第三十五話(カイル歴504年:11歳)魔法士たち
野盗の襲撃から1ヶ月経った。
この事件は改めて、防衛体制の強化、領民の戦力化に拍車をかける機会となったのはいうまでもない。
そして、兄とヴァイス団長の活躍が際立ち、俺や魔法士達は城壁で指を咥えて見ている事しか出来なかった。
この事が、魔法士達の心に火を付けた。
「自分たちもエストール領を守りたい」
「不条理な暴力に立ち向かう力が欲しい」
そんな思いを、口々にしながらヴァイス団長の訓練に参加していた。
週に2日あるその訓練は、午前は剣術などの護身術、午後は各自の魔法属性に合わせた、魔法戦闘の訓練だ。実戦を想定した訓練で、非常に厳しい内容だ。
魔法戦闘の訓練は人目につかないよう、騎馬にてエストの街から離れた郊外まで移動して行なっている。
そのため、先ずは全員が馬に乗れるよう、騎乗の練習から始まり、今は全員が乗りこなす様になった。
「では、これより各属性ごとに訓練を始めるっ!」
毎回緊張した面持ちでヴァイス団長を見つめる面々。
訓練中の団長は鬼だ。俺と兄はよく知っている。
正しくは、今までに散々思い知らされている。
2人が受けていた団長の指導を、魔法士達も受ける様になって既に半月、行商に出ているバルトを除き新たに9名(従軍中の5名は除く)が参加している。
ヴァイス団長の魔法戦闘訓練を開始するにあたって、兄と俺、団長の3人で慎重に方向性を決めた。
まだ幼い者も多い、女性の割合も高い彼らに、殺傷目的の魔法行使はそもそも厳しいのではないか。
そういった懸念もあり彼らには、守ること、を主眼とした魔法戦闘の訓練メニューが用意された。
先ずはそこから始め、適性のあるもののみ、攻撃的な内容も追加していく。
協議の結果、そう決めたのだ。
風魔法士:敵の矢から味方を守る、風壁
火魔法士:敵の陣地侵入を阻害する、火炎壁
水魔法士:敵の陣地侵入を阻害する、水壁
地魔法士:自在に、陣地構築や罠の設置を行う
光魔法士:兄と共に、自在に閃光を発する
聖魔法士:治癒の実践、を行う事の積み上げ
こういった魔法をより早く、より威力をもち、より正確に展開できるよう、強化していく事になる。
聖魔法士については、怪我人や病人が居ないと魔法の使用機会もない。
しかし、公の施療院でそれを行うと秘匿ができない。
なので、日頃から激しい訓練を行う傭兵団の訓練にも同行し、回復役、治療役として活躍してもらった。
余談ではあるが、元々激しい訓練を行っていた傭兵団の訓練が、治療役がいることで、より激しくなったのは言うまでもない。
団長の鬼レベルが更に上がってしまった。
「これで遠慮なく団員をしごけます。助かります」
「ははは……、お手柔らかに、お願いします」
団長、皆の前でそれを言わないで欲しい。ほらっ傭兵団の恨めしそうな視線が俺に……
視線が痛い……
ってか団員だけでなく、きっと俺たちにも来るよね。
パワーアップした団長のしごき……
因みに魔法属性に合わせた訓練の間、唯一魔法が使えない俺は何もすることがなかった……
と言う訳もなく、ヴァイス団長配下の傭兵団に交じり、しっかり剣術、騎馬剣術などを叩き込まれた。
そういう訳で生傷も絶えず、一番治癒魔法の被験者になっているの……、もしかしたら俺かもしれないと思った。
そのお陰か、やっとの事で剣の技量が【修行中】から【剣士】になった。
体格的に子供だから……、ということもあるけど、ここまで来るのに3年も掛かってしまった事に、改めて才能の無さを感じた。
「そこっ、そんなへなちょこ風で矢が防げるのか!」
「展開が早過ぎる、自分が矢を怖がってどうする!」
「そんな程度の火、騎馬で簡単に飛び越えられるぞ!」
「展開時間が短か過ぎだ、それでは防壁にならん!」
「そんな低い土壁、子供でも越えられてしまうぞ!」
「構築が遅い、陣地構築まで敵は待ってくれんぞ!」
「なんだこのへなちょこ壁は、強度にも留意しろ!」
「そんな弱い光、偽物だと敵に知らせたいのかっ!」
ヴァイス団長は容赦ない。
日頃の紳士的な彼しか見ていない面々はドン引きだ。
だが、彼らは歯を食いしばって団長の指示に従う。
「そんな事でタクヒール様を護れると思ってるのか」
なんか……、俺がお荷物みたいな気がしてるけど……
毎回、訓練が終わると全員がフラフラになる。
勿論、俺も含めて。元気なのは……、兄だけだ。
「団長、彼らの魔法、実戦ではどうですか?」
「正直言って、今はまだ集団戦力として未熟、戦場では使い物になりません」
「そっかぁ、だから戦には魔法士が出ることが少ない、そう言われてるんですかね?」
「それもあります。ただ、貴重な魔法士を戦闘で失いたくない。それも大きな理由かも知れません。
ですがご安心ください。半年もしごけば一人前、一年もしごけば十分使える戦力にしてみせます」
「ははは、それは心強いなぁ。優しくね……」
爽やかに笑う団長の口元に、牙が見えた気がした。
戦闘魔法の訓練を含め、彼らの一週間のスケジュールはこんな感じだ。
・2日間午前 領主館にて読み書き計算等の基礎学力
・2日間午前 領主館にて各自の専門教育
・4日間午後 受付所や定期大会等の運営業務
・2日間終日 街郊外にて魔法演習
・1日終日 休日
基礎学力講座については、行政府の人達が先生役。
専門教育講座は原則、魔法適性に応じ、一部希望者。
・軍略や用兵学 :クリストフ、クラン、兄
・内政全般、商取引等:クレア、カーリーン、俺
・都市計画、建設知識:エラン、メアリー、サシャ
・医療知識、薬草学 :ローザ、ミア、妹
「タクヒールさまは将来の文官の育成も視野に入れているのですか?」
「できれば、色んなことを自分たちでやりたくて」
最初はレイモンドさんにも驚かれたが、すぐに賛成してくれて、この専門講座の開設に尽力してくれた。
9人の魔法士たちも働きながら無料で知識が学べるとあって、兄や俺を遥かに凌ぐ熱意で勉強し始めた。
基礎学力は早々に身に付けてしまい、その時間も専門教育に当てられた。
えっと、休日は休んでいいんだよ?
だって週2日は魔法の猛訓練で疲れてるでしょ?
俺や兄と比べ、引いてしまうくらい頑張り過ぎる彼らに、ちょっとバツが悪かった。
後日、彼らが学んだ知識はテイグーンで必要になる。
俺の思いを知っているかの如く、彼らは専門教育でもどんどん知識を吸収し、1年もしないうちに、領内では教える講師の手配に困る事態にまでなった。
内政はレイモンドさん、商取引は父や、出入りの商人が務め、都市計画や土木は隣のコーネル男爵家から講師を招聘することもあった。
講師に困らず安定だったのは、ヴァイス団長が担当する軍略や用兵学と、実際に施療院で医師を抱えている医療知識、この2講座だけだった。
そして1年後には、彼らの知識は実践の機会を得ることになる。希望の大地、テイグーンで。
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