街道で繋がる。
ただ、この経緯で整備した街道を【前回の歴史】では、ヴァイス団長に利用されちゃうんだけど……
何はともあれ、優秀で信用できる文官、ミザリーさんがこの時点で仲間になったのは、凄く大きい。
俺は今後のテイグーン一帯の開発に、胸を躍らせていた。
その為にもお金、儲けないとね……
まだ全然足らないし。
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40話ぐらいまで(もう少しできるかもしれませんが)は、毎日投稿していく予定です。
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