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第三百五十六話(カイル歴515年:22歳)三か国連合軍参戦

イストリア正統教国軍の目覚ましい進撃は、多くの者たちに衝撃を与えた。


開戦より連戦連勝で、第三皇子委任統治領深くまで食い込み、やもすればウエストライツ魔境公国の国境すら脅かすまでの快進撃を続けていたからだ。


これは単に、アレクシスの指示により魔境公国軍が幾つかの拠点を放棄し、迎撃に当たるはずの軍が自ら後退しただけに過ぎなかったが、得てして戦果というものは誇大に吹聴されるものだった。


この報に接し、沸き立つ者が二人居た。



「ハーリー、聞いたか?

お前が差配した者どもが、見事にやってのけたぞ!

ふふふ、あ奴らの軍は連戦連敗、拠点を幾つも失って後退しているとのことだ」



「は……、それは私も聞き及んでおりますが……、些か脆すぎやしませんかな?」



「何を申すか。これまで調子に乗った奴らの慌てふためく様子が、手に取るように分かるわ!

所詮奴らは数に劣り、地の利も得れず、魔境という味方なしには何もできんと言うことだ」



「しかし殿下、報告にあった三万の軍勢とは本当でしょうか?

しかもあの三国はまだ含まれていないようですぞ」



「そうだ、まだ含まれておらんのだ!

故に小僧を攻めるのはたかが三万ではない。最低六万ということだ。愉快愉快、これで北は詰んだな。

あとは戦後をどう収めるか、それだけだ」



「まとまりますかな?」



「そのためにあの三国を嵌めたのであろう?

其方の策通り、三国が立ち直れぬほどの痛手を負うためにも、せいぜい小僧には健闘してもらわないとな。こうも一方的では埒があかんわ」



「殿下、それよりも我らは……」



「分かっておるわ、既に帝国全土に檄を飛ばした。

我らもそろそろエンデを接収する頃合いだろう。

今のままだとスーラ公国に奪われかねんからな」



「はい、使いの者からも連絡が入っております。

ジークハルトは、小僧タクヒールにも援軍は求めなかったようですからな」



「ははは、さすが小利口な狐だ。小僧が役に立たぬと見切っていたのだろうよ」



軽快に笑う主人グロリアスの様子を見ても、ハーリーは胸の底から湧き上がる不安を抑えきれなかった。

あれほど自分達が手玉に取られた、あの恐ろしい男たちがかくも簡単に敗退するのだろうか?


長年戦場を往来し、勝利の女神の気まぐれなこと、必ずしも優秀な者が勝利者とはならないことは、ハーリー自身も重々承知している。



これまでの帝国の歴史もそうだった。

現皇帝ですらかつては第五皇子で、皇位継承からは程遠い存在だった。


最も有力視されており、武勇に誉のあった第一皇子がリュートヴィレ=カイン王国を攻めあぐね、攻略に失敗さえしなければ……

いや、正確には失敗というより、意外に頑強だったので軍を引き、体勢を整えて再戦する予定だったとも言われている。


だがその隙を付き、第五皇子たる現皇帝が電撃作戦でローランド王国を攻め滅ぼしてしまった。

その戦功を以って第五皇子に皇位継承が決まり、片や第一皇子は失脚した。


その後、第一皇子は辺境にて飼い殺しとなり、彼を支え権勢を振るっていた有力貴族たちも失脚し、凋落の一途を辿った。



『自分たちは決して、あのように無様な生き恥を晒さない』



それが歴史から学んだハーリーたちの覚悟でもあった。



「殿下、ここからが本当の正念場ですぞ!

まだまだやり遂げねばならぬ事が多くあります故……」



まるで既に勝利が確定したかの様に浮かれる第一皇子に対し、ハーリーは強く戒めた。

全ては今のところ予定通り、いや、期待以上に進んでいる。


だが、ここからの立ち回りによっては、自ら掘った穴に落ちることにもなりかねない。



「ふん、後の細かいことは貴様に任せる!

余はこれより出立の用意を整えねばならんからな」



「お待ちくださいませ! 兵を動かすにはそれなりの準備が必要です。それが整うまでは……」



「これまで散々準備してきたのではないのか?

お前たちはこれまで一体何をしてきたのだ?

余はもうこれ以上待てん故、騎兵のみ率いてエンデに先行する! 貴様は準備というものを整えてから来るがよいわ!」



怒気を纏って出ていく第一皇子を、ハーリーは大きなため息と共に見送った。


出兵計画の立案と実際の出兵準備とは、全く異なるものであり、糧食や物資を整え人員を動かせば、確実に第三皇子陣営に動きが露見してしまう。


だからこそ、最終的な準備は事が決してから行うようにしていたのだ。


だが逸る第一皇子は、ハーリーの制止を無視して騎兵のみ一万騎を率いてグリフィンを発ち、残ったハーリーは万全の準備を行うため、数日遅れて帝国各所から軍を糾合した二万の軍勢を伴い、帝都グリフィンを進発した。


彼らの目指す先は共に、第三皇子の拠点であるエンデの街。

南部戦線はこれより、第二幕へと突入する。



北部戦線の趨勢を握るとも言われた三国、その中でも特にヴィレ王国の王宮は、次々と舞い込んでくる報告に、大いに湧き立っていた。



「皆の者、聞いたか?

奴らは連戦連勝、快進撃で侵攻し今や魔王の領地まで迫る勢いだと言うではないかっ」



「はっ、そのようですな」



「落ち着いている場合かっ! 我らも直ちに国境より軍を出せっ! 全軍の配備は終わっているのだろう?」



「はっ、国境には既に一万余名の兵が集結し、更に増派する五千名も間もなく王都を出発できます。

直ちにその旨、前線の軍司令官に申し伝えまする」



焦るヴィレ国王には邪な思惑があった。

他の兄弟国を出し抜き、優位に立つという……



「あっ、いや……、待てっ!

あ奴ら(他の二国)の動きはどうなっておるか?」



「先ほど届いた知らせによれば、リュート王国、カイン王国はそれぞれ一万余名の軍勢を整え、両国の王太子が軍を統率しておるようです」



「なっ! それを早く言わんかっ!

王族に率いられた軍ともなれば、我が軍が最も格下になってしまうではないか!」



「いえ、我らはてっきり陛下が親卒されるとばかり……。また軍も15,000となれば、圧倒的に優位となり優先権を主張できるものと……」



『ちっ! 余に戦場に赴けと言うのか』



大臣の言葉に、ヴィレ王は心の中で舌打ちした。

自身は安全な宮殿の中から、成果だけをもぎ取ろうとも考えていたからだ。


だが、今となってもそれも叶わぬことと諦めるしかなかった。



「も、もちろんだ! 

余が数で勝る軍勢を率いて出るのだから何ら問題はない。だが……」



ヴィレ王の不安は、三国でも共通のものだった。

三国とも実戦を経験したのは四半世紀も前のことで、それ以降は戦いからは常に距離を保っていた。


つまり……

従軍するほぼ全ての将兵が実戦を知らない。

かつてはカイル王国でも、多くの貴族が抱える兵がそうであったように……



「陛下、ご案じ召されますな。

我等の軍には、かつての帝国第一皇子軍と戦った老将たちが健在です。

戦地で彼らを盛り立ててやってくだされば、如何様にも力を発揮致しましょうぞ」



ヴィレ王にとって、実はそれが一番の悩みの種であった。


今回の出兵にも最後まで反対し、異を唱えていたのが彼らであり、戦いを知る彼らは兵たちの信望も篤く、こと作戦運用には彼らの指示が欠かせないからだ。


だからこそ、当初は自ら軍を率いると宣言していた王も、老将たちとの煩わしい遣り取りを忌避して、考えを改めていた。


どちらかと言うと、侵攻作戦が上手くいけば自らの功を喧伝させ、万が一不首尾があれば、その責を問い彼らを排斥するつもりでいた。


心に持つ野心に相応する能力を持たず、国威は凋落し抑圧されて彼は、いわば苦労知らず3代目であり、その闇をリュグナーに付け込まれた程度の器でしかなかった。



「ふむ……、では余は……、三軍の総司令官として五千の軍で本陣を率いる。

先鋒はそれぞれの国からなる一万余名が務める形といたそう」



やっとそう決断することができた。

この形なら、安全な後方で当初の思いも叶えることができる。



「では、準備が整い次第、急ぎ国境へと軍を進ませよ!」



ヴィレ王の決断により、北部戦線も新たな局面へと移った。

最後までご覧いただき、誠にありがとうございます。

次回は『帝国貴族の矜持』を投稿予定です。

どうぞよろしくお願いいたします。


※※※お礼※※※

ブックマークや評価いただいた方、本当にありがとうございます。

誤字修正や感想、ご指摘などもいつもありがとうございます。

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