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第三百四十二話(カイル歴515年:22歳)闇の使徒たちの蠢動

グリフォニア帝国領の北東、イストリア皇王国と国境を接する領域には、かつてリュートヴィレ=カイン王国という小国があった。


この国は、面積でいえばカイル王国の三分の一強、旧ローランド王国と比べれば少し大きい程度の国であり、侵略国家たる帝国に対して細心の注意を払いつつ、専守防衛を唱え、常に帝国の忌まわしき因習による侵攻から逃れてきた。


だが、ローランド王国が帝国によって攻め滅ぼされて皇位が定まると、当面は安泰と考えた愚王ディバイドは、溺愛する母違いの三人の息子に国土を分割してそれぞれに王位を譲った。


これは当時の国王が愚かだったというより、それぞれの外戚の力が強大かつ拮抗していたため、内乱を起こして帝国に付け入られないための、苦肉の策だったとも言われる。


だが当の息子たち、リュート王国、ヴィレ王国、カイン王国の初代国王となった三兄弟は賢明だった。

それぞれ母は違い、かつては王位継承を争った者たちだが、虎視眈々と侵略を狙う外敵に対し、三国は団結してこれに当たった。


そのため、それぞれの国は一万名規模の軍しか持たぬ小国ながら、帝国や皇王国の侵略を排除してきた歴史があった。



だが、時代は流れカイル歴510年ころになると、状況は大きく変化した。

初代国王となった3人の息子は相次いで逝去し、最後まで三国をまとめることに奮闘していたヴィレ王が没すると、王位は全てディバイド王の孫の代に移った。


それからというもの、三国はこれまで共同で国土を守っていた方針は変えなかったが、どの国も自国の主導権を主張して小さな諍いが絶えず、協調にも綻びが出始めていた。



その三国の中央に位置するヴィレ王国に、二人の男が現れた。



「それにしてもリュグナーよ、何故まずヴィレ王国なのだ?

正統教国と国境を接し、圧力を掛けやすいリュート王国ではないのか?」



「アゼル、考えてもみろ。簡単なことだ。

他の二国は、三方を潜在的な敵国に囲まれているが、ヴィレ王国だけは両側を兄弟国に挟まれている」



「それが?」



「野心のある王ならば、地政学的に手詰まりということだ。

東と西は強大な国家に塞がれ、北と南は兄弟国だ。もう行き場がないし交易の面でも他の二国に後れを取ることが多い」



「果たしてそれだけで動くか?」



「動くのではない、動かさせるのだ。

ヴィレは最後まで生き残った先王の時代、三国をまとめる立場にあった。だが代替わりしてどうだ?

現王は一番の新参者、これまでと勝手が異なり、不満が鬱積して心に闇を生む土壌ができていることだろう」



「ならば我らの誘いに堕ちやすい、そういうことか?」



「そうだ、一度ひとたびヴィレと正統教国が結べば、リュートは挟撃される位置にある。

であれば、我らになびかざるを得ないだろうよ。そうなればカインとて同調せざるえを得ない」



「なるほどな、以前に御前が其方のことを、父を超えた器と評されていたのも頷けるな」



「まだまだだ、俺は最後に無様に呆けて死んでいったちちとは違う。このままでは終われないのだ」



そう言うと彼は、以後は押し黙ったまま、ヴィレ王国の王城へと繋がる道を進んでいった。



彼らはこれまで、王国の中枢に対し面会すら叶わなかったが、ここでハーリー公爵が用意した書状が効を奏したのか、届け出てから数日後、彼らに国王への謁見が許された。


そして謁見の日、案内されるなか彼らは、この規模の小国に相応しくない、威容のある王宮に違和感を感じつつも、玉座の間へと進んだ。


ヴィレ王国の王宮は、かつて三国がひとつであった頃のものを継承しており、他の二国に比べて一際大きく華やかなものであった。

そのこと自体が、ヴィレ王国を過去の栄光に縋りつくよう縛る、鎖であるかのごとく……



「イストリア正統教国……、であったか?

此度の伺候、誠に大儀であった。また帝国のハーリー公爵にもよろしく伝えてくれ。

で、此度は帝国より親任された特使殿が、我が国に何用かな?」



「ヴィレ国王陛下、お言葉を賜り誠にありがとうございます。ハーリー公爵へのありがたいお言葉についても、我らからもお伝えさせていただきます。

今回の謁見を望んだ理由は、二点ございます。

一点目は、帝国にも承認いただいた我が国を、陛下にもご承認いただき交易の許可を賜りたく」



「ほう……、承認か。既に隣国のリュート王国には参ったのであろう?」



「いえ、ヴィレ王国は先代より続く三国の盟主、先ずは陛下にご挨拶せねばと思った次第です」



「ほう……、中々良い心掛けであるな。

で、我らが貴国を承認したとして、何の利があるのだ?」



そう言うと、ヴィレ国王はいささか興味なさげな顔で聞き返した。


取次の者の報告によれば、彼らに供はおらず単身でやって来ていた。

であれば、外交儀礼として通常持参される、膨大な贈り物すら持参していない可能性が大きい。



「二点目がそのお話でございます。

我らが陛下に贈らせていただくもの、それがヴィレ王国の利となるお話でございます。

事は外交上の機密ですが、この場でご披露してもよろしいでしょうか?」



「……、続けよ」



一瞬の逡巡のあと、ヴィレ国王は先を促した。

これまでもハーリー公爵からは甘い誘いが散々あった。どうせその類であろう。

そう思って、大して期待していないのが本音ではあったが……



「陛下は今、いささか苦しいお立場かと存じます。

いかに、日に一国を駆け巡り縦横無尽に覇を唱える獅子であっても、囲いの中ではその真価を発揮できません。才あるお方にとって、これは苦痛でしかないと、お察し申し上げます」



「囲いとは何を意味しているのだ?」



「三国で主導的立場にあった貴国が、陛下の真価を理解しない者共によって、その価値を貶められてはおりませんか?

かつては栄華を誇った象徴として建てられた、この王宮に相応しい権勢を、取り戻そうとは思っていらっしゃいませんか?」



「それで公爵の策に乗り、死地へ赴けというのか?

その程度の夢想に、一国の王たる者が乗ると其方らは思うのか?」



「先ずは現実のお話をさせていただきます。

我らがイストリア正統教国は、現時点では南四郡を支配しているに過ぎませんが、中央三郡もまもなくこちらの配下に加わり、日々版図は広がっております。

現在の兵力は既に二万を超えており、春までには二万五千の『外征兵力』が整う予定です」



「なんだと!」



二万五千の外征兵力は、ヴィレ国王にとっても想定外であった。

当初はたかが狂信者共の地方反乱、いずれ国力を大きく損耗し終息に向かうと考えていたからだ。



「もはや国内では、圧政を敷く教会に信望はございません。

日々トライアの街に訪れる民の数は増えており、皇王側の勢力は離脱者が続出しております。

夏までに皇王一派は王都イスラを捨て、東三郡に逃れるものと思われます」



これもリュグナーの大言壮語ではない。

間もなく中央三郡は落ちる。その確証を持っていたからこそ、呼び出しに応じトライアに戻ったのだから。

窮地に陥った皇王が逃げるとすれば、戦時賠償で一郡を割譲しており、いつでも安全なカイル王国側に逃げ込める東三郡しかない。



「我らには、国を統一し民たちを圧政から解放する日が見えております。ですがそれに先んじ、行うべきことがあります。さもなくば大切な機を失いますので……」



「機とは何だ?」



「陛下には既にご存じのお話です。公爵よりいただいた切り取り勝手放題の条件は、我が国にも来ております。これを機に、一気に版図を拡大しようという意見もありますが、目的は別にあります」



「ほう、帝国の広大な北辺境以上に、魅力的なものがあると?」



「はい、帝国領の先には5,000名を超える我らの将兵たちが捕らわれ、日々過酷な労働に就いております。

目的は彼らを解放することです。その兵を得たのち、我らは軍を引き国内を北進する予定です」



「残った地はそれこそ、切り取り放題となる訳か?

ただ特使殿は重要な間違いを犯しておるな。

それこそ帝国領なら、無人の野を征くが如く切り取れるだろうよ。だがその先には大きな壁がある」



そう、ヴィレ国王が懸念している壁、それはウエストライツ魔境公国の存在だ。

国交こそないが、間諜や商人を通じて彼らの武威は十分に知っていた。



「卑しくも公王を僭称する男が、これまで勝利を重ねてきたのも、天然の要害による鉄壁の守りと、魔境という特殊な地形をいかし、守勢に徹したからです。

ですが帝国側の領地はどうです? 調子に乗った奴らは失態を犯しました。

東西に長く伸び、何の要害もなく柔らかい脇腹を我らに晒した状態です」



「ふむ……、では特使殿に敢えて問おう。

かの国は魔法士を活用した戦術を運用してくると聞いた。それに抗する策をお持ちか?」



「我らにはございます。だからこそ今回、先陣を切らせていただく所存です。

そして敢えて申し上げます。貴国にもそれはございましょう」



「そ、それは何だ? 申してみよ」



自らは沈黙を保ったまま、敢えて話の成り行きを傍観していたアゼルは感じていた。

確実にリュグナーのペースになりつつあることを。


彼は語る傍ら、闇魔法をこっそり行使して、相手が信じたいと思うことを信じさせるよう、働きかけているからだ。



「先の大戦では帝国の第一皇子率いる軍が、難攻不落との聞こえも高いサザンゲート要塞を、僅か一日で落とされた話はご存じでしょうか?」



「それは……、聞き及んでおる」



「その立役者となった戦術が、貴国が誇る兵器を参考に組み立てられたことは?」



「確かに……、あの兵器はかつて帝国に抗するため、ディバイド大王の時代より整備してきたものだが……」



「あの兵器は、何も防衛戦だけに使用するものではございません。三国の総数を合わせれば、相当な数になると聞き及んでおります。その射程も魔法士の魔法より長く、一方的に奴らを殴殺できます」



「では敢えて、もう一つ問おう。

我らが帝国へと侵攻する大義はどこにある?」



「大義はございます。

第一皇子グロリアス殿下は貴国との共存を望まれ、領土的野心はございません。その証として、ハーリー公爵からも条約案の提示があったのではございませんか?」



「それは帝国内での皇位継承争い、内乱を優位に進めたいための方便でしかなかろう?

現にグロリアス殿は、幾度となく隣国に攻め込んでおるではないか」



「それは違います。

グロリアス殿下は、かつて配下であったゴート辺境伯の国境紛争のかたを付けるため、出征されていたに過ぎません。

そこに野心家である第三皇子が横槍を入れたのです」



それも強弁、いや詭弁としか思えない話である。

だが、リュグナーは構うことなく続けた。



「そもそもカイル王国との休戦協定を主導したのは第三皇子ですぞ。

たった五年でそれを破棄し、再び攻め寄せたことを陛下はいかが思われますか?

この事実は、貴国に対しても同様のことになるでしょうね」



「それはそうだが……」



「事実として、第三皇子の征服欲は留まることを知りません。このまま放置すれば、いずれスーラ公国を始め、周辺国は彼の野望の贄となりましょう。

更に、邪な侵略者は彼だけではありませんぞ」



「どういうことだ?」



「帝国第三皇子と公王を僭称する成り上がり者は、密かに手を結んでおります。

こちらは、手の者が入手した彼らの密約です」



そういって示された書簡は、帝国第三皇子グラートと、魔境公国公王タクヒールとで結ばれた密約の覚書だった。その中には……



『貴国は南に覇を唱えられたし。我らはそれを支援する代わりに、帝国北部の周辺国を刈り取らん』

そんな一文が添えられており、公王の印が押印されていた。



「なっ、なんと大それたことを……

だが大臣、先ずは例のものと照合を」



そう言うとヴィレ国王は書簡を大臣に渡し、それを受けた大臣は何処かへと消えた。



実はこれはリュグナーの賭けだった。

この公文書自体、当然ながら偽造したでっち上げだ。

印影も何処かの商人との商取引で使用された、公印を真似て偽造したものだった。



これは以前、ゴーヨク伯爵がタクヒールを貶めた時の二番煎じに過ぎなかった。

だがリュグナーは、二つの点で運に恵まれていた。


ひとつ、元が日本人であったタクヒールが印を使い分けていたことを彼は知らなかった。


企業で言えば、社判、公印、実印といった感じで、行政府の誰でも発行できる文章には社判を、契約書など、許可を受けた部門の責任者しか押印できない公印があった。

そして、タクヒールと妻たち、加えて内務卿しか使用できない実印は、国同士のやり取りなどの外交文書や特に重要な書類に押印されるものだった。


リュグナーはこの事実を知らず、なんとか手に入れた公印の印影を真似たに過ぎない。


二つ目は、ウエストライツ魔境公国とヴィレ王国に国交も国同士のやり取りも無かったことだ。

よってこの国には、そもそも実印の存在を知る者がいない。



暫くして部屋に戻った大臣は、ヴィレ国王に向かい黙って頷いた。



「そうか……、其方の提案によれば、先ずイストリア正統教国が先陣を切る、これは間違いないのだな?」



「我らにとっては、憎んで余りある不倶戴天の敵でございます。先陣を誰に譲りましょうや」



形勢が自身に傾いたと確信したリュグナーは、最後のひと押しに掛かった。



「あの小僧は、冷酷無比で残虐な男です。

己の利のために何を行うか分からない、底知れない悪意を持つ魔王です。

陛下は数千数万の帝国軍の兵士が、そしてフェアラート公国軍の兵士たちが、いかに残虐な方法で殺戮されたか、それをご存知でしょうか?」



彼らにも魔王の噂は伝わっていた。

しかも出所の知れない噂というものは、どうしても尾鰭おひれがつき誇大されるのが常だ。


重苦しい沈黙の後、遂にヴィレ国王は決断した、



「……、承知した。

我が国は貴国を承認するとしよう。そして……、分かるな?」



「はい、残りの二国についても、承認を取り付けるといたします。あくまでも貴国との連携を前提として話を進めること、貴国への優先権は保証いたします」



「それでよかろう。して、その時期は?」



「春から秋にかけて、帝国の動静を図りつつ行いたいと思います。

ここでご提案ですが、私の言を裏付けるため、貴国の連絡要員をトライアに派遣されてはいかがでしょう? 我らの軍備と、進発の状況も確認いただけるかと」



「なるほどな。それは良かろう。

それと後々の禍の種とならぬよう、切り取る土地についても事前に協議を進めたく思うが……」



「はい、いかようにも。協議の結果を改めて公文書として残し、帝国側の誓約も取り付けることが肝要かと思われます」



この後、闇魔法により見事に思考を誘導されたヴィレ国王たちと、リュグナー、アゼルたちは協議を重ね、リュート王国、カイン王国へと旅立っていった。


小国として逼塞して日々大国による侵攻の恐怖に怯えていた彼らの心は、巧みに絡めとられていった。そしていつの間にか、自らを死地に招く策謀に乗せられてしまった。


彼らの未来がどういったものになるのか、それはまだ、この時点では何も分からない。

最後までご覧いただき、誠にありがとうございます。

三巻発売記念の毎日連続投稿は、これで最後となります。

次回は『南部戦線に異常なし?』を投稿予定です。


どうぞよろしくお願いいたします。

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