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第三百五十三話(カイル歴515年:22歳)友より託されたもの

ーー時系列は元に戻る。


クサナギにて行われた会議にて、タクヒールが全体の方針を決めると、そこから先の動きは速かった。

諸将は南部戦線への遠征、北部戦線での防衛と二つの体制に切り替え議論を始めていた。


そこに至って、初めて自発的に口を開いた者がいた。



「お話し中に申し訳ありません。発言を許可いただけますでしょうか」



「構わない。ジークハルト殿の副官として長年仕えた卿の意見、是非聞きたいと思っていた」



少し驚いた表情の商会長だったが、俺は最初から知っていた。

彼は捕虜返還の時、初めてジークハルトと面識を得た時に、ずっと彼の後ろに付き従っていたのだから。



「やはり公王陛下はご存じでしたか。ご指摘の通り、私は主が男爵であったころから、副官の任に当たっておりましたアクセラータ・フォルクと申します。任務とはいえこれまでの経緯、大変失礼いたしました。

お話の前に、わが主からの内々に託された言伝をお伝えしたく思います。先ずはこちらを……」



そう言って彼は、厳重に封印された三通の書状を懐から取り出した。

そこでまた、俺たちは驚かされることになった。


・グリフォニア帝国皇帝の玉璽が押された、帝国領内自由通行証

・第三皇子であるグラートの署名と押印のある、反乱及び外敵鎮圧依頼書

・クサナギから最前線に至るまでの経路を示した地図



「ほう……、準備のいいことですな……」


「デアルな、先ほどの言葉とは異なるようだが?」


「何故最初に、この書状を見せなかったのだ?」



矢次早に団長、ゴーマン侯爵、ソリス侯爵らが、アクセラータに疑念の声を上げた。

三人は敢えて静かに発した言葉とは裏腹に、刺すような鋭い視線を彼に向けた。



「お怒りはごもっともです。まずは謝罪させていただきます。

大前提として、つい二年前までは我らもカイル王国に侵攻した立場、援軍を求めるのは虫の良い話と言うのは十分理解しております。それに……」



そう言って深々と頭を下げると、アクセラータは俺を真っ直ぐに見つめて言葉を続けた。



「これは貴国も侵攻を受ける当事者であり、今回のことは命運を左右する大事、素直に援軍を求められなかったグラート殿下と我が主の胸中、ご察しいただければ幸いです」



そう言うと彼は再び深く頭を下げた。



『タクヒール殿ならきっとそう言ってくれると思う。そのご厚意は涙が出るほど嬉しい。

だけど僕には、帝国以外の民の命に責任は負うことはできない。それに、そもそも北の対処とて生易しいものではからね。

そしてもうひとつ、杞憂であればいいが敢えて芝居を打たなければならない理由もあるしね。

あ、最後の部分はタクヒール殿には内緒で……』



ジークハルトはそう言いながら、この書状をアクセラータに託していた。



『もし公王陛下が、我々が断った上で一軍を派遣くださると仰った場合にのみ、この書状をお渡しし、アクセラータには道先案内人として誠心誠意、便宜を図ってほしい。頼んだよ……』



そう、無理を押してでも手を差し伸べてくれる、そう言われた場合には、予め彼らの便宜を図るために用意していた、手の内の全てを伝えることで感謝の気持ちを伝えてほしいと。



「元々二点は北部での戦いに備えて、皆様の便宜を図るためにグラートさまが揃えていらっしゃったものでした。ですが、万が一に備え、帝国領内自由通行証には一文が加えられております」



確かに……、書面には帝国北部の戦域に対処する通行と限定しているが、最後に一文があった。



『なお、帝国に不測の事態が発生し、かつ、皇帝またはそれに準ずる立場の者から要請があれば、その対応のためこの書状の定めた戦域を超え、通行することを認めるものとする』



そうか……、そしてこれに対応するものが第三皇子の鎮圧依頼書か。



「皇帝陛下の玉璽が押された帝国領内自由通行証があれば、定められた地域において、貴軍の行動を妨げることは誰もできません。

依頼書が揃えば、もはや公王陛下の軍を帝国内で妨げることは叶いません」



「ははは、やはりジークハルト殿は恐ろしいな。

俺たちがどう動くか、そこまで読み切って準備を進めていたということか?」



「いえ、それはひとつの可能性として、です。

他にも主は今回の戦役に備え、色々と手を打っているようですが、我らはその一端しか知り得ませんので……。

この地図は、皆様の軍が帝国南部へと移動される際の行程図となります」



そうか、他にも……、ね。


ただ地図に示された行程図は少しおかしい。

クサナギから第三皇子の委任統治領を西に進み、帝国西部の最辺境、国境を隔てる山脈の脇を抜ける道が示されていたからだ。


どういうことだ?



「敢えて尋ねるが、クサナギから最短距離である主要街道を避ける理由は?」



「確かに地図通り進まれると、かなりの回り道となると思います。

ですが、主要街道を通るとすれば、『頭の固い者ども』や『第一皇子陣営の貴族領』を通過せねばなりません。

そちらを通れば必ず各所で足留めを受けることになるでしょう。なんせ彼らは、自身の目で見聞きした事実以外は信用しない、時節の見えない頑固者揃いです。それに……」



「了解した。それに俺たちが公然と動くと、戦況に影響を及ぼしかねない、そういうことだな?

ならばこの経路に基づき、先導を頼む」



「承知しました。それともう二つ申し上げます」



『何だ? この上まだあるのか?』



「この行程の各所には兵站拠点も設けております。大したお礼もできませんが糧食については、各所で支援が受けられるよう手配が済んでおります。

そして……、今回ケンプルナ商会が持参した荷に、帝国軍の旗印も多数用意しておりますので、そちらもご使用いただけると幸いです」



うん……、既に準備万端整えられている訳ね。

ここまで読んでいるのって……、俺には絶対無理だな。


やはりジークハルトは、俺にとって決して敵わない相手なのだろう。

それとも俺がまだ甘いのか?



「団長、今回はアレも一通りを持って行こうと思う。

多少の無理は必要だろうし、このまま驚かされ放しじゃ悔しいからね」



「承知しました。バルト殿が同行されることで、その他も恐らく整うでしょう。

我らの恐ろしさを、思い知らせてやりましょう」



もちろんアレは、魔導砲ではない。

それはもう既定路線であり、今回俺が使用を決意したのはこれまで使用を躊躇っていた最新兵器だ。



「さて、では次は防衛部隊の配置だな。

これはまだ楽観的な予測に過ぎないが、王都騎士団が援軍に来てくれれば、数的に俺たちの抜けた穴は埋まる。アレクシス、どうだ?」



「そうですね。今の数でも多分……、、魔境公国内は大丈夫かと思います。

ですが、帝国領を守るのはちょっとだけ骨が折れますね。彼方には何の仕掛けもないですし」



「そこでだ、ドゥルール子爵、敵側の国境に隣接する帝国領の住民には、一旦安全圏まで避難してもらうことは可能かな?

できれば奴らが侵攻する途上には……、食料ひとつ残したくない」



「はい、領民の移動は我らも進めております。

ただ難点は……」



「なるほど、この先収穫を迎える農作物ですな?」



そう言うと団長は深刻な表情で腕を組んだ。

農民たちにとって収穫は、命を繋ぐものだ。


それを失えば、所属する陣営が勝利したとしても、自身やその家族は路頭に迷う。

そう言う意味で彼らもまた命懸けなのだ。



「はい、ヴァイス殿の仰る通り、収穫の時期は目前に迫っております。農民たちの気持ちも痛いほど分かりますので……」



「そうだな、俺やジークハルト殿でも収穫物の保証までは実際に無理だ。なんせ地域が広大過ぎる。

マスルール! 旅団の構成要員は全て元々帝国人だ。ドゥルール子爵と協力して、彼らの説得に回ってほしい」



「はっ、承知致しました。ですが……、頑として話を聞かない者はどういたしましょう」



「俺にとって、前線で戦う兵士たちの命も大事だ。

誠心誠意、やるべきことを尽くした上で、あとは彼らの未来を天に預けるしかないだろう」



そう、兵たちが無理に留まって犠牲を出しては本末転倒だ。

俺自身が好きではない言葉だが、100人の命を守るためには、見捨てなければならない命も出てくる。



「俺からの命令として聞いてくれ。誠意を尽くしても説得を受け入れない者は……、見切ってくれ。

守るべき使命を背負った兵は、必要とされる戦いでより多くの人々を守らなければならない」



俺だってこんなことは言いたくない。

『全員が助かる方法を……』と言えるものなら言ってみたい。


だがこの世界の現状は、綺麗ごとだけではうまくいかない。

それが痛いほど分かっている。


悪名を背負うのは俺一人でいい。

皆には俺の指示を免罪符として、可能な範囲だけで割り切って動いてもらうしかないと思う。



「公王陛下のご胸中、お察しします。ですが、そうあるべきだと私も考えます。

我らも陛下に倣い、同じ対応を取る所存です」



「ドゥルール子爵、ありがとう。そう言ってもらうと俺たちも少しは心が軽くなる」



「それと……、王都からの援軍についての対応は、基本路線は定めるが現場アレクシスの判断に任せる。

責任は全て俺が取るので、必要と思った対応を諸将に任せる」



「承知いたしました。

あとは僕のほうから何点か質問させていただきたい点があります。よろしいでしょうか?」



「構わない。アレクシス、続けてくれ」



「基本的にイズモ防衛に関しては、既に十分議論されていると思います。

確認事項としては帝国領での作戦行動についてですが、幾つかの作戦案を実施する許可をいただきたく思います。具体的には……」



この日は深夜まで詳細な打ち合わせが行われた。



そしてこの翌日、アクセラータを先導とした偽装ケンプファー伯爵軍はクサナギを発った。

全員が、この先予想される困難な行軍と更にその先にある戦に、並々ならぬ覚悟をいだきながら……




遠征部隊構成(10,000騎)

・本営護衛軍  900騎

・魔境騎士団 8,000騎

・特火兵団  1,000騎

・旧領駐屯軍  100騎



魔境公国防衛軍構成(16,700名)

中央軍(7,000名)

・イズモ駐屯軍     5,000名

・特火兵団残留組    2,000名


左翼軍(3,200名)

・魔境伯領  ゲイル  2,000名

・辺境伯領  マルス   600名

・キリアス領 アラル   300名

・コーネル領 ダンケ   200名

・武装自警団 イサーク  200名


右翼軍(4,400名)

・ゴーマン侯爵軍    1,700名

・ソリス侯爵軍+傭兵団 1,700名

・ファルムス伯爵軍   1,000名 


遊撃軍(2,100名)

・新領土駐留旅団    1,200名

・諜報撹乱部隊      800名

・本営護衛軍残留組    100名


帝国軍守備部隊(8,000名)

・ドゥルール子爵軍   8,000名

最後までご覧いただき、誠にありがとうございます。

次回は『予想外の敵』を投稿予定です。

どうぞよろしくお願いいたします。


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[良い点] いよいよ自重が開放される時が来るのか
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