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第三百四十七話(カイル歴515年:22歳)魔境公国軍集結

夏も盛りに差し掛かり、日々焦げつくような日差しが強まる中、クサナギを始めウエストライツ魔境公国全土は、大きな緊張感に包まれていた。


既に遥か遠くに滞陣するジークハルトからは、開戦目前となったことを告げる使者が到着していた。

もっともそれは、時差のある話で既に戦端は開かれていたのだが……。


その報を受けたタクヒールも直ちに全軍を招集し、臨戦体制に入っていた。


クサナギの作戦本部には、タクヒールが信頼する各軍団を預かる者たちが続々と集まっていた。



本隊として新領土駐留兵力が19,000名。


・魔境騎士団   ヴァイス (8,000騎)

・特火兵団    クリストフ(3,000騎)

・イズモ駐屯兵  アレクシス(5,000騎)

・新領土駐留旅団 マスルール(900▷1,200名)

・諜報撹乱部隊  ラファール(500▷ 800名)

・本営護衛軍   新設   (▷1,000騎)


魔境騎士団は近年、若干の増員はあったが、精鋭の800名を本営護衛軍に異動させたため、定数はそのままであった。


ここ最近で増員があったのは、現地募兵を進め兵力を増強中の新領土駐留旅団と、旧王国領から人員を引き抜いて来た諜報撹乱部隊の『表』部隊だ。


そして、新設の本営護衛軍は少し独特な構成だった。


・魔境騎士団からの精鋭  800騎

・魔法士たちの志願兵   100騎

・特に射撃に秀でた弓箭兵 100騎


これらはタクヒール自らが指揮して敵中突破を図ったり、戦局を変えるためなどに用いる目的で設立された。



『俺は皆を前線の死地に立たせ、後方で安穏としている王にはなりたくない。

必要とあれば自身が陣頭に立って敵中に飛び込み、味方には背を預けて戦う。

これだけは宣言する。ウエストライツ公国の王たる者は、それができぬ限り玉座に付くことはない!』



そうタクヒールが宣言した時、集まった兵たちは皆一様に歓喜し、大歓声でそれに応じていた。

『公王は卑怯者に非ず、常に敵刃に身を晒し陣頭に在り』

これが後日、公王を指してそう評されるようになった始まりとも言われている。


この宣言により、一般にはタクヒールのこだわりで設立されたものだと言われているが、実は違う。



この部隊は魔境騎士団選りすぐりの精鋭騎士たちと、あらゆる戦術を採ることが可能な魔法士たち、そして一騎当千の射手たちで構成されている。


魔法と集団突撃による圧倒的な打撃力と、少数の利をいかし縦横無尽に駆け抜ける機動力を備え、魔法戦術を知り尽くした指揮官が部隊内の魔法士たちを指揮することで、臨機応変な戦術が採れる特殊部隊、そう評するのが正しいかもしれない。


『たかが一千人、だが戦局を左右する打撃力を持つ精鋭無比の集団』


この命題を解決するため、タクヒールとヴァイスが検討を重ねた結果、晴れて結成されたものだった。



もちろん彼らの中には、最強の魔法士であるヨルティア、タクヒールに常に付き従って来たエラン、バルト、カウル、カーリーン、メアリー、サシャなど、平素は文官系の担務に就いている仲間たち、レイアやシャノンたちも当然含まれていた。


そして一騎当千の射手100名、ここには非魔法士であるアルテナたちを始め、王都でスカウトされた優秀な射手たちも志願し配属されていた。



カイル王国であった旧領からは、残留兵力を残しつつも動員された兵はテルミラに入り、各々の指揮官だけが先行してクサナギに到着している。


その定数もまた、以前より大きく変貌していた。


これは各家の旧領地に配備されていた指揮官たちが、鋭意増員に努めて来た結果であり、現在総勢6,100名となっていた。

そのうち残留部隊を残し、防衛出動したのは3,300名。


           (今回出陣/過去兵力▷現在兵力)

・魔境伯領  ゲイル (2,000名 /2,600▷2,800名)

・辺境伯領  マルス ( 600名/1,000▷1,200名)

・キリアス領 アラル ( 300名/ 400▷ 700名)

・コーネル領 ダンケ ( 200名/ 200▷ 400名)

・武装自警団 イサーク( 200名/ 500▷1,000名)


特に武装自警団の躍進が目覚しいが、これにも理由があった。

武装自警団は一般の領民や人足をその地で募集し、設立された後は各々の残留部隊を支援する。

これが本来の目的だったからだ。



そして最後に、ウエストライツ魔境公国貴族軍だ。

ゴーマン・ソリス両侯爵とファルムス(クライツ)伯爵、ボールド子爵たちの手勢からなる。


此方は総勢で4,400名となり、ゴーマン・ソリス軍の大半はイザナミの関門に駐屯している。



〈魔境騎士団派遣部隊を除く出征可能兵力〉


・ゴーマン侯爵軍  1,200名▷1,700名

・ソリス侯爵軍    900名▷1,300名

・双頭の鷹傭兵団   300名▷ 400名

・ファルムス伯爵軍  600名▷1,000名

(ボールド子爵軍を含む)



再建中であるファルムス軍を除けば、各々が魔境騎士団にも500名前後の兵を供出しているため、各家が抱える兵力の実数はこの数以上となっている。



今回の戦いに投入する総兵力は、実に26,700名!これは俄には信じられない数だ。

戦いを前に俺は、これまでの兵力強化の経緯を思い浮かべていた。


まぁ、計画通りではあるのだけれど、数年前から比べると、ついそう思ってしまう。



「公王陛下、各軍の指揮官は全て揃いました」



団長の一言で俺は我に返った。

ここクサナギの大会議室では、情報の共有と分析を行うため、指揮官たちが集まっているのだから……


俺は改めて、ここに集まってくれた全員の顔をゆっくり見つめ、心の中で感謝の思いを呟いた。



「恐れ入ります。会議に先立ち、ご指示いただいていた使者派遣の件、ご報告してもよろしいでしょうか?」



冒頭に発言の許可を求めてきたマルスに託していた依頼は二点。


ひとつ、この時点で第一報を王都の狸爺に送ること。

ひとつ、コーネル伯爵にも共有し、物資や人員通過にあたり、便宜を図ってもらうこと。



「構わない、皆に共有を」



「ありがとうございます。

先ず王都のクライン大公爵より、国内各貴族家に呼び掛けて兵站物資の調達を支援すること、王都騎士団から最低でも一万騎の援軍を急ぎ派遣すること、この二点をカイル王陛下のご意向として、お話しいただきました」



狸爺は今年に入って、王族の名誉職であった所領のない公爵から、公爵を束ねる頂点である大公爵に陞爵していた。


まあ、これまでの功績に応じたもので、一代限りのものらしいが……



「ありがたいな。みんな、聞いての通りだ。俺たちはただ前だけを見て戦うことができる。

内務卿レイモンドには、食料を始め必要物資の洗い出しと発注、配備までの管理を任せたい」



「次にコーネル伯爵ですが、ブルクからイザナミまでの街道警備と糧食手配に奔走いただいております。

お陰で我らも後顧の憂いなく、此方で戦えます」



「それはありがたいな。

叔父上にも改めて礼を言っておこう」



ウエストライツ魔境公国の建国にあたり、政治的な配慮でカイル王国に残留したコーネル伯爵に対し、俺は指揮命令権を持たない。


伯爵側でもカイル王の命なしに兵を出すことはできないが、街道警備や物資調達なら何とでも言い訳が立つと考えたのだろう。



「報告に依るとイストリア皇王国、いや、今は正統教国との国境付近は、既に10,000以上の軍が駐留しているそうだ。激発も近いだろうな」



「ですが公王、奴らが我らに攻め入るにはまず帝国領、そしてアストレイ伯爵の所領を抜ける必要がありますが……」



「そうだな、国境を取り巻く大山脈のお陰で、我らは国境を接しているとは言え、直接侵攻は不可能だからな。だからこそ、奴らは我らとの国境より南、帝国領側の出口から来るしかない」



「だからこそ、でありますか?」



「ああ、そうだった。ゲイルの疑問はもっともだ。

これまでは情報を伏せていたが、奴らの背後には第一皇子の復権を狙う帝国の大狸、ハーリー公爵がいる。彼にとって俺たちは不倶戴天の敵、そして出口の先にあるのは政敵である者たちの領地だ」



「あ、悪辣な……」



「だが戦略上は正しいと言えますな。

遥か南で大きな戦いを余儀なくされている、第三皇子を支える者たちの領地が留守の間に荒らされる。

これではおちおち戦うこともままならんでしょう」



「団長の言葉は正しい。

彼が領地を荒らす敵に軍を反転させたとき……、南から一斉に背中を討たせる戦略のようだ」



そう、俺たちはここまで読んでいた。

だからこそ入念に準備をして来た。



「それにしても……、私には彼らの意図が理解できません。我らは今や数年前の我らではありません。

30,000近い兵を抱える我らに、勝利できるとでも思っているのでしょうか?」



「ゲイルさん、彼らの思惑は別にあるのかもしれませんよ」



そう言って言葉を挟んだのは、アレクシスだった。

ここ一年以上、イズモを基軸にした防衛ラインの構築に当たっていた彼には、思うこともあるのだろう。


今回は屯田兵となった元帝国兵、元皇王国兵を現役復帰させ、防衛部隊の中核として率いている。



「大前提として、我らは以前のように力を振うことはできないでしょう。此処では迎撃に適した天然の要害もなく、横に広く伸びた新領土は守りに向きません」



「それはそうですが、我らは数において圧倒的に優位なのでは?」



「敵が一国であれば、の前提ですよね?

僕なりに此処に来てから、帝国と近隣諸国の関係を調べてみました」



「ほう?」



思わず俺と団長が言葉を漏らした。

同じことを考えていたのか……



「イストリア皇王国の隣には、リュート、ヴィレ、カインという小国がありますが、かつては一つの国として帝国の侵攻を跳ね除けた歴史があります。

今より遡ること数十年前、先の皇位継承継承争いにて、当時の第一皇子はこの国を攻略する任に当たっておりましたが、結果として敗退しました」



そう、その敗退を受けて第一皇子は失脚し、本来なら同盟国であったローランド王国を電撃戦で攻め滅ぼした第五皇子、今の皇帝が帝位に就いた。


この話は、俺自身も此方に来てから知った、帝国の歴史だ。



「彼らにとって帝国は潜在的に敵なのです。

ですが……、第一皇子陣営が起死回生のため、彼らに帝国領の一部を売り、対価として出兵を促したとしても無理な話ではないかと」



「だがそれでも、勝てるとは言えないでしょうな。

この点はどうお考えですか?」



「帝国、いや、第一皇子側からすれば、勝てなくても良いのです。

第一に、第三皇子側の領地を荒らし耳目を引くこと。

第二に、第三皇子を支える貴族の地盤を潰すこと。

第三に、我らに対し帝国の内戦に介入させないこと。

これだけでも利用しがいはあると思います。

ただ、僕としても三国が第一皇子陣営の空手形を信じて、無謀な戦いを始めるとは信じ難い部分もあるんですけどね」



うん、アレクシス……、正解です。

これから説明しようとしていたこと、全部言われちゃった気がするけど……。



「みんな、これから俺の考えを説明したい。

先程アレクシスの話したことは、俺の考えと一致している。

なので基本戦略は……」



「会議中失礼します! ドゥローザ商会、ケンプルナ商会の会頭たちが、大至急お耳に入れたいことがあると言って、参っております」



「……」



そう、俺の決めた絶対遵守のルールとして、緊急の報告はどんな時でも妨げてはならない。

これを徹底している。


なので誰も咎める様子もなく、皆が俺の顔を見る。



「ならばちょうど良いかもしれない。

此処で報告を受けるので、此方まで案内してくれないか?」



そして彼らのもたらす情報が、俺の想定外の話であり、状況は一気に加速していく。

最後までご覧いただき、誠にありがとうございます。

次回は『悪意はついえず』を投稿予定です。

どうぞよろしくお願いいたします。


※※※お礼※※※

ブックマークや評価いただいた方、本当にありがとうございます。

誤字修正や感想、ご指摘などもいつもありがとうございます。

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