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第三百四十九話(カイル歴515年:22歳)誰(た)がの為の未来

今回の戦いに関し、俺は自身の認識の甘さと、チートのない不安、それを切実に感じていた。

今俺たちは、全く先の見えない未来へと進んでいる。しかも状況は最悪の方向に……


俺は自身の不甲斐なさ、思慮の浅さを呪い、思わず拳をテーブルに強く叩き付けていた。



「タクヒールさま……」



傍らにいたユーカの声、そして拳に重ねた彼女の手の温もりを感じた。

彼女の瞳は、真っすぐに俺を見つめている。


『私はどんな決断も受け入れ、貴方のなさることを全面的に信じています』

そう言わんばかりに……


反対側にいたヨルティアは、俺の背に手を当ててくれている。

まるで戸惑う俺の背を、そっと優しく押してくれるかのように……



『そうだな……、ありがとう。でもみんなは……』

そう思った時だった。



「タクヒールさま、私が敢えて、皆の気持ちを代表してお伝えさせていただきます」



そう言って団長は席を立ち、俺の傍らに跪いた。



「我が敬愛する公王陛下、どうか思うままの道をお進みください。例えいかなる命令でも、我らは嬉々として従い、この命を捧げましょう」



「いや……、俺にはそんな価値はないよ」



「ございますとも! 我が王よ、我らはみな、等しく王の行われた施策により命を救われてきました。

大洪水、大飢饉、戦災、疫病、大旱魃、そして帝国の侵攻による王国滅亡の危機、これまでカイル王国が、我らが住まうエストールの地が辿った道を振り返れば、誰にでも分かることです。

ここに集う者たちは、誰よりもそのことを理解している者たちばかりです」



その団長の言葉を受け、全員が席を立ち、そして……、跪いた。



「我らの未来は全て、公王の選ばれた道と共にあります。どうか我らに、報いる道をお与えください」



「だけど……」



「どうか一言、我にお命じください。我に続け! 敵を討て! と」



「……」



俺には何も言葉が出なかった。

皆がそう思ってくれていること、それに対する嬉しさと反面、自分が決断しようとしていることの重圧、皆の命の重さを感じていたからだ。



「みんな……、ありがとう。改めて礼を言いたい。本当に、本当に心より感謝する」



一瞬、だが俺自身には無限に長いと思えた時間を悩んだ気がした後、遂に決心することができた。

そう、今の俺の成すべきことはひとつだ!



「アレクシス!」

「はっ!」



「一万六千……、今はこれしか残せない。これだけの兵で守り切れるか?

当面は守るだけでいい。王国からの援軍が来るまで支えることができるか?」



アレクシスは俺の言わんとした言葉を理解したようで、ゆっくりと頷き不敵に笑った。



「ご命令とあらば身命に代えても!

我らイズモ駐留兵団はこの日に備えてここ一年間、防衛ラインの構築に努めて参りました。

そしてここには、ラセツやイシュタルを守り抜いた歴戦の方々、勇士たちがおります。

帝国より帰参した兵たちも、祖国を守るため一丸となって力を貸してくれるでしょう」



「ゲイル!」

「はっ!」



「また苦しい戦いを、皆に留守を任せることになるが、戦い抜けるか?」



「これまでも我らにとって、苦しい戦いの連続でした。今回とて同様です。

ただ、ひとつ大きな違いがあります。我らは以前と比べ圧倒的に大きな力を授けていただきました。

それで報いなければ、男が廃るというものです」



「皆も同じか? 異論や不安はないのか?」



俺は改めて、跪いてこちらを見つめる全員の顔を、改めて見つめなおした。

誰もが強い意志を持った目で、俺を見つめ返してきていた。



「ここに至り心は決まった。俺は南に出る」



「「「「「おおっ!」」」」



「それでもなお、俺の中で最優先は皆の命を守ること、そしてこの国の人々、帝国に暮らす無辜の民を守ることだ。

俺は……、ここにいる誰一人として欠けることを望まない。それは勝利ではないと思ってほしい」



「「「「「応っ!」」」」



「今は一万六千だが、カイル王国より間もなく王都騎士団、少なくとも一万騎の援軍が既に王都を発ったとの報告もある。

それまでは防御に徹し、なんとか守り抜いてほしい。いざとならばイズモの絶対防衛線まで後退してここを死守すればいい」



「「「「「はっ!」」」」



「ケンプルナ商会の会頭に問う。ジークハルト殿は我らよりの援軍を望まれていたか?」



「はっ、そう問われた際の答えは、事前に主より申しつかっております。

『鶏をくのに何故、大太刀おおたちもちいると言うのか』とだけお伝えせよと」



「そうか……、それを聞いた時、周りには他に誰か居たか?」



「居並ぶ諸将の前で、主は剣を掲げて仰いました」



なるほど……

恐らく……、この言葉にはきっと裏がある筈だ。

考えろ!


!!!


そう言うことか? 

ってか、そうであればこの言葉の意味は、とても重いな……



俺にはその言葉の裏に、三つの意図が込められているように思えた。


一つ目は、言葉だけで受け取れる意味とは、全く逆のことを。

二つ目は、敢えて周囲には逆の意味で受け取らせることを。

三つめは……、恐らくアレか……


最終的に俺が言葉の裏を理解すると読んで、彼は敢えてそう言ったのだろう。

そうであれば、やっぱり彼は凄いな……



「であれば、ジークハルト殿の依頼、しかと承った。

其方には、地理不案内な我らの案内と先導を頼みたい」



「はっ……、いえ、その……、大太刀を用いずとも……」



「其方の主は『大太刀が有れば勝てる』、そう言っているのであろう?」



「は……、はい!」



「みんな、済まない。

俺たちは今、より安全な策を採ることもできる。だけどそれは……、この先を考えれば最も悪手だ。

第三皇子を支援し帝国を救う、そんな大それたことは考えなくていい。俺たちはただ、自身の未来を掴むために戦う」



「「「「「応っ!」」」」



「魔境騎士団長!」

「はっ!」



「帝国南部までの遠征軍を派遣する。直ちに、以下の条件を満たした者だけ、準備させよ。

遠征軍は全滅の可能性もあるので、志願した者だけを連れて行く。特に元鉄騎兵は事情もあるだろう。

また、部隊は全て軽装弓騎兵で編成する。わかるな?」



「はっ、承知いたしました」



「特火兵団長!」

「はっ!」



「遠征軍に一千騎、国土防衛部隊は二千騎だ。

留守部隊の相手は皇王国の人間となるかもしれない。その辺りも周知して志願者を募れ!」



「承知いたしました。此度は私もお供いたします。このことだけは譲れませんのでご容赦ください。

二千名の指揮は、グレンに預けます」



新領土駐屯兵団長アレクシス!」

「はいっ!」



「今回の戦いで本国を守る部隊、その全ての指揮権を与える! 総司令官として指揮を採れ。

先ほどの言にもあったが、其方はこの地に入って以降、誰よりも早く今回を見据えて準備してきた。

その見識をいかし、公国と帝国の民を守り抜け!」



「はっ! ご期待に沿えるよう微力を尽くします」



「ゴーマン侯爵、ソリス侯爵、ファルムス伯爵、ボールド子爵、どうか与力として、アレクシスを支えてやってほしい。皆がいてくれるから、俺は安心して前へと進める」



「それこそが公王の進まれる道デアル」

「承知した、お任せを」

「どうか公王のお心のままに」

「しかと承りました」



「各軍団の指揮官に命ずる!」



「「「「「はっ!」」」」



「中には遠征軍に参加を望む者もいるだろう。だが、ここは堪えてくれ。

本国の防衛戦も圧倒的に不利な状況だ。戦いに慣れた指揮官たちがアレクシスには必要だ」



「「「「「はい!」」」」



「さて、残りは本営護衛軍だが……。

シグル、カーラ! 新たに召し抱えた者たちもいる。全員を連れて行く訳には行かん。

志願者のみであることは大前提だが、それ以外に騎行に慣れた者に限らせてもらう。

最終的にはこちらで選抜するので、それを全員には周知しておいてほしい」



「承知しました。先ずは志願者を募ります」


「先日王都で召し抱えた者たちは、こちらの防衛に振り分けます」



正直言って、遠征軍とはいっても聞こえはいいが下手をすれば敵中突破の繰り返しだ。

目的の戦場に着くまでに、戦いに疲れ脱落する者もいるかもしれない。


だが、今回の場合はそういった者を送り返すことも、置いていくこともできない。

戦場との距離、敵地を通っての進軍となりえることが、最大の問題だった。



「今回の戦いの大元は、悪く言えば他国の皇位継承争いに端を発している。

傍から見ればろくでもない戦い、とばっちりだと思う者もいるかもしれない。

だからこそ俺は敢えて言う、この戦いに勝って俺たちの未来をぎ取る!

皆からは兵たちにくれぐれも伝えてほしい」



ここにいる全員は、おそらく俺の言葉を理解し意思決定に異を唱えることはないだろう。

だが、俺達は既に所帯が大きくなり過ぎている。

旧来の仲間以外、新しく加わった者たちとも気持ちを一つにしなければならない。



「陸でもない戦いだからこそ、俺たちは勝たなければならない。

第三皇子と第一皇子、どちらが皇位を継承するかで平和と戦乱、この世界の様相は変わってくる。

俺たちがこれを最後に、陸でもない戦を終えて次の世代には戦いの種を残さないこと。

誰もがそのための戦いだと理解してほしい」



「「「「「はいっ!」」」」



「これより直ちに準備と行動を始める。皆の命、しばらく俺に預けてくれ」



「「「「「応っ!」」」」



カイル歴515年、グリフォニア帝国と覇権を競うスーラ公国、漁夫の利を得んとするターンコート王国、思惑の見えない不気味な存在であるエラル騎士王国との戦いは、さらに周辺諸国を巻き込み、実に9カ国が入り乱れて戦う、歴史上類を見ない大乱へと発展することになった。

最後までご覧いただき、誠にありがとうございます。

次回は『南部戦線① 捨てがまり』を投稿予定です。

どうぞよろしくお願いいたします。


※※※お礼※※※

ブックマークや評価いただいた方、本当にありがとうございます。

誤字修正や感想、ご指摘などもいつもありがとうございます。

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