第三百四十一話(カイル歴515年:22歳)昏き闇に広がる翼
最後のあとがきにお知らせがございます。
よかったらどうかそちらもご覧ください。
他国と比べ、南北に細長い形状をしていたイストリア皇王国は、5つの行政区に分割されていた。
その各行政区を、皇王から派遣された枢機卿や司教がそれぞれ支配し、その下に旧イストリア王国時代から教会に帰依した、王制時代の領主貴族が代官となり、各地を治めていた。
カストロが正統教国を名乗り、勢力内に収めていたのはその行政区のひとつ、南四郡だった。
そしてその北側には、王都イスラを中心とした四郡からなる中央行政区、更に北には東・西・北の行政区が存在していた。
そして今、カストロが神の使徒として任命したリュグナーとアゼルは、中央四郡のうちイスラのある一郡を除いた三郡の切り崩しに掛かっていた。
その動きは順調であり、冬になってからというもの、その三郡に住まう人々は続々と正統教国に流れ始めていた。
そんな彼らの元に、教会を通じて教皇からの呼び出しが届いた。
「アゼル、どういうことだ? 何故今、奴が俺たちを呼びつける?
これからやっと中央より北側、東三郡と西四郡に火の手を上げる仕込みに入るという段階ではないか」
「分からん、だが使者の言うには、我らの懸案の糸口が見えたと……」
「おかしな話だ、そのために我らがわざわざ切り崩しに掛かっているというのに」
そう、彼らは帝国第一皇子へ献策した、三か国への調略に行き詰っていた。
それもそのはず、帝国貴族でも名だたる権門勢家であるハーリー公爵の誘いにすら、三か国の対応は
芳しくないのだから。
それこそ得体のしれない彼らが、各国の中枢に接近して意のままに操るなど、夢想としか思えないのが現状だった。
一国の首脳部に接触さえできれば……、弁舌と闇魔法を織り交ぜて篭絡することもできるだろう。
そう考えていた彼らは、改めて現実の厳しさを知った。
「我らがやむなく当初の方針を変え、まずは正統教国の力を強化し、その威を以て奴らを交渉の場に引きずり出すこと。この手順は奴も理解していたはずだが……」
「ああ、その為にせめて2万、その程度は兵を確保せねば脅しにもならんわ」
吐き捨てるようにそう言うと、リュグナーは顔を歪ませながら言葉を続けた。
「アゼル、まだトライアの現状は1万を超えた程度であろう?」
「そうだな、我らの扇動で今は1万五千、中央の三郡さえ影響下に掌握すれば二万は超えるが……」
「それにしても皇王も愚かな奴よ。我らに対抗して必死で軍備を整えているが、そのために更に税を課しておるようだ。この国は至る所で教会への怨嗟の声が満ちておるわ」
「リュグナー、ここで議論しても仕方ない。取り急ぎ中央三郡に種は撒いた。春までには我らの版図に塗り替わるだろうよ。ここは一度トライアに戻るべきだろう」
「仕方がないか……、だが、ろくでもない話であれば、奴への処遇も考えねばならんな」
彼らにとって、カストロは単なる傀儡であり、野望という酒を満たすための器、道具に過ぎなかった。
そのため表向きは彼を祭り上げ、使徒という立場を装っていたに過ぎない。
その後彼らは、急ぎ南へと馬を走らせた。
※
その後……
半年振りにトライアに戻った2人は、まずその変化に驚かされた。
予め想定していたとはいえ、その発展には驚くべきものがあった。
常に南国境方面から商隊が行き交い、街の前は入城を望む者たちの行列で溢れかえっていた。
それを横目に、守備兵に案内されて行列をすり抜けると、街は至る所で建設工事が進み、それが流れてきた人々に職を与え、教会では難民たちに食が与えられていた。
「ちっ、奴め……、我らが貸し与えていた資金を、惜しげもなく使っていやがる」
「リュグナー、ここもいずれ我ら闇の氏族の街となる。我らはその収穫さえ受け取ればよい、そうではないか?」
アゼルの言葉は正論だ。
だが、リュグナーは今ひとつ納得がいかないのか、憮然としてただ頷くだけだった。
「御使い様方、教皇様より仰せつかっております。どうかこちらへ……」
知らせを受け、教会の入口にて待ち構えていた者が彼らをカストロの下まで案内した。
開発や改築は教会にも及んでおり、大聖堂はさながら王宮の玉座の間のような装いだった。
その最奥まで進むと、カストロ教皇を始め彼の側近たちが待ち構えていた。
「リュグナー卿、アゼル卿、多くの民を導く役目、誠に大儀であった。御使いとして卿らの働き振りには、神も満足されていることと思う」
(謀は上々のようだな。人目があるゆえ許せよ)
今は形式上仕方の、ないこと……、それは理解していたが、リュグナーは再び憮然としていた。
カストロはかつて、リュグナーらによって生かされていただけの男だ。
だが、以前はカストロに偽りの臣従をしていたアゼルは少し柔軟だった。
そのため彼が代わって答えた。
「はっ、ありがたきお言葉には感謝を。
我ら両名、中央三郡に神の教えを説き、種を蒔いて参りました。民たちも、近いうちに正しき教えに帰依することと思われます。して、火急のご用件とは?」
(調子に乗るなよ。今は役割を演じているにすぎんわ。で、何の用件で我らを呼び立てたのだ)
「我がイストリア正統教国を陰ながら支えていただいている帝国より、両名を外交特使に任じるとの沙汰があった。その旨、ハーリー公爵より直々の書簡をいただいている」
(其方らが大言壮語の上で、困り果てていたこと、どうやら公爵はお見通しだったようだぞ。だがこれで、あの三国に対しても動きやすくなるだろう。
公爵には感謝いただきたいものだな)
「特使……、でございますか?」
(もはや落ちぶれたハーリー公爵に、そんな権限があるわけないであろう?」
「そうだ、皇帝の玉璽が押された正式な任命状よ。
我がイストリア正統教国が帝国に承認され、その外交を担う者として其方らが特に許された証だ。
これより両名は、我が国と境を接するリュート王国、その先のヴィレ王国、カイン王国に赴き、我が国への承認を取り付けよ」
(これで晴れて、帝国の後ろ盾でもって三国を訪問し、彼らを煽ることができるだろう)
「これは……、帝国の望外な配慮に驚くばかりです。
では早速、リュグナー卿を伴い我らは三国に参るといたしましょう。我らの大望のために」
(どういう経緯か分らんが、そうであれば話も早い。これで一気に策を推し進めるとしよう)
「では、直ちに三国に向けて出立せよ。
国家の承認を得て友誼を結ぶことが叶えば、友好の証として我が全軍ニ万五千、危急の際には駆けつけると申し伝えよ。
なお、この数は月を追うごとに増えるだろう、そう伝えた方が先方の心証もよかろうな」
(我らへの承認と、帝国への助力を拒めば、早々に二万程度の軍勢が雪崩れ込むことになるだろう。
そして……、帝国側からもな。それでも良いのかと、せいぜい脅してやるがよいわ)
「は、ありがたく!」
(調子に乗るなよ、そもそも軍勢を集めたのも我ら、その資金も我らのものではないか)
最後にリュグナーが、膝を付いたまま目線を上げずに声を上げると、二人は表面上だけは恭しく教皇の前を辞した。
「これで各国を訪れる大義名分、そして交渉の材料は整った。
アゼルよ、奴らの国にもやっと我らの翼が伸びる。かの国を昏き翼で抱く日も、あと僅かだな」
「そうだな、結局帝国の狸に手を差し伸べられたのは気に入らんが、先ずは結果だ」
二人はそう語りながら、国境を越えて姿を消した。
果たしてこの状況を見て、真に笑うのは誰であるか、当事者たちはまだ誰も知らない。
※地図はこれまでの経緯上、南が上となっております。お見苦しい点はご容赦ください
〈南〉
〈北〉
最後までご覧いただき、誠にありがとうございます。
本日遂に、書籍版の第三巻が発売されました。
やっとこの日を迎えることができました。
応援していただいた皆さま、本当にありがとうございます。
三巻の詳細は、作者名からリンクで飛べる活動報告にも記載しております。
ここだけの話も、其方には記載しておりますので、よかったら活動報告もご覧いただけると幸いです。
帯にも記載されておりますが、既に四巻の制作も最終段階に入っております。
今年の1月20日に第一巻の発売を皮切りに、ここまでに進めたことは正に夢のようであり、ひとえにここで応援していただいた皆さま、書籍を購入いただいた皆さまのお陰と感謝しております。
いつも本当にありがとうございます。
三巻発売記念の毎日連続投稿は、もう少し続きます。
次回は『闇の使途たちの蠢動』を投稿予定です。
どうぞよろしくお願いいたします。